宿屋と思ったら不動産屋だった件
とんでもない宿に案内された。
庭の広さが果てしない。
見果てぬ庭園だ。
庭の至る所に彫刻が立ち並んでいる。
庭の中央には噴水があるし、城のような屋敷に僕は案内された訳。
通訳であるファウストさんに色々とコーディネートして貰い僕は宿に泊まる事になった。
お金はムーさんに借りた謎の硬貨1枚。
「随分凄いね。ファウストさん。ここが宿屋なのかな?」
「いいえ。違います」
「じゃあ何?」
「所詮、人が作りし簡素な小屋ですが、ここは屋敷と呼ばれるモノです」
「……見ればわかるけど」
なんか話が噛み合わないんだよな。
見た事ないほど立派な屋敷なのはわかる。
僕が言いたいのはここが本日宿泊する宿屋なのか? と訊きたいのだ。
それにだ。ファウスト邸である城に比べれば劣るが、小屋は言い過ぎだ。
僕とポンさん家こそ小屋なのだ。
木で出来たちっさい小屋が本拠地なのだから。
それに比べればここは立派だ。
大理石みたいな綺麗な石が敷き詰められているし、天井が恐ろしく高い。
廊下ではなく回廊が邸宅の中を走っているし。
細部の意匠が複雑である。
とんでもないぞ。一体幾らするんだ一泊。
あの硬貨1枚で泊まれるって事でいいんだよな?
「他の宿泊者が居ないんだけど? 大丈夫なのかな?」
「宿泊者? 奴隷の話ですかな? 確かに雑用を任す奴隷は必要ですな。簡素な小屋ですが、雑用を任す奴隷が居なければ朽ち果てるというモノ」
「いやいや。奴隷とか物騒な事言わないでよ」
「はて?」
「いや、ほら。ちょっと想像の宿屋と違うというか……」
「宿屋? なるほど。所詮宿でしかないという事ですね」
なんか含みのある言い方だな。
「う、うん? 宿屋じゃないの?」
「それはそうでしょう」
「どういう意味?」
「屋敷を購入したのでは?」
「え?」
「え?」
お互い顔を見合わせた。
「購入? 誰が?」
「竜魔王様が」
「は? 竜魔王って誰?」
「え? 貴方様ですが」
「僕?」
「他に誰がおりましょう」
会話が成り立たないのだ。
中二病演技はもういいって。
しっかりバイトをこなしてるけど、勘弁してよ。
会話に支障が出始めるタイプの中二病だと話が進まないんだよね。
「意味わかんないだけど」
マジで意味不明なんだけど。
購入?
あの水晶の欠片みたいなので買える訳ないじゃん。
「そうか……なるほど。確かに。常闇のアーティファクトとこの程度の屋敷では釣り合わないと仰りたいのですね」
「え? う? ん?」
常闇のアーティファクト?
また未知の単語が出てきたぞ。
もう勘弁してよ。
ちょっとカッコイイじゃんその単語。
「そこに抜かりはありません。この屋敷と換金できなかった残りはこの土地の全ての利権100年と引き換えにしてあります。既にこの土地の人間の貴族に話はつけておりますので。反旗を翻せば焦土と死が舞い降りると理解したのでしょうな」
やばいな。中二病ムーヴが酷すぎるぞ。
全然会話が成り立たない。
置いてけぼりを食らってる気分だ。
中二エリートすぎる。
かっこいい顔して頭の中が可哀そうな感じになってるぞ。
「????」
「心配は要りませんとも。あれは既に我々の配下。人にしては聡い男でしてな。
原初の威光の前ではひれ伏すしかないと判断したのです」
さっぱり何を言ってるのかわからないんだけど。
「もう話が通じないよ。どう思う? ムーさん」
「さぁ」
ムーさんはムーさんでマイペースなのだ。
「ムーさん。さっきのお金なんだけどさ」
「これ?」
同じ硬貨を取り出した。
「そうそうそれ。まさか。とんでもない価値なの?」
「大丈夫。鱗一枚で作り出せる」
「へ、へぇ」
ムーさんの手の平には大量の謎水晶硬貨が湧きだした。
そんなヒソヒソ話をしてると。
ポンさんはファウストさんに語り掛けた。
「たった数刻でリリアナ辺境伯を懐柔したのか? そこそこ弁が立つかファウスト」
「これでもかつて人の世を支配していましたからね」
「なるほどな。人語を流暢に喋るのもその名残か」
「左様。それにです。この地の支配者である辺境伯なる者には、逆に感謝はされましたとも。この街は世界最大の交易都市になると歓喜しておりました」
「我らがこの地に居着くと判断したのならばそうなるだろうな」
「永劫の繁栄が約束されたようなものですからな」
「視線」
ムーさんは一言告げると光の灯らぬ黒い眼で天を見上げた。
「良く気付いたなムーよ。随分偽装工作をしているが、我らの縄張りを侵す不届き者……」
「神……ですな」
「やはり神々も勘付いてはいるか。直接手出しをしてこないのを見ると……無暗に人里を襲わぬと判断しての事だろうな」
ポンさんは天空に視線を向けると。
「だが。盗み見は癇に障るな……しかしどこから見ている?」
「何の話をしてるの? 会話が異次元すぎるんだけど」
「なるほど。異次元からか。征士郎は流石に勘付いていたようだな」
ポンさんは静かに目を閉じ、少しの沈黙の後。
再度、天を見上げた。
「ここか」
「何が?」
同じく僕も意味深なポンさんの視線と同じ方角に視線をやった。
―――天が割れた―――
ガラスを割ったように一瞬天空が割れたのだ。
「えあ?」
僕は目を擦った。
瞬きを何度かするといつも通りの何でもない空であった。
「次元障壁」
「ふむ。ムーの得意とする隔離次元からだな。随分巧妙だな。怯えているようで愉快愉快」
「時空を視線で斬った……だと!?」
ファウストさんはポンさんを畏怖の眼で見つめていた。
「力の差を教えてやったまでよ」
「お、怖ろしい」
「僕はみんなが恐ろしいよ」
茶番劇を繰り広げるみんなのエリート思考に頭が上がらなかった。




