メイド服は戦闘服……という嘘を吐いたのは僕です
僕とポンさんは二人で縁側に座り食事を摂っていた。
「最強に憧れるのってあるよね。ところで、ホントは亜人なんだよねポンさん」
最強の自分を想像して俺TUEEEする妄想。
わかるよ。非常によくわかる。
こういう、ふとした瞬間に僕はポンさんにカマをかける。
「だから私はドラゴンだと言ってるだろ!」
ポンさんは顔を真っ赤にして抗議した。
「うんうん。わかるよ。ドラゴンだったね。ごめんごめん」
僕はポンさんを嗜めた。
そういう設定厨居るよね。
完全に人型。
尻尾と角しか爬虫類要素ないんだし、それは無理があるよポンさん。
でも彼女は最強の俺TUEEEを妄想している。
ドラゴンという事にしておいてあげよう。
彼女の頭の中で。
ポンさんは納得したのか、落ち着きを取り戻し。
「わかればよいのだ」
「そんなドラゴンのポンさんにお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「人の街に行きたいんだけど」
「またか……滅ぼしに行くのか?」
「なんでそんな話になるのさ。
その……見てみたいっていうか。ちょっと買い物したいなぁって」
この世界を見て回りたい。
この山奥の生活は嫌いではないよ。
でも、ここが異世界ならこの世界の街並みを見てみたい。
「……それはやめておけ。征士郎。お前が街に行けば大混乱だ」
「なんでよ?」
「お前の力は人には毒だ。人里に降りればお前は辛い思いをするだろう」
はいはい。そういう設定ね。
毎回僕に『ここに居ろ』と言ってくる。
ポンさんは過保護なのだ。
わかるよ。
僕は弱い。
それにここは異世界。
確かに危険な世界かもしれない。
盗賊が居たり、野蛮な価値観があるのかもしれない。
全くの未知な世界だ。
それこそ現代風なのか近未来風なのか、中世風なのかも不明。
わかってるよ。
危険な世界で冒険なんてすべきじゃない。
僕は日本から飛ばされた一般人。
武道も格闘術もやった事がない。
戦闘の心得も逃げる心得もない。
死ぬのはとても怖いし嫌だ。
それでもポンさんとかムーさんとか強そうな人に連いてきてもらえばいいじゃないか。
「毎回そればっかりじゃん。
引きこもりには飽きてきたんだよ。
ほんのちょっぴりでいいから。
ポンさんとかムーさんとか連いてきてよ」
情けない話だが強そうな人が傍に居れば僕も安心だ。
「やめておけ。お前はここで座してればいいのだ。我らの主として」
ポンさんはそう言うと、黄金の盃に入ったお茶を啜った。
でたよ。
主設定。
それなんなんだよ。
勘弁してよ。
なんで僕がみんなのリーダーみたいになってるのかよくわからないんだよ。
「主ってその呼び名は食事の席ではやめようよ。僕たち友達じゃん」
ポンさんは少しハニカミながら。
「お前は我らに名を与えた。主ではないか。友と言ってくれるのは嬉しいが……」
「ああ。そういう設定ね。困るんだよなぁ。ここまで中二病エリートだと」
「何を言ってるんだ?」
眉間に皺を寄せて怪訝な顔をする。
「うんうん。この世界にはないんだよね。中二病って言葉。
なんていうか。ポンさんは真面目だなって話」
ホント真面目。
ここで出会った自称ドラゴンのメイド達は真面目なのだ。
彼女達は恐らく亜人と呼ばれるモノに属する。
爬虫類のような尻尾に、角。
巻型の角とか、鹿みたいな角とか、真っ黒い角とか生えてる亜人。
多分トカゲかなんかの亜人種なのだ。
この世界にはどうやら、色々な亜人や獣人が居るようだし不思議ではない。
未知の獣をポンさんが狩猟してきてくれたし生態系が僕の知ってる地球と違う。
それに亜人の彼女達は人間世界の常識をあまり知らない。
僕は、人間の世界ではメイド衣装は、最高の戦闘服と冗談で嘘を吐いた。
あろうことか、それをみんな信じきってるのだ。
メイド衣装を僕がスケッチに描いて見せると。
ポンさんとかムーさんとかワーちゃんが『見た事ある』と言っていた。
そして一様に『故に人間の王族の側近に、あの意匠を凝らした者が多く居たのか……』と、感心したように呟いていた。
それから彼女達は納得したのかメイド服をいつも着るようになった。
メイド服 = 戦闘服 だと誤認してしまった。
僕のせいだけど。
大真面目に嘘を実行してくれている。
それに、ちょっとまずいな、と思い始めてる。
もう、本当の事は言い出せそうにない。
僕の吐いたメイド服の嘘。
『実はあれウッソー!』とは、もう言い出せない。
そんな雰囲気じゃない。
彼女達は滅茶苦茶怒るかもしれない。
もう後には引き返せない。
「……馬鹿にしてないか?」
切れ長のまつ毛が動く。
いつもの美人な眼が鋭い眼光を放っていた。
「してないよ。真面目は美徳だと思ってるよ」
「そうか……」
「うん。そうだよ!
ポンさん。頼むよ。僕を街に連れてってよ。知ってるんでしょ。安全な街」
そう。ポンさんが生まれた街とか、安全そうな街を紹介して貰えばいい。
ここが人里離れた場所だとしても、そこまで観光に行きたい。
「……はぁ」
ポンさんは大きなため息を吐いた。
「ダメかな?」
「……毎回毎回」
呆れた顔であった。
もう何百回目の頼みだ。
今日もダメかもしれない。
毎回ダメだと言ってくる。
これは刷り込みだ。
毎日の積み重ねが大事。
僕は今日もダメだろうと諦めかけていると。
「……いいだろう。あるにはある。征士郎の思っている街とは違うかもしれないが」
「……今回もダメか…… え!? いいの!?」
「ああ。私の知る街は少ないがな……」
ポンさんは複雑そうな顔をしていた。
「やったぜ」
僕は思わずガッツポーズしてしまった。
ポンさんは再度大きなため息を吐くと。
「ここから歩きだと遠い。故に私の眷属を足に使うとしよう」
「眷属? 初めて聞いたな」
眷属ってどういう意味だっけ。
ペットの事かな?
そんな中二病の単語も知ってるなんて。
やはりエリート。
それにそんなの居たんだ。
初めて知ったよ。
「あやつを呼んでもいいが、驚くなよ」
「飼い犬の事だろ。大丈夫。大丈夫。多少大きくても大丈夫だよ」
大きくても馬ぐらいの大きさだろう。
仮にその想像を超えてきても、最大でも象ぐらいの大きさだろう。
想定を超える事はあるまい。
「ペット?」
「飼い犬的な」
「ああ。なるほど。そういう意味か」
「では、2,3日待て。あいつもここまで来るのに時間が掛かるからな」
「放し飼いなのか」
どうやって呼ぶんだろう。
特殊な伝令方法があるのだろうか?
「放し飼い……まぁ……うむ。言い得て妙だな」
ポンさんは微妙な顔。
どうやら少し話の噛み合ってない僕の返答に困惑してるようなのだ。
それらしい会話を何とかぎこちなく続けようとしてくれていた。
「少し準備が必要だ。私が本来の姿に変化できれば話は早いのだが」
また出たよ。
僕の前だとドラゴンになれない設定。
しょうがない。
僕も大人。
その設定に乗ってあげるか。
「そうだね。
でも高貴なドラゴンが易々と人を背に乗せるべきじゃない。
そんなものは眷属にやらせればいいのさ」
「ふむ。確かにそうだな」
ポンさんは頷くと、再び手元に黄金の盃を引き寄せ、お茶を啜ったのであった。