悪役令嬢とだまし舟
新章ゆっくり突入。まだ仲間編。パハリータを紹介したかったので5月7日一部内容変更。
「で、小さなことからってなんだと思う?」
「商品棚を整える、看板を作るとかですかね。言っときますけれど、看板業者や家具業者にマホガニーの最高品質で看板作った日には嫌われてしまいますよ。彼に木材を見分ける目はなさそうですが」
「そんなことでいいの?」
「あとは、通学鞄等につけて宣伝するとか、まあ、彼が言った通り水に弱いのが難点ですが」
◆
まず晴れや曇りの日限定だが、護衛の助言に従って通学鞄につけることにした。
指輪の代わりにつけ始めた変わった装飾品を気にする者も多いが、彼らに直接感想は聞けていない。
髪型も親にばれない範囲で少し崩してみることにした。
急な婚約破棄に『おかわいそう』とか『ショックで不良に』などと囁やかれているが、校則を読み込んで、知り合いの風紀委員にも確認に行ったのだから、多少のアレンジで文句を言われる筋合いはない。
風紀委員がぷるぷる震えていたのが気になるが。
「それ、どこで作ったんですの?」
ぴくっ。
よりによって一番声をかけられたくない女に声をかけられてしまった。
「ふふっ。オーダーメイドですの」
「だ・か・ら、どこで頼んだの?」
レーコが再度聞いてくる。
いくらなんでも口の聞き方がなっていないのではなかしら?
「小さな工房の職人ですわ」
第三王子の婚約者、将来の王子妃にお買い上げいただいたら、さぞかしいい宣伝になるだろう。
(でも、ねっとりした視線が気になります)
『小動物系かわいいね』
最初の受講日にミツヒロが新聞見ながらげらげら笑っていた姿を思い出して、なんとなくむかっときた。
教えてもろくなことにならないだろう。とそこに厄介なのが加わった。
「おまえ、まだ国外追放になってなかったのか!」
「アル様ひどいんですの。エレナ様が私の質問に答えてくださらないんですの」
王子とレーコが絡んでくるときは、大抵こんな感じだ。暴露記事で溜飲を下げたあとは、この女の存在を忘れていたのに。
記事のことを持ち出したらどうなるのか。気になるところだが、まさか自分から週刊『ピンク』を読んだなどと発言するわけにはいかない。
「早退いたします。」
「待て、逃げるのか!」
「気分不良のため、早退させていただきます。皆様、先生にお伝えいただけると幸いです。ごきげんよう」
◆
一週間後、
「まったく腹が立ちますわ。あいつの手なんか借りずとも、今すぐ、ミツヒロをビッグにしてやりますわ」
「なんか、俺を使ってみみっちい代理戦争をおっぱじめないでくれ」
「小さな意趣返しですわ」
「俺には共倒れエンドしか見えないんだが。君を怒らせたかと思って心配したのバカらしくなった」
(せっかくのパトロンの申し出を蹴られたのは怒ってますけれど)
今日の茶菓子はエダマメだった。やっぱりレパートリーが尽きたのか。次回は自分が茶菓子を用意しよう。
苛立ちを見てとった彼は早々にティータイムを提案した。
『王子復讐の十股!?』『令嬢x男性と密会!!』
『ピンク』の見出しは相変わらず過激でついつい見入ってしまう。
「...令嬢Xは二人の愛の巣に消えていった。近所の住民によると週一、二度密会する姿が目撃されていると言う」
エレナは新聞を読みながら豆をすごい勢いで食べ尽くしたあと、本日の講義に入った。
「今日はだましぶね」
「たしかにヨットですわね?」
だが、この形は昔どこかで見たことがある。
「もう少し折れば「パハリータ(小鳥)」になるはずですが?」
サンドラの声で思い出す。
小鳥の折り紙は小さい頃ナニーが折ってくれたことがある。折り方は知らないままだ。
「小鳥?」
ミツヒロが首をかしげて問う。
「この国の折り紙ですよ」
「ふーん。似たのがあるんだね?」
ビッグになるには、もっときらきらしたものが必要なのだ。
彼が二日酔いだったときの商品棚整理も棚の一番後ろに回した。
次の時にはまた手前に戻されていたが。
「帆の部分を持って」
「こうですか?」
「目を瞑って」
「なんなんですの?」
まあ、サンドラも見張ってくれているし、目を瞑ったからと言って、変なところを触られるとかはないだろう。
おとなしく目を瞑る。
「目を開けて」
帆が舳先に変わっていた。
目を見開く。
「どういうことですの!?」
「作ってみる?」
エレナを驚かすことに成功したミツヒロがめちゃくちゃいい笑顔で問いかける。
(ちょっと悔しいけれど、弟子を名乗るなら自分の国の折り紙くらいは折れないと)
「もちろん作ります!」
「何色がいい?」
「んー。オレンジで」
「じゃあ長方形になるように半分に折って。線がついたら、中心線に向けてもう半分に折る。横四等分になったところで...」
◆
無事、折り紙は完成した。相変わらず、作り方を教わっても一枚の紙がなぜここまで変化をするのかがわからない。
特に今回の『だまし舟』などは最初から最後まで作っているのに、さらに作った折り紙の帆を持って、舳先に変えて(もちろん目をしっかり開けて)みてるのに、なぜ帆が舳先に変わるのかさっぱりだ。
「なんで帆が舳先に変わるんですか?」
「俺も作り方教わっただけだから。理論とかは折り紙の達人とか、偉い数学の先生に聞いてみたら?折り紙を専門に研究している人もいるらしいし」
折り紙の達人なんて目の前の男一人しか知らないし、折り紙を専門に研究している学者なんてどこを探してもいないだろう。
「お嬢様ここをこう折れば、パハリータになります」
「ええ」
小鳥はちゃんと直立した。
新聞も読んだし、エダマメも食べたし、折り紙も一つ教わった。普通ならここで受講料を払って帰るのだが...。
「で、なにやってんの?」
「見てわかりませんか?看板を作っているんです」
家で作れば逐一母に連絡が入り、刃物を取り上げられてしまうだろう。
「そこの家具屋から余った木材を使っています。マホガニーじゃないので、大丈夫です」
「マホガニー?彫刻刀の使い方、あやし過ぎるぞ。ここは工作教室じゃないんだが・・・」
「場所だけ貸していただければいいです。超過料金は払いますので」
場所代が必要ならいくらでも。
「いや、いつも多めに包んでくれてるからいい。なんて彫りたいんだ?」
「『ミッチ折り紙工房』です」
「その名前なんか恥ずかしいから『スギタ折り紙工房』にしないか?つーかなんで君がそこまでー」
「せめて看板はお付けなさい」
「そのうち暇なときにでも作ろうと思っていたんだよ」
「いつでも暇でしょうが」
(きっといつまで経っても作らないでしょうが)
「下書きもなしに・・・で、どんな看板にしたいの?」
「エレガントでド派手な看板です」
「・・・ふう。まず、僕はこの世界の文字が苦手だ。まず店名を君が下書きして僕が彫るから」
おしゃれな装飾文字でスギタ折り紙工房、シンボルの鶴を七羽どんと描き、裏にはだまし舟を一つ。
「絵は上手なんだな?」
「一通りの教養は受けていますわ。配色は折り紙をイメージしてカラフルに、鶴の絵は虹色にー」
「ボ...接着剤があれば楽なんだけれど。船と紙風船を看板に張り付けてついでに糸で補強したり?」
(その接着剤、どんだけ最強なの?)
「それとも、さるぼぼか風鈴みたいにひさしに吊るすか・・・」
「なぜ、そんなに簡単にアイディア出るのに今までやってこなかったんですか?」
「いや。めんどくさいから...」
「はあ!? ちゃんと企業努力と言うものをしてくださいませ」
「(それに自分の作品晒すの恥ずかしい)」
ぽそりと小さな呟きが聞こえた。
「はあ?」
「仕事として請け負ったり、何かのお礼として渡すのならまだしも...誇れるほどのもんでも...ただのリ...趣味だし。目の前で破り捨てられた」
「まあ!誰が破ったんですの?」
「金が払えない代わりに折り紙で支払い済ませようとした俺が悪かったんだが...」
まあ、それは彼が悪い。
「万人が価値を認める事などそうそうあるわけがありません。
まずはそれがあることさえ知らない民に広めることが肝要なのです」
「『まずは』って、そこ最終目標じゃない?」将来的にはこの折り紙をわが国の最重要輸出品目にー」
ミツヒロの問いにエレナはすぐさま言葉を被せる。
「エレナちゃん。わかったから落ち着こうね?」
「やっと自分の作品の価値を認識したのですか?まずはあなたがその真価を信じなくてどうするのです?」
「これがこの国のクールジャパンになるとは思えないんだが...」
キラキラした目で夢を語るエレナに、ミツヒロは首をかしげるのだった。
昔、親に折ってもらいましたが、結局折り方は覚えず。
ネット動画で作ってみましたが、完成しても「帆が舳先」になるのかさっぱりわからず。舟が二艘できたところまではなんとなく理解できたんですが、物は出来上がっても『?』でした。懐かしさと不思議さが同居する作品に。理論よりも楽しさ!
パハリータ(小鳥)・・・スペインの伝承折り紙。途中までの折り方はほぼ騙し舟。舳先を一度広げて、奴さんの袴の爪先の要領で裏表ひっくり返す。と、白い部分が頭になる・・・はず。
さるぼぼ...猿の人形。超かわいい(個人の感想です)。が、光弘がイメージしているのは『身代わり猿』や『くくり猿』が吊るされている風景。身代わり猿もくくり猿もかわいいですよ。