0-2 覚醒①
(フジノエリ)
最初は「えっ」って思った。聞いたことのない言葉だって思った
でもすぐに思い出したの
あの夢の中で私を怒鳴りつけていた男の人が、私に向かってしょっちゅう「フジノ」「フジノ」って言っていたって
それに気づいた瞬間のことはいまでも忘れない
よく「雷に打たれたような」って言うけどあれ本当ね
そう、私はわかってしまったの
(私の名前だ!)
そしてその気づきと同時にまるで音を立てて記憶が一気につながったの
名前、年齢、どこに住んでいてどこで何の仕事をしていたか
私の前世の記憶が
藤野恵理、26才、日本人
会社では事務の仕事をしている
彼氏なし、貯蓄なし、将来の展望なし
それが前世の私
そんな前世の私がただひとつ好きだったのがゲーム
それも「BLもの」
画面の中で2次元の美形キャラクターたちが、ただならぬ関係に堕ちていく様子を眺めてはドキドキするのが、ほとんど唯一の癒やしの時間
えっ、でもちょっと待って
「前世」って言うんだからそこでの私は「死んだ」ってことになるのよね
いったい私、どうやって死んだの?
26だよ。たしかに仕事のストレスで押しつぶされそうには、っていうかほとんど押しつぶされていたけど病気とかなかったはず
じゃあ「事故」とか?
ラノベの異世界転生もので定番なのは「トラックに轢かれた」だけど、思い出す限りそんな記憶はないし
同じ理由で通り魔とかの「だれかに殺された」って可能性もなさそう
えっえっ、いったん落ち着こう
自分が死んだ理由を思い出すのに落ち着いていられる人間なんているのか、という問題はいったん脇に置いておいて
落ち着いて、思い出せる限り、前世での一番最後の記憶を引っ張り出すんだ