エレナと光弘の結婚準備
エレナも光弘も互いの生活が違いがありすぎる。
貴族と平民どちらの生活を主眼に置くかはまだはっきり決まっていないが、光弘もエレナも互いの暮らしに慣れないといけない。
基本はダンスレッスンの時と同じ。短時間から練習を始め、徐々に互いの生活を入れ換えていくといった感じである。
エレナは、イザベルに庶民の一日を教わり、光弘は朝から晩まで公爵家に泊まり込み貴族の生活を体験学習する。
ちなみにお泊まりの日は、ミツヒロが公爵家に泊まり、エレナはイザベルの家に泊まり、三兄弟はナクト皇子のところに預けられる形になっている。
「で、そっちはどう?順調?」
去年と同じ固めのチョコレートをちびちびかじりながら光弘が尋ねると、めい一杯胸をそらしエレナが答える。
「順調よ!ミツヒロの下着はまだ洗えないけれど」
「いや自分で洗うし、家事だって手伝ってもらえばいいだろう。つうか俺まじ貴族の生活とか無理なんだが。慎ましやかな生活送るんならお高い男爵位なんて要らんだろ?」
そのお金があればお手伝いさんくらい雇えるだろう。
「お金は大事よ。そのために男爵位を買うのよ」
「自分で金出して裏口就職ってどうなんだ?わざわざ自分から仕事増やさなくても...つうか男爵って何するんだ?戦争行ってこいとか言われても、全力拒否するぞ、俺」
爵位については一通り習ったが、個々の違いについてはまだ今一わからない。
だが、一応は国家公務員ぽいナニカ。国家公務員になってしまえば当然、王家の言うことを聞かねばならない。戦争直前に退職願を受け付けてくれるのだろうか?
「実際、王家に忠誠誓っている男爵なんてほとんどいないわよ。『庶民の石鹸』って言われているくらいだし」
「『庶民の石鹸』?」
「意味は『ちょっとお高いけれど、便利で身綺麗になる』ってところかしらね」
「そんなんぽんぽん爵位を売り飛ばしてるって、国としてアウトな気がするのは気のせいか?」
「大丈夫よ!前に調べた時よりもずいぶん安くなっているし」
「いつ調べたんだよ」
◇
「ここにあんたらが住むなら、私ら出て行くわ。さすがにあの部屋に二人ってのは狭すぎるだろ」
イザベルが会話に入ってくる。
「イザベルは同じサイズの部屋に親子四人で暮らしているじゃない」
「私は、前の家から仕事道具と生活必需品しか持ってきてなかったからね」
「置いてきたの?旦那様との思い出の品も?」
信じられない。そんなものまで捨てるなんて。
「旦那の形見は一張羅の服とパイプくらいだね。それはさすがに残してるけれど」
「庶民って引っ越しの度に物を捨てるの?」
「まあ、持ち物が貴族様よりかは少ないけれど、家のサイズに合わせて物を減らさなきゃな。私らが出ていかなきゃ親が持たせてくれる嫁入り道具をどこに置くのさ。」
「うっ。まあ、全部持ってこれないのは覚悟していたけれど」
もう、高級家具店と服飾店で「これとこれとこれ。あ、これもいるわね」と嫁入り道具一式を買い込もうとする親と義姉様を何度止めたことか。
エレナの部屋の家具とドレスを持って来ただけで、たぶんこの家の二階にさえ収まりきらないだろう。
嫁ぐ娘への精一杯の応援の気持ちだから、入りきらないからと言って新婚早々に売り飛ばすわけにもいかない。
ミツヒロの部屋を見せたら、二人揃ってどん引かれ、私の両肩に手を置いて「「家買いましょ!」」と言われた。
まあ、買うつもりではあるが・・・そこまでの輸送費が結構かかるはずだ。
「それに、新婚夫婦の隣に住むにはここの壁、筒抜けで子供たちの教育に悪い」
「あうっ」
女二人が会話を始めてから、チョコレートをちびちびとかじっていたミツヒロがイザベルを見る。
「じゃあ、どこに住むんだ?」
「隣のナクトんとこ。こことほぼ作り同じらしいし。面倒だからそこで」
「い、一緒に住むの?私たちよりか早く?」
イザベルとナクトの関係は良好なようには見えるが、恋人同士という話は聞いたことがない。
イザベルが不在の時に子供の面倒を見てくれる都合の良い男というか、皇子の好意をイザベルが利用しているというか。
イザベルは『子供たちを旦那以上に大切にしてくれる人じゃなきゃ結婚しない』とか言ってるし。
「ちゃんと鍵かけてもらうから大丈夫だよ。ここと同じで備え付けの四人ベッドもあるし。」
(ベッドどうしようかしら)
いずれ子供が生まれたら、二段式ベッドはあったほうが便利。が、そうすると家具が店にはみ出てしまう。




