金縛り
暑い。
夏の暑さで、街の色が抜けていくようだ。
全てが気だるげで、色の褪せたものに変わっていく。
それでも相変わらず空だけは青く透けている。
アスファルトの熱波を感じながら、私は駅に向かっていた。
自分の昨日の足跡を辿って、金縛りに合ったかのように今日も同じことの繰り返しだ。
退屈だった。
今日を乗り切れば、明日を乗り切れば。
いつまで乗り切れればいいのだろう。
もう日がだんだん溶け合って境がつかない。
意味もなくスマホを手に取って、気持ちを紛らわす刺激を脳に与える。
あまり何も見ずにふらっと歩いてると、誰かにぶつかってしまった。
すみません、と小さな声で謝る。
その人も私と同じ電車らしい。
少しするといつもの電車がガタンゴトンガタンゴトンとやってきた。
解放された水のようにわっと人が出ていって、そしてぞろぞろと人が入っていく。
扉がしまって、冷房の効いている車内でも、人の熱気で空気が少し息苦しい。
ふと扉の方を見ると、さっきぶつかった人がいた。
じっと見つめる先は青い空。
その時、激しい嫉妬心が心を渦巻いた。
と同時に、この繰り返す日々のループに囚われた自分に絶望した。
揺れる電車の音も、車内アナウンスの音も、女子高校生の話す声も。ざわざわ、ひそひそ自分を責めるように。
うるさい。
それでも、体は逃げれずに金縛りにあったままだ。
「大丈夫ですか。」
いつのまにかその人は私の前にいた。
声を出そうと思っても、何を言えばいいのかわからない。
混乱した頭は何も考えられず、手を引かれるがままに次の駅で降りた。
屋根以外、ほとんど外だ。
暑い。
そう呟くとごそごそと鞄を漁ったかと思うと、水筒を取り出して頬に当てた。
ひんやりした金属が心地よかった。
ぼーっとしたのも束の間、恐怖が襲う。顔が歪みそうになる。
自分がどこにいるかも分からない。周りには誰もいない。
間に合わない、間に合わない。
泣きたかった。
勝手に何をしてるのと怒りたかった。
そんな私の心情を読んでか、困ったように笑ってる。
私より少し若いのか、なんだか凛としている。
「次の電車、すぐに来ますから。」
なんと返せばいいのか分からなくて、私は閉口してしまった。少しだけ頷くことしかできなかった。
遠くからまたガタンゴトン、ガタンゴトンと聞こえてくる。
安心して、身体の力が抜けそうだった。大丈夫だと安心してもらうためにへらりと笑いかける。
そんな私を見て、不思議なことにどこか寂しそうな顔をしている。
音を立てて電車が止まる。
やっと声をみつけて、聞く。
「乗らないんですか?」
今度は閉口される番だった。
そして黙って首を振る。
それがなにか残念で、どこか苦しい気持ちを抑えて、小さく手を振る。
電車がゆっくりと動き出す。
ホームに残された人影を私は最後まで見つめていた。目を閉じても、瞼の裏にくっきりと残像が残っている。
いつか、同じ駅で降りよう。