設定に乗ってやるか
異世界に来た僕は信じられない事があると。
「これは脳の錯覚だ」
そう思うようにしている。
ポンさんは大きく深呼吸すると、口から雷を纏った炎を吐いたんだ。
炎雷は水面を這うと、水面に多くの魚類が浮かんだ。
「ふむ。まぁこんなところか」
ポンさんは腕を組むと1人頷いていた。
「ワイよ。乱獲してこい」
「かしこまりました。主よ」
大きな翼を広げ、ワイは水面へと飛び立った。
「う~ん。脳の錯覚だなぁ」
うん。脳の錯覚だ。
これは幻覚とかその類のものだと思う。
信じられない光景をこの目で見ると基本的に脳の錯覚だと思っている。
この世界は異世界。
なんでもありなのはわかるよ。
でも、限度ってのがある。
ポンさんのようなメイド姿の女性が口から街の一つでも消し飛ばしそうな息吹を出したんだ。
これを幻覚と思っても仕方がないんだ。
きっと何らかの幻術に違いない。
「どうしたのだ。そんな難しい顔をして」
「いやぁ~。僕はね。最近とても疲れているようなんだよ」
幻覚と幻聴を体験してしまったし、肩凝りが凄いのだ。完全に歳である。
あとワイの背中に乗ってお尻が少し痛い。今度リクライニングシートを設置しよう。
同じ態勢を維持してた事もあり背骨も少し痛いなぁ。
「何? 亡者すら蘇る世界樹の果実は今、手元にないぞ。戻るか? 我が居城へ?」
ポンさんは俺の顔を覗き込んだ。
出ました。中二アイテム。
そんな便利なアイテムある訳ないだろ。
死者が蘇るは言い過ぎだ。
世界樹の果実ってなんだよ。
「いや。普通の水でいいや。普通の水が欲しい。喉が渇いた」
「はい」
いつの間にか隣に居たムーさんは金ぴかの盃を渡してきた。
「ありがとう」
僕はムーさんに一言感謝を述べ、盃を手に取る。
「ん」
「ほう。ムーよ。いいものを持っているのだな。聖杯か。それならば疲れも癒せるだろう」
聖杯だと……
黄金の盃を聖杯とは中々のネーミングセンスだ。
わかってるじゃないか!
「うん。昔、雷神倒して貰ったんだ」
「あいつか。生意気な奴が最近出てこないと思ったが、ムーが仕留めていたのか。天晴れだ」
「ありがと。あいつ嫌い。今。次元回廊に幽閉してる。もう出てこれない」
「ククク。いい気味だ。延々に次元の狭間を彷徨うといいさ」
ポンさんは邪悪な笑みを浮かべていた。
僕はそんな中二病の会話を無視して黄金の盃に口を付けた。
「甘いねぇ」
リンゴのような酸味と仄かな甘みが口の中に広がった。
前世のコンビニに売ってた、いろは水リンゴ味を思い出した。
無香料無着色のリンゴの味がする不思議な水。
飲んでも飲んでも盃の水は湧き出してきた。
「凄いねこれ。どういうトリックなの?」
「トリック?」
ムーさんは疑問符を顔に浮かべた。
「仕掛けって意味かな」
「仕掛けなんてないよ。その水はこの世界が終わるまで流れ続ける。
あらゆる病と傷を癒す奇跡。それが聖杯。
この世に2つとないもの。凄く貴重」
「ありがとう説明」
仕掛けはないらしい。
そしてとてもレアなんだって。
まぁいいや。
そういう事にしといてあげよう。
そういう設定っぽい。
設定に乗ってあげないとね。
僕も大人なので。
「これは食えんな。どうだ? 疲れは取れたか?」
ポンさんはワイの取って来た瀕死の鮮魚? を仕分けしながら僕に尋ねてきた。
「あー。うん。喉は潤ったかな」
あれ? なんだか肩が軽くなったような。
「なんか身体の痛みが消えたね」
糖分と水分を摂取して身体の疲労が軽減されたのかもしれない。
「ふむ。それは良かった。では飯にするか」
「それ食べれるの?」
ワイが捕獲して来た禍々しい見た目の海鮮達。
「マズイものもある。これはダメだな」
ポンさんはウニみたいな見た目の巨大な黒いトゲトゲをサッカーボールのように蹴とばした。
・
・
・
日が沈み始めていた。
空の色は赤から濃紺へと変わり、西から東にかけて鮮やかなグラデーションが夜空を染めていた。
暗くなった空には星々が煌めいていた。
砂浜の上で焚き木に火を点けるとまるでキャンプのような気分になり僕は心が躍った。
するとムーさんは手品のように宙空から突然調理道具や巨大な釜など次々と取り出した。
えぇぇぇぇぇ!?
僕は目ん玉飛び出そうにその手品を見ていた。
凄すぎる、今すぐアメリカンドリームを手に出来るぐらい凄いマジックの数々。
「イリュージョンだ……」
僕はムーさんのイリュージョンに口をあんぐり空けた。
「ほう。ムーよ。軽装だと思ったらお前そんな術を覚えていたのか」
「うん。昔居た世界渡りしてきた人の子が、アイテムボックスって言ってた。誰でもできる。簡単」
でたー。アイテムボックス!
中二御用達の能力じゃん。
「ほう。時空間を繋げているのか。亜空間を疑似的に任意で作り、道具を格納するのか。
面白い術を考えるモノだ。しかし穴も多いな」
「うん? どゆこと?」
「ムーよ。現在軸でしか亜空間を作っていないではないか。人の子もまだまだよな。未来と過去に繋げた方が応用が利くぞ。それに亜空では時間停止をした方が獲物は腐らん」
「あー。そだね。そうしとく」
「うんうん。凄いねぇ~」
僕は感心した。中二会話をここまで広げられるなんて才能以外ナニモノでもない。
「征士郎もできる……と思う」
「できないよ」
「そなの?」
「そうだよぉ~」
そんなマジック&イリュージョンは習ってないんだ。
出来るのはカードのすり替えマジックぐらいなんだ。
「征士郎よ出来たぞ」
ポンさんに声を掛けられたと同時であった。
目の前には海鮮料理がいつの間にか並べられていた。
エビっぽい何かはこんがりと赤く焼けている。
マグロっぽい何かは鍋に無造作にぶち込まれグツグツと煮立っていた。
添え物としてパンとジャガイモっぽい何かもあった。
コンソメスープのような匂いが辺りに充満した。
「早!? い、いつの間に!? 早業すぎて僕でも見逃しちゃうね」
僕はフッと笑った。笑う事しか出来なかった。
「うむ。時を止め、同時に時を早めた。料理の時間などあってないようなモノだ」
「あ。うん。へぇー」
ポンさんとムーさんは時空間を操る事が出来る……という設定らしい。
もう僕は驚かないぞ。だって脳の錯覚だから。
「冒険は始まったばかりだったんだな。あ。ムーさん。さっきの金ぴかのアレある」
「ん」
ムーさんは聖杯と言う名の盃を渡してきた。
「これ美味しいんだよねぇ。いろは水リンゴ味」
「じゃあ。みんなもコップを手に持って」
ワイ以外の全員はいつの間にかキラキラ光る不思議な盃を手に持っていた。
「じゃあ! 初日も生き残れた事を祝して食事にしよう! 乾杯!」