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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
獰猛なリリム
15/54

総力戦

 イナ・フォグが鎌を取り出した時、真っ赤に染まった空から『パキッ……』ガラスが割れるような音がした。 すると、突然すさまじい風が上空へと巻き上がり、破けたように開いた紫色の穴へ大気が吸い込まれて行った!


 ――そして、一息に空気を吸い込んだ穴は、再び空気を吐き出すようにヒョウ耳の少女をペッと吐き出した!

穴から吐き出されたハギトはまだこちらに気づいておらず、目を回しながらクルクルと地上へと落下し、ドサリと土煙(つちけむり)を上げた。


 「……グ、グルルゥ……イナ・フォグめ! ()()アイツを目覚めさせようとするつもりかっ!

 

 ――許さん!」


 ハギトは他のマルアハと同じく過去の記憶を失くしていた。 しかし、記憶の断片は時々思い出す事があった。


 「イナ・フォグ! 貴様の思い通りにはさせんにゃ――!」


 ハギトはすぐにイナ・フォグを見つけ起き上がる――と同時に音速を越える衝撃波を響かせてイナ・フォグへと襲い掛かって来た!


 「――都合の良い事をっ! アナタだって私と同じ『外の者』のクセに!」


 イナ・フォグはハギトの右腕から繰り出された爪の一閃(いっせん)を鎌の柄で防ぎ、ハギトの脇腹に強烈な蹴りを浴びせる――しかし、ハギトはその蹴りを左腕で受け止めて、イナ・フォグの足を(つか)み振り回して、地面へ叩きつけようとした!


 「くっ――!」


 ハギトに右足を掴まれて逆さまに振り上げられたイナ・フォグは、咄嗟(とっさ)にハギトの頭目掛けて鎌を振った――!

 

 『ガキィィ!』という金属音が響き、チカチカと火花が散る! なんと、ハギトは高熱の鎌の刃をその鋼鉄の歯で噛みついて防ぎ――瞬時に右手の鋭い爪でイナ・フォグの体を引き裂いた!


 「キャッ――!」


 イナ・フォグはハギトの爪が当たる一瞬の間に、左足でハギトの左手を蹴りつけて掴まれた右足をほどき致命傷を免れたが、身に纏う黒いドレスは破けてしまい、赤い下着と首から下げているヨミノクロガネが露わとなった。

 ハギトの鋭い爪はイナ・フォグの体を掠り、白い肌には爪で引っかかれた跡が赤く(にじ)んでいる……。


 (日が落ちて来たとは言え、夜にならなければア・フィアスの力が弱まらないし、逆に私の力が強まらない……)

 

 イナ・フォグが考える隙を与えずに、ハギトは地団駄(じだんだ)を踏むような動きをしたかと思うと、再びイナ・フォグに向かって鋭い爪を振りかざす――そして、イナ・フォグに向かってミサイルのように一直線に突進して来た!

 一見、単調な攻撃を仕掛けて来たかに思えるが、イナ・フォグはハギトが攻撃に入る前に足を踏み鳴らしていた細工を見逃さず――


 「シェム・ハ・メフォラシュ……」


 と(つぶや)くと、そのままハギトの攻撃を大鎌で受け流し、驟雨(しゅうう)のように降り注ぐ爪を鎌の柄で『ギン、ギン、ギン――!』と火花を散らして防ぎ、ハギトの右腕から放たれる一閃に刹那(せつな)の隙が生じた事を見逃さず――ハギトが右腕を振り下ろそうとした瞬間にスッと(かが)んで(ふところ)に入り込み――そのままハギトの右腕を(つか)んで後方へ投げ飛ばした!

 イナ・フォグは一本背負いのようにハギトを投げ飛ばし、そのままハギトを追撃しようとする――しかし、イナ・フォグの正面からハギトの眷属(けんぞく)が群れをなしてイナ・フォグへ襲い掛かってきた!

 

 「ふんっ! ゴーレム達――!」


 イナ・フォグはハギトの思惑を読んでいたようで、事も無げに鼻を鳴らした。 ハギトの戦術を喝破(かっぱ)し、先にゴーレムを召喚してハギトの足跡の周りに待機させていたのだ。

 イナ・フォグが叫ぶと、イナ・フォグの目の前の地面が隆起し――土砂を撒き散らしながら巨大な土蛇(つちへび)が姿を現した。

 そして、ハギトの眷属を取り囲むように次々と土から鎧を着た蛇達が姿を現し、ハギトが呼び出した巨大なオオカミやキメラのような猛獣へと襲い掛かった。

 

 一方、イナ・フォグに投げ飛ばされたハギトは空中で態勢を整えようとするが、翼の無いハギトでは重力に身を任せるしかなかった……。 しかし、落下している間にも再び頭上に光り輝く剣を展開させ、しつこくイナ・フォグへ攻撃をしてきた。

 イナ・フォグはハギトが召喚した獣達をゴーレム達に任せ、いつの間にかイナ・フォグの体に(まと)わりついていた二又(ふたまた)の大蛇の口から『ボン、ボン、ボン!』と黒い瘴気(しょうき)宿(やど)した小さな火の玉を連射して、ハギトをさらに空へと突き上げた。


 (……翼の無いア・フィアスでは空中での攻撃を避ける事は出来ない。 ましてや、『青銅(ナハーシュ・)の蛇(ネホシェット)』の攻撃なら避けようが無い。 大した傷を負わす事は出来ないけど、少なくとも、このままアイナまで運んでいけるわ……)


 イナ・フォグは落ちてくるハギトを火の玉で上から突き上げて、そのまま落とさないようにアイナへ運んで行こうと考えた。

 ……そんな楽観的な戦術を思いついたイナ・フォグであったが、そう簡単に行かない事は明白であった。 ハギトの頭上を旋回している光の刃はレーザーを飛ばしたり、鋭い刃で切りつけてきたりと執拗(しつよう)にイナ・フォグに攻撃をしてくるので、油断をするとすぐハギトを地上へと落としてしまう……。 それに、あまりハギトを高く突き上げると、強風が吹き荒れる上空では火球の制御が利かない。


 ――結局、この後すぐにハギトを地上へ落としてしまって、再びハギトと戦う事になり、最後は火の玉を吐いていた『青銅の蛇』がハギトの体に絡みついてようやくハギトを捕縛した。

 二又の大蛇はハギトをギリギリと締め付けながら、シッポをイナ・フォグの体に巻き付けてぶら下がるようにハギトを捕らえていた。

 ハギトは空中でイナ・フォグにぶら下がりながら大蛇に噛みついたり、両足で大蛇をほどこうと足掻(あが)いたりしていたが、青銅に変化した大蛇はビクともしなかった。

 

 (……ショル・アボルは全て処理したかしら? まあ、ライコウがいるから心配はいらないけど、それと……


 ……アイナの市民は無事避難出来たのかしら……)


 イナ・フォグはハギトを運びながら、アイナの市民を気にかけていた。 何の関係も無い他者を心配する事にまだ違和感を抱いていたが、先ほどゼルナー達の墓を掘ってあげた時のように、どうしても心配せずにいられなかった……。


 ――ライコウと出会ってから、イナ・フォグのココロは少しずつ変化してきていた。

 しかし、首から掛けられた気味の悪い心臓のような物体は、イナ・フォグのふくよかな胸の上で生き物のようにドクドクと脈を打っており、以前よりも()してその禍々(まがまが)しい瘴気(しょうき)を発しているように見えた。


 ――

 

 地底都市『アイナ』はハーブリムと同じほどの面積を有しており、国土としては相当広い。

 それも、そのはず、さすがにイナ・フォグも、狭い場所へハギトをおびき寄せ、ゼルナー達を密集させてハギトと戦うという悪手を選択するはずはなかった。 しかし、アイナはハーブリムと異なり、地上からかなり近い場所に位置していた。 地上からわずか100メートル下に都市を造った事が災いし、地上と都市との間を掘り進んで来たショル・アボル共によってアイナの天井が一部破壊され、巨大な穴が開いてしまった。 穴の直径は50キロにおよび、これだけでもショル・アボルによる襲撃がいかに災害級の(すさ)まじいものだったのか容易に想像できた。


 ショル・アボルの襲撃によって、五万人ものアイナの市民は一夜にして半数以上がショル・アボルによって食われ、破壊されてしまった。 (ほとん)どの建物が崩壊し、逃げ遅れた市民達の(おびただ)しい遺体が残るゴーストタウン――愛する都市が一瞬で廃墟となる様子を目の当たりにした市民達の嘆きがどれ程のものであるか想像するに難くない。

 たった一日で全ての生活を奪われた市民達は、悲しみに暮れる余裕もないまま、ディ・リターへ避難する事を余儀なくされた。 彼らはショル・アボルが蔓延(はびこ)る危険な地上を、エンドルが指揮する百余名のゼルナー達によって守られながら、いつ襲撃してくるかわからないショル・アボルに(おび)え、ひたすらディ・リターを目指して歩いていた……。

 

 エンドルはアイナの市民をディ・リターへ先導する役を買って出た。 彼女は「アイナの市民をショル・アボルから守る為に、命を懸けてこの大役を果たすわん!」などと殊勝(しゅしょう)な言葉を述べたが、本音はハギトと戦いたくなかっただけであり、ライコウも何となくエンドルの心意は分かっていた。

 エンドルの都合の良いウソを見抜いていたカヨミは「この、臆病者めが!」とエンドルを(ののし)ったが、ライコウはエンドルの気持ちを思い()り、カヨミを(なだ)めてアイナの市民達をエンドルに任せたのであった。

 

 ライコウより先にアイナへ向かったサクラ2号とジスペケは、ハギトとの戦闘から一緒に離脱した10名の仲間と共にアイナへ到着した後、アイナの市民達を避難させる為に奔走(ほんそう)し、ショル・アボルとの戦闘には参加していなかった。 仲間と共にアイナの市民達を地上へ避難させ、再びアイナへと戻って来た時、ライコウから第一部隊が全滅した事を聞かされた。 ライコウは第一部隊の身に何が起こったのかを彼らに説明し、皆を助けられなかった事を悄然(しょうぜん)とした様子で詫びた。


 「――いや、ライコウのアニキが謝ることじゃねぇ! アイツ等のココロは俺達のソウルに熱く刻まれているぜ!」


 ジスペケは黒いシールドの下の赤い瞳をピカピカと光らせて、ライコウを(おもんばか)った。 言葉の意味は良く分からなかったが、ライコウはジスペケの様子を見て少しココロが救われた気がした。 サクラ2号とジスペケ――そして、第一部隊の生き残り10名は仲間の仇を討つ為にこのままアイナへ留まって、カヨミ率いる第三部隊と共にハギトを迎え撃つ準備を始めた。

 

 第三部隊のゼルナー達はカヨミの指示により、東奔西走(とうほんせいそう)――地雷の設置やら大砲の設置やら(あわ)ただしく動き回っていた。 ところが、コヨミとラヴィは忙しく動き回るゼルナー達を尻目に、目を三角にさせながら延々と自らの性能を自慢し合い、いかに自分がライコウの伴侶(はんりょ)にふさわしいかを競い合って火花を散らしていた……。

 カヨミは何の手伝いもせずにいがみ合う二人を、苦々しい顔をして横目で見ながら、叱りつける余裕もなく、戦車と武装車両に『エスペクラリア』を塗り直す作業に追われていた。

 一方、ライコウはマナスを補給する為に不承不承(ふしょうぶしょう)、休息をとっていた。 ここ数日休まず戦い続けていたライコウを心配して、カヨミがライコウに休息をとるように強く勧めたからである。 ライコウはディ・リターのゼルナーが乗っていたトラックの荷台に寝そべりながら、コヨミとラヴィの様子を見て、先ほどのショル・アボルとの戦闘でお互い気心が知れて仲良くじゃれ合っているのかと勘違いし「二人は仲が良いのう……」と呟き、ハギトとの再戦を前に一時の眠りについた。

 

 ――


 地平線の真っ赤な太陽が半分以上顔を隠し、ミドハルの荒地に映し出されていた第四部隊の影も徐々に闇に溶けて行く――。

 第四部隊はミヨシが乗る戦車を先頭に『壊れた砦』の近くまで迫っていた。

 

 第四部隊の戦力はおよそ1000名――ハーブリムのゼルナーは殆どこの戦いに参加し、都市にゼルナーが全くいないという異常事態であったが、マザーがベトールを結界に閉じ込めている間は当面敵の脅威にさらされる事は無かった。 ゼルナー達の家族は愛する者無事を祈り、必ずマルアハを討伐してくれるだろうと期待した。 もちろん、壊滅した第一部隊の家族も、愛する者が無事ハーブリムへ帰還するよう祈っていた……もはや、叶わぬ願いであることを知らずに……。

 

 ……


 「ヒツジ殿! このままのペースで行けば、アイナまでおよそ3時間で到着するぞ!」


 第四部隊を率いるリクイから、ヒツジのデバイスへ無線が入った。 ヒツジはラキアと共にミヨシが乗る戦車の砲身へ腰を下ろし、前を見据えていた。


 「うん、分かっている! もう少しペースを速めないと! ハギトをアイナへおびき寄せる前には少なくとも到着したい!」


 ヒツジはそう言うが、イナ・フォグはあと一時間もせずにアイナ上空へ到着し、大地に開いた大穴へハギトを放り込むだろう――。

 ヒツジは出来るだけ早くアイナへ向かい、うまく行けばイナ・フォグより先に到着し陣営を張る事が出来ると考えた。 しかし、ショル・アボル=ヨルムンガントによる被害を把握する為に時間を使い、かつ、アイナの避難民をハーブリムが受け入れるかどうか、ディ・リターと遠隔会議をしていた影響もあって、イナ・フォグが到着するまでには間に合いそうになかった。

 ミヨシはイナ・フォグの眷属となった影響で、イナ・フォグの居場所が何となくわかるようで、ヒツジの言葉を否定した。


 「ヒツジ、それは無理ですよ! アタチは何となくフォグさんが何処にいるかわかります。 たぶん、フォグさんはあと一時間もすればアイナへ到着しますよ」


 ミヨシの言葉にヒツジは「うーん……」と腕を組んで、(だいだい)色の瞳をチカチカさせる――。

 

 (……そうすると、ボク達が到着した時には、すでにハギトとの戦闘が始まっている……。

 であれば、ボク達は闇雲に戦闘に参加せずに、戦況を見ながら戦力を投入していく方が良いかも知れない……)


 ヒツジはそう考えると、後ろで大群を率いるリクイにデバイス越しに声を掛けた。


 「――リクイ! ボク達がアイナへ到着する前に、第三部隊はハギトとの戦闘を開始しているはずだ。 ボク達はアイナの上に着いたら地底へと降りずに、まずはアイナに開いた大穴まで移動して地上から戦況を見守ろう――」


 ヒツジはライコウからの連絡で、ハギトが第一部隊を壊滅させた(あお)い閃光による攻撃を警戒していた。 最悪、第三部隊が全滅しても、第二波としての戦力を残しておきたかった。

 ハギトとて、マナスを無限に内包出来る訳では無い――。

 ハギトがマナスを消耗し、疲れ切ったところで新たな戦力を投入して、一気に攻めた方が良いだろうと考えを改めたのだ。


 (ボクの体の中にある兵器……コイツを使うタイミングは一度きりだ……。 慎重に使うタイミングを見極めないと……)


 ヒツジの内部にはある特殊な兵器が内蔵されている。 それは、ヒツジの瞳から射出する兵器であったが、通常のレーザーや時々ヒツジが使用する小型のガトリングガンとは異なりすさまじい威力を誇る兵器であった。

 しかし、その兵器はヒツジのアニマと結合しているマナスを大量に消費する。

 戦闘での使用は一度だけ――再使用するまでマナスの回復を待たねばならず、その間、ヒツジは暫く眠ってしまうのだ。

 恐らく、ハギトとの戦闘ではこの兵器を使用せざるを得ないだろう……。 ライコウにも内緒にしていた秘密兵器……だが、ヒツジはライコウがこの兵器の存在に気が付いている事を期待していた。


 (もし……。 もし、キミが……


 キミの記憶を少しでも思い出してくれていたら……

 きっと、ボクの体に内蔵されているこの兵器の事を覚えているに違いない。


 だって、キミはボクの……)


 ヒツジは何だか胸が切なくなり、ブリキのロボットのような手を胸に当てて、瞳から発する光を消した……。 そして、少しの間、いつかの幸せな日々に思いを寄せた。


 ――


 ショル・アボルによって巨大な穴を開けられたアイナの都市に、微かな月の光が差し込んでいる……。

 その光は、バハドゥル・サルダールのゼルナー達が、自らの力を誇示しようと建築した高層ビル群を薄っすらと照らしていた。

 高層ビルは無残にも破壊され、傾いており、まるで爆弾でも落とされたかのように砕け散り、炎が(くすぶ)っていた。

 その荒廃した様子は、高慢で利己的なバハドゥルのゼルナー達の未来を映し出しているようだった。

 

 ――ライコウ達は廃墟となった高層ビルや建物の影に、敵を捕捉するレーダーが装着された地雷を幾つも設置した。 戦車と武装車両には全車両に『エスペクラリア』を塗布し、レーザーから身を護る防御を固め、ゼルナー達が避難する為の塹壕(ざんごう)も掘った。

 

 ハギトはオアシスの周辺で戦った時のように、多くの獣達を召喚するだろう。


 その獣達に対処する為、広いアイナの都市にドローンを放ち、空中からでも敵の位置を捕捉し、爆撃を加える事が出来るようにした。 そして、崩壊した建物の上には高射砲やカノン砲を設置し、空を飛ぶ獣の襲撃にも備えた。

 

 あらゆる事態を想定し、たった数時間の間で戦闘への準備を終えたライコウは、イナ・フォグがハギトを連れてくるまでの間、ゼルナー達を全員広場へと呼び集めた。


 ……


 「――もし、ハギトが建物内へ逃げ込んでも決して追ってはいかんぞ! 逃げ込んだ建物を砲撃で破壊して、とにかく広い場所で戦うんじゃ!」

 

 ディ・リターのゼルナー総勢千余名(せんよめい)は、先日、アイナの市民がバハドゥルに対して独立宣言をした広場へと集結し、崩れた石造の建物の上に立つライコウの言葉に耳を傾けていた。

 ライコウの隣には、何故かラヴィとコヨミが控えており、お互いの顔を見ては「ふんっ――」と鼻を鳴らしてツンケンしていた……。 カヨミはライコウが乗っている崩れた建物の下に屹立しており、前方のゼルナー達を緊張した眼差しで見つめていた。

 戦車から照射されるサーチライトが四人を照らす中――ライコウが再び口を開いた。


 「――この場所をハギトの墓場とするんだ! この100年以上の間、奴らによって破壊された仲間たちの無念を今ここで晴らす時が来たんだ!

 

 今まで何も変わらなかったこの世界を――


 俺たちの力で変えてみせるぞ!」


 ライコウは背中に収めた剣を抜いて、天へ突き上げた――。


 怒涛のような歓声が薄暗いアイナの都市に響き渡り――ゼルナー達の士気が最高潮に達したその時――


 「ライコウ――!!」


 ライコウの頭の中から、イナ・フォグの声が聞こえて来た!


 「フォグ――!? 一体、どこにいるんだ!?」


 「アイナまであと一キロも無い上空にいるわ! ア・フィアスは『ナハーシュ・ネホシェット』で縛り付けている! 何処へ行ったら良いの――!?」


 ライコウは瓦礫(がれき)と化した建物から(すべ)り降り、カヨミに目で合図を送る――カヨミはライコウの目配(めくば)せで全てを理解したように叫んだ。


 「総員――!! ハギトがいよいよこの地へ来る! 各自、戦闘配置――


 ――急げ!!」


 カヨミの叫びに全てのゼルナーが『オオッ!!』と呼応し、焦眉(しょうび)の急でバラバラと散開(さんかい)して行く――。


 ラヴィとカヨミもお互い顔を合わせて、全てを理解したようにコクリと頷いて、ライコウの傍へ駆け寄って来た。

 ライコウはイナ・フォグに呼び掛ける――


 「――フォグ、聞こえるか!? 目を凝らせばショル・アボルが開けた巨大な穴が見えるはずじゃ! そこへハギトを叩き込め!」


 イナ・フォグは空を飛びながら地上へ目を向ける――すると『壊れた砦』の東側の半分が崩壊しており、ぽっかりと巨大な穴が開いていた。

 ハギトはイナ・フォグの体から伸びる二股の蛇に体を縛り付けられて、蛇の体を噛みつきながら両腕で引き離そうとしているが、凄まじい力でハギトを縛り付ける蛇の力に圧倒されて容易に引きはがす事が出来ない!


 「分かったわ、あの穴ね……。 今からア・フィアスを穴へ落とすわ! 穴の周りに誰もいないようにして!」


 イナ・フォグがそう叫ぶと、二股の蛇はイナ・フォグの意思を察したように、縛り付けているハギトの体をイナ・フォグへと引き寄せた。


 「ガルル――! 放せっ、イナ・フォグ!!」


 放すはずが無い事はハギトにも分かっていたが、凄まじい力で締め付ける蛇に(あらが)う事が出来ずに叫ぶハギト――その叫びにイナ・フォグは強烈な蹴りで応えた!


 「ギニャァア――!」


 イナ・フォグがハギトの腹部へ蹴りを入れると、イナ・フォグの体に纏わりついていた二股の大蛇はその勢いで彼女の体を離れ――ハギトを縛り付けたままミサイルのように巨大な穴へ向かって落ちて行った!


 『――ドカン!』


 穴の奥から凄まじい衝撃音が響き渡る。

 イナ・フォグは自身が蹴り飛ばしたハギトを追いかけるようにアイナの都市へと入って行った――。


 ――


 「――ライトはなるべく使用するな! デバイスを起動して暗視装置を使え!!」


 「火器はまだ使用するな! 弾道で位置がバレるぞ!」


 真っ暗闇のアイナの都市から口々にゼルナー達の命令が飛び交う――。

 空を飛び交うドローンの光がチカチカと地上を照らし、陥没(かんぼつ)した地面の底で(うずくま)る獣のような少女を照らし出した。


 うっすらと光に包まれながら倒れているハギト……。

 先ほどまで体を縛り付けていた二股の大蛇は爆発の衝撃の為か消滅してしまった。

 光に包まれた少女は微動だにしない――すると、上空から炎のように揺らめく赤い線が見えたかと思うと、その線は倒れたハギトに向かって真っすぐ近づいてきた――!


 『ギィィン――』


 暗闇の中から鋭い火花が散り、揺らめく赤い光と閃光のように輝く光が交わった――!


 ハギトは上空から鎌を振りかざすイナ・フォグの攻撃を紙一重で避け、矢庭(やにわ)に起き上がってイナ・フォグを爪で引き裂こうとした。 その刹那の攻撃を驚異的な鎌捌きで跳ねのけるイナ・フォグの赤い鎌の光が、激昂(げきこう)したハギトの体から発する(まばゆ)い光と交わったのである。

 

 「――アラトロン様を援護しろ!」


 暗闇のそこかしこからゼルナーの掛け声が響くと、何処からともなく手りゅう弾の雨がハギトの周りに降り注いできた!


 『ドカン、ドカン!!』と凄まじい爆音が響き、光輝くハギトの体が宙を舞う! 空を飛び交うドローンは『タタタタ……』という機関銃の音を響かせながら、宙を舞うハギトに小銃を浴びせ続けた。

 

 イナ・フォグは紫色の霧を体に纏って爆発の衝撃を吸収しながらハギトを追い、再び地へ叩きつけようと鎌を振り上げる――

 

 ――しかし、爆発の衝撃では全く傷を負っていなかったハギトは、イナ・フォグの灼熱の鎌の一閃を両手でガシッと掴んで防ぐ! 焼けるような音と異様な匂いが鼻をつき、ハギトの手から煙が出るが、ハギトはお構いなく鎌を掴みながらイナ・フォグを逆に上空へと蹴り上げた。


 そして、重力に任せて地上へ落ちながら、顎が外れるほどの大口を開け――眩いばかりのレーザーを吐き出した!


 その閃光で空を飛ぶドローンや、廃墟の影に隠れていたゼルナー達、そして彼らを指揮するカヨミの姿、崩れた建物の屋上で本を旋回させて何やら呟いているラヴィの姿が煌々(こうこう)と映し出された――。


 そして、次の瞬間――


 『ズドン!』という凄まじい爆発が起こり、大きな地響き共に高層ビルがあっという間に崩れ去った。 建物の影に隠れていたゼルナー達は直撃を免れたが、崩れ落ちて来た瓦礫に埋もれてしまった。


 この一撃でハギトの周囲を旋回していた殆どのドローンが破壊され、数百人が負傷し、アイナの街には炎が巻き上がった!


 「ぐっ、何っ――!? エスペクラリアが効かないだと!?」


 爆発の衝撃で吹き飛ばされ、壁に激突したカヨミ。 体内の冷却装置と燃料パイプが損傷したにも関わらず、デバイスを使って瓦礫に埋もれた仲間達を救出するようゼルナー達に指示を出す――。

 

 「くっ……。 たった一度の攻撃でこの有様……」


 カヨミはハギトの力を見誤っていた。 『エスペクラリア』という反射材があれば、ハギトのレーザーを反射し、多少近づいても致命的な損害は避けられるはずだと考えていた……。


 「総員――! 至急、ハギトとの距離を取った後、アラトロン様を遠距離で援護しろ!

 絶対にハギトに近づくな! ハギトの攻撃を避けられる範囲まで退避しろ!」

 

 暗闇で重火器を使用すると位置を把握される危険があったので、手りゅう弾やグレネードランチャーを使用してイナ・フォグを援護しようと考えたカヨミであったが、ハギトに近づく危険性を痛感し、射程内のギリギリの範囲で距離を保って砲撃を行う戦略へ切り替えた。 ゼルナー達は大急ぎでトラックの荷台へと駆けこみ、予備のドローンを稼働させて、再び空へと解き放つ――。

 

 ――ヒョウの様な丸耳をざんばら髪の頭にくっつけて、愛嬌のある牙を出していた日焼け色の小さい少女は、今やその様子を一変させ、恐ろしいトラのような顔つきとなり、鋭利な二本の牙をむき出しにして、全身真っ白い毛に包まれ光り輝く獣人へと変貌(へんぼう)していた……。

 

 (いよいよ、ア・フィアスのマナスも半分を切ったわ! ハクチの夢から抜け出そうとしている!)

 

 「――ライコウ! ここから一気にア・フィアスを攻めるわ! マナスを全て放出させて、アマノシロガネを破壊する!」


 イナ・フォグの呼びかけにライコウが「――おう!」と応えながら、暗闇の中で轟轟(ごうごう)と光を帯びる剣を振りかざしハギトに斬りかかった。

 ところが、ハギトは丸太のような腕でライコウの一撃を防ぐと、再び禍々しい真っ白い口を開いて全てを破壊する光線を出そうとした!


 「ライコウ! 避けて――!」


 イナ・フォグが慌ててライコウを助けようと黒い翼を羽ばたかせて降下する――


 ――すると、ハギトが眩いレーザーを吐き出す瞬間に、ハギトの背中に赤い影が見えた。


 赤い影があっという間にハギトの背中をルビーのように輝く鎌で切り裂くと、ハギトは思わず頭を上げて、耳を(つんざ)く悲鳴を上げながらレーザーを空へと照射し、ライコウの頭上を(かす)めた!

 ライコウの頭上を掠った極太のレーザーはアイナの天井を突き破り――轟音と共に天井が崩れ、土の塊や岩石がバラバラとゼルナー達の頭上に降り注ぐ。


 その間にも、ラヴィが召喚した『深紅の女王』は、降り注ぐ岩石をものともせずに、獣の姿になったハギトの体を疾風迅雷(しっぷうじんらい)のごとく連続で切りつけていた!


 「アイツは、まさか――!?」


 イナ・フォグは紅に輝く人形のような女性を見て驚愕(きょうがく)した。 イナ・フォグはこの女性の事を良く知っていたのだ……。


 イナ・フォグの眼前で紅の鎌を振るう女性は――


 ――この世界の外に存在する者であったからだ。


 (ヤツを召喚したのは……アル! やっぱり、間違いないわ。 アルはこの世界の外にいる者達を召喚出来る『媒介者』……。


 ……でも、何故? アルは間違いなく、()()()の手で造られた器械のはずなのに……


 何故、そんな事が……?)


 イナ・フォグは目の前の出来事が信じられずに、空中でしばらく呆然(ぼうぜん)としていた――しかし――


 「――フォグ、何をしている! ラヴィの援護を――!」


 ライコウの叫びにハッと我に返ったイナ・フォグは、深紅の女王とつばぜり合いをしているハギトの光輝く背中を漆黒の鎌で切りつけた!

 猛り狂う猛獣は、大鎌を持った二人の少女に前後左右、四方八方と容赦なく切りつけられる――。


 『ガァァァ――!!』


 夥しい血しぶきを上げていた獣は、いつしかその血しぶきが光に満ちた液体へと変わり――その液体はみるみる巨大な獣達へと変わっていった!


 「ア・フィアスが眷属(けんぞく)を召喚したわ! ライコウ、気を付けて!」


 イナ・フォグが叫ぶと同時にハギトの血から次々と現れる猛獣達――オアシスの(そば)で戦った時とは異なり、猛獣達の姿はまるで異形の怪物のような姿をしていた。

 

 背中から腕を生やしたライオンのような獣や、丸太のような腕を六本も生やしている大猿、巨大な大口を開けた盲目のカバや、半分金属に侵食されたワニ等――その数は数万にも及ぶかと思うほど大量の奇怪な生物が召喚されたのである。


 「――カヨミ、作戦変更だ! 一斉砲撃をかけて、ハギトを一気に叩き潰せ!」


 ライコウがデバイスで全てのゼルナー達に呼び掛ける――。


 その瞬間にも、皮膚が剥がれた赤黒い猛犬がライコウに向かって鋭い牙を剥いて襲い掛かってくるが、紫光の稲光を纏った剣で醜悪な獣を一刀両断し――さらに、奥に控える六本腕の大猿に斬りかかった。

 

 「ライコウ! ア・フィアスはマナスが減少して夢から覚めて来たわ!」


 「夢から――!?」


 ハギトの鋭い牙を大鎌で弾きながらイナ・フォグが叫んだ言葉は、相変わらず意味が分からない……。

 

 「――私達は『外の世界の者』! マナスが尽きれば夢から覚めて、真の姿を現すわ!」


 「……し、真の姿――!? (このバケモノが……?)」


 六本腕の大猿はライコウの剣をその(たくま)しい腕で防ぎ、白目をむきだした醜悪(しゅうあく)な顔を照らし出していた。

 ライコウはイナ・フォグの言葉を聞いて一瞬動揺した――その隙に、大猿に剣を掴まれてその丸太のような腕で胸を強打された!

 ライコウのデバイスから危険を知らせるメッセージが流れ、マナスの残存量が50パーセントを切っているとの警告が鳴った。

 

 「ちっ――! 油断した!」


 白銀の鎧に少し亀裂を付けるほど強力な大猿の一撃を食らってしまったライコウ……。

 イナ・フォグの正体が、今のハギトとその眷属のようなバケモノであるのかと考えた瞬間に動きが鈍り、大猿の攻撃を許してしまった……。

 

 ライコウは一旦、大きく後方へジャンプして大猿との間合いを取ろうとするが、大猿は間髪入れずにドスドス重そうな体を引きずって、丸太のような腕を振り回しながらライコウに向かってきた。

 すると、『ドン、ドン――!!』と大砲の音が響き渡り、ライコウの目の前が火炎の渦に包まれた!

 

 「――ベティール・キャノンの再装填(さいそうてん)を急げ!」


 ライコウのデバイスからカヨミの声が響き渡る――。


 敵を追尾する砲弾であるベティール・キャノンは、この暗がりの戦場で最も効果を発揮した。 ハギトやその眷属たちは自ら光を発してゼルナー達に位置を知らせる。 そして、その光は熱を帯び、ベティール・キャノンはその熱を感知して面白いように獣達を木っ端みじんにした!

 

 イナ・フォグはハギトの体内のマナスを枯渇させようと、真っ赤に燃えた大鎌でハギトを切り続け――やがて、大鎌は真っ黒い炎を帯びてきて、漆黒の傷をハギトの体に刻み付けた。

 小柄で褐色(かっしょく)獣娘(けものむすめ)であったハギトは、もはや人型の面影(おもかげ)微塵(みじん)も無い……。 イナ・フォグが鎌で切りつける度に輝く血を地面に飛び散らせ、地に落ちた光は、血の叫びと共に新たな獣を生み出し続けた――。

 

 ――


 至るところから獣の咆哮(ほうこう)が聞こえ、蒼い光や白い光が、銃撃や砲撃の火花と交錯する。

 すでに崩壊している建物は容赦なく光に包まれて(ちり)となり、その建物に隠れていたゼルナー達を巻き込んで爆発し、地上まで届かんばかりの真紅(しんく)の炎を()き上げる――。

 空を飛び交うドローンは、翼の生えた獣によって次々と破壊された。 もはや、ドローンは残っておらず、高射砲でゼルナー達が必死になって獣達を撃ち落していた。


 コヨミは100名のゼルナー達を引き連れて、崩壊した工場の屋上からロケットランチャーを構え、光を放つ獣達向けて『プルムブル・ミサイル』を次から次へと乱射していた。

 継ぎはぎだらけのブリキのミサイルはターゲットを捕捉(ほそく)すると、凄まじいスピードで突進して的確にターゲットへぶち当たる――爆発すると周囲に破片を飛び散らせ、その破片はプラスチック爆弾のように周囲の敵にくっ付いて、時間差をつけて大爆発を起こした。

 

 「やるじゃないですかぁ、このミサイル! ウサギっちに大量に造らせた甲斐がありました!」


 ラヴィと同じゴーグルをつけて、意気揚々とミサイルを打ち続けるコヨミ。 ところが、空をはばたく一体のキメラのような獣に捕捉され、コヨミがその存在に気が付いたときには、真っ黒い口から炎が吐き出される瞬間であった!

 

 「いつの間に――!?」


 翼の生えたライオンのような獣は牙をむき出しにした口の上に虫のような眼が幾つもくっ付いているという不気味な姿をしており、ボンヤリと光を放ちながら、コヨミ達に向かって炎を吐き出す――

 

 ――ところが、その瞬間――下から砲撃音が響き渡ると同時に、光を(まと)ったライオンの頭部が徹甲弾(てっこうだん)に打ち砕かれた!

 炎は徹甲弾の衝撃で照準を外し、コヨミの横を掠め――放置されていた壊れた戦車を包み込み大爆発を起こした。

 

 背後に真っ赤な火柱が上がる中、徹甲弾が飛んで来た方を見下ろすコヨミ達の目に、眩いライトで上空を見つめるサクラ2号の姿があった!


 ……


 「サクラ、俺達ではハギトは倒せねぇ! このままコヨミを援護するぜ――!」


 ギャリギャリとヘドロに(まみ)れた市街地の道路を噛みながらタイヤを鳴らすサクラ2号――その背中に乗る真っ白いゼルナーはボロボロの特攻服を身に(まと)って煌々(こうこう)と赤い瞳を燃え上がらせて叫ぶ――。


 「――アンタに言われなくても分かっているわ!」


 背中に乗るジスペケに可愛げの無い言葉を返すサクラ2号。 背後から近寄るハイエナのような姿をした光る獣に機銃を掃射してけん制しながら、徹甲弾で叩き落した首の無い獣に向かってアクセルを開ける――。

 頭を破壊されてビクビクと体を引きつらせながら、首からドロドロとした光を纏った物質を飛び散らしている獣を狙い、サクラ2号はヘッドライトの下に隠した30ミリ機関砲から徹甲弾を放つ――。

 

 『ドン、ドン!』と鈍い音が確実に獣の体を貫いたかと思ったが、俊敏な動きで立ち上がり、その場から消えるように砲弾を避けた。


 「チッ――!!」


 寸前で砲撃を避けられて、思わず舌を打つサクラ2号――砲弾を避けた獣はあっと言う間に数百メートルの奥の廃屋の屋根に着地しており、首から先が無いにもかかわらず、胸を張り上げて咆哮を上げた!


 ……すると、首から垂れ流すスライムのような光の塊が人の頭のような形に変わったかと思うと、光を纏った長い髪の女の顔が現れてケタケタと闇に紛れたゼルナー達を見渡した。

 その外観は翼の生えたライオンのような胴体と相まって、さながらスフィンクスのようであった。


 「なっ、何者なの……? アイツ等は……?」


 サクラ2号が動揺するのも頷けた。 デバイスには『正体不明……』という表示がなされ、眼前(めのまえ)で咆哮を上げる光の獣がショル・アボルではない事は分かっていた。 ショル・アボルの外観も大概ではあるが、ショル・アボルは機械の様相(ようそう)を色濃く残しており、破壊すればオイルや電流を飛び散らして爆発する。

 ところが、今戦っているこの奇怪な獣の群れは、オイルや燃料を垂れ流す訳でなく、光の塊を吐き出し、虫のような赤い目を顔中に着けた紛れも無い生命体であった。

 

 ――スフィンクスのような姿となった獣は、口から赤い光を連続で吐き出し、ケタケタと不気味な笑い声をあげていた。

 赤い光は漆黒(しっこく)の空に一直線の筋を(きざ)み地上を突き破る! 空から岩の塊が降り注ぎ、崩壊したビルの上に立っていたコヨミの頭上にも瓦礫が降り注いできた。


 「アータ達! ウチらはこのまま上から第一部隊を援護しますよ!」


 コヨミは戦車型のゼルナー三体を従えて、傾いた工場の屋上から、サクラ2号率いる第一部隊に近寄る獣達を的確に射撃して彼らを援護した。

 第一部隊の生き残りは、サクラとジスペケを含めて12名――彼らは襲い来る獣の波を駆け抜けながら手りゅう弾を放ち、機銃を掃射し、ロケットのように腕を放って死力(しりょく)()くして戦っていた。


 そして、コヨミの後ろには、空を飛び交うスフィンクスのような怪物と戦っている100名のゼルナーがいた。 彼らはコヨミから怪物を引き離す為に工場の屋上から移動して、武装車両に設置された高射砲を放ちながら、ライムの家があった場所まで移動した。

 ライムの家はすでに跡形もなく破壊されていたが、その場所はちょうど塹壕のような大きな(くぼ)みになっており、ゼルナー達はその場所に身を隠ながら女の顔をした怪物の口から放たれるレーザーを防ぎつつ、ありったけの砲弾を怪物目掛けて打ち続けた。


 ……


 全てのゼルナー達が決死の覚悟で戦い続ける中、地底から次から次へと湧いて出てくる獣達は徐々にその体を崩壊せしめて、クラゲのような生命体や、スライムに獣の足の生えたような怪物へ変わっていった……。


 「どんどん形が変わって行く……。 光も弱まって行く……けど……」


 コヨミが感じた通り、怪物たちが放つレーザーは徐々にその威力が弱まってきており、戦車に塗布した反射材を貫く事が出来なくなっていた。 しかし、スフィンクスのような怪物が放つレーザーは別格で、当たれば確実にゼルナー達を死に至らしめる凶悪なものであった。

 そして、力が弱まってきているとは言え、数千体もの怪物が鯨波(げいは)のように、たった十二人のゼルナーへ迫るのを阻止するには、あまりにも味方の数が足りなさ過ぎた。


 「早く、早く第四部隊が来ないと、このままじゃ……!」


 額から出る汗を拭い、必死になって第一部隊に迫る獣の群れを掃討するコヨミ。 しかし、あまりにも数が多く、徐々にサクラ2号達は獣の群れに飲まれて行く――


 ――しかし、サクラ2号は驚異的なハンドル(さば)きで怒涛のように襲い掛かる獣の攻撃を避け、背中に乗るジスペケは「オオッ!!」と気合の雄叫びを上げて、手に持つライトサーベルを輝かせて怪物どもを一刀のもとに切り伏せて行く!

 前面へ突然飛び出てくるクラゲのような発光体に、思わず赤い目からレーザーを照射しようとしたジスペケを、サクラ2号がすかさず徹甲弾で発光体を破壊して注意を(うなが)す――。


 「――バカッ! アイツらにはレーザーが効かないでしょ! それどころか、レーザーを吸収するんだから、使っちゃダメ!」


 そうは言っても、サクラ2号は、ジスペケがあまりの敵の数に思わずレーザーに使いたくなった気持ちは痛いほどよくわかっていた。

 

 (第四部隊はまだなの……)


 サクラ2号の体内のマナスはすでに半分を切っていた。 デバイスからはしつこく警告の表示が発せられ、ジスペケもまたデバイスに警告の文字が貼りついていた。

 二人に従う生き残りの第一部隊10人も同じであり、彼らは残り少ないマナスで二人を援護しながら、少しでも多くのバケモノを破壊し、消滅した仲間達の(かたき)を討とうとその命を燃やしていた。


 そんな中、サクラ2号とジスペケのデバイスに、後ろで戦っていたゼルナーの声が響き渡ってきた――。


 「(ねえ)さん、ジスペケ! 俺はもうアニマが壊れちまった!」


 イソギンチャクのように触手を振り回すバケモノを切り裂いて後ろを振り向くジスペケの眼に、体中(からだじゅう)に電流を(ほとば)らせた片腕を失くしたモヒカン頭のゼルナーが映った。

 

 「バカ野郎! お前っ――!」


 モヒカン頭のゼルナーがこれから何をするか察知したジスペケが叫ぶ! すると、サクラ2号もジスペケの叫びに呼応して転回しながら周りの怪物をなぎ倒し、モヒカン頭のゼルナーを助けようとアクセルを開けた!


 モヒカン頭のゼルナーは、その泥だらけの顔に穏やかな笑みを浮かべて、二人に呟いた。


 「……死ぬんじゃねぇぞ、二人とも……


 ……仲間たちの仇……討ってくれ」


 モヒカン頭のゼルナーは矢庭に片腕に持った剣で自らの胸を突き刺した――!


 「バカっ! アンタ――!!」


 笑みを浮かべて二人を見守るモヒカン頭のゼルナーの体が閃光に包まれる……


 『ドカンッ――!!』


 彼の体は凄まじい爆発を引き起こし、周囲の敵が吹き飛んだ!


 ジスペケは吹き飛ばされた光の塊と共に目の前に飛んで来た鎖をガシッと(つか)み、握りしめた。 その鎖は自害したモヒカン頭のゼルナーが首から下げていた鎖であった。


 「くっ……! アイツ、カッコつけやがって!」


 悲しむ間もなく、ひたすら湧いてくる獣の群れ――。 11人となった第一部隊はいよいよ弾薬も尽き、体内のマナスも底を尽いてきた……。


 ……

 

 崩壊したビルの屋上にいるコヨミ隊は、縦横無尽に空を駆けてしつこく攻撃をしてくるスフィンクスのような獣に苦戦しており、その数は30人を切っていた。 このままでは、満足に第一部隊を援護出来ない……。

 

 「このままじゃ、サクラ達が全滅する! こうなったら、ウチ等も降りて行ってアイツ等を援護しますよ!」


 すでに残り数個となっていた『プルムブル・ミサイル』を放ち――ようやく、スフィンクスを叩き落したコヨミは、背後に控えるゼルナーと戦車に向かって戦略の変更を告げた。


 「し、しかし……あの大群の中へ突撃すれば、我々も――!」


 コヨミの命令に思わず躊躇(ちゅうちょ)するゼルナーに、コヨミが一喝(いっかつ)して鼓舞(こぶ)する!


 「命を惜しんで誰かを救う事なんて出来やしません!


 ウチ等が助けなきゃ、誰が第一部隊を救えるんですか――!」


 コヨミはそう言って、ロケットランチャーを背中に担ぎ、ビルの屋上から滑り降り、第一部隊の(もと)へと向かう――。

 

 コヨミの姿に後ろに控えていたゼルナー達も、互いに顔を見合わせて覚悟を決めたように(うなず)いた。

 そして、気勢を上げて第一部隊と対峙する怪物の群れになだれ込んだ!


 ……


 「――バカっ! コヨミ、アンタ達は上から援護しろって言ったじゃない!」


 透明のプリンのような形をした目玉だらけの物体を冷凍弾で凍らせたコヨミに向かってサクラ2号が叫ぶ!


 「何言ってんですかぁ! ウチ等が助けないとアータ達は全滅ですよ!」


 (あき)れたように後ろを振り向いて、ロケットランチャーをサクラ2号に向かって構えるコヨミ――そのままロケットランチャーをぶっ放し、ジスペケの横を掠めて背後のアメーバのような光の塊を砕き飛ばした。


 「――何言ってんだ! テメェら、俺達と一緒に死にてぇのか!?」


 ジスペケが赤い目をチカチカさせコヨミを怒鳴ると、コヨミは踵を返して自軍のゼルナーを援護する――。

 

 「――死にたい訳無いじゃないですかぁ! でも――」


 光の触手の一閃を機敏に側転で(かわ)しながら再びロケットランチャーを放つコヨミ。


 「――死ぬ気で戦わなきゃ、こんなバケモノ達に勝てないじゃないですかぁ!」


 ジスペケはコヨミの言葉を聞いて「――そりゃ、そうだ!」と言いながら、残る力を振り絞って紫焔(しえん)のサーベルでフワフワ漂う発光体を切り裂いていくく。


 すでに、形のあった獣達はその姿を軟体生物のように変えており、放つレーザーもショル・アボルの放つものとさほど変わらない程に弱まっていた。

 

 「――敵の力が弱まってきた!? 皆、もう少しだけ踏ん張って!!」


 サクラ2号の呼びかけに、第一部隊、そしてコヨミ隊も「――オオッ!!」と答え、死力を尽くした戦いは、最終局面に差し掛かった。


 ――


 一方、カヨミ率いるゼルナー達は、コヨミがいる場所から数十キロ離れた南側の出入口の前に防御線を張り、前から攻めて来る禍々しい獣の群れを迎え撃っていた。


 カヨミ達がいる場所は、バハドゥル・サルダールから転居してきた者達の住居があった高層ビル群であった。 すでに殆どのビルが崩壊し、押しつぶされるように縦につぶれていたり、横倒しになって煙が(くすぶ)っていたりと、美しいガラス張りの道路を(ふさ)ぐ障害物と化していたが、それが逆にカヨミ達にとっては敵のレーザーを防ぐ良い防壁になっていた。


 カヨミ達は扇型(おうぎがた)に展開してビルの陰に隠れていた。 すでに付近には至る所に地雷を設置しており、近づいて来る猛獣が地雷を踏むと、大きな爆発と共に火柱が舞う――彼らはその爆発が起こるたびに一斉砲撃を開始し、爆発が収まると砲撃を止めて、再び暗闇に(まぎ)れて息をひそめた。


 「奴等は我々を目で追っているわけでは無いはずだ! 恐らく、熱を感知しているか音を感知しているかのいずれかだろう――」


 自ら光を輝かす獣達の眼はどの方角から見ても常に正面を向いており、瞳を動かす事はなかった。 そして、銃撃を開始すると弾道に向かって真っすぐ進み、炎が巻き上がるとその炎の周りに集まってきた。

 そんな獣達の様子から、カヨミは獣達が盲目(もうもく)なのでは無いかと感じていたのである。


 そこで、カヨミは事前に地雷を仕込んでいた南側の出入り口付近まで獣達を誘導し、地雷の爆発で自分たちの位置を悟らせないように、爆発音に紛れて攻撃を加えるという戦法を取った。

 

 カヨミの推測通り、この方法は有効であった。


 獣達は相変わらず白い光を纏っていたが、心なしかその輝きは鈍くボンヤリとしており、戦車の砲撃によって砕け散る程弱っていた。

 外見こそ三つ首の犬や九つの尾を揺らめかすキツネなど――(おぞ)ましい妖怪のような姿に変貌(へんぼう)していたが、初めて対峙した獣達と比べて明らかに弱っている事が見て取れた。

 

 しかし、弱っているとは言え、その数は数千体もの大群であった……。


 戦い始めた当初こそ善戦していたカヨミ隊であったが、九つの尾を持つキツネから放たれる紫炎のレーザーや、空を飛ぶオオカミの翼から放たれるミサイルのような真紅のレーザーは、未だにエスペクラリアを無視して戦車を破壊せしめ、ゼルナー達の体を容赦なく貫いた。

 体を貫かれたゼルナーはマナスが分散して大爆発を起こし、周囲のゼルナーを巻き込むだけでなく、彼らの隠れている場所を敵に知らせてしまう……。


 ――そこら中に設置した地雷も徐々にその数を減らして行き、頼みの綱であったベティール・キャノンも使い果たした……。 ジワジワと異形の獣たちの猛攻に後退を余儀なくされるカヨミ隊……カヨミの顔には徐々に焦りに色が見え始めた……。

 

 「――チィッ! 次から次へと湧いて出てくる! このままでは――


 ――!?」


 カヨミ隊が南側の出入り口である広大なスロープへと差し掛かった時、突然、周囲の地面が隆起(りゅうき)して地割れが起こった!

 カヨミは「ショル・アボルがまだ生きていたか!?」と背中に背負っていたビームライフルを手に取って、地割れの奥へと照準を定めてトリガーを引こうとする――


 ――ところが、地割れから飛び出して来た者は異形のヘビのような戦士であった!

 

 「――何だ、アレは!?」


 ボンヤリした光を発する猛獣達に照らされた戦士達は、頭から四肢まで全て蛇という禍々しい姿をしていた。 彼らは地面から噴出してきたかと思うと、休む間もなく周囲の猛獣に襲い掛かった――。


 「くっ、こんな時にさらに敵が――!」


 一瞬動揺したカヨミであったが、すぐに異形の戦士を敵と判断し、残り五台となっていた戦車に一斉砲撃を命じようとする――と、カヨミのデバイスからライコウの声が響いてきた。

 

 「カヨミ、心配するな! あの蛇達はフォグ――アラトロンが召喚した味方だ!」


 カヨミは慌てて砲撃命令を止めて、モクモクと煙の立ち込める前方を見つめる――。

 すると、ライコウの言う通り、蛇の姿をした戦士たちは、カヨミ隊には目もくれずに猛獣達と戦っていた。


 「……こ、これが、アラトロン様の力……」


 霧のような紫色の瘴気(しょうき)を放ちながら、紫電(しでん)の一閃で次々と猛獣を切り裂く蛇の群れに、畏怖(いふ)の念を覚えて身を震わすカヨミ。

 

 ――そんな中、南側の出入り口から煌々としたサーチライトがカヨミ達の頭上を照らし出されたかと思うと、次々と戦車の群れがスロープを下り、こちらへと向かって来た!


 「第四部隊が到着したぞ――!」


 カヨミ隊のゼルナーが思わず叫ぶと、カヨミのデバイスからリクイの野太い声が響いてきた。


 「――カヨミ殿! ヒツジ殿の命により、全軍ハギトへ総攻撃を掛けます!」

 

 ……


 ……第四部隊がアイナの真上に到着した時、第四部隊はそのまま地上で待機する予定であった。


 「地上で第三部隊を援護しろ! アイナへはまだ降りるな!」


 コヨミのデバイスから第四部隊のゼルナー達の叫び声が聞こえて来た。

 

 「――ヒツジ! お前達はそのまま地上で待機しろ!」


 ライコウのデバイスにも第四部隊の声が聞こえて来たようで、ヒツジに向けてそのまま地上で様子を見るように促した。


 ライコウは次々と湧いて来る光の獣――もはや、その姿は虫のような怪物と言って良いぐらい体が崩れた複眼の生物に向かって、右手の五指から発射される銀色の弾丸を照射しながら、イナ・フォグを探した。

 

 イナ・フォグはライコウのいる場所から数キロ先の市街地でハギトと交戦しており、その近くの横倒しになったビルの上にラヴィの姿が見える――。

 ライコウはイナ・フォグにヒツジ達が戻って来た事を報告したかったが、四方八方から襲い掛かるハギトの眷属(けんぞく)に邪魔されて、イナ・フォグの傍へ行くことが出来無い……。


 「――ラヴィ、フォグに第四部隊が来た事を知らせてくれ!」


 ライコウの叫びをラヴィはデバイス越しに聞いていたはずだが、ラヴィからの返事は無い……。

 すると、不安に駆られたライコウのデバイスにヒツジの声が響いて来た――。


 「――ライコウ! 心配しなくても、フォグはボク達が来た事を知っている! さっき、フォグからアイナへ降りるように言われたから、ボク達は南側の出入口へ移動している!」


 イナ・フォグの眷属となったミヨシは、世界中のどこにイナ・フォグがいようともその場所を何となく察知出来た。 イナ・フォグもミヨシと同じく、眷属がいる場所を感覚で察知する事が出来たので、ミヨシがアイナの真上に到着した事は言われなくても分かっていた。

 そして、イナ・フォグはミヨシに『全員、アイナへ侵入して()()()()()攻撃に備えるよう』指示をした。

 ミヨシは地上から別のマルアハでも襲撃してくるのかと思い、ヒツジにその旨を伝え、ヒツジはイナ・フォグの指示を疑問に思いながらも、第四部隊を指揮するリクイに全軍アイナへ侵攻するように指示したのであった。

 

 ――


 (あと、少しで……ア・フィアスのマナスを……


  ……!?)


 ハギトは体内のマナスを放出する度に、体が大きくなっているように見えた。 そして、その動きは人型であった時よりも数倍速いように見え、イナ・フォグの反応速度でも追いつけないほどの石火(せっか)の一撃をイナ・フォグに繰り出した。

 

 「――フォグ!?」


 イナ・フォグは真正面からハギトの爪を受けてしまい、漆黒のドレスはビリビリに切り裂かれ、真っ白い肌と赤い下着が(あら)わとなった――。

 

 「くっ――! ライコウの目の前で……!


 ――許せない!」


 幸い、身に纏う紫の霧で傷を負わずに済んだイナ・フォグであったが、真っ赤な下着を着けただけのあられも無い姿になってしまったので、ライコウの叫び声がした方向に思わず目を向けて、恥ずかしそうに両手で体を隠した。

 すると、何処からともなくイナ・フォグの目の前に、医者が着るような白衣がフワリと落ちて来て地を撫でた。


 「――おい、(なんじ)! これを着るのだ!」


 イナ・フォグはハギトの攻撃をバク転で避けつつ、白衣を手に取って身体(からだ)羽織(はお)る――。


 「アル、有難う……!」


 イナ・フォグの後方にはパーカー姿でゴーグルをつけているラヴィがいた。 イナ・フォグは黒い翼を動かしながら、背中でラヴィに言葉を(おく)った。


 (バレていたか……)


 イナ・フォグにはラヴィの正体がアルである事はバレていた。 ところが、ラヴィは特に動揺する様子もなく、イナ・フォグの助力をせんと禍々しい顔が刻まれている本を開いて、呪文を叫ぶ――


 「()い寄る混沌、千の無貌(むぼう)――闇をさまよう黒き風! 無数の創造に唯一の破壊をもたらす地獄の風よ! 門開く場所に安息無きを示せ!」


 ラヴィが叫ぶと、ラヴィの開く本の表紙に刻まれている(おぞ)ましい悪魔のような顔に変化が見えた――その顔は徐々に(ゆが)んで醜悪な牙を見せた気味悪い笑いを浮かべ、長い舌をべロリと出して、本を持つラヴィの腕に絡みつく――。

 

 「うぅ……」


 ラヴィの全身が燃えるように熱くなり、体中を巡る燃料管が人工皮膚にどす黒く浮き出てきた。

 ラヴィは苦しそうに顔を歪ませて、両膝を着く――。


 「ラヴィ、どうしたっ!?」


 遠くからラヴィが崩れ落ちる様を見てライコウは慌ててラヴィにデバイス越しに声を掛ける――その時、ラヴィの背後から光輝く巨大な猛獣――ハギトの姿が映し出され、凶悪な爪でラヴィの背中を切り裂こうと腕を振り上げた!


 「ラヴィ――!!」


 ライコウが悲痛な叫びを上げた瞬間――ハギトは横から吹き飛ばされ、間一髪ラヴィは白衣を着たイナ・フォグに助けられた。


 「服を貸してくれたお礼よ――!」


 イナ・フォグはラヴィを抱きかかえて空を飛びながら、襲い掛かる獣達を鎌で切り裂いていく――。


 「す……済まないのだ……」


 ラヴィは苦しそうに「はぁ、はぁ……」と息継(いきつ)ぎをしている……。


 「……アナタが何故『外の世界の者』を召喚できるか分からないけど、もう、これ以上ヤツ等を召喚しない事ね」


 イナ・フォグはラヴィ――いや、アルに何故、器械の身でありながら『媒介者』としての能力を持っているのか聞きたかった。 しかし、今の状況ではゆっくり聞いている時間などなく、取り敢えず、今のアルの体に起こっている危機的な状況を何とかしようとライコウに許に駆け寄って、ライコウにアルを託した。


 ――


 イナ・フォグは少し複雑な心境であった。 アルがライコウの事を()れていた事は明白であった。 イナ・フォグはライコウの事を愛していたので、本当ならライコウにアルを託したくはなかった。  しかし、アルを抱きかかえ、一瞬だけアルのココロに触れる事が出来たイナ・フォグは、彼女が純粋なココロを持つ者だと感じた。 そして、()()()()()()()()()としてアルを助けたいという思いが自身の嫉妬心(しっとしん)よりも勝ったのであった。


 そんなイナ・フォグのココロの変化は、表向きには誰にも分らなかった。 だが、遠く離れた『塩の台地』でベトールと激闘を繰り広げていたマザーは、イナ・フォグのココロの変化に気づいていた。


 「もしかしたら、イナ・フォグは……」


 ベトールをなんとか結界に閉じ込める事が出来たマザーは上空を飛びながらイナ・フォグの事を考えていた。

 ヨロヨロと上空を飛ぶ天使の手には、(あお)く輝く刀が握られていた。 


 マザーは刀をギュッと握りしめ、再び独り言を呟いた。


 「……いえ、私の計画はもう止められませんわ……」

 

 マザーが握りしめている蒼く輝くトコヨの刀――それは、いつかイナ・フォグが思い出した過去に現れたトコヨの戦士が持っていた刀であった。

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