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結婚式

 六月一日。


 その日の午後は快晴だった。


 エレナは今、西マール教会で、ミツヒロの国の真っ白な花嫁衣装に身を包んでいる。



 午前中に大聖堂で貴族向けの結婚式、パーティーを終えた。


 ダイヤモンドをちりばめた豪華なピンクのドレス。最高級の宝飾店で作られた豪華なティアラ、イヤリングにネックレスと結婚指輪。


 この日執り行われた結婚式の中では一番華やかな花嫁衣装を纏っていた。


 しかし、その姿を見るものは少なかった。


(誰だって王家とのゴタゴタに関わりたくないわよね。旨味もないし)


 兄の結婚式は、誘拐事件直後だったが、多くの招待客が招待状の返事を出しちゃった後だったし、次期公爵との繋がりを持ちたい者が多かった。


 対してエレナは平民に嫁ぐ身。王家とのもめ事を起こした人間の結婚式に出席してもメリットがない。


 学生時代の取り巻きにまで招待状を送ったが、返ってきたのはご丁寧なお断りの返事がほとんどだった。


 くじけそうになったけれど、王女とアンリエッタ嬢、スベル繋がりで出席してくれたおかげで、なんとか体裁を保たれた。忙しい中、リリアン委員長まで来てくれた。

 あとは母の友『サロン・ド・ヴィーナウェル』のご婦人がたが夫を引き連れて参加してくれた。


 エレナとミツヒロとの結婚に消極的反対だった父は「それみたことか」という目を向けていた。


(落ち込んじゃダメ!今日一番幸せな花嫁になるのよ!)


 だって、結婚式は人生のゴールではない。これから、辛いことも嬉しいこともたくさん訪れるのだ。


 だから、今日は笑うのよ!


 ◇



 まず、ふてくされたような父親の顔を何とかしなければ。


「お父様、お母様。今まで育てていただきありがとうございました。今日という日を迎えられたのはお父様とお母様のおかげです」


 丁寧に頭を下げて思いを伝える。


 ミツヒロイチオシの文句だそうだ。


 母は棒だの父は戸惑ったような表情で「お、おう」と返す。


「お兄様、お義姉様。二人でお父様とお母様をお支えして、ミリムを守ってください」


「ああ」「もちろんよ」


 ついで、少し腰を屈めてミリムに目を向ける。


「ミリム、ちゃんとお兄様とお義姉様のいうことを聞いて、仲良くするのよ」


「最後みたいに言わないで!御姉様に会いに行っていい?」


 ミリムはエレナに飛び付きたいのを我慢して、泣きじゃくる。


「もちろんよ」


「お父様、お母様、ミリムのことよろしくお願いします」


「ええ、どこに出しても恥ずかしくない令嬢に育て上げます」


「わっがった。ミリムはどこにもお嫁に行かせないぃいい」


 エレナとの別れを惜しんでいるのか、ミリムの将来の花嫁姿を想像して泣いているのかわからないのが、花嫁の父親らしくなったので良しとしよう。


 ◇


「いやー。晴れて良かった!ついでにお姫様だっこもなくなって本当に良かった!」


 豪華な装飾は何もない。真っ白なドレスと白いブーケ、白の花冠に、白のベール。身にまとうのはただそれだけ。


 宝石もなにも・・・今まで自分を飾り立てたもの、守られていた虚飾を剥ぎ取られ、とても心もとない。


 女神の姿をかたどったステンドグラスから光が注ぐ。


 王女、アンリエッタ、西マール商店街のみんな、孤児院の子供たち、カス団の子供たちまで、見守ってくれている(小さな教会なのでカス団のこどもたちはほぼ立ち見だが)。


 厳かな気持ちで父にエスコートされて教会の赤カーペットを歩いて夫の前にたどり着いた。


 ・・・当の夫はそんな言葉を投げてくる。


「ほかにもっとないの?」


「そのウエディングドレス、バラをひっくり返したような感じでとってもかわいいよ。」


「言い方ー!」


 大聖堂で着たドレスは、エレナとエレナ母、義姉、ミリムースリーズ家女性陣の要望を最大限詰め込んだ花嫁衣装だったが、このドレスは違う。


 ミツヒロのぼんやりとした『清純な花嫁の婚礼衣装』のイメージを元に作られた装飾のほぼないドレスだ。

 最初のデザイン案だと簡素過ぎたので、ミツヒロのイメージにギリギリ背かないようにゆるやかな薄絹のフリルを何枚も重ねて少しでも豪奢に見えるようにしたのだ。


(大聖堂のドレスはお母様と戦って、伝統に縛られずに好き放題にできるはずだったのにこっちはミツヒロと戦って...)


 建前はミツヒロの国の結婚式の再現だったから仕方がないとはいえ、もうちょっと色を入れるとかー


「ウエディングドレス姿をみたら、胸がぎゅーっとなって、『この人を奥さんにするんだ』って実感が持てるて言うか。守らないとって思うよ」


 そう言われて、なぜかうるっときて、ミツヒロが言ったように胸がぎゅーっとなる。さっきの大聖堂で味わった苦しさとは別種の苦しさだ。


「あら、大聖堂で、すでに夫婦になったはずですけれど?」


「いや、なんかカラードレスのほうはパーティーで見慣れたっていうか、特別感がないっていうか」



「無駄話していないでさっさと始めようぜ」


 現れたのは、聖衣に聖帽を身にまとい、聖杖を持った、まだ少年とも言える聖職者だった。後ろにリリアンも控えている。


「あっ。スベルをいじめた悪ガー、むぐ」


 エレナはミツヒロの言葉の続きをすぐさま封じる。こんな参加者が大勢いるところでなんてことを言うのだ。


「悪かったな。あん時はちょっとすさんでたんだよ」


「あの子、第四王子よっ」


 声を潜めてミツヒロの耳元で鋭く告げる。


「はあ?なんで第四王子がこんなところで聖職者の真似事してるんだ?今までだって孤児院に普通にいたぞ?」


「しー。第二王子のトラブルのせいで、子供を嫡子だと認められなかった貴族令嬢たちが『国王が平民との子を自分の子と認め、豊かな暮らしをさせるのはおかしいのではないか?』って騒いだの。第二妃様はすでに亡くなられて・・・」


 王位継承権剥奪の上、孤児院に押し込められて、そのままリリアンとの縁組みも成されたらしい。


 どこかに養子に出されたという話は聞いていたが、まさかこんな近くの教会でぼろ服着て住んでいたとは。エレナもしばらく気づかなかった。

 第二、第三王子がぽんこつ過ぎて、王位継承権の復権と縁組みの組み直しが検討されているらしいが...。


「本人の目の前でくだらねぇ身の上話暴露してんじゃねえ。さっさと並べ。えーっとなんだっけ?」


 司祭は慣れない異郷の聖句をカンペを見ながら読み上げる。

 ミツヒロも「ちょっと自信ないけれどこんなかんじ」と覚えているフレーズを何個か繋げて完成した聖句だ。


「エレナ・スリーズ。病める時も健やかなる時も、富めるときも貧しき時も、ミツヒロ・スギタをおもいやり、その命の終わるときまで変わらず愛することを誓いますか?」


 胸に込み上げてくるものを一つの言葉にする。


「誓います」


 息を積めて見守っていた女性陣からため息が漏れる。


「ミツヒロ・スギタ。病める時も健やかなる時も、富めるときも貧しき時も、エレナ・スリーズをおもいやり、その命の終わるときまで変わらず愛することを誓いますか?」


「えーと。誓わないとだめですか?」


 夫の一言で、先程まで感動にうち震えていた背後の女性陣の雰囲気がシーンとなる。


 そう、こいつは直前まで『終生変わらぬ愛を~』という文言ははずした方がいいんじゃないかとごねていた。エレナとしてはぜひとも誓ってもらいたい文言だったからちょっと言い回しを変えたりして残したのだ。


(いやー。常々この文言にはちょっと疑問に思っていたんだよね。子供生まれたら子供優先だろうし、りこんと・・・・)


(いーからさっさと誓いなさい)


 声を細めているが教会の静寂の中で周囲には丸聞こえだ。


「ほら、これからもっとエレナのことを好きになるかもしれないから。世界で三番目くらいに愛してるよ」


「あとで、一番目と二番目ときっちり聞かせてもらいますからね」


「指輪交換をすすめてもいいか?」


 第四王子にあきれ声で言われてしまった。


 エレナが大聖堂で嵌めた指輪は公爵家がオーダーしたものだが、今ミツヒロがはめようとしてくれているのは、二人でデザインを選んで彼が買ってくれた指輪だ。もちろん作ってくれたのはイザベルだ。


 婚約指輪が安物の指輪で済まされた分、こちらの指輪は石は少々小さいながらもダイヤとそれぞれの誕生石を添えた指輪になっている。


 ◆


 白の花冠とヴェールにブーケ。それに小さな指輪をはめて教会を出ると、祝福の鐘が響き、花びらが舞う。


 皆の歓声の中ー


「これからも末永くよろしく奥さん」


「末永くよろしくね。旦那様」



 エレナは最高の笑顔で高々とブーケを投げた。




 結果的に『終生』じゃなかったわけだが。それはもう少し先の話。


現時点では、一番自分で、二番は妹(隠れシスコン)、三番目がエレナ。年月と共に新たな家族が一番になっていくのではないでしょうか。


第四王子・・・西マール孤児院の子供たちのボス。『折り紙教室』回で「お前生意気!俺は自分の作りたいものを作るんだ」って言ってスベルを泣かせた子です。以降もパーティーなどではリリアンのパートナー、『走る』回でもスベルからの連絡を「今、受け取った!」って言っているんですが・・・物語上は見切れているというか、モブというか。現在14歳くらい?

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