春風に君を写す
「やっぱりさ、春だしね」
午後一時。二人で実家から送られてきたうどんをすすっていると、君が突然語り出した。
ああ、これはどうやらやっかいなことを言おうとしているな、などと身構えると、案の定君は箸の先をこちらに向けて、
「春っぽいもの。が、いいな」
と言った。
「人に箸を向けるんじゃありません」
僕はそうやってたしなめつつも、そうかそうか、春っぽいものね、と頭の中の「春っぽいもの」をピックアップしていく。君は考えている僕の正面で、ずずずっとつゆを飲み干しにかかる。綺麗なんだからもっと上品に食べれば良いのに、とは、もう言わない。
「じゃあ、頼んだよ」
君はそう言ってどんぶりを片付け始める。頼んだよ、ってなにも頼んでいないだろうに、本当に困ったひとだ。
僕はビニール袋をいくつかと、財布、携帯電話を持って、外に出る。天気が良くてラッキーだった。
てくてく歩いていると、近くの公園にやって来た。子供たちが遊具で遊んでいる。辺りは住宅街なので、もう少し山道の方に進んでみることにした。人の気配や車の通りがだんだんと少なくなっていく。
「さてさて」
ガードレールから奥はもう森のようになっている。車の通りも少ないし、「春っぽいもの」を探すにはうってつけだ。
ガードレールの少し先、森の手前。
傾斜が水を運んでいる。
小川がある。
春のうららの、などと鼻歌まじりに身を乗り出すと、川辺にツクシが生えているのが見えた。
ツクシって、かなり春っぽいのではないか。僕はズボンのポケットから、折りたたまれたビニール袋を取り出す。
「あれ」
ツクシに手をやるまで気が付かなかった。すぐ側にフキノトウが生えている。途端に、衣をつけて揚げられたフキノトウが頭に浮かび、腹を鳴らした。つい先ほど昼飯を食べたばかりだというのに、素直なものだ。
いくつか並んでいるフキノトウに目を通し、食べごろのものをもいでいく。二人で食べるのだし、そんなに多くの量はいらないだろう。
黙々と作業をしていたが、ふとこの状況を人に見られたらどうしようかと不安になった。
変人だろうか。変人かもしれない。
今の時代、一度でも写真を撮られれば面倒なことになる。
こうしている間にも、写真を撮られSNSにアップされ、「何をやっているんだ」「許可は取っているのか」などどコメントが寄せられ……。そうなってしまったら大変だ、早く作業を終えなければならない。僕は急ピッチでフキノトウをビニール袋に詰め込んでいく。
カシャッ
後方の道路側、おそらくさほど遠くない場所から、シャッター音が聞こえた。
ああ、やられた。しまった。さて、どうやって画像を消してもらおうか。
おそるおそる振り返り、写真を撮った人物を確認すると、
君が買い物袋を片手に、笑顔でこちらを窺っていた。
「見つかった?」
君はそうやって僕のビニール袋に目をやって、反対に、僕も君の買い物袋の中を覗き込んだ。
袋の中身は天ぷらに使う材料。お酒とお菓子。
ああ、本当に君は困ったひとだ。
「春だね」
そう言って、君が笑う。
風が吹く。日が少しずつ長くなる。




