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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
獰猛なリリム
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夢の中の住人

 ヒツジが俄然(がぜん)としてその身を震わせた。 怯えているからではない――『ライコウの記憶が蘇ったのではないか』という驚喜(きょうき)で体が震えてしまったのである。


 「――記憶!? ……ああ、お前が荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)を体内に埋め込んでいる事を思い出しただけだ。

 とにかく、それを早くハギトへ撃ってくれ――!」


 ライコウはヒツジの期待をあっさりと裏切り、ヒツジが恐るべき兵器を体内に持っている事を思い出しただけだと言った。 だが、それでもヒツジはライコウが少しでも過去の記憶を思い出してくれた事が(うれ)しかった。


 「うん――!」


 ヒツジはライコウに力強い返事をして、戦車のハッチを開けて飛び出して来た。 その小さな機械の体は熱せられた鉄のように赤くなり、体の節々からモクモクと蒸気が立ち上っている。

 ミヨシは戦車内からライコウとヒツジの会話を聞いており、ヒツジが何かとんでもない兵器を使用すると知ると、慌てて戦車から飛び出してヒツジの(そば)へと矢のように駆け付けた――。


 「――ヒツジ! アタチが貴方(あなた)を支えますから、思う存分ぶっ放してください!」


 (ひたい)に三日月のような傷を持った黒猫がヒツジの後ろに回り込むと、二本足で立ち上がり、溶岩のように赤く(たぎ)るヒツジの背中を肉球で支える――。

 

 「……うっ、凄い熱!」


 思わず顔をゆがめるミヨシ……。 ヒツジのデバイスには荷電粒子砲を発射する超高圧電力装置が内蔵されていた。

 マナスを結合させたその装置は連結されている加速装置に電力を送り込み、亜光速まで素粒子を加速させる。 加速した素粒子はヒツジの大きい瞳から赤い光線となって発射されるのである。


 ライコウは考えた――


 アマノシロガネに結合されているマナスを完全に分離させる為には、媒体(ばいたい)となる光子(こうし)を放出させるしかない。 恐らく、マナスの媒体となった光子はハギトの体内という物質的な影響を受けて、光速度よりはるかに低速で巡っているはずだ。

 亜光速(あこうそく)で発射されるヒツジの荷電粒子砲であれば、ハギトの体内を巡る光子を通過した時、内部から衝撃波を発生させてハギトの身体から光子を放出させる事が出来るだろうと――。


 『!!警告!! 内部温度急上昇……フェイタルエラー:C0001:C000E 冷却装置稼働停止……補助冷却装置稼働中:D0001:D1001 予備電源稼働中……充電警告……電力過大消費警告:フェイタルエラー:EF00F:EF01F』――


 ヒツジのデバイスが起動し、フィールドに複数の赤窓が表示される――荷電粒子砲を稼働させる為に体内の電力を殆ど消費し、体はオーバーヒート寸前である。

 

 『!!注意!! 粒子加速完了……放出まであと……』


 ――ヒツジが荷電粒子砲の発射準備に入っている中、ハギトは最後の抵抗を見せて、真っ白い光を輝かせて残り少ないマナスで輝く剣をその身から出現させた!


 輝く剣はグルグルと回転しながら光線をまき散らし、大爆発を引き起こす――そして、その光線はヒツジとミヨシにも襲い掛かった。


 「――ヒツジ!」


 ライコウが間一髪ヒツジの目の前に飛び出して来て、身を(てい)してヒツジを護る!


 『ピシュン!』という音と共に、ライコウの体に直撃した光線は、そのまま爆発してライコウを吹き飛ばす――しかし、ライコウは寸前でデバイスの防御シールドを展開させて、致命傷を防いだ。


 「ライコウ!!」


 「――ヒツジ、俺は大丈夫だ、構わず打て!」


 「うん!!」


 ――ヒツジの瞳が燃えるように赤く輝きだし、閃光(せんこう)が走った――


 「行け――!!」


 ヒツジの背中を支えているミヨシが叫ぶ――。


 『――ズドン――!!』


 破壊的な音を出し、ヒツジの瞳からルビーのような赤いレーザーが照射され、地を()いつくばるハギトへ迫る――


 ――ところが――


 「――なっ――!?」


 レーザーは曲線を描き、ハギトの目の前で急上昇してアイナの天井を破壊した!


 ……ガラガラと瓦礫(がれき)の山が降ってきて、ゼルナー達の頭上を襲う――!


 「失敗した……!

 

 でも……もう一度!」


 ヒツジは諦めずに体内の素粒子を加速させて、再度、荷電粒子砲を放とうとする――。

 しかし……


 「バカ、ヒツジ! もう、無理だっ! 二回も使ったらお前のアニマが――!!」


 すでに電力を使い果たし、補助電力へと移行していたヒツジは、補助電力をも使い果たし、その体の全てのエネルギーをハギトへぶつけようとしていた。


 「ボクは――君とフォグを助けたい!


 だから、ボクの全てを今に懸ける!!」


 ヒツジの決死の声は、イナ・フォグとライコウのココロを震わせた……。


 「――ライコウ、ヒツジは私が助けるわ! アナタはア・フィアスの目の前までヒツジを連れて、外さないようにレーザーを打たせて!」


 イナ・フォグはヒツジがレーザーを照射した瞬間にヒツジの許へ駆け寄って、体を修復しようと考えていた。

 だが、イナ・フォグの言葉はあまりに単純であり『レーザーが当たらなければ、目の前で当てれば良い』という発想であった。


 「いや、フォグ! 恐らく強制的に電場を発生させれば――!」


 ハギトのレーザーによって吹き飛ばされたライコウは白銀の鎧が破壊されて、中に着ている黒い帯電スーツが見えていた。

 そして、兜は何処かに吹き飛ばされて、金色の髪を乱しながら背中の剣を抜いた。


 『!!危険!! ……超高圧発電装置「ヴァジュラ」起動……内部温度上昇……真素残存量低下……残31 クリティカルエラー:11000:10000』

 

 「ラ、ライコウ! ダメだ――!!」


 ヒツジはライコウのマナスが残り少ない事を知っていた。 このまま発電装置を使用するとマナスが尽きてしまう恐れがある。


 だが、ライコウはそんなヒツジに向かって笑顔を向けた――


 「……ヒツジ、お前が俺たちの為に命を()けるなら――


 ――俺もお前の為に、この命を懸けよう!!」


 ライコウの左腕はバチバチと電流を迸らせて、剣を握るグローブは琥珀(こはく)色の輝きを放つ。 雷鳴(らいめい)のような凄まじい音が辺りを響かせて、ライコウが振りかざす剣に稲妻が走った時――


 ――ライコウは真っすぐとハギトの背中へと駆け寄って、ハギトの背中へ剣を突き刺した!


 ライコウの左腕から(ほとばし)る電流は剣を伝ってハギトの身体を駆け巡る――。


 そして、ハギトの周りに地面にもその電流が伝播(でんぱ)して、周りにいるゼルナーを(しび)れさせた――。


 「キャッ――!!」


 カヨミとコヨミ、サクラ2号達は電流の痛みに耐えながらもハギトを束縛している鎖を握りしめる。

 

 「――ヒツジ、行け!!」


 ヒツジはコクリと頷いて、再び紅蓮(ぐれん)の瞳でハギトを(にら)みつけて、その瞳から極太のレーザーを照射した!


 ――レーザーがハギトの身体を貫いた時間は一秒にも満たなかった。


 ……


 『ハギトにゃん……』


 ハギトの意識は再び、あの平和な日常へと戻っていた。


 小鳥達が歌うあの長閑(のどか)な庭で子供達と(たわむ)れた日々――


 仲間達と共に戦い、そして、笑いあった日々――


 (あるじ)に仕え、主の下で眠りについた幸福――

 

 『俺は……もう一度……あの温もりを……』


 ……


 光輝く真っ赤なレーザーがハギトの身体を貫くと、ハギトの身体は蒼白い光を放った。

 その光はアイナの都市全体をまるで昼間のように照らした。

 

 ……そして、その光が徐々にハギトの身体から消えて行こうとする時――


 『――ザクッ――』


 イナ・フォグの禍々(まがまが)しい鎌がハギトの首元に突き刺さった。


 イナ・フォグがそのまま鎌で首を切り裂くと……巨大な灰色のトラは……


 その首を胴体から切り離された。


 イナ・フォグは首を切り離した胴体に腕を突っ込んで、光輝く心臓のような小さい(かたま)(えぐ)り出した……。


 「……アマノシロガネ……」


 イナ・フォグは抉り出した塊を手のひらに乗せて呟いた。 その心臓のような塊は、彼女のヨミノクロガネとは違い、鼓動することなく鉄のように固まっていた……。

 

 ……そう、すでにハギトの命は尽きたのだ。


 首を切断されたハギトは、その瞳から涙を流していた。 その涙は蒼白い涙では無く……人間が流すような、澄んだ美しい涙であった。 

 

 『……いつか……また……』


 ハギトはそう(つぶや)くと、ゆっくりと琥珀(こはく)色の瞳を閉じた……。


 ――


 ライコウとヒツジは、ハギトを倒した後すぐに意識を失って倒れてしまったが、イナ・フォグが召喚した蛇達によって回復した。

 特にヒツジは補助電源まで使用して限界以上の出力を出していたので、二回目のレーザーを発射した際にアニマが損傷してもおかしくなかったのだが、ミヨシがヒツジに触れていた事で、ヒツジのマナスが回復して損傷を免れた。

 

 イナ・フォグの眷属(けんぞく)となったミヨシは、触れた者のマナスを回復させる事が出来た。

 その能力はミヨシ自身ですら気が付かなかった。 しかし、イナ・フォグがミヨシに助けられた時、残り少なくなっていた彼女のマナスがいきなり回復した事で『ミヨシにはマナスを回復させる能力がある』と気が付いた。

 

 そこで、イナ・フォグはミヨシの能力を使って負傷したゼルナー達を回復させようとした。ところが、ゼルナーの数があまりに多かったので、能力を使い過ぎて今度はミヨシが倒れてしまう恐れがあるとライコウに指摘され、ミヨシはカヨミやコヨミ、サクラ2号と言った主要なメンバーのみマナスを回復させ、残りのゼルナー達はディ・リターへ戻って治療を受ける事となった。


 ――イナ・フォグに敗れたハギトはアマノシロガネを(えぐ)り取られた後、すぐに(こな)となって消滅した……。

 イナ・フォグの話では『ハクチの夢から目覚めた』という理由で粉になったとの事であったが、そんな難解な説明を理解出来る者など誰もいなかった……。

 イナ・フォグの言葉を唯一理解出来そうなラヴィは、中央処理装置が損傷して新たな処理装置に換装する為、意識不明のままディ・リターの病院へと運ばれ――ハギトとの戦闘から一週間後にようやく回復した。 その間、病室には市松人形の機械がずっとラヴィの容態を気にして居座(いすわ)っていた。

 ラヴィだけでなく、ジスペケもしばらく入院した。 最も(ひど)く破壊されてしまったアロンとソルテスは、イナ・フォグのスキルとミヨシの能力のお(かげ)で何とか修理する事が出来たが、ゼルナーとして復帰するまでには長期の療養が必要であった。

 

 ――そのアロンとソルテスの仲間であったエンドルは、ライコウ達がハギトと戦っている間、二万人を超えるアイナの難民を引き連れてディ・リターへと移動していたが、オーメル草原全域に凄まじい光の雨が降り注ぎ、巨大な地震が起こって一時地上で待機を余儀(よぎ)なくされた。

 エンドルはそのまま立ち往生してしまい『命を懸けて市民達を(まも)る』などと殊勝(しゅしょう)なことを言って難民を引き受けたにもかかわらず、あろうことか逃亡を(はか)り、付き添いのゼルナー達によって拘束(こうそく)されてしまった……。


 結局、イナ・フォグがハギトを討伐した後、数日立ち往生していた難民の一群は討伐部隊に救助され、エンドルに代わってミヨシが難民を引率し、無事にディ・リターへ引き渡したのであった。

 その際、ミヨシは念願叶って、ライムを自身の戦車へ乗せる事が出来た。 ライムは義理の息子が運転する息子の戦車に乗っているという現実を夢見心地に堪能し、ずっとこのままミヨシと一緒に戦車へ乗っていたいとさえ思った。 しかし、戦車の中でミヨシから『自分はイナ・フォグの眷属となった』と聞かされて、どの道ミヨシとは離れる運命にあると覚悟して、今後はイナ・フォグの為に尽くすように義理の息子を(さと)した。 


 (ちな)みに、エンドルはディ・リターへ戻った後、カヨミによって「この、軟弱者めが!」と再び叱責(しっせき)され、ディ・リターのゼルナーから『稀代(きだい)のポンコツゼルナー』として(そし)りを受ける事となった。


 ――ハギトを討伐した一か月後――


 ディ・リターでは盛大な祝典(しゅくてん)が行われ、ハギト討伐に貢献したゼルナー達の表彰が行われた。 祝典の冒頭、ディ・リターの市民達はハギトとの戦闘で犠牲になったゼルナー達に祈りを捧げた。


 ハギトとの戦いでは多くのゼルナーが失われた。 生き残ったゼルナーはおよそ500余名――その殆どがハーブリムのゼルナー達で構成された第四部隊であり、ディ・リターのゼルナーで構成された第三部隊はカヨミとコヨミを含めた数十名しか残っていなかった。 戦車や武装車両といった兵器も被害が甚大(じんだい)であり、これもまた第四部隊所属の車両が殆ど残って、他部隊のものは破壊されてしまった。

 そんな理由からか、第四部隊の隊長であったリクイはディ・リターへ戻った直後『戦いに消極的であった』と批判されたが、ライコウがリクイへの批判を一蹴し、ディ・リターのゼルナーを一喝(いっかつ)した事で批判は収まり、今回の祝典でリクイはハギト討伐の功労者としてマザーから表彰されたのであった。 過去にマザーから『ガラクタ』呼ばわりまでされたリクイにとって、今回の表彰はこの上ない喜びであったに違いない。

 

 リクイに限らず生き残ったゼルナー達は市民達から英雄として喝采(かっさい)を浴びた。 特に、カヨミとコヨミはディ・リター出身の英雄として、市民からの人気が高かった。

 ライコウに至っては、まるで神であるかのように(あが)められ、祝典時にはエクイテスから来たゼルナー達もライコウを一目見ようとディ・リターを訪れた。 器械人口40万人を超えるディ・リターの民とエクイテスのゼルナー達が(ひし)めき合った祝典会場は大いに盛り上がり、そして、大変な大混乱となった……。 その為、一応表彰される予定であったエンドルの表彰式は残念ながら中止となった。

 ライコウは祝典後、ディ・リターの町へ外出する度に大勢の市民達に囲まれて握手を求められたり、写真を取られたりと、ディ・リターのヒーローとして扱われた。 ライコウが街へ来る度に町中が混乱し、交通機関にも支障をきたすという事態に(おちい)った。 その為、ライコウはカヨミから「もう、勝手に外出しないようにお願いします」と頼まれ、カヨミが暮らす屋敷でしばらく軟禁生活を送る事となってしまった……。


 尚、今回の祝典はマザーが企画したものであったが、(当然ながら)マザーが出席出来る訳もなく、マザーの代理と称する器械が出席し、司会進行を行っていた。

 当のマザーはと言うと、スカイ・ハイとの戦いで傷を負ったという理由で、誰の面会も拒絶していた。  マザーはハーブリム、ディ・リター、バハドゥルに各一体存在している。 ところが、ハーブリムのマザーのみならず、ディ・リターとバハドゥル・サルダールのマザーも一様に面会を拒絶していたのだ。

 この出来事で、マザーが三つの都市にそれぞれ独立して存在している訳ではなく、三つの都市のマザーが三位一体(さんみいったい)であるのではないかという器械達の憶測(おくそく)を生んだ。

 だが、世界中のゼルナー達は、マザーが三人いようが一人だけであろうが、どうでも良いと思っている者が(ほとん)どであった。 ゼルナー達はマザーが自分達に慈悲(じひ)()れ、共にマルアハと戦った事で、益々マザーを敬愛するようになり『マザー万歳!』とマザーを称え、よりマザーへの信仰に傾倒するようになった。

 ――特に、ハギトとの戦闘に参加しなかったバハドゥル・サルダールが、何故か今回の偉業に便乗してマザーに寿(ことほ)(たてまつ)り『全ての偉業は栄光なるマザーが成した事である』と、もはや狂信的ともいうべき姿勢でマザーへの服従を自国の器械達に強制するようになった。 各都市はそんなバハドゥルの態度に『何か(よこしま)な思惑があるに違いない』と(いぶか)しみ、それが新たな問題への火種となった。

 

 ところで、祝典の時にイナ・フォグはどうしていたのかと言うと――

 

 ――彼女は祝典に参加せず、廃墟となったアイナへ戻っていた。

 

 ――


 地底都市『アイナ』はもはや再建不可能であると思う程、(ひど)く破壊されていた。

 もともと、鉄板のように固い岩盤の下を掘って造られた都市であり、その岩盤がショル・アボル=ヨルムンガントによって破壊されてしまったせいで、地上に開いてしまった大穴を(ふさ)ぐ作業は困難を極めた。 しかも、ハギトによって大量の放射性物質がばら()かれたせいで、アイナの復興作業はすぐに開始する事が出来なかった。

 バハドゥル・サルダールはアイナに近い場所に位置しているにもかかわらず、アイナの復旧はもとより、除染作業にも協力する姿勢を見せず、除染作業はディ・リターとハーブリムが共同で行う事となった。

 こうして、アイナは除染作業の工程が決まるまでの間、廃墟のまま放っておかれていた。


 ――大穴から夕暮れの光が射している廃墟(はいきょ)と化したアイナ――


 イナ・フォグは、大穴から地底へ降りて、瓦礫と化したビルやショル・アボルの残骸、そして回収し(そこ)ねたゼルナーの体の一部を見回しながら、西を目指してトコトコと歩いていた。

 向かう先は、小隕石が複数落ちたような大きな陥没跡(かんぼつあと)がそこかしこに残る場所――リリム=ア・フィアスが存在した最後の地――。


 イナ・フォグは大きな陥没跡が残るその場所で立ち止まり、首から下げた石のような塊を手のひらに乗せた。

 その石のような塊こそ、ア・フィアスの体から抉り出した『アマノシロガネ』であった……。


 ヒツジがレーザー砲を外した時に出来た、天井に開いた大きな穴から、まるで天使が降臨するかのような神々しい光が地底へ差し込み、石の塊となったアマノシロガネを優しく照らす――。

 

 『イナ・フォグ……許さない……』


 天井に開いた穴から笛のようにヒューヒューと風が吹き込んでくる……その風と共にア・フィアスの怨嗟(えんさ)の声が聞こえてくる気がした。


 「ア・フィアス……ごめんなさい……」


 イナ・フォグは石に向かってポツリと呟いた。


 ――すると、先ほどまでの怨嗟の声が止み、イナ・フォグの耳に、いつかのア・フィアスの声がこだましてきた。


 『――イナ・フォグ、早く元気になって子供達と遊ぼうな! 俺は待ってるからな!』


 イナ・フォグの眼前(めのまえ)に、ア・フィアスの笑顔が浮かんで来た――。


 「……ア・フィアス……。 私は……もう、アナタ達と一緒に過ごした記憶が無い……」


 イナ・フォグが思い出す記憶は断片的なものであり、マルアハ達と共に過ごした日々の事は全くと言って良い程覚えていなかった。

 そして、それはア・フィアスや他のマルアハ達も同じであった。 ただ一人のマルアハを除いて、マルアハ達は過去の記憶が殆ど失われていたのだ。 覚えているのは自分の名前と仲間の名前ぐらいで、自分達が何のために生まれたかすら、忘却(ぼうきゃく)彼方(かなた)へ置き去りにし――ただ、大地に吹く風に任せてブラブラし、気が向いたら器械やショル・アボルを襲ってその金属を食っていた。


 ――マルアハ達は何故記憶を失くしてしまったのだろうか――?


 その答えを(みちび)くためには、マルアハという存在が一体何者なのかを知る必要があった。


 ――かつて、ラヴィがマルアハの存在について、ライコウに語ったことがある。

 

 『――神の存在を否定する事など出来やしないのだ……。 神を否定しても(なんじ)らが神を意識しなくなるだけで、神は普遍的(ふへんてき)に存在するからなのだ。


 ……しかし、もし、否定するだけでなく、神の存在を消滅させる手段があるならば……


 吾人(ごじん)は、この世界から消えてなくなるのだ。


 何故なら、この世界は神が|()()《むそう》した世界だから……』


 ――ラヴィはマナスを『神そのもの』だと言った。 つまり、この世界に充満(じゅうまん)するマナスを消滅させると、神を消滅させる事と同じであり、その結果、この世界で創造(そうぞう)された器械達も否応なく消滅する。


 そして、ラヴィはマルアハを『神の子』と呼んだ。

 神の子は器械とは異なり、この世界で創造された者達ではない。 この世界の敷居(しきい)をまたいで居候(いそうろう)している存在――すなわち、神と同じく『外から来た者達』である。

 本来、外から来た者達は神と対等であるはずだった。 マナスの影響など受けずに、彼らの能力を自由に使用する事が出来たのである。 ところが、この世界の中に居候すれば、徐々にマナスに体を浸食されてしまい、自分たちの能力を自由に使用する事が出来なくなってしまう。

 彼らの体がマナスに浸食されていくと、彼らは居候ではなく、もはや、この世界の住人となってしまうからだ。 そして、この世界の住民となった彼らは、能力を自由に使用する事が出来なくなるだけでなく、外の世界の記憶を失くしてしまう。 そうならない為に、彼らはマナスを定期的に体内から放出する必要があった。


 ……ラヴィの説明でマルアハ達が何者なのかは分かった。 だが、ラヴィの説明には明確な矛盾があった。

 彼女の説明では『マナスが飽和(ほうわ)状態になると、神の子――つまり、外の世界の住人であるマルアハはこの世界の住人となり、記憶を失くしてしまう』という。

 しかし、外の世界の住人であるはずのイナ・フォグやア・フィアスは、マナスを回復する為に休息をしたり、日光浴をしたりする。 これは、ラヴィの説明とは全く逆の行動ではないのか?

 体がマナスに浸食される事を嫌う者が、マナスを取り込む為の行動を取る事は大いに矛盾している……。

 

 この矛盾の原因は単純で――単にラヴィの認識が誤っていたからである。 つまり、マルアハは『神の子』ではないのだ。


 マルアハ達の母『ミコ』はメカシェファであった。

 メカシェファは外の世界の者が生み出した神の子であり、この世界に居候している存在であった。 その神の子たるメカシェファがマルアハを生み出したのである。


 つまり、マルアハは外の世界で生まれた神の子ではなく、神の子によってこの世界で生み出された存在なのである。


 その為、彼らは外の世界の者の子でありながら、生まれた時からマナスに侵食されており、この世界の住人となっていた。 マナスに浸食された状態で記憶が醸成(じょうせい)され、逆にマナスが消失するとその記憶が消失する――つまり、常にマナスを体内に取り込まないと記憶が維持できない存在となってしまったのだ。


 こうして、マルアハは外の世界の者でありながら、この世界の住人でもあるという例外的な存在となったのである。


 ――だが、それでも、まだ矛盾が(ただよ)っている……。


 ア・フィアスは体内のマナスが尽きかかった時に過去の記憶の一部が(よみがえ)った。 この世界の住人であるマルアハ達は、マナスが尽きれば記憶を忘れるのではないのか?


 何故、ア・フィアスはマナスが尽きる寸前で、過去の記憶を思い出したのか?


 マルアハ達が過去の記憶を失くしてしまっている原因――それは、彼女達が一度過去の記憶を消去されてしまったからであった。

 マルアハ達はある事件によってマナスが消失し、過去の記憶を忘れてしまった。 その後、彼女達は復活し、過去の記憶を忘れたまま新たな記憶を(つむ)いでいった。

 だが、彼女達の過去の記憶は完全に消失した訳ではなかった。 ある一人のマルアハによって記憶の一部をココロの深層(しんそう)(とど)め置くことが出来たのである。


 しかし、深層に留めておいた記憶は、そう簡単に掘り起こす事が出来なかった。


 記憶を失くしたマルアハ達が復活した後、1000年の時を経て、新たな経験を記憶として蓄積していき、過去の記憶はさらにココロの奥深くへと沈み込んでいった……。


 ところが、ア・フィアスはイナ・フォグとゼルナー達との戦闘で、かつてない程のマナスを消費した。

 アマノシロガネからマナスが放出されていくにつれ、深く沈んでいた過去の記憶が再びココロの表層へと浮上して来たのである。


 彼女達の過去の記憶を消し去った者は誰か? そして、彼女達の消失した過去の断片を、そのココロの深層に(とど)め置いたマルアハは誰か?


 ――ヒツジならもしかしたら全ての事実を知っているかもしれない。 だが、ヒツジがもし全ての事実を知っていても、その事実をライコウに告げる事はないだろう……。


 ……


 ――イナ・フォグは、ア・フィアスを(とむら)った後、第一部隊のゼルナー達が埋葬(まいそう)されているオアシスの付近へ向かった。

 ア・フィアスが天から降らした蒼い光によって、イナ・フォグが造った墓標は破壊され、オアシスの(みぎわ)に茂っていた草木も消え去ってしまい、美しかった草原は荒野へ変わり果てていた。


 イナ・フォグは光線の衝撃によって飛び出してしまった幾つかのゼルナーの遺体を再び墓へ戻し、丁寧に土を被せた。 そして、破壊された墓標の代わりになるものを探したが、地上にある物を全て破壊し尽くした悲しみの光によって、代わりとなるものが何もなかったので――


 ――何を思ったのか、自分の腕に傷をつけ、流れ出る血を墓標とした。


 (……私は何をやっているんだろう……)


 イナ・フォグも、自分が何故こんな事をしたのか分からなかった。 ただ、どうしても彼らの為に何かしなければ気が済まなかったのである。


 ――その後、イナ・フォグは再びアイナへ向かった。 彼女はアイナの地底を一部掘り、何かを調査した後、ディ・リターへと戻って行った。


 ――


 ディ・リターは地上から一キロほど下に位置する地底都市であり、この世界最大の面積を誇る四層にわたる巨大な都市であった。 世界最大の40万人の器械を擁する都市であり、作業用機械を入れれば100万体を超えていた。

 ゼルナーの数も世界最大であり、その総数は二万人――そんな多くのゼルナーがいるにもかかわらず、何故、先のハギトとの戦いにたった1000人しか参加しなかったのか?

 

 ゼルナーにもピンがいればキリもいる――二万人ものゼルナー達も性能が低い者もいれば高い者もいるのだ。

 ハギトの戦闘に参加したゼルナー達は皆、ディ・リターで最も性能の高いゼルナー達で構成された、いわば『エリート部隊』であった。 彼らのような性能の高いゼルナーでなければ、ハギトとの戦闘には参加できなかったのである。

 

 それに、ディ・リターのゼルナー達をハギトの戦闘に全員参加させる訳にはいかない事情もあった。

 ディ・リターの南に位置する『デモニウム・グラキエス』というエリアはマルアハ『フル』の縄張りであった。 フル自体は滅多に縄張りから出る事はなかったが、フルの()()がしばしばディ・リターを襲撃して来た。 その為、ディ・リターの防衛を(おろそ)かにする訳にはいかず、都市の治安維持も行わなければならなかったので、ハギトだけの為に大量のゼルナーを投入できなかったのである。

 

 ――


 ディ・リターは一層から二層にかけて、軍事施設や住居が立ち並び、三層は工業エリアという構造であった。 四層はマザーがいる聖堂(せいどう)が存在するだけで、一般市民の立ち入りは制限されていた。

 

 一層の住居エリアは、一群の住宅を一ブロックとして、ブロック毎に区分けしていた。 各ブロックの周囲は石畳のような道路が(かこ)っており、等間隔にランプのような街灯が設置されていた。 その(だいだい)色の光は、クリーム色の金属や、薄い瑠璃(るり)色の金属で造られた柔い色合いの住居を暖かく照らし、美しい街並みを形成していた。

 各ブロックの中心には巨大な円筒状の建造物が(そび)え立っており、その建造物は地下を(つらぬ)いて二層へと(つな)がっていた。 住民たちはこの円柱の中から一層と二層を往来(おうらい)しているのである。 円柱はまるで神殿の柱のように美しく、細やかな装飾が(ほどこ)されていた。 円柱の周囲は綺麗に整備されていて、人工の草木や花に彩られていた。

 また、兵士達の訓練所や兵舎(へいしゃ)、兵器の格納庫などの軍事施設は、市民の住宅エリアからは遠く離れた場所にあり、都市の東側と南側に集中していた。 その理由は、街の景観上の理由もさることながら、東側と南側には地上への出入り口があり、二つの出入り口が軍事上重要な場所であったからだ。


 地上への出入り口は都市全体に三カ所あった。


 一つは都市の北側に位置する出入り口であり、ナ・リディリと同じく反重力装置を使って地上へ出入りしていた。 反重力装置は、三十万平米(へいべい)はあろうかという巨大な装置であり、装置内は移動式の床が敷き詰められていた。 その床は物体が乗ると物体の大きさに応じて床が浮上する仕組みで、戦車などの大型車両が床に乗れば、その面積に応じた床が浮上して、地上まで物体を運んでくれた。

 地上からの出入り口は大きな岩場に囲まれている渓谷(けいこく)の中にあった。 渓谷内にピラミッドのような三角錐(さんかくすい)の建造物が建っており、その建造物の中は、キラキラと輝く床が広がっていた。


 地底から浮上する床に乗って運ばれて来る物体は、そのピラミッド内の輝く床をすり抜けて、地上へと姿を現す。 物体が乗っている床が、輝く床と同化すると――物体は先ほどすり抜けた輝く床の上を、すり抜けずに移動できるようになる。

 反対に、地上から地底へ行くときは、ピラミッド内の輝く床の上に乗ると、乗った物体の大きさに合わせて床が降下して、反重力装置のある地底まで運んでくれる。 輝く床が物体を運んで降下した後に開いた穴は、すぐに周りの床が液体のようにジワジワと広がって、元の輝く床へと戻る仕組みであった。


 ――つまり、この輝く床は特殊な液体金属で出来ており、物体はその液体金属をすり抜ける事が出来るのだ。 そして、地底に設置された黒い床が液体金属に接触すると化学反応を起こし、液体金属が硬化して床を移動できるようになるという仕組みであった。


 アイナの難民は、このピラミッドのような建造物の中にある出入り口からディ・リターへと入った。 二万人を超える難民を収容できる建造物なので、その巨大さは想像に難くないだろう。 だが、この北側の出入り口は、そう頻繁に使われるものではなかった。

 そもそも、入り組んだ渓谷を越える事が非常に困難であり、器械だけでなく、戦車や車両が渓谷を越えるのも難儀であった。

 では、何故こんな出入り口が設けられているのかと言うと――この出入り口は、もともと、航空機が出入りする為に設けられた出入り口であったのだ。

 ベトールがまだ活発に活動していなかった時代は、多少なりとも航空機が空を飛ぶこともあった。 しかし、ベトールの監視が厳しくなった今では航空機を使用する事が出来なくなり、この出入り口も殆ど使われなくなったのである。 その為、出入り口の存在すら忘れてしまっている市民もちらほらおり、アイナから来た難民を受け入れた時には「一体何処(どこ)からここへ来たんだ!」などと驚く市民もいた程であった……。


 一つ目の出入り口とは異なり、二つ目の出入り口と三つ目の出入り口は、先述したとおり、ディ・リターにとって重要な出入り口であった。


 東側に位置する二つ目の出入り口は、地上に建築されている『器械の砦』と呼ばれる巨大な砦の内部にあった。

 この砦は全長数千キロに及ぶ、南北に山脈のように伸びている長城であった。

 この長城はその名の通り、砦自体にアニマが埋め込まれており、自らの意思で備え付けられている砲台から砲撃を行ったり、形を変えたりすることが出来る特殊な建造物であった。

 この南北に走る砦を越えて、東へ行くと『エンターク大陸』へと行くことが出来る。 そして、そのエンターク大陸の地下に『エクイテス』という地底都市が存在するのである。

 ディ・リターとエクイテスは、この砦の内部で連結されており、ゼルナー達は自由に二都市間を行き来する事が出来た。 但し、ディ・リターの市民は勝手にエクイテスに行くことは出来ず、通行証が無ければ砦自体に行く手を(はば)まれる。 だが、エクイテスの市民は、誰でも自由にディ・リターへ行くことが出来た。

 何故、ディ・リターの市民はエクイテスに勝手に行くことが出来ないのに、エクイテスの市民だけ自由にディ・リターへ行けるのか?

 それは、エクイテスの市民が一般のゼルナーと同じくらい性能が高い者達だったからである。

 その為、エクイテスの市民はゼルナーとしてディ・リターへ協力し、南側の出入り口を使って『デモニウム・グラキエス』へ出兵する事が多かった。


 その南側の出入り口――フルの縄張りに近い場所にある出入り口は、先の二つの出入り口と比較しても、『超』が付くほどの厳重な警備で護られており、ディ・リターの市民が付近へ近づくことすら許されなかった。

 というのも、およそ100年前にフルを討伐しようと少数の精鋭(せいえい)ゼルナーがデモニウム・グラキエスへ出兵した際、フルとの戦いにあっさり敗北し、ディ・リターへと戻ってきた事があった。 その際、戻ってきたゼルナー達はそのままエクイテスへ移住しようとしたが、意思のある砦に阻まれてしまった。 彼らが何かフルによって異物を埋め込まれているのではないかと疑った為である。

 ところが、ディ・リターは敗走兵など厄介な者達を引き受ける事が面倒で、砦を説得してエクイテスに半ば強引に彼らを押し付けてしまった。 エクイテスはそんな行き場を失くした彼らを暖かく迎えたのであったが……その後の惨劇は、ライムの過去を聞くと良くわかるだろう……。

 こうして、ディ・リターはいい加減な管理でエクイテスを危険に(さら)した責任を問われ、デモニウム・グラキエスに行く者や、戻ってきた者を厳重に管理するようになった。

 特に、デモニウム・グラキエスから戻ってきたゼルナーに対しては、非常に厳しくチェックをし、フルに何かされてはいないか二十、三十の検査を受け、二週間以上隔離されたうえで、ようやく都市に戻る事が出来るという厳格さであった。

 

 ――さて、一層から二層にかけては、このような美しい街並みのディ・リターであるが、三層はパイプだらけの工場が立ち並ぶ工業エリアとなっており、工場から出る排気は全て地底のパイプを通って、器械の砦の南端にある廃棄処理施設に流されていた。

 そして、四層はマザーがいる聖堂となっており、他の階層の十分の一にも満たない面積であった。 とは言うものの、四層自体がまるまる聖堂であると考えれば、ディ・リター最大の建造物とも言えた。


 ――


 ライコウ達はアイナがあった『ゲントウ』と呼ばれるエリアから、アイナの難民を引き連れてディ・リターへと移動した。

 祝典が終わり、彼らは次の行動を決める為に、カヨミとコヨミの父親である『アセナ』の屋敷に滞在していた。


 アセナはディ・リターのゼルナー達を統括(とうかつ)する、いわば、総司令官であり、フルに対する警戒はアセナの指示の(もと)で行われていた。 アセナはディ・リターのゼルナーの中では一、二を争う能力を持っており、彼は主にデモニウム・グラキエスとディ・リターとの間に築いた砦でフルを警戒しており、カヨミとコヨミが暮らしている自宅へは滅多に帰ってこなかった。

 しかし、今回のハギト討伐においては、器械達が誕生して以来一度も傷すら付ける事が出来なかったハギトを、自分の娘達が率いるディ・リターのゼルナー隊が見事に討伐した事――そして、アラトロンを(したが)えた英雄『ライコウ』の姿を一目見たかったという思いから、ハギト討伐を記念した祝典に参加する為にディ・リターへと戻って来たのであった。


 ――アセナは全身の骨格にマナスを結合させているという極めて特殊なゼルナーであった。

 逆立った黒髪に、彫刻のような彫りの深い精悍(せいかん)な顔をした人型のゼルナーであり、一見するとその顔はリクイにも似ていた。 だが、リクイと比べて大柄(おおがら)ではなく、(いか)つい鎧も身に(まと)っていなかった。 彼はプリーストのような丈の長い黒い外套(がいとう)羽織(はお)っていた。 外套の袖端(そではし)裾端(すそ)は美しい銀色の枠で縁取られており、目を凝らして外套の表面を見ると、裾の辺りに月のような文様が薄っすらと刻まれているのが見えた。

 外套を脱ぐと、白いシャツに十字のネックレスを下げた服装である事が分かり、遠目から見るとまるで聖職者のようであった。

 彼の娘であるコヨミとカヨミはモコモコした電子パイロットジャケットを着ており、どちらかと言うとカジュアルで機械的な服装であったのだが、父親であるアセナの服装は一見すると彼が器械である事を忘れてしまう程であった。

 だが、袖口から出ている両手が、彼が間違いなく器械である事に気が付くだろう――。

 無骨な金属製の両手はすさまじい出力を誇っており、握りしめる物体を金属だろうが、岩だろうが砕きつぶした。 そして、カヨミのようにその手は脱着可能であり、両手を外してレーザー砲を照射することが出来た。

 背中には娘達と同じく武器を背負っており、コヨミが愛用するバズーカ砲と似たような巨大な筒状の武器を背負っていた――


 ――とここまでは彼が『人型』である時の外見であるが、彼は夜間になると、その姿をオオカミのような姿に変えた。 これは、骨格にマナスを結合させている媒体が暗黒子と呼ばれる素粒子では無く、ハギトと同じ光子である為に起こる現象であった。

 彼がオオカミのような姿に変わると、出力が上がるせいなのか、時折、体が光を帯びて発光する。 人間型の時と比べると格段に加速性能が上がり、ライコウと同じく音速を超えるスピードを出す事も出来た。

 しかし、獣人の姿に変わる事が出来るのは夜間――しかも、月が見える天候の良い場合に限られており、常に猛吹雪が吹き荒れるデモニウム・グラキエスでは、オオカミに変身する事が出来ずにその性能を持て余していたのであった。


 ――


 ライコウに初めて会ったアセナは一目見て、彼の潜在能力の高さに驚愕(きょうがく)した。 そして、一瞬でライコウに惚れ込み『是非、フルの討伐に協力して欲しい』と願い出た。


 「うーむ……。 フルと戦う前にトコヨに行こうと思っておったんじゃがのぅ……」


 ライコウはハギトを討伐した後、トコヨへ行こうと考えていた。 自分の『夢』であったトコヨの戦士に早くなりたかったのである。

 そもそも、ハーブリムからライコウ達がアイナを目指したのも、ハギトを討伐するという目的の他に、トコヨへのアクセス方法を調査する目的があった。

 

 ――アイナを拠点にしてハギトの行動を調査し、オーメル草原にてハギトを撃破する――その後、時間をかけてトコヨへ行く為のルートを調査し、トコヨへ上陸する――


 当初はそんな計画を立てていたのだが、ハギトの行動調査をしている間にショル・アボル=ヨルムンガントがアイナを急襲し、急遽(きゅうきょ)予定を繰り上げてハギトと戦わなければならなくなり計画が狂ったのだった。

 その後、何とかハギトは撃破したものの、アイナは廃墟となってしまい、トコヨへ行くための拠点として使えなくなってしまった……。

 したがって、アイナの難民と共にディ・リターへ来た理由は、アイナを拠点とする事が出来なくなったからという止むを得ない事情があった為であり、ライコウはまだトコヨへ行くことを(あきら)めていた訳では無かったのだ。


 ――アセナはライコウの意向を聞き、フルの討伐に協力してくれるなら、先にトコヨへ行った後でも構わないと言い、トコヨへ行く為の調査隊をライコウの補助につけるとまで言った。

 ライコウはアセナの好意を喜んで受け入れ、イナ・フォグが戻り次第、トコヨへ行く為のルート調査を開始しようと意気込んだ。

 ……ところが、隣で二人の会話を聞いていたヒツジが突然口を(はさ)み『ベトールを討伐してからでないと、トコヨへ行かせる訳にはいかない』とトコヨへ行くことに反対し、ライコウの熱意に水を掛けた。

 

 「――トコヨへ行く為には、巨大な大渦がある海峡を越えなきゃならない。 そんな大渦を越えられる船なんてこの世界にはどこにもないよ。

 そうなると、空を飛んで行かざるを得ないけど、空を飛べば間違いなくベトールが襲って来る……。 そんな事、キミも良く分かっているだろ?

 

 海上を飛んでいる時にベトールに襲撃され、それこそ、海に叩き落されでもしたら目も当てられないでしょ。

 

 つまり、ベトールを倒さない限り、トコヨへ行くことは不可能なんだよ……」


 ヒツジはそう言ってライコウを(さと)したが、ライコウは「――そんな事は分かっておる!」と一蹴し――


 「――大渦を回避する方法を調べる為にゲントウへ戻ろうと言うんじゃ! お主は頭ごなしにその可能性すら否定しようと言うのか!」


 と珍しくヒツジに食って掛かり、ライコウの勢いに負けずにヒツジも応戦し、二人は口喧嘩を始めてしまった……。


 ……取り()えず、アセナとカヨミが二人を(なだ)め、トコヨへのルート調査を優先するか、フルとの戦いを優先するかは、イナ・フォグがアイナから戻って来た時に彼女の意見を聞いて判断するという結論に落ち着いた。


 ――


 イナ・フォグがアイナから戻ると、ライコウは早速『トコヨへ一緒に行く為に協力して欲しい』と彼女に願い出た。

 ライコウはイナ・フォグが自分の願いをすんなり受け入れてくれるだろうと思っていたが、意外な事に彼女はヒツジと同じ意見を言って、ライコウの願いを断った。

 

 失望するライコウにイナ・フォグは少し悲し気な様子を見せてライコウを(なだ)めた。


 「……気持ちは分かるけど、万一、スカイ・ハイの攻撃で海に落とされたら、私でも無事じゃすまないわ……。


 トコヨとゲントウとの間にある大渦の海峡は『イン・ケイオス』の縄張りよ。

 海中でヤツと戦う事だけは避けないと……」


 イナ・フォグはそう言って、確実にトコヨへ行くためにはベトールを討伐し、空を飛んでいくしかないとライコウと説得した。 だが、それでもライコウは(あきら)めきれずに、今度はラヴィに頼んで、彼女の術を使ってベトールを(あざむ)き、空を飛んでトコヨへ行けないか打診した……。


 「うーん……。 (なんじ)の頼みだからワガハイも()()()()()()()()のはヤマヤマだけど……


 ……ベトールには『透明化する術』は通用しないのだ……」


 その理由は、そもそもラヴィが以前説明した通り、ラヴィの術は対象を景色と同化し、あたかも透明になったかのように見せかけるだけである。 したがって、ベトールの索敵電波にはアッサリ捕捉(ほそく)されてしまうのだ。

 ライコウはそれでも、イナ・フォグの『アラフェール・ライラ』で紫の霧に(まぎ)れれば大丈夫だと食い下がったが、ラヴィも今回ばかりはイナ・フォグとヒツジの意見に同調した。


 「うぅ……汝の気持ちは良く分かるのだ……。 でも、アラトロンの言う通り、汝の予想がハズレてベトールに襲撃された時……もし、誰かが海の中に落ちたとしたら、取り返しのつかない事態になる事は明白なのだ……。

 

 取り返しのつかない事態になる事が事前に予想されるのであれば、その行動は絶対に()めるべきで、他の選択肢を考えるべきなのだ――」


 ――こうして、ラヴィにも反対されたライコウは、結局、トコヨへ行くことを諦めた。

 

 イナ・フォグとヒツジは『自分達がライコウの主張に反対した事で、ライコウがしばらくヘソを曲げるのではないか?』という心配をしたのだが、ライコウは意外にもケロッとした態度でトコヨの事など忘れてしまったかのように、いつもと変わらぬ様子で二人に接していた。


 二人はそんなライコウの様子を見て、内心ホッとしていたに違いない……。


 ――


 ライコウ達は次の目標をフル討伐一本に定めた。 では、フルを討伐する為に、何をしたら良いのか? ライコウはお互いの知恵を出し合おうとアセナの屋敷に皆を呼び集めた。

 

 ライコウはトコヨに行くために何をするべきかもう一度考えた――。


 トコヨへ行くためには、ベトールを倒さなければならない。 そして、その為にはグレイプ・ニクロムという鉱物が必要である。

 そのグレイプ・ニクロムはフルの縄張りであるデモニウム・グラキエスでしか採掘が出来ない。

 

 ――だから、フルを討伐しなければならない――


 そして、ラヴィもライコウと同じ考えを持っていた。 それだけでなく、そもそもラヴィはハギトを討伐する前から、グレイプ・ニクロムを採掘する為の計画を立てていたのである。

彼女はその為に、イナ・フォグを仲間にしてハーブリムへ戻ってきたライコウに会おうと、危険を(おか)してハーブリムへ来た経緯があったのだ――。


 ――


 ディ・リターとフルとの戦いは、もう、300年続いていた。

 300年の間にディ・リターがフルに傷を負わせた事はただの一度も無かった。 火薬の煙で顔を(すす)けさせたり、服を汚したりする事くらいは出来たものの、体には傷一つ付けられなかったのだ。 フルとの戦闘で破壊されたゼルナーは累計で数万体はいるだろう……。 デモニウム・グラキエスでは、そんな数えきれないゼルナーの遺体が今も回収されずに雪に埋もれている。 下手に回収しようとすると、()()に襲われて破壊されてしまうからそのまま放っておくしかないのだ。


 ディ・リターはその現状を打破するべく、他のマルアハを標的にした事もあった。

 ディ・リターと比較的近い距離に縄張りを持つベトールに矛先を向けた事があったのだが、ベトールはフル以上に厄介な相手であり、そもそもベトールの縄張りに侵入する際にティルナング大陸へと渡る橋で凶暴なショル・アボルに襲撃され、ベトールの縄張りに辿(たど)り着くだけでも困難であった。

 暴風吹き荒れる大空を飛び回るベトールを討伐する為には、背中に生えているクジャクのような翼を無力化しなければならない……。

 翼を無力化する為に、最も有効であると思われたのが『グレイプ・ニクロム』と呼ばれる鉱物であった。 だが、グレイプ・ニクロムはフルの縄張りであるデモニウム・グラキエスでしか採掘出来ない……。

 その為、ディ・リターのゼルナー達は、ベトールよりも先にフルと戦わざるを得ないのである。


 そこで、ディ・リターのゼルナー達は、隣接都市の『エクイテス』と協力し、フルと戦わずに何とかグレイプ・ニクロムだけ採掘しようという計画を立てた。

 その作戦は、カヨミとコヨミ、そしてアセナが中心となって立案され、彼らはエクイテスのゼルナー達と共にデモニウム・グラキエスに侵入して少量のグレイプ・ニクロムを採掘する事に成功した。

 だが、その代償は大きく――同行したエクイテスのゼルナーは全員フルの眷属となってしまった。 しかも、そんな決死の覚悟で採掘したグレイプ・ニクロムはあまりにも少量であり、せいぜい鎖に加工してカヨミの左腕に仕込む事くらいしか出来なかったのであった。

 その後もディ・リターのゼルナー達はエクイテスのゼルナーと協力して、グレイプ・ニクロムを少しずつでも採掘しようと、日々、フルの目を盗んでデモニウム・グラキエスに侵入していた。


 こうして数十年の間、フルの監視を潜り抜け、多くのゼルナーを犠牲にしながら採掘出来たグレイプ・ニクロムの量は――カヨミの鎖と、アセナの武器の材料に使われた欠片、それと、少量のワイヤーを加工する為に使われた断片……つまり、殆ど採掘出来なかったのであった……。


 ――そんな惨状を何とかしようと、つい最近、一人のゼルナーがデモニウム・グラキエスに侵入しようとした。

 以前、ライコウがイナ・フォグを仲間にしてハーブリムへ戻って来た際、ウサギが警察に逮捕されていた事があった。 その時、ウサギは留置場で『アルがグレイプ・ニクロムを手に入れる為にデモニウム・グラキエスへ行った』と言っていた。 アルの正体は先刻、イナ・フォグが見抜いたとおり、W・W=ラヴィニア――ラヴィである。

 ラヴィはベトールを討伐する為には、グレイプ・ニクロムでベトールを拘束して翼を奪わなければ不可能であると考え、グレイプ・ニクロムを採掘しようとデモニウム・グラキエスへ行こうとしていたのだ。 だが、ラヴィは一人でデモニウム・グラキエスへ行こうと思っていた訳ではなかった。


 実は、ライコウがハーブリムから戻って来た際、ラヴィは地上への出入り口にある関所内でライコウが戻って来るのを待っていた。 そこで、ライコウに会って仲間となって一緒にディ・リターへ行こうと考えていたのである。

 ところが、ライコウが連れてきたマルアハ『アラトロン』は、どうもライコウにくっついてばかりいる――それどころか、ライコウの事を(した)っているかのようにも思えた。

 ライコウ達が関所内でサクラ2号を説得している時、ラヴィは術を使用して透明になり、嫉妬(しっと)(くすぶ)る自身のココロを抑えながら、ライコウの前に姿を現すタイミングを見計らっていた。

 しかし、イナ・フォグがライコウに抱き着いた時、嫉妬の炎がそのピンク色の瞳にメラメラと湧き上がり、思わず足元に転がっていた鉄片をイナ・フォグに投げつけてしまった……。

 イナ・フォグが頭を押さえて後ろを振り向くと、ラヴィは慌てて逃げだした……。 マルアハであるイナ・フォグがその気になれば、ラヴィの術をすぐに見抜いてしまう。 そして、一度警戒されてしまったからには、再びイナ・フォグの傍へ近づく事はあまりにも危険だと思ったからである。


 『うぁぁ――! ワガハイは何て事をっ! アラトロンの奴に警戒されては、もはや、ライコウ様に近づく事が出来ないのだ……。 ああ、ライコウ様……(なんじ)を愛する故に嫉妬に狂ってしまったワガハイをお許しください……のだ』


 ラヴィは逃げ出した関所の裏で灰色の壁に向かって懺悔(ざんげ)の言葉を吐いていたが、その間にライコウ達は関所を出て、ウサギの工場へと向かっていた……。


 ――その後は周知のとおり、ライコウ達はマザーに頼んでウサギを解放し、ラヴィの目的をウサギから聞き出した。 ラヴィはイナ・フォグが必ず自分とライコウを引き合わせまいとするに決まっていると()()()()で分かっていたので、自分が向かう場所とは正反対の場所へ行くはずだと確信していた。 ラヴィの予想通り、イナ・フォグはラヴィを追う事に猛反対し、ライコウ達はディ・リターへ行かずにアイナへ行こうと決めた。 そこで、ラヴィはそそくさとハーブリムを発ち、ライコウ達がアイナへ到着する前に先回りしたのであった。


 ――つまり、そもそも、ラヴィはグレイプ・ニクロムを採掘する協力をライコウにしてもらう為にハーブリムへやって来た。 アイナで『狂言の流布』という罪に問われて留置場にぶち込まれていたラヴィは、マザーに再び捕縛される危険を冒してまでして、わざわざハーブリムへやって来たのだ……。

 それほどまでに、グレイプ・ニクロムの採掘に並々ならぬ意気込みを見せていたのだ……当初は……。


 ところが、恋する乙女はイナ・フォグに対してライバル心を燃え上がらせ、当初の意気込みなどウサギの工場の片隅に打ち()ってしまい――『ライコウ様をアラトロンに渡してなるものか!』と鼻息を荒くして、再びアイナへと戻ってしまったのだ……。

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