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最後じゃなかった襲来者

最後と言ったけれどあれは嘘。


こんなこともあろうかと最後(?)にしといて良かった。

 二月某日。


「な、なんでヘーカが来ているのかな?」


 騒がしさが一段落した昼下がりの食堂。


 スベルの言葉が聞こえてしまったミツヒロと店主は目を剥いた。

 スベルにとっては、たまにアデルの授業の合間にひょっこり顔を見せに来るおじさん。つまりはヘーカ。

 一応、変装としてブルジョワ風の服装をされている。ぱりっとしているから、古着ではないようだ。


「娘がお世話になっているところだから」


 もうすぐ国王になる第一王子(アデル父)と銀の女王様(アデル母)がいらっしゃった。二人の間には何度かこの食堂を訪れてくれたアデレート王女。

 もうほとんど、実権が現国王から第一王子に移行しているとかで、実質的な『ヘーカ』らしいが。


「せめて予約して!」


「だってお父様もお母様もとっても忙しいのよ?今日だって公務の合間にたまたま来れたのよ?予約何て無理よ」


 アデルが説明してくれるが、どうしよう。この店はテーブル席とカウンター席のみで、個室なんて贅沢なものはない。


(ここは席を確保できないことを理由にお断り...)


「ゴメンね。スベル君のお友だちが来てルンヨ。ヨッテ、よって。」


 スベルの視界の端ではビオラが常連に席の移動をお願いし、ワンテーブルを確保。


「ポテトグラタンがとても美味しいと聞きましたわ」



「王妃様に芋」


 店主がポツリと呟く。エレナなどの例外はいるが、王公貴族の中にはじゃがいもを豚のエサ扱いして食べない。庶民の間でもわりと不人気だ。


 この食堂でも以前はじゃがいもなんて特別人気があるわけではなかった。


 この店が、じゃがいもを積極的に使い出したのは光弘が唯一まともに作れたじゃがいも入りのポトフと、ふんわり作り方を記憶していたポテトチップスを正体を告げずに店主が客に振る舞ったのが始まりだ。


 あとはポテトサラダにチーズを混ぜ込んだり。


 じゃがバターは皮を剥いて適度な大きさにスライス。皿に平たく並べて上から溶かしたバターとパプリカパウダーとパセリをかけて、客にばれないように『バター・バロネス』とかいう名前で完全におしゃれなフレンチ風に出されていた。

 『いや、じゃがバターにおしゃれさなんて求めてないし!皮は自分で剥かなきゃ冷めちまうだろーが』と何度叫びそうになったことか。


 人気が出てきたのはエレナが皆の前で光弘のおすすめスタイルでじゃがバターを食べたお陰だ。

 今は、皮つきで十字の切れ込みの真ん中にバターを乗せる杉田家スタイルになっている。


 ◆


「王宮ではなかなか、気が抜けなくて、じゃがいもの料理がおいしいと聞きました。是非食べたいですわ」


 もう一回にっこりと王太子妃が微笑む。


「じゃがバターとか?ポテトチップスとかでいいんで?」


 店主が恐る恐ると言った感じで尋ねる。


「ええ。娘から聞いております。シチューなども」


「いくらなんでもシチューくらいは王宮にあるでしょう?」


 店主の質問にスベルは豪華な宮殿を思い浮かべる。


 あそこならきっととろっとろの牛肉がたっぷり入ったの赤ワイン煮込みシチューなんかが毎日出てくるはずだ。

 金の燭台に銀のナイフとフォークでちみちみと食べている王女の姿が容易に想像できる。


「母が、じゃがいもを嫌っていてな、食文化の侵略を狙っているとか難くせ・・・苦言を呈されて。

 テレーズがロゼリアに早く馴染むよう、シチューやポトフにじゃがいもを入れるのを禁じられていたのだ」


 そう説明したのは第一王子だ。


「じゃがいものないシチューやポトフなんてニンジンメインになっちゃうよ!」


 それは子供としては超悲しい。ちょびっとの肉と美味しくないニンジンじゃ大してお腹がふくれない。


「肉もきっちりけちらず入れてるだろ!あとは肉じゃがとか??」


 醤油をどぼどぼ使えないが、アンチョビソースと謎のソースや出汁を組み合わせ作った『肉じゃが』は最近になってそれなりに人気が出てきた。ミッチに言わせれば味はちょっと遠いらしいが。(※かなり違う・・・)


 ◆


「ポテトサンドどうですか?」


 光弘は次期王妃に声をかける。


「ポテトサンド?」


「ポテトサラダをパンに挟むんです。トマトチーズ葉野菜ハム盛り盛りでね」


「と、トマト?」


「いえ、俺もトマト大好きってわけじゃあ。嫌いなら無理して食べなくても。今は冬ですし」


 光弘としてもお好み焼きやたこ焼きにトマトケチャップをかけたいだけだ。


「いや、もうこれが流行ってくれれば俺・・・私としては言うことないんですが」


(『肉じゃが』は嫁にもっと野菜食えって言われる男に希望の光)


「じゃがいもの...ポトフとかシチューとか、煮物。里芋なら煮っ転がしもおいしいし、さつまいもなら大学芋。フライドポテトをつけるならハンバーガーも欲しいな」


「葉野菜の部分をザワークラフトにできますか?」


「キャベツの梅酢漬けはありますが...普通のキャベツの千切りでよろしければ」


「とりあえずポトフならすぐ出せます」


「ジャガイモフルコースジャンジャン持って来るヨ!」


 店主、ヒュー、その妻ビオラが王太子妃マリーテレーズのオーダーに答え、早速じゃがいも多めのポトフが王太子親子の前に運ばれてくる。


「マリーテレーズ、どうだい味は?」


(こんなところで本名名乗るなよ!)


 色々バレバレだが、下町で食事を摂るなら、せめて『お忍び』を装うことが最低限の礼儀というものである。


「おいしいですわ。もちろん、宮廷料理には遠く及びませんが、故郷を思い出します」


 王太子妃がぽろりと涙をこぼす。護衛だかスパイだかに聞かれるのを気にしているのか、宮廷料理を持ち上げることも忘れない。


「お父様、お母様、ここでは三文字ルールなのです」


 アデレート王女がお澄まし顔で両親にルールを伝えると、彼女の両親は揃って首を傾げた。


「三文字ルール?」


「名前を三文字以下の愛称で呼ぶのです」


「テレサ、・・・ん。なんだか恥ずかしいな」 

「マックス様・・・マック様とお呼びした方がいいのでしょうか」


「いーよ。別に覚えやすくて言いやすければ」


 スベルがかるーく答える。


「あまあまなんだから」


 見つめ合う夫婦に挟まれたアデルは「はあー」と肩を竦めたのだった。

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