慈愛の光 悲しみの光
「――ソルテス君が素晴らしい演説をしてくれたお陰で、ゼルナー達が一致団結してマザーの為にライコウ殿に協力しようと、ハーブリムからアイナへと向かったのです」
ラキアはソルテスの活躍を語った後、再びテーブルに置いてあったオイル缶を手に取って湯呑に注ぎ込み、ガブガブと飲み干した。
イナ・フォグはソルテスの演説の内容を聞いて、自分がマザーに屈したような言われ方をしていた事に少し腹が立った。 しかし、ライコウに従っているという言葉には――(まぁ、それはそれでいいか……)などと思ってしまい、一人で顔を赤らめて恥ずかしがっていた……。
「コホン……それはそうと、そんな大勢でスカイ・ハイの縄張りの近くを通るのは危険じゃないかしら?」
イナ・フォグは気を取り直し、顔を上げてラキアを見た――すると、ラキアは「スカイ・ハイ……? ああ、ベトールのことですか!」と一瞬誰の事だか分からなかったが、すぐに思い出したようにポンと手を叩き――
「――その辺はマザーからもご指摘を賜り、我々も慎重に部隊を分けて行動しておりますのでご心配には及びません!」
とイナ・フォグの不安を払拭させた。
ベトールの縄張りの周辺であまりに数が多い人員の移動はベトールを刺激しかねない――ソルテスがリクイと共に出撃の許可をマザーに求めた時、マザーは喜んで彼らに出撃の許可を出したが、その時に『ベトールを気づかれないように対策をしなさい』と彼らに忠告したのであった。
――
ゼルナー達はマザーの指示により、部隊を四つに分けた。
ソルテス、アロン、サクラ2号の三人は先遣隊として車両部隊を組織し、先にアイナへと向かった。
その後、第二部隊としてエンドルを隊長とする特殊工作部隊がコッソリと橋を渡り切り、ディ・リターのゼルナー達と合流して北へと向かった。
そして、第三部隊は逆方向の『塩の台地』へと移動して空を飛ぶようにマザーから指示された……。
『ハギトを討伐する為のまたとない機会です。 貴方達がアラトロンと協力してハギトへの攻撃に集中できるようにする為、私がベトールの気を逸らしましょう……』
マザーはベトールの気を逸らすためにゼルナーを借り、塩の台地で彼らに空を飛ばせる事でベトールを挑発しようと考えた。 そして、ベトールが来たら、マザーが彼らの代わりにベトールと戦おうというのだ……。
マザーの言葉を聞いたソルテスとリクイは緊張のあまり慄然とさえした……。
(ま、まさか……マザーがベトールと――? そのお姿でどうやって?)
二人はその疑問を口に出す事は出来なかった……。 しかし、マザーはそんな二人の考えを見透かしたように――
『あら、貴方達の心配には及びませんわ――。 私ではベトールを倒す事は出来ませんが、ベトールをくぎ付けにする事くらい造作もありませんのよ、うふふ――』
と、チョウチンアンコウの頭から伸びる触手をピカピカ光らせた。
「ハ、ハハァ! 大変なご無礼を――申し訳ございません!」
二人は自分たちの考えを見透かされ、頭を床に擦り付けた。
――こうして、第三部隊はハギト討伐には参加せず、対ベトール用の囮部隊として組織され、ベトールが首尾よく塩の台地へ向かって行くことを確認した後に、イナ・フォグ一行とリクイを隊長とする第四部隊が橋を渡るという作戦を立てたのである――。
――
「――今のところ作戦はうまく行っております。 すでに、第一部隊と第二部隊は橋を渡り切り、第二部隊はディ・リターのゼルナー達と合流したと報告を受けております。
そして、第三部隊はアラトロン様のご到着をお待ちしてから行動する作戦でありましたので、本日、塩の台地へ向けて出陣します」
マザーは作戦を実行するタイミングを、イナ・フォグがハーブリムへ戻ってきた後だとゼルナー達に指示をしていた。 そうしなければ、イナ・フォグが戻っている途中にベトールと鉢合わせになってしまう懸念があったからである。
「……ふーん。 久しぶりにアイツが出しゃばって来る訳ね……」
イナ・フォグはマザーに対して冷淡な物言いをするが、マザーをそこまで嫌っている訳ではなかった。 マザーがベトールを抑えてくれるのであれば、確かにベトールはハギトに何かあっても救援に駆け付けることは出来ないだろう……。
イナ・フォグにそう思わせる程、マザーの戦闘能力は高かったのだが、惜しむらくは、マザーではマルアハを釘付けにする事は出来ても破壊する事は出来ないのである。
「じゃ、私達もそろそろアイナへ戻らないとね……ライコウの事が心配だし――」
イナ・フォグはそう言って、イスから立ち上がりペタペタと裸足で床を踏み鳴らして玄関へ向かおうする――。
「いや、いや、いや――! ちょっと、フォグ! まだ、ウサギが戦車を修理しているから、もうちょっと待たないと――!」
ヒツジとミヨシが慌ててイナ・フォグを止めると、イナ・フォグは不機嫌そうに「――あの子はまだ修理終わらないの?」とふくれっ面を見せた。
「あっ、いや……ウサギは先ほど修理に取り掛かったばかりですし……。
それに、今から出陣する第三部隊のゼルナー達が塩の台地に到着するのに、どんなに早くても一日かかると思います――。
アラトロン様には大変畏れ入りますが、もうしばらくお待ちになって――」
「――イヤ!!」
ラキアの説得にイナ・フォグが間髪入れずに拒否をする――
「イヤよ! ただでさえ、あのメギツネがライコウをいつ誑かしに来るか分からないって言うのに――!」
「……メギツネ?」
イナ・フォグの言葉にヒツジとミヨシ、ラキアの三人が一様に首を傾げる。
「アルよ、アルっ! アイツがいつ来るか分からないから、早くアイナへ戻らないと!」
イナ・フォグはそう言って地団太を踏み、その勢いで床を揺らした。 ボロボロの建物はガタガタと大きく揺れ――ラキアとヒツジが慌てて丸机を抑えたが、イナ・フォグが座っていたイスはひっくり返ってしまった。
「た、たぶん大丈夫だよ……。 何だったら、今ライコウと連絡を取って、アルが来てないか聞いてみればいいじゃん?」
ヒツジが白い目をチカチカさせながら、デバイスを起動させる――すると、フィールド上の緑色の窓枠に『……コネクト……』という文字が現れたかと思うと、画面にライコウの顔が映し出された。
――
ライコウは『アルなんかアイナには来ておらず、先日ヒツジに伝えた「ラヴィ」というゼルナーしかいない』とイナ・フォグに伝えた。
そもそも、イナ・フォグはそのラヴィというゼルナーの事を不審に思っていたが、ライコウの顔を見て安心したのか、先ほどの頑是ない態度から少し落ち着きを取り戻した。
そして、ライコウから『フォグに早く会いたいが、戦車が直るまで待っていて欲しい』と言われ、仕方なく戦車の修理が終わるまでハーブリムに留まる事を承知した。
ライコウが『フォグに会いたい』と言った理由は、別に『恋しい』という感情からではなく、なるべく早くイナ・フォグに来てもらってハギトとの戦闘を有利に進めたいと思っていたからだ……。
しかし、ライコウの微妙な表現を、イナ・フォグは勝手に良いように解釈して顔を赤らめ「わかったわ……」と素直な乙女へと変身し、先ほど自分が興奮した拍子にひっくり返したイスを元に戻し、しおらしく座り直したのであった……。
――ライコウと連絡を取っている間、ミヨシが猫型のゴーレムになった事はライムにも知らされた。
ライムは「ミヨシが決めた事だから」と言ってミヨシの選択を歓迎し――
「これで、ミヨシを抱いて撫でてあげる事が出来るわねぇ」
とミヨシの到着を心待ちにしていた。
ミヨシも早くライムと会いたかったが、イナ・フォグの眷属となったという事は、その時はさすがに告白する事が出来なかったので、ライムに会ったときにどう説明したら良いか頭を悩ませた……。
「まあ、ライムに会ったときに私からうまく説明してあげるわ……」
イナ・フォグはそう言うが、ミヨシは彼女が口下手な事は一緒に旅をして来た間で良く分かっていたので、その後、ヒツジにうまく説明してくれるようにお願いしたのであった……。
――
――『ミドハルの荒地』の中央――土煙と砂埃が舞う荒れ果てた大地には多くの車両の轍と足跡が刻まれていた。 その跡を辿っていくと、けたたましいエンジン音と共にゼルナー達の奇声が聞こえて来た……。
「――ヒヤッハー! 水だ、水だ!」
モヒカン姿のどう見ても小悪党のような輩が、イノシシ型のショル・アボルから垂れ流れる水を頭にかぶり叫んでいる――。
周りには数体のショル・アボルが破壊されて転がっており、周囲には50台を軽く超えるバイクの大集団が取り囲んでいた。
その先頭には真っ白い器械を背中に乗せたサクラ2号と、サイドカー付きのバイクに乗ったソルテスがおり、サイドカーにはドラム缶のような姿のアロンが赤い目を光らせて周囲を警戒していた。
「ちょっと、アンタ達! もう休憩は終わりよ! 一週間以内にはアイナへ着かなきゃいけないんだから、ここからは休憩ナシよ――!」
サクラ2号が、破壊されたショル・アボルを物色しているモヒカン達に向かって叫ぶと、サクラ2号の背中に乗っているジスペケが「サクラさん……休憩ナシではあんまりですよ……」と気弱そうな瞳をチカチカと青く光らせた。 ジスペケはそのツヤツヤした白いボディに何故か黒の特攻服のような上着を身に着けていた……。
「――そうですよ、このまま1、2回の野営を挟めば充分間に合います! ジスペケの言う通り、あまり無理をせずに第二部隊が追い付くペースで行きましょう!」
ソルテスもジスペケの意見に同調し、気がはやるサクラ2号を宥めた。
――彼らは先遣隊を任された第一部隊である。
ソルテスを隊長とした300名で構成された小隊であり、隊員はソルテスと同じようなモヒカン姿のゼルナーの他、スキンヘッドや全身怪しげな紋様を刻んだ者、巨人のような体にハンマーのような腕を持つゼルナー等――誰がどう見ても『正義の味方』には見えない、むしろ『ならず者』にしか見えないような連中であった。
とはいえ、彼らはれっきとしたゼルナーである。 ハーブリムでは役所の受付をしていたり、警察官として犯罪者を取り締まっていたりと、至極真っ当な生活を送っている者達であったのだ……。
ハーブリムはバハドゥル・サルダールとは異なり、外見で器械を差別するような風土ではない。 彼らの殆どはバハドゥルから迫害を受けてアイナへ移住し、アイナでの貧困に耐えかねてハーブリムへ流れて来た連中である。 ハーブリムではそう言った者達を迎え入れる懐の広さがあったのだ。
したがって、同じアイナから流れて来たソルテスとアロン兄弟に対して、彼らは妙な親近感を持っており、ソルテスが第一部隊の隊長となったのも、彼らの推薦によるものが大きかった。 だが、ソルテスに対しては隊長でありながらも『同郷の仲間』という認識しかなく、ソルテスの言う事など殆ど聞かず、彼らが『姐さん』と言って慕っているサクラ2号の命令とその連れ合いであるジスペケの命令しか聞かなかった。
第一部隊にはサクラ2号を筆頭に車両型のゼルナー達も大量におり、トラックのような太いタイヤを履いている三輪バイクや、巨大な刀をそのままバイクにしたような車両型ゼルナーも見受けられた。
また、バイクだけでなく四輪車も帯同していた。 30名ほどのゼルナー達が乗り込んでいる輸送用の大型トラックや戦車、ワニのような姿をした機械に90ミリ砲をくっつけた武装車両、ヒョウのような姿をした機械に小型機銃を取り付けて、その背中に乗っているゼルナー等――多種多様な車両とゼルナー達がサクラ2号に従っていたのであった――。
――
「姐さん! 第二部隊がついさっき、ディ・リターのゼルナー達と合流したって連絡が――!」
フロントフォークが異様に長いアメリカンバイクに乗っているモヒカンのゼルナーがサクラに報告を入れる――。
「随分早かったわね! ソルテス、あのエンドルというバカは本当に大丈夫なの!?」
第二部隊はエンドルが仕切っているが、サクラ2号はエンドルの力量を不安に思っており、ソルテスに向かってアクセルを吹かす――。
「ディ・リターのゼルナーには、あの『カヨミ』と『コヨミ』もいるらしいので、第二部隊に合流さえすれば、きっと大丈夫ですよ!」
「アイツ等が――!? 『アセナ』は――?」
「アセナは『フル』を警戒しないとならないので、ディ・リターに留まってエクイテスのゼルナー達と行動しています――したがって、今回の作戦には参加しません」
サクラ2号はディ・リターで名を馳せるゼルナー二人も今回の作戦に参加すると聞いてマザーの本気度が伝わり、アイドリングを上げてにわかに武者震いをさせた……。
「こりゃ、面白くなりそうだわ――!」
サクラ2号はそう呟くと『ププッーー』っと警笛を鳴らして背中に乗るジスペケに合図を送った。
「あっ、ハイ……」
ジスペケはサクラの合図に返事をすると、大きく息を吸い込み――
「テメェら――!! 休憩は終わりだ、オラ!
タラタラしてると、ぶっコロすぞ!」
とまるで別人のような声を張り上げた……。
すると――『オスッ!!』とショル・アボルを物色していたゼルナー達も慌ててバイクへと戻り『ブルン――!』とエンジンをかけて、一同出発の準備を始めた……。
「行くぞ、コラぁ! テメェら、チンタラ走るんじゃねーぞ――
――気合い入れていけ!!」
ジスペケはそう叫ぶと、腰に佩いた機械仕掛けの剣を抜き――鋭い切っ先を真っすぐ前へと突き出した。
――「「オオッ!!」」――
地鳴りのような雄叫びが上がり、一同砂煙を上げながら走り出す――。
ソルテスとアロンは、別人となったジスペケを見ながら――(ヒトは見かけによらないよなぁ……)と複雑な顔をしていた……。
――それから、二日後――
ウサギが戦車の修理をようやく終えて、ヘトヘトになって自宅の床へ転がっている中――第三部隊のゼルナー達が、マザーの指示通り『塩の台地』に到着し、その場でジェットエンジンを噴射して空を飛び回り始めた。
すると、予想通り――その様子を確認したベトールが怒り狂って塩の台地へ猛スピードでやって来た。 ゼルナー達はベトールの動きを察知して急いで地上へと降り、ドロドロとした白い水が流れる川に浸かって姿を隠した。
川の水は滝の下に広がる赤い大地から吹きあがる砂と交わり、電磁波を遮断する水となる。 その赤い砂は『ボーキサイト』と呼ばれる鉱石であり、川の水は『水酸化アルミニウム』を含んでいた。
ベトールは体から発する電磁波でゼルナー達を探すが、蜘蛛の子を散らすように消えたゼルナー達を見失い、キョロキョロと上空を旋回している――。 その間、ゼルナー達は囮のドローン兵器をそこら中に飛ばし、ベトールを混乱させる作戦へと移行した。
彼らは数百台のドローン兵器を塩の台地からテヴェル古戦場へと飛ばし、ベトールをテヴェル古戦場まで誘導した。 そして、ベトールの背後から高射砲で攻撃を加え、ベトールを塩の台地とテヴェル古戦場の間で立ち往生させたのであった――。
空を飛ぶ物体に何でも反応してしまうベトールの弱点をついた攻撃は、時間稼ぎには充分有効であった。 もちろん、ベトールを撃破出来るほどの戦略ではなかったが、ベトールは久しぶりに大規模なドローン攻撃を受け、しかも、地上からの高射砲の攻撃もあったので、退屈しのぎには良い機会だと、嬉々としてゼルナー達の作戦にハマっていた……。
ゼルナー達は最低でも一日はベトールをこの地に釘付けにするよう、マザーから指示されていた。
『マザーの為に、命を懸けてもこの作戦を成功させる!』
わずか50名で組織された第三部隊のゼルナー達は、悲愴たる決意をもって、川底に隠れながらベトールをきりきり舞いにさせていたのである。
――作戦開始から一日が過ぎた頃――
「――いい加減にしろ! このガラクタ共がぁ!」
姿を見せないゼルナー達に対し、堪忍袋の緒が切れたかのように怒りの形相で空中から真空波を乱れ討つベトール――もはや、空を飛び交っていたドローンは一体残らず彼女の手によって撃ち落された……。
地上から煙幕を張ってベトールの視界を遮るゼルナー達も、真空波の乱れ討ちによって一人、また一人と川底で爆発を起こし、命を散らしていく……。
「みんな、あと少しだけ――! アラトロン様が橋を渡り切るまで――
――私達の命を懸けて!」
『ベトールの動きを一日封じる』という彼らの作戦は成功した。 しかし、彼らはマザーの為にイナ・フォグ一行と第四部隊が橋を渡り切るギリギリまでベトールを引き付けようとしていたのだ……。
「――もう、貴様らには飽き飽きした! 貴様らが隠れている大好きな川ごと消し飛べば良い!」
ベトールはゼルナー達が自分に戦いを挑んでいる目的が分かっていなかった。
無謀にも川に隠れながら『自分を倒す為に』攻撃を仕掛けて来ているだけだと思っていたので、調子に乗ってしばらく遊んでやったのだが、それも一日経てば飽きてしまった。
――牙をむき出しにした龍のような恐ろしい形相に変貌したベトールは、煙幕に隠れながら高射砲を打ち続けるゼルナー達を一網打尽にするべく、悍ましいほどの真っ黒い突風を放った――!
悲鳴のような声やうめき声が響く不気味な暗黒の風は――次の瞬間、恐ろしい漆黒の炎へと変わり――塩の台地全体を瞬く間に飲み込んだ!
「ハハハ――! 貴様らガラクタ共が何体いようと、数の内に入らんわ!」
「ギャー!! 熱い――! マザー……タスケテ……!」
ゼルナー達の苦痛に満ちた悲鳴と共に、マザーに助けを求める悲痛な声が聞こえてきた……。
痛ましい絶叫が塩の台地に響き渡る中、ベトールは上空で高笑いをしている――しかし、ベトールの笑い声はすぐにかき消された!
ベトールの頭上に、轟音と共に光のような稲妻が襲い掛かったのだ!
「――!? グヘェ――!!」
ベトールは苦痛に歪んだ叫び声と共に、塩の台地へロケットのように撃ち落された――。
「だ……誰……?」
暗黒の炎に巻かれながらも、力を振り絞り上空の神々しい光に満ちた塊を見上げるゼルナー。
『――勇敢な戦士達……私の可愛い子供たち……。 貴方達のお陰でベトールをこの地に縛り付ける事が出来ました。
有難う――私の愛する子供たち――
後は私に任せて安らかにお眠りなさい……』
地上にいるゼルナー達は皆、その心地よい声に耳を傾けた。
『――エイン・ソフオール――』
光の塊から響く声は降り注ぐ光の粒子となって、黒い炎に身を焼かれ苦しみ悶えているゼルナー達に一時の安らぎを与える――。
「マ、マザー……アリガ……トウ……」
もはやアニマが破壊され、役目を終えたゼルナー達は木漏れ日のような暖かい光に抱かれ、微笑みながら消えて行った……。
――すると、光に包まれる塩の台地から轟轟とベトールが飛び出して来た!
「きっ、貴様――!? 今までガラクタ共をさんざん遊ばせておいて、海の底に隠れていた貴様が……今更何をしに来た!!」
ベトールは光の塊に向かって猛り狂った怒鳴り声をぶつけた。
「……何って? 私の可愛い子供たちに酷いことをしたお仕置きをしようと思って――」
光の塊は徐々に翼を持つ天使へと姿を変える――眩い光でその姿を視認する事は出来ない……。 ベトールは再び禍々しい漆黒の風を身に纏い、怒りに満ちた形相を光の天使に向け、その名を叫んだ――。
――
――マザーとベトールが戦い始めて三日が経過した。
マザーはベトールと戦いながら、塩の台地とテヴェル古戦場に光の結界を張り巡らせ、ようやくベトールを結界内に閉じ込めた。
あとはベトールの力が弱まるまで攻撃を続けるのみであったが、ベトールはマザーの想像以上に強大で、いくらマザーが攻撃しても力が弱まるどころか、さらに苛烈な攻撃を繰り出し、マザーを苦しめていた……。
一方、イナ・フォグは1000人を超える軍勢を引き連れ、第一部隊が通り過ぎた轍が残る荒地をひたすら北へ向かっていた。
軍勢の先頭には三日月型の乗り物に乗っているイナ・フォグとヒツジがおり、その隣には並行して走る戦車――そして、戦車の砲身にはラキアが赤いマントを翻しながら腰を降ろしていた。
第四部隊の隊長を任されたリクイはゼルナーの運転する四輪駆動車に乗って彼らの少し後ろから緊張した面持ちで付いて来ていた。
「このペースで行けば明日にはアイナに着くね……。 今のところショル・アボルの気配は無いみたい……でも、何かおかしいんだよね……」
ヒツジはデバイスを起動して周囲を探索する――夜が更けて月の明かりに照らされる寂寞とした大地には、第一部隊に破壊されたショル・アボルの残骸が残るだけで、青白い光に照らされた鉄の塊が星のようにキラキラと光っていた。
黒猫になったミヨシは、アイムの戦車を無事操縦する事が出来るようになった。 ミヨシはコクピット内からヒツジへ声を掛けた。
「最近、南にいたヨルムンガンドが北に移動して、そこで巣を作っているという話を聞いた事があります……。 あれだけいたヨルムンガンドが、ここ最近、大陸の南ではパッタリ見かけなくなった事は、何か気持ち悪いですね……」
月の光で黒い宝石のように輝く戦車は、大きなキャタピラを回転しながら大地を踏みしめて走っている――。 ラキアが腰を掛けている立派な砲身は180ミリを超える主砲で、その両脇には小型のミサイルランチャーが装備されていた。
戦車の後部には円盤状のレーダーがクルクルと回転しており、後方の攻撃にも対応できるようにガトリングガンのような巨大な機銃が二丁設置されていた。
「うーん……。 今、ヨルムンガンドに暴れられちゃ、ちょっと困るんだよね」
イナ・フォグと一緒に三日月の物体に乗っているヒツジは腕を組んで悩ましそうに瞳を橙色に光らせている――。
――その時、ラキアのデバイスにリクイから通信が入った。
「――ラキア殿! サクラから先ほど連絡が入って、第一部隊がアイナ周辺に到着したようだ。 しかし……何か、地底から大きな地鳴りが響いて来ているらしい……」
リクイの報告にヒツジは瞳を赤色に変え「――まさか!? ヨルムンガンドが?」と思わず立ち上がり、イナ・フォグの顔に目を遣った――。
すると、イナ・フォグは「それじゃ、お母さまが先に行ってましょうか?」と続いて立ち上がり、ヒツジの頭を撫でた。
「――うん、心配だから先に行って! ボクは、ラキアとミヨシがいるから大丈夫だから――」
ヒツジの言葉にイナ・フォグは戦車へと顔を向ける――ラキアは「後は私にお任せください!」と心強い返事をし、ミヨシは「アタチはどっちでもいいですよ――」と言って、軽トラックであった時の癖なのか『ブルン――!』と戦車のアクセルを踏んだ。
イナ・フォグは二人の言葉に頷いて、三日月の物体から降り――そのまま翼をはためかせて宙に浮いた。
「――ミヨシ、アナタは私の眷属。 アナタの力はマルアハ以外のどんな者達にも凌駕するわ。 だから、アナタは自信を持って皆を護りなさい。
――分かったわね」
イナ・フォグはミヨシに向かってそう言うと、ミヨシの返事を待たずして『――ボカン!』という爆発音と共にあっという間に北の彼方へと飛び立って行った。
後ろを走るリクイとゼルナーの軍勢は、何故、イナ・フォグが突然ミサイルのように飛んで行ったのか分からず、その様子をただ呆然と見送っていた……。
――
その頃、アイナでは大きな地震が都市全体を襲っていた。 けたたましいサイレンが鳴り響く中――市民達が緊迫した様子で銃や剣を手に取って戦闘の準備を始めている。
「――ラヴィ! もう、時間が無い! 俺達だけでハギトに不意打ちを仕掛けるぞ!」
大きな地鳴りが響き渡るライムの自宅で、ライコウがラヴィの両肩を掴む――。
「――でも! ライコウ様、失敗したら汝が……!」
「大丈夫! 君がいれば失敗はしない――絶対に!」
ライコウの青く透き通る瞳が、ラヴィの頬を紅に染める。
「ううっ……ライコウ様、卑怯なのだ……。 そんな目で見られると汝の頼みを断る事が出来なくなるのだ……」
――ショル・アボル=ヨルムンガンド型が五体同時にアイナへ向かっていると分かったのは二日前の事であった――
バハドゥル・サルダールから来た管理者は一週間前、遥か北に大きな地震が観測された事に気が付いていたが、詳しく調査しようともせず、三日前に再び地震が起こるまで何もしていなかった。
そして、二日前にアイナを地震が襲ったとき、ようやくゼルナー達は震源を確かめ、ショル・アボル達がアイナへ向かって侵攻している事を知り、大慌てでガラスの壁に囲まれたバハドゥルの市民だけ避難させた……。
アイナには、西側の寂れた塔の上にある地上への出入り口の他、バハドゥルへ直通する東側のトンネルと、ディ・リター方面へ行く為の南側の出入り口があった。
ディ・リター方面は凶暴なショル・アボルが多く生息している地域であり、通常は南側の出入り口の利用が禁止されており、西側の出入り口とバハドゥルへ続くトンネルを利用しなければならない。
ところが、バハドゥルのゼルナー達はアイナの市民を見捨て、自分達だけ早々にアイナから脱出し、あろうことか、トンネルの出入り口を完全に封鎖したのだ!
したがって、子供型や戦闘に不向きな器械達は、何人かの護衛のゼルナー達に先導されて南側の出入り口からアイナを脱出し、危険を冒してディ・リターへ避難せざるを得なかった。
何故、バハドゥルのゼルナー達はそんな意地悪い事をしたのか――?
バハドゥルのゼルナー達もさすがにアイナの市民達を貶めるつもりは無かった。 しかし、ヨルムンガンドが複数体同時にアイナへ攻め込んでくれば、地底都市は崩壊し、崩壊した場所からハギトがやって来る……。
ハギトがアイナへ侵入すれば、東側のトンネルを通ってバハドゥルへ侵入する事も容易であり、ハギトをバハドゥルへ侵入させない為に、トンネルの出入り口を封鎖せざるを得なかったのだ。
自国を護る為だとは言え、アイナの市民達を軽視した、あまりにも身勝手すぎる理由である……。
当然、バハドゥルのゼルナー達はアイナの市民達に『そんなつもりは無かった』と釈明するだろう――しかし、東側のトンネルを封鎖した事で『バハドゥル・サルダールはアイナを見捨て、アイナの管理を放棄した』と見られても仕方なかった。 バハドゥルからアイナへ救援部隊を送る事が事実上不可能となったからである。
――こうしたバハドゥルの卑劣な行為にアイナの市民は堪忍袋の緒が切れた。 もはや、今日の明け方にもアイナに接近するだろうヨルムンガンドと戦う為、焦眉の急で武器を手に取り、自らの力で迎え撃とうとしていたのであった。
都市全体が大きく揺れ、天井から岩石や鉄の破片が落ちてくる中――市民の一人が都市の中心で叫んだ。
「俺達は今日――卑劣なバハドゥルの連中からの独立を宣言する!
アイツ等が俺達を見捨てた事を必ず後悔させてやるぞ――!」
ライフル銃を片手に気勢を上げる鉢巻を巻いた鉄製の器械達――。
バハドゥルのゼルナー達の居住エリアは何者かに爆破され、高層ビルからは火の手が上がり、あちこちの建物が傾き破壊されていた……。
――アイナの市民達のバハドゥルへの怒りが、この未曽有の危機をきっかけに頂点に達したのである――
――
「――ライム! 君は大至急、サクラへ連絡してくれ! 俺達はハギトの縄張りへと向かう!」
ライムは風呂敷に荷物をまとめて避難する準備を始めている。 ライムの隣にはいつの間にか市松人形のような機械がチョコンと座っており、せっせと荷物を纏める手伝いをしていた。
「ライコウ様! しかし、アラトロン様がご到着されるまでは――!」
「それじゃ、間に合わん! ヨルムンガンドが襲ってくれば、恐らくアイナは持たんだろう!
地下が崩壊し、天井が崩れればハギトが侵入する事は必然――!
あと2,3時間もすれば、ヨルムンガンドがやって来る――ならば、ヤツが寝ている今しか攻撃するチャンスは無い!」
「しかし、これだけ大きな地震が起きているのに、もう、ハギトは目を覚ましているのでは――?」
ライムが心配そうに青い瞳をライコウに向けると、ライコウは大きく首を横に振った。
「なに、心配いらないさ。 ヤツはミサイルが飛んで来たって起きないお寝坊さんだ。
それに、万一、ヤツが俺たちの予想に反して目覚めていたり『例の場所』にいなかったりすれば、この作戦は白紙だ。
その時は、フォグが戻るまで何とか耐えるしかない……」
――
ライムはライコウの言う通り、デバイスを起動しサクラ2号がいる第一部隊に連絡を取った。
第一部隊はすでに『壊れた砦』から150キロ手前まで来ていた。
「アイナへ向かってヨルムンガンド五体が侵攻中――到着まであと2時間半!
その間、ライコウ様と『アイナのゼルナー』が二名でハギトに奇襲をかける予定です!」
モヒカン姿のゼルナーが緊張した様子で、サクラ2号に状況を報告する――。
「ライコウの奴は何で、こんな時にハギトへ奇襲なんて――!」
すると、サクラ2号に報告したゼルナーは伝え忘れたのか、慌ててライコウの目的を伝えた。
「はっ――! ライコウ様はハギトの機動力を削ぐために奇襲をかけると仰っていたとの事です!」
「機動力ぅ――?」
サクラ2号が訝しげにライトをチカチカと点滅させると、バイクに乗るソルテスがサクラ2号にライコウの意図を説明した。
「サクラ氏――。 ライコウ氏は恐らくハギトの翼を破壊するつもりです!
翼を破壊できればハギトとの戦闘は圧倒的に有利になります!
ライコウ氏はそれを判っているから、敢えて危険を冒してヨルムンガンドが襲撃してくる前にハギトに奇襲を――」
ソルテスの説明にサクラ2号は「――なるほど」とライトを下に向け頷いた様子を見せた。
「それじゃ、私達はライコウが向かったオアシスへ向けて救援に向かうわよ!」
サクラ2号が叫ぶと、その叫びに呼応したように背中に乗るジスペケが大声で兵士達を鼓舞した!
「――オメェら!! 俺たちの力で、あのバケモノから地上を取り戻す瞬間が来たんだ!
俺達にはアラトロン様がいる! ライコウ様がいる!
――そして、マザーがいる!
後れを取るな! 怯むんじゃねぇ!
俺達の実力、あのバケモノに見せつけてやれ!」
ジスペケが剣を大きく天へ突き上げた瞬間――
「「――オオッ――!!」」
と地鳴りに負けずにゼルナー達の鬨の声が空気を震わした!
――
ライコウとラヴィはわずか一時間足らずでハギトがいるオアシス付近に到着した。 地震は時間が経つ毎に大きくなり、ヨルムンガンドが間近に迫っている事を窺わせた……。
ライコウはいつも通り白銀の鎧に兜を被った姿であったが、ラヴィは左腰に長剣を下げ、背中には機関銃を背負っていた。 普段とは違って物々しい武器を持参していたが、白衣を羽織ったパーカー姿の少女である事は相変わらずで、緊張した様子で手に広げている分厚い魔導書に視線を落としていた。
「剥ぎ取る者――真の暗闇の中で蠢く者、全ての事象を覆うヴェールをはぎ取り、狂気たる真理を露わにし、あらゆる物質を透過せしめん……」
ラヴィは、おもむろに呪文を唱え――自身とライコウを『透明化』させ、闇に紛れてデバイスを起動した。
――ところで、ラヴィの術は実際に姿を消す事が出来る訳ではない。 カメレオンのように景色と同化し、透明になったかのように見せかけるだけである。 微妙な色彩の変化や大気の状況に応じて寸分狂わず周囲と同化するため、まるで透明になったかのように見えるだけで、実体はそこに存在するのである。 ラヴィはそんな説明をしてもライコウには分からないと思って、便宜上『透明化』と言っているだけであった。
したがって、この術は俗にいう『透明人間』のように武器を手に取ることも出来れば、殴られれば傷を負う。
また、術を掛ける対象者が身に着けている物は、対象者と同様にみなされ周囲と同化する事が出来る。 例えば、ライコウに術をかければ、ライコウが身に着けている鎧や剣も同様に見えなくなるのだ――。
オアシスは直径10キロメートルある円形の泉であった。 ライコウとラヴィのいる場所はそのオアシスを目の前にした草むらであり、二人はその草むらに隠れながら泉を越えた対岸にいるハギトを観察していた。
対岸には背の高い樹木が茂っており、光輝く足跡がそこかしこに残っていた。 足跡に近づこうものなら、その足跡が巨大なオオカミへと変わり、主人に近づく敵を噛み殺してしまう……。
「これだけ地面が揺れているのに、ヤツはまだ、寝ているのだ……」
ハギトは茂みの中でゴザのような敷物を広げ、その上で腹を出して寝転んでいた。
「50キロ圏内におるのに、わざわざデバイスを起動しなければハギトの位置が把握できないとは……」
通常、デバイスは危険を察知すると強制的に割り込み起動する。 ところが、ハギトを目の前にしても、デバイスは割り込み起動せずに危険を察知出来ないのだ。
「ライコウ様、これ以上近づくとハギトに察知されてしまうのだ……。 予定通り、コイツを使ってハギトをここまでおびき寄せるのだ――」
ラヴィはそう言うと、腰に下げているポシェットから閃光弾を取り出した。
「しかし、こんなモノでハギトが起きて来るものかのう?
なにせ、ミサイルが飛んできても起きなかったヤツじゃからのぅ……」
ライコウは腕を組んで不安そうにラヴィを見る――。
「大丈夫なのだ! ハギトは光を見ると、その光を吸収しようと近づいて来る性質があるのだ。 それは、この数週間の観察で汝も分かっただろう?」
――ハギトが監視塔イルを襲撃した時、バハドゥルのゼルナー達は光を反射するコーティング剤を塔の外壁に塗布した。 ハギトが放った光線は塔の外壁に反射して、逆にハギトへ向かって来たのであるが、ハギトは反射した光線をものともせずに、そのまま真っすぐ塔へと突進していった。 バハドゥルのゼルナー達はまるで気が付かなかったようだが、ハギトにとってレーザー光線は避ける必要がなく、むしろ、積極的に当たりに行くべきものだった。
つまり、ハギトはレーザー等の光線は全く効かず、逆に光線を吸収してしまう特性を持つのだ。
したがって、バハドゥルが開発した『スペクトル・エクスィティ』という七色の光を放つレーザー砲がハギトに全く効果が無かったのも、七色のレーザーがポンコツだったという訳ではなかったのだ……。
ハギトはレーザーや太陽光などから光エネルギーを吸収し、光エネルギーに存在するマナスを摂取する事で活動を維持している。 監視塔イルでの戦闘では、バハドゥルの連中がわざわざレーザーをハギトに向けて撃ってきてくれたので、そのレーザーを吸収していればよかったのだが、普段は光エネルギーを吸収する為に日光浴を欠かさず行い、光を見るとその光を吸収する為に近づいて来る。
特に光エネルギーが不足しがちな夜間では、本能的に光を吸収しようと危険を省みずに光源へ向かって突進する性質があった――。
「ハギトの監視できる範囲は足跡の周囲10キロメートルくらいだと推測されるのだ。 ヤツは自分の周辺しか足跡を残していないようだから、ワガハイ達はハギトのいる場所から10キロ以上離れているこの場所に居れば安全なのだ。
そして、この閃光弾をハギトの監視範囲内――ちょうど、あのオアシスの汀へ打ち込めば、ハギトは必ず目を覚まして、光に向かって一直線に飛んでくるはずなのだ」
ラヴィが指さした泉の汀には一本の低い木が生えており、ラヴィはその木を目標にして閃光弾を投げるつもりのようだ。
――奇襲の目的は『ハギトの翼を破壊する』事である。
ハギトの寝込みを襲う場合、光る足跡の監視を潜り抜けて、仰向けに寝ているハギトを何とか翼を見せる姿勢にしなければならず、その為にはいずれにせよハギトを起こさなければならない。 だが、ハギトが目覚めたとしても翼を大きく広げるとは限らず、翼を閉じたままである可能性もあるし、むしろ、その可能性の方が高かった。
そこで、ハギトの翼を広げさせる為にラヴィが考えたのは、閃光弾を使ってハギトをおびき寄せる作戦であった。
オアシスを挟んで閃光弾を放てば、ハギトは光に向かう際にオアシスを渡らなければならず、その時に必ず翼を使用する。
ハギトが翼を広げてオアシスを飛び越え、光を貪った瞬間――二人で翼を切り落とそうという戦略であったのだ――。
――
「それじゃ、ライコウ様――『イチ、ニ、サン』で閃光弾を投げるから、すぐに二手に分かれて閃光弾を追うのだ。
閃光弾が爆発した瞬間にハギトが飛んで来るから、今の内、お互い武器を手に取って、一瞬で翼を切り裂けるようにしておくのだ……」
緊張した面持ちでゴーグルを下げて腰に下げている剣を抜くラヴィ――。 ライコウもラヴィの説明に頷いて、背中に収めている剣を抜いた。
――ショル・アボル=ヨルムンガンドの大群はすでに間近に迫っていた。
立っているのも難しいほどの地震が起こっているにも拘わらず、ざんばら髪の野生少女は全く目覚める様子もなく、だらしない顔をして寝入っている……。
そんな、ハギトの様子とは対照的に、透明になっているライコウとラヴィは互いに緊張した様子で剣を握りしめる。
「第一部隊があと30分もすれば救援に駆け付けてくれると思うのだ。 さっき、彼らには『光が見えたら作戦開始の合図である』と伝えているのだ。
でも、彼らが来る30分の間……二人でハギトを……」
ラヴィは少し怖気づいたのか、閃光弾を持つ手が震えている……。
その様子を見たライコウはラヴィを抱き寄せて、ラヴィの頭を撫でながら彼女を勇気づけた。
「――大丈夫! 君がここまで練った戦略だ。 必ず成功するし、俺が君を護るから心配するな。 自分の力を信じろ!」
ライコウに肩を抱かれたラヴィは、頬を赤く染めて「うん、分かったのだ。 汝とワガハイであれば、きっとヤツを倒せるのだ!」と、桜色の瞳でハギトのいるオアシスの対岸をキッと睨みつけた。
「ライコウ様――行くのだ!
イチ――ニ――
サン――!」
震えの止まったラヴィの手から、大きな弧を描いて閃光弾が投げられた!
その瞬間、二人は左右に分かれて並走して閃光弾を追う――!
そして、閃光弾が着弾するかしないかの刹那――ハギトの寝ていたオアシスの対岸から白い光と共に獣の咆哮が響き渡ってきた。
(――っ! 監視内に入った! ハギトの眷属が召喚された!)
ラヴィがそう思った瞬間――閃光弾が爆発音と共に直径五メートルほどの眩い光を放った!
まるで爆弾が落ちたかのような閃光がオアシスの水面を明るく照らし、ハギトの寝ていた茂みの中を映し出す――。
ところが、先ほどまで眠っていたハギトはすでにその場所におらず――
――閃光弾の光と見間違うほどの輝く翼を羽ばたかせ、一瞬で光の中心にその姿を現した!
「ライコウ様――今だっ!!」
「オオッ――!!」
二人は掛け声と同時に、光の中心にいるハギトを挟み撃ちにし、翼を目掛けて剣を振り下ろす!
『――にぃぎゃぁぁ!!』
ライコウが振り下ろした剣は、ハギトの片翼をその背中から切り落とし、ハギトは耳を劈く絶叫を上げた――。
――だが――
「――ライコウ様、逃げるのだ!」
ラヴィの振り下ろした剣はハギトのもう一方の翼を切り落とす事が出来ず、ハギトは切り落とされた翼の方へ眼を遣ったかと思うと、瞳を黄色く変化させてトラのような怒りの形相でライコウを睨みつけた!
『――この鉄クズがぁぁ!!』
怒声とも咆哮ともとれる恐ろしい叫びと共に、ハギトの爪がライコウを襲う――!
「くっ――!!」
ライコウは咄嗟に後ろに引いて爪の一撃は辛うじて避けたが、ハギトの振り下ろした腕の衝撃波によって、後方へと吹き飛ばされた!
「グハッ――!」
(何だ、コイツ……! 攻撃が当たってないもいないのに、風圧だけで……)
ライコウは左手に剣を持ちグローブの出力を最大にしている。
その間――ラヴィは本を手に取り、何やら呪文を唱えていた――。
「……這い寄る混沌、千の無貌――大いなる使者、深紅の女王。 万物がひれ伏す破滅の女神よ、無限なる冒涜の暗影――ハクチの夢を守護する紅き力を我に示さん……」
ハギトは矢のような速さでライコウとの間合いを詰める――。
ライコウが全力で剣を振るうと、ライコウの首を刈り取ろうとしたハギトの腕と衝突し、『ガキンッ!!』と、発止とした金属音が響き渡る――。
ライコウはそのままさらに後ろへ弾き飛ばされ、ハギトは何の衝撃も受けておらずに再びライコウに向かって来る!
「――! まるで歯が立たん!」
態勢が崩れたライコウを尚も執拗に追い、電光石火でライコウの後ろへ回り込み、倒れ込んでいるライコウの頭を分厚い肉球の手で押しつぶそうとした!
『!!注意!!……加速装置「スカンダ」起動……出力上昇255PCT.……真素残存量低下……残91……内部温度上昇:冷却装置起動開始……』
デバイスから文字列が表示され、ライコウの眼前に展開される――
――ハギトの拳は大きな地鳴りを止めるかのような衝撃で、忽然と消えたライコウの代わりに硬い大地を叩き砕き、大地を大きく陥没させた!
「ニャニ――!?」
目の前にいたライコウが突然消えて、ハギトが血相を変えて横を見た瞬間――
ハギトの背中に辛うじてくっ付いていた片翼が何者かによって、切断された!
『にぎゃぁあ――!!』
痛みで絶叫を上げるハギトに尚も攻撃を加えんとするのは、紅に輝く物体――あまりの速さに何者か視認が出来ず、ハギトは避ける間もなく何かに連続で切り裂かれて宙を舞い、泉の中へボチャンと落ちた――!
「――フォグ!? いや、違う――!」
ライコウは、一瞬、紅い鎌が見えたのでイナ・フォグが来たのかと思ったが、空中でピタリと動きを止めた紅の物体は、イナ・フォグよりも大人びた女性の姿をした者であった。
その女性は頭からつま先――身に纏っているローブから両手に持つ鎌まで、全てがルビーのように輝く宝石のような女性であった。
美しい顔立ちだが、能面のように全く表情を表に出さず、まるで人形のような瞳でハギトが沈んだ泉を見つめていた……。
「ライコウ様――! 『深紅の女王』を召喚出来るのは10分が限界なのだ!」
ラヴィがライコウの許へ駆け寄り、いつの間にか解けていた『透明化』を再びライコウに掛け直す――。
すると、オアシスの水底が眩く光輝いたかと思うと、巨大なオオカミが三体――激しい水しぶきを上げながら出現し――同時に、怒りに満ちたヒョウ耳の少女がロケットのように泉から飛び出し、頭上に真っ白に輝く剣を展開させた。
「きっ、貴様ら――! 『夢の門番』を呼び出したな! 誰が呼び出した!? イナ・フォグかっ!?」
ハギトは全身深紅の女性の姿を見て動揺し、イナ・フォグの姿が無いかどうか確認しているようだ……。
そんなハギトの様子にもお構いなく、深紅の女王は泉から飛び出したハギトへ一瞬で間合いを詰めて、紫電一閃――深紅の鎌を振り下ろす。
――ところが、ハギトの反応速度も尋常ではなく、鎌の攻撃を逞しい腕で防ぎながら、深紅の女王を蹴り上げた。
「――!? ギャン――!!」
だが、深紅の女王に気を取られていたハギトは、ライコウの接近に気付く事が出来なかったようで、背後からライコウが振りかざした両拳によって、情けない声を出しながら再びオアシスの水底へ殴り落とされた――。
ハギトが出した輝く剣は、主がオアシスに落とされようがライコウ達にレーザーを乱れ打ちしてくる――。
巨大なオオカミは三匹同時に深紅の女王に襲い掛かり、その内の一匹が深紅の女王をその大口で飲み込んだ――しかし、オオカミが口を閉じた瞬間、紅の鎌がサメの背びれのように刃先を突き出し、一直線にオオカミの鼻先へと向かい、そのままオオカミの口を真っ二つに切り裂いた!
泥のような赤黒い返り血を浴びても眉一つ動かさず、泉から飛び出たハギトに向かって突進する紅の女性――翼が捥げたハギトは空中を飛ぶことが出来ないが、驚異的な跳躍力で深紅の女王を迎え撃つ。
雨のように降り注ぐ鎌の攻撃を石火として両手で捌くハギト――刹那の隙を見逃さず、漆黒の夜空に怪しく光る爪を振りかざし――ついに深紅の女王を切り裂いた!
そして、先ほど後ろを取られた教訓なのか、まるで後ろにも目が付いているかのような感性で透明になっているライコウの気配を見抜き――近づいてくるライコウに強烈な蹴りを浴びせて、宙をクルリと舞ったかと思うと、地上へスタッと着地した。
「うにゃ、にゃ……。 なかなか面白い戦いだった――」
ハギトの一撃により切り裂かれた深紅の女王は、その役目を終えたかのように地上へ落ちながらスーッと闇に溶けて消えて行った……。
「クソッ――なんて、ヤツだ! 早く、フォグが来てくれなければ……このままでは……」
ライコウは再び術が切れたのか、月に照らされた白銀の鎧をハギトの前に晒す――。
「貴様――! ガラクタの分際で何処へ隠れていたにゃ!」
『――ドンッ』という衝撃と共に迅雷のごとくライコウに襲い掛かるハギト――しかし、ハギトの後ろに控えていた巨大なオオカミから凄まじい爆発音が轟き、オオカミの咆哮が聞こえると、ハギトは慌ててライコウへの追撃を止めて後ろを振り返った。
――ハギトが後ろを振り向くと――『壊れた砦』へと続く小高い丘の上から、月の光に向かって飛び上がる無数のバイク集団が雪崩を打ってこちらへ向かって来ていた!
――
「第一部隊、戦闘開始じゃ――!!」
鯨波の如くなだれ込むバイクと武装車両の集団は、ハギトとオオカミに向けてありったけの機関銃を打ち込みながら、命知らずにハギトへと特攻してくる――!
「サクラ――!!」
ライコウが見つめる先には、バイク集団の先陣を切って巨大なオオカミの脇を駆け抜けるサクラ2号の姿があった――。
「遅れてゴメン、ライコウ! あと『アイナのゼルナー』もね――!」
サクラ2号の視線の先には、ライコウの後ろで本を片手に術を唱え続けるラヴィの姿があった。
「夢の魔女――万物の全ては汝の僕。 あらゆる存在、あらゆる闇すら汝の力。
その美しき貪欲を我に示せ!」
ラヴィの言葉に呼応するように、醜悪なオオカミの足元から闇に紛れた水のような液体が湧き出てきた。
そして、その水はまるで生き物のようにたちまちオオカミ達の体を侵食した。
――すると――
なんと、オオカミ達は主人のハギト目掛けて涎に塗れた大口を開けて襲い掛かって来た!
「――にゃに!? 猪口才なマネを!!」
ハギトは大量の弾丸をその身に受けながらも全く効いている様子が無い……。 襲い掛かる自らの眷属の攻撃をヒラリとかわして一瞬で切り裂き――踵を返したかと思うと、周りを取り囲むゼルナー達へ襲い掛かった!
『ギャー! 姐さん――!』
一瞬で首を刈り取られ、次々に爆発するゼルナー達――オアシスの周辺は彼らの爆発によって真っ赤な空へと変わり、闇より黒い黒煙がモクモクと立ち上る。
「お前ら、怯むんじゃねぇ! マルアハを倒すのは今しかねぇ――!」
ハギトの正面からサクラ2号が機銃を連射して突進してくる! そして、彼女の背中には紫色に輝く剣を手にしたジスペケの姿があった!
特攻するサクラを迎え撃つまでもなく、ハギトは逆にサクラへと突進し、閃電として血に飢えた爪をサクラに向けて振りかざす――。
『――ガキィィィ』という丁々とした音が響き、ジスペケの剣から火花が飛び散った!
「――にゃに!? 貴様っ! 俺の爪を受け止めただとぉ!」
――面食らって怯んだハギトの顔面に、鉛の砲弾が撃ち込まれる!
「ギャン――!!」
折り重なるように怒涛のような砲弾が撃ち込まれ、激しい爆発と火花が煌々と空を赤く照らす――。 砲撃と銃撃は止むことなく空高く轟音を響かせ、その凶悪な少女を破壊せしめんとする。
「――ジスペケ! アンタ無茶しないで!」
ジスペケの剣はハギトの一撃で剣先が折れてしまった。 ハギトの一撃は奇跡的に防いだものの、次の一撃で確実に破壊される……。
だが、無慈悲にも硝煙の中から、眩い光と共にトラのような牙をむき出しにした怒れるケモノが再びその爪を立てる――。
「――これ以上、避けられない!」
サクラ2号は咄嗟にアクセルターンでハギトの攻撃をかわそうとするが、背中に乗るジスペケを凶悪な爪が襲い掛かる――。
『ギニャァァ――!!』
その瞬間――ハギトが耳の塞がんばかりの絶叫を上げたかと思うと、背後から稲妻の迸る剣を持ったライコウが躍り出た!
「ジスペケ、サクラ――! お前らは一度後方へ下がれ!」
怒りで我を忘れ後方への攻撃に無警戒だったハギトは、ライコウの必殺の一撃をまともに食らい、絶叫しながらバタバタと地面を転がりまわる。
だが、転んでもただでは起きないハギトは、手足をばたつかせ神々しく光る足跡を着けながら――
「チェインド・アロン・ガーディアン!」
と叫ぶ――すると、足跡から次々と鎖に繋がれた猛獣が現れた!
二本の牙をむき出しにしたサーベルタイガーのような出で立ちの猛獣や、ショル・アボル=イノシシ型が巨大化した猛獣、先ほどまでライコウ達を苦しめていたオオカミ型の猛獣など――光輝く鎖を体に巻き付けた獣達が耳を劈く咆哮を上げ、忌まわしい大口から次々とレーザーを吐き出し、ゼルナー達に襲い掛かった!
――同時に、大きな地鳴りは地面を押し上げるような巨大な地震となり大地を揺らし、隆起した大地から火山が噴火したかのように怪獣のような芋虫型のショル・アボルが飛び出て来た!
「――ヨルムンガンド! こんな時に……!」
ラヴィは再び本を片手に呪術の詠唱に入る――。
「――お前らはラヴィを護れ! サクラとジスペケはアイナへ――!」
襲い掛かる猛獣を剣でいなしながら、ライコウがデバイス越しからゼルナー達へ指示する。
ライコウの指示に、ラヴィの周りにゼルナー達が幾重にも集まり、彼女を護るように取り囲む――。
「――第二部隊はまだなの!?」
後ろから迫るサーベルタイガーのような光の猛獣から放たれるレーザーを巧みに避けて、機関銃を連射しながら後方へと下がるサクラ2号――。
……
「――呼びましたぁ?」
サクラ2号の目の前から急に声が聞こえたと思うと、スッと白い人影が彼女の横をすり抜け――後から追って来る猛獣へと向かっていく!
月の光と銃撃の火花に照らされて、手に持ったバズーカのような武器を猛獣に向けている白い人影がぼんやりと映し出されると、その武器から凍てつくような氷の粒が猛獣に向かって放たれた!
――轟轟とした白い吹雪があっという間に猛獣の体を包み、5メートルはあろうかという猛獣の体が一瞬で氷の彫刻のように凍り付く……。
さらに、白い影は間髪入れずに背中に背負っているショットガンを猛獣に向けて放つ――。 『ズドンッ――!』と大砲のような音を響かせたショットガンは、凍り付いた猛獣をまるでガラスを砕いたかのようにバラバラに破壊した。
「サクラ、アータ達は邪魔ですから、とっととアイナへ退却してね♪」
気の抜けた口調で後ろを振り向く人影を、四方で戦うゼルナー達のライトが照らし出す――。
そこには袖の長い白色のフライトジャケットを身に纏い、筒のようなバズーカを肩にかけたツインテールの金髪女性が、ショットガンを構えて前方から向かって来るイノシシ型の猛獣を狙っている姿があった。
「――コヨミ!」
サクラ2号は遠ざかる人影に向かって叫びながら、振り返らずにアイナへ向かって走り続ける――。
「あっ、それとサクラ! アイナにはもうカヨミも来てますからぁ! くれぐれも、二人揃ってぶっ壊れないでくださいね!」
前方の猛獣に向かってショットガンを放ちながら、デバイスを使ってサクラ2号に呼び掛けるコヨミ――。
サクラ2号は「うん、分かった! アンタも気を付けて!」と口の悪いコヨミに怒る余裕もないのか、ジスペケを背に乗せながら丘を駆けあがって行った――。
――
コヨミがいる後方からなだらかな斜面を越えたオアシスの付近では、ワニのような戦車に乗ったゼルナーや大型ダンプに乗ったゼルナー達が一斉に大砲を掃射してハギトの動きを止めに掛かる――。
ソルテスとアロンも戦場に到着しており、彼らはイナ・フォグすら固まらせた粘着弾を連射し、ハギトの動きはいよいよ鈍くなってきた……。
「――動きが止まったぞ! レーザーは使うな! ありったけの弾を打ちまくってヤツを破壊しろ――!」
ライコウの叫びにゼルナー達は気勢を上げた――。
「あと少しで倒せるぞ! 俺たちの――
俺たちの地上を取り戻せ!」
300名いたゼルナーはすでに半数以上が破壊され、100名程度になっていたが、コヨミに続いて第二部隊のゼルナー300名が合流し、ハギトを幾重にも取り囲んでいた。
「キャー! ライコウ様ぁ! 逢いたかったですぅ!」
ライコウが緊張した面持ちで、仲間と共にハギトに向けて銃を乱射している中――突然横からコヨミが現れて、ライコウに抱き着いた!
「な、なんだ――!?」
――そもそも、コヨミは『アセナ』というゼルナーの指示でディ・リターに留まって『フル』を監視する為、今回の作戦に参加しない予定であった。
しかし、アセナの言う事を聞かずに、勝手に第二部隊に参加してディ・リターから飛び出して行ってしまった為、姉であるカヨミが一緒について行ったという経緯があった……。
そして、コヨミが今回の作戦に強引に参加した目的というのは……『大好きなライコウを一目見たかった』という不純な動機であったのだ――。
「――お前、何なのだ! ライコウ様に気安く触らないで欲しいのだ!」
ライコウの背後にいたラヴィが、慌ててコヨミをライコウから引き離す――。
「ちょっと、アータ! 何なんですかぁ?」
コヨミは横目でラヴィを睨みつけて不満を漏らす――。
――すると、そんな事をしている間もなくゼルナー達に集中砲火を浴びているハギトの様子に変化が起きた!
「にゃっはっはっ――! まさかここまでやるとは思わなかった!
久しぶりに楽しかった……が、俺はもう眠くなってきたにゃ……」
粘着弾によって身動きが取れないまま、四方八方から集中砲火を浴びているハギトの声が真っ黒い煙の中から響いて来た。
「強がり言いやがって! これで俺達の勝ちだ――!」
その声を聴いたスキンヘッドのゼルナーがバズーカを放つと、その爆発で一瞬黒煙が霧散し、ハギトの様子が見えた。
「……何だ? アイツ……体が青く光って……?」
全身が青く輝きだしたハギトの様子にライコウは背筋が寒くなり、急いでゼルナー達に退却を促す――。
「――お前ら、いったん引けっ! 危険だ――!」
デバイス上からライコウの声を聴いたソルテスはアロンをサイドカーに乗せて火急の勢いで引き返す――。 ラヴィとコヨミもライコウに従い、慌てて後方へと下がるが、ハギトの挑発に乗った第一部隊のゼルナー達はライコウの指示を聞かずに次々とハギトに向かって攻撃を続けている――。
「止めろ――! 早く退却を――!」
ソルテスがそう叫んだ瞬間――
『オール・シェル・エツェヴ……』
ハギトがニヤリと口角を上げて呟いた……。
……
『――シュッ――』
という何か消滅するような音――いや、一瞬で何かが溶けたような音がした。
恐らく、この音はライコウ、ラヴィ、コヨミの耳に生涯焼き付いて離れないだろう……。
青白い光が周囲を包んだかと思うと……ハギトのすぐ傍にいたゼルナー達が煙のように消え――一瞬、闇の静寂が糸のように張り詰めた……。
その刹那――眩い一閃が、張り詰めた糸をプッツリと切る――
すると……ハギトの周囲を取り囲んでいた全てのゼルナー、全ての車両が一斉に大爆発を起こした!
――全ての存在を吹き飛ばす悪魔が、轟音と共にキノコ雲を天高く突き上げる――
その地響きは遠くハーブリムにも響いて来た程であり、ライコウ達三人はアイナへと続く丘の上まで吹き飛ばされ、大きな岩に激突した。 ソルテスとアロンはその衝撃で岩壁に激突し、ライコウ達が吹き飛ばされた丘の下で崩れた岩に埋もれてピクリとも動かない……。
『!!危険!!……防御シールド破損:再構築化……残45S 放射線量異常増加……149SV……速やかな退避を警告……アンチ・レディエイション起動中 真素残存量低下……残71』
ライコウが咄嗟にデバイスの防御シールドを展開した為、三人は土煙に塗れたものの体に異常は見られなかった……。
「……ウ……ウソ……?」
ライコウの腕から離れたラヴィとコヨミは、あまりの光景に茫然として立ち尽くした……。
先ほどまでハーブリムとディ・リターのゼルナー300名が丘の向こうでハギトと戦っていたはずだ……。
しかし、目の前に見える光景は、夥しいゼルナー達の破壊された無残な姿と鉄クズとなった車両……そして、黒煙の中から微かに光る小さな獣の姿しかなかったのである……。
――ハギトが青い光を放ったこの一瞬で、第一部隊と第二部隊は壊滅的被害を受けたのであった――




