同郷のよしみ
/3人称視点/
―――南方異聞見聞録―――
そこに書かれていたのは俄かには信じがたい内容であった。
遥か彼方。
大海の先、そのまた先。
肥沃な大地に、奇跡の実が実るとされる国があると言う。
1年前。
世界を二分する戦いが行われた終末の地。
それは噂に過ぎないおとぎ話。
魔界、神界、異界、冥界。
あらゆる強者が集い死闘を繰り広げたとされる地獄の渦。
――― 常闇 ―――
その地で、この世界の人類に勝因を齎したのは奇跡の実によるとの事。
数千の異界浸食を阻止した希望の一助。
その実を齧ればあらゆる病が治るとされる。
あらゆる呪いを跳ね返し、腐った四肢は完治する。
死に際の死人すらも、この世に留める事すら出来るという。
奇跡の果実。
まことしやかに囁かれる噂。
「それは噂なのだけれども……」
期待ぜずにはいられなかった。
包帯が巻かれた手に力を入れる。異世界にある日跳躍させられた者が居た。自身の意志などなく唐突に。
強大な力『9』を与えられた代償により四肢は腐り始めていた。日に日に身体はやせ細っていく。
彼女の余命は幾ばくも無い。
多くの無理難題をこなしてきた。
多くの逆境を跳ね除けてきた。
英雄・英傑・最高位の冒険者と持て囃された。
手に余るほどの財を得た。
栄光も栄誉も欲しいままにした。
しかし、死を前に恐怖した。
驕りがあった。
慢心が生まれた。
自分の心は子供であった。偽りの力、まやかしの力に悦に浸っていただけだと気づいたのだ。
何より、心が疲れてしまった。
死の瀬戸際に立たされた時、彼女は『生きていたい』と『普通になりたい』と、『故郷に戻りたい』と、心の底から望んだのだ。
故に可能性に賭けた。
せめて生を謳歌したいと。
故に一縷の望みにしがみついたのだ。
遥か彼方から、奇跡を信じた彼女は彼の地に来訪しようとしていた。
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僕はこの数日農業に勤しんだ。ポンさんは用があるとかで、数日前から姿を見なくなった。彼女が僕の前から消える前に最高の中二病ムーヴを決めていた。
例えばこうだ。
『ほう。余興にしては、面白いモノを呼び寄せたではないか。我が縄張りでなぁ』とか。
『万物創世からやり直す気か。異界の神もそこそこやるか。格下だとは侮るまい』とか。
『破格の魔物だ。おや、異世界人と混じり合っている。実に面白い傑物だ』とか。
そんな感じ。
そんな頭が残念な彼女。
まるで姉のように、一挙手一投足やいのやいの注意してくるポンさん。彼女の眼を盗み、僕はある計画を水面下で企む事にしたのだ。ムーさんと試行錯誤しながらどんな野菜なら街に卸せるのかを計画しているのだ。
これはポンさんには内緒だ。
きっと『止めろ』だの。
『そんな事をするな』だの。
文句を付けて注意してくるのだ。
異世界人の僕に対しての警告・注意なのだろう。
しかし、僕にだって意見はある。
お小遣いが欲しい。とね。
心の友であるムーさんにのみ計画は伝えてある。ムーさんは、僕の意見を基本的に否定も肯定もしない。何よりも口が堅い。信頼に足る人物だ。
ムーさんと共に苗を植え終わると。
「ふうぅ~」
僕は大きく息を吐いた。
週末によくある現象『夜』のせいで深刻な資源不足に陥った。
水が濁っているのだ。
少し匂いを嗅いでみたが、ドブの匂いがした。
それにだ。
見た事もない、気持ちの悪いミミズのような生命体がウヨウヨしているのだ。
これは使えないと早々に判断した。
いい野菜は綺麗な水が重要だとネットで見た事がある。
つまり、良い水が必要不可欠なのだ。
故に、僕はムーさんお願いをする事にしたんだ。
「ムーさんあれ貸して欲しいんだけど」
「あれ?」
「あの、いつぞやの、水が湧き出る聖杯? だっけ? あれあれ」
「……これ」
「そう、それ!」
ムーさんが金ぴかに光る盃を手品のように手元に出現させた。
「これ借りてもいいかな?」
「いいよ」
「ありがとう!」
原理不明の謎の盃。
いろは水りんご味が無限に出てくる盃。
通称:聖杯。
僕はこれをスプリンクラーにしようと思う。
野菜を育てる為のね。
「ムーさん。これで野菜って育つかな?」
「ん~。多分。だいじょぶ」
大丈夫らしい。
「これをさぁ。ここに置いて」
僕は金ぴかの聖杯を野菜畑の中心に埋め込んだ。
「こう、ブシャー!! って中の水をまき散らせないかな」
「???」
「噴水みたいに。間欠泉みたいに!」
「よくわからない」
ジェスチャーで伝えたが上手く伝わらない。
ダメだ。通じない。
そりゃそうだ。
「聖杯の中身を雨みたいに降らせる方法があればなぁ」
「できるよ」
「できるの!?」
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/3人称視点/
ある日。
終末の決戦前に、リリアナ王国辺境にて奇跡の果実が誕生した。




