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スベルと三人の令嬢

アンリエッタ・・・ワンズ家公爵令嬢。十一歳。二回も婚約破棄された女の子。栗色の髪。

ミリム・・・エレナの異母妹10歳。赤っぽいブロンドの髪。

アデレート・・・ロゼリア第一王女。9歳。銀髪。

スベル・・・8歳。たぶんパサパサぎみの髪。


 十一月下旬。


 アン「ここが、西マール食堂ですの?」


 アデル「ええ、そうよ」


 ミリム「よ、よろしくお願いします」


 栗色の髪の令嬢が、不思議そうにちょっと不快そうにハンカチで口許を抑えながら言う。


(油の臭いがきついのは仕方がない)


 スベルとしては香水の臭いの方が嫌な臭いに感じてしまうのだが。


 あとの二人はスベルも知っている。アデル王女と、エレナの妹だ。


「大勢のほうが楽しいからって、ミリム・スリーズ公爵令嬢も誘うことないじゃない」


 アデルはちょっと不服そうだ。


 アデルはレーコと第三王子のせいで父と臣下の関係にヒビが入りかねない事態に陥ったし、アンリエッタはレーコが原因で二度も婚約者に裏切られた経緯がある。

 愛人や庶子というものにはどうしても不快感が沸き上がる。


「んー。一緒に食べないの?おいしいのに?」


 スベルもこの組み合わせはちょっと無理があるとは思ったが、割り込みを要求したのはエレナである。


 学園で孤立しがちなミリムをなんとかするようにと言われたが、スベルは学園がどんなところかなんて知らないし、女の子の喧嘩なんて関わりたくない。


 エレナはもうすぐ家を出る身。ミリムに肩入れしたら夫人の機嫌が悪くなるし、貴族社会で生き残れるよう厳しく礼儀を教えたら、ミッチが『かわいそうだ』って同情するし。


 なので、エレナはミリムに関しては完全無視を決め込んでいる。


(物語の中の意地悪な義理のお姉ちゃんってこんな感じで『意地悪』なのかな)


 が、手を差しのべにくい立場なだけで、別に嫌っている訳じゃない。


 スベルに『私の存在を隠して、なんとかアンリエッタ嬢やアデレート王女と仲良くさせて』などとわざわざ依頼したほどだ。それなりに妹として気にかけているのは確かだろう。


 『糸電話同盟』はたまたまうまく行っただけだし、ボス力はまだ半年は貯めたいのに...。


 『こっそり手を差しのべる私カッコいい』とか思っているんじゃなかろうか。気持ちはわかるが...


(でも、丸投げ禁止!)


「エレナお姉ちゃ・・・エレナ様のお願いだから、今日だけ仲良く一緒に食べよう。そっちのお姉ちゃんは?」


 つまりはさっさとゲロることにしたのである。エレナの講義で王女の『ご学友』関係はある程度頭に入っているが、初対面の栗毛のお姉ちゃんのことは一応確認しておかないと。


 が、栗毛のお姉ちゃんはむっと眉をひそめた。さらに機嫌を悪くしたようだ。


「お、お姉さま!ありがとう」


「お友だちをお誘いしてもいいと言ったのはスベルでしょ?」


 ミリムはエレナの援護に感激し、栗色の髪の女の子はスカートの端をつまみ見事なお辞儀をする。

 背後から強烈な視線を感じるが、ボク、コドモダカラワカラナイ。


「わたくしアンリエッタ・ワンズと申します。今日のところはエレナお姉さまのお顔を立てて、ミリム様と同席いたします」


「ご丁寧にスベルです」


 ぴくりとアンリエッタ・ワンズ公爵令嬢の眉が跳ね上がる。


「わたくし、姓を申し上げましたわよね」


「あ、僕まだ姓がないんで、ごめんね」


 このまま『ご学友』を続けるなら、箔付けのために姓をタマワるかもしれない。

 それとも・・・あの人がもうちょいがんばれば、母は再婚するかもしれない。


 イーデスおばあちゃんが事前に選んだブルジョワ風のドレスは二人とも似合っている。


(ついでにエプロンを売り付けているおばーちゃんすごー)


「たこを食べるんですの?」


 アンお姉ちゃんが扇で口許を隠す。


「ええ、まあ」


「たこを食べないと生きていけないなんてかわいそう」


 ミッチはかわいそうなのか。覚えておこう。


 エレナは普段ブンバーが使っている定位置で成り行きを見守っている。庶民風の服で。


 ブンバー夫妻はどこから聞き付けたのか、別の席でスタンバイを完了している。


「ミリムちゃんはたこ大丈夫?」


「ええ、別に嫌いじゃ・・・ないです」


「た、食べたことないわ」


「わたくしも」


 アデルとアンお姉ちゃんはちょっと不安そう。


「ろしあんルーレットやりたいと思います。基本はいかとチーズ、チャイブ、あげかすを入れます。追加でたこを混ぜますのでがんばって見つけてね。ミリム姉ちゃんはいかを、アデルはチーズを、アンお姉ちゃんはチャイブを、生地が穴から溢れちゃってもいいから、ずんどこ入れちゃって」


 ミッチは『たこは断じてハズレではない!むしろ当たり!』って怒っていた。

 スベルはたこ信奉者ではないがその意見には同意する。

 タコの干物はちょっと怖いけれど、ぶつ切りにしたら怖くないし、おいしい。


 ミリムはフィンガーボールで手を洗って、手拭いでぬぐうと、素手でイカをぽとぽと落としていく。


「素手で、具を入れるの?」


 アンリエッタがちょっと嫌そうに言う。


(アデルも同じ反応だったな~)


「うん。具をいれる前にしっかり手を洗うし、中まで火を通すから大丈夫だよ。お姫様はチーズを入れて。」


 アデルもチーズをぽとぽと落としてく。ちゃっかり自分付近のところはチーズを二個入れている。


「アンおねえちゃもチャイブがんがん入れちゃってね。」


 アンリエッタ嬢が控えめに入れ終わったあと、スベルがたこを斜めのラインで入れる。


「スベル!」


「たこもいかもおいしいよ。」


「次は、スベルのに紅しょうがのみじん切りたっぷり入れてやるんだから!」


「うっ」


 前回、アデルはあっさり紅しょうが入りのたこ焼きを食べた。スベルにはまだ大人の味だ。


「穴のはしっこがぷっくりふくれて来たら、くるっとまわして」


 串を渡されて、皆それぞれ回してみるが、一回では当然うまく丸くはならない。


「しばらくしたら場所を代えるの。こんな風に」


「えっと、あれがあそこで・・・」


「えー。わからないんだけれど」


 たこが苦手な、ご令嬢二人はしっかりたこの場所を記憶しようとしている。


 が、出来上がり寸前でー


「楽しまれていますかお嬢様がた?」


「ナクト皇子?」


「この方がナクト皇子?」


 現在フリーなアンリエッタが目をキラキラさせる。


「ここでは、ただの料理人のナクトですよ」


「なーにが、料理人だ。百年・・・三年早いわ!さくさく仕事しろ」


 後ろから大将の声が響く。


「キノコソース、マヨネーズ、タルタルソースをかけ、スモークした魚のフレーク、バジルを一振り。ダシスープに浸けるのもアリです」


 が、そこで気づかれてしまった。


「スベル!」


「あ、ばれた?」


 ナクトがソースの説明をしている間に、スベルはたこ焼きの位置をこそこそ入れ換えていたのだ。


「あっつ、でもおもしろい!」


 ミリムは中身を気にせず、一個ずつソースをちょこちょこ変えてたこ焼きを楽しんでいる。

 マヨネーズにデーツの(お好み焼き)ソース。鰹のフレークに刻みノリをかけて首を傾げたあとバジルに変更。刻み紅しょうがを申し訳程度...そこでミリムは「うん」と満足げに頷いた。


「固いほうがたこ...?」


 アンお姉ちゃんはたこ全力回避のためにフォークとナイフでたこ焼きを割っている。


「いかかたこかわからないわ」


 アデルが慎重に噛んでいるが、目利き・・・味利きには失敗しているようだ。


「中身を知ってから判断してもいいんじゃないかな?」


 宮廷言葉は掛詞(かけことば)なるものが大好きらしいから、これでちょっとは伝わるだろうか。


 ミッチみたいに説教臭い言い方は嫌いなのだが、とりあえず手助けできるのはここまでだ。そもそもボク、イチバントシシタダシ。


「う、ん。わー食べちゃった」


 アデルは生地から出てきた赤い足に涙目で聞いちゃいない。


「たこ食べれないなら、俺が食ってやるよ」


 横から、ダベルが現れて、アン嬢の皿の上に乗ったこの赤い足を串で差してぱくりと食べる。


(なんで現れたのお兄ちゃん?)


「ここの使用人は下げられるのを待つこともできないほど飢えているのかしら?」


「はあ?せっかくならあったかいやつ食べた方がいいだろ」


「お兄ちゃん!言い方!」


 互いの嫌いなものを交換するのは、三兄弟にとって、日常茶飯事。 

 ほうれん草だけは互いに押し付け合っているが。


「もうちょっとふわっと感があれば出汁が染み込んで美味しいのに・・・」


 一人静かにたこ焼きを出汁に浸けていたミリムは小さく呟いた。その顔はほんのちょっと残念そうだった。


 ◆


「ほんとあり得ませんわ!」


「この際、聞いときたいんだけれど殿方の好みって、年上とか年下とか。例えば、この食堂の中だと」


 プリプリ怒るアンの横でアデルが店内を見回す。スベルに目を向けたあと、鋭い目をミリムに向ける。


「私は貴族に引き上げていただいた恩と共に義務を果たさなければなりません」


 当のミリムは甘い恋愛に一顧だにせず、固い表情だ。


 強く口を引き結ぶその表情にアデレートは息を詰める。


 急に貴族社会に放り込まれて、婚姻相手を決められる。ほとんどエレナ嬢の身代わりと言ってもいい。それはどれ程のことだろう。


(そう思えば、私もいずれはどこかに嫁ぐか、このまま弟が生まれなければ国を治めねばならない身。他国へ嫁ぐのならお母様みたいに終生故郷の土地を踏めないかもしれない。そう思えば同類よね。ちょっとは仲良くしてあげてもいいかしら)


 スベルで遊べるのはいつまでだろうか。


 ◆


 その日の夜。


「おにいちゃんなんで現れたの?ってか貴族の横取り禁止!」


 スベルはダベルをたしなめる。あのお嬢様方はエレナほどこの下町に染まっていないのに。


「えっ腹減ってたから?」

スベルはエレナに慣れてしまって、初対面の貴族に自己紹介を求めるというポカをやらかしてしまっています。


ダベル君は『礼儀知らずで嫌な奴』を演じて、王女たちの矛先をミリムから反らそうと思ったのです。

(光弘が糸電話付近で『嫌な奴』役をやったのを真似したのです・・・)・・・効果は?

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