醤油
食堂のテーブルの真ん中に置かれた一つの瓶。
「これが、一瓶15万ロゼの」
「ええ。正真正銘のショーユよ」
「これがソジャか。本物を見るのははじめてだな~」
店主が、醤油瓶を上から下までとっくり眺めて「ほうっ」とため息をつく。
「どー見ても500mlペットボトルサイズだよな」
ミツヒロが、醤油瓶を上からしたまでとっくり眺めて「はあー」とため息をつく。
「これ皇子様の無限の財力で無限に湧いて来たりは?」
「この『ソジャ』にそれだけの価値があるなら、お金を惜しまないけれど...無駄遣いはしたくないね」
「慰謝料に醤油100年分を追加しとくんだった」
ミツヒロが漏らした言葉にエレナはにまにまする。
母によるとミツヒロは一人で王宮に乗り込んで、王子さま方に『エレナに付きまとうな』ってビシッと言ってくれたらしい。
知っていたらエレナも一緒に乗り込んだが、『事件を思い出させたら悪い』という理由で、エレナに知らされず、エレナの耳に入ったのは交渉の後、母からだった。
(私の前では、彼は『王家と公爵家のことは公爵家で決めちゃってください』って関心がないふりをしていたのに)
最初は無関心に憤ったりもしたが...
(たまに見えづらいところでかっこいいのよね)
「じゃあ、これで何を食べるんだ」
「醤油ラーメンだとどばどば使わないといけないだろうし、和食詳しくないしな・・・。チャレンジャーな真似をするには高すぎる・・・となれば直接かけて良さを最大限しらしめるもの」
ミツヒロが引き出した答えはー
「たこ焼き!一滴垂らしただけで、風味が劇的に引き立つ!お好み焼きでもいい!」
「えーっ!?」
タコが苦手なエレナは不服そうに顔をしかめる。が、大将は冷酷な真実を告げる。
「ミッチと結婚するんなら月二はたこ焼きだぞ」
「う...ううう」
「僕みんなとたこ焼き作るの好き」
「う...ううう」
「俺の理想的な結婚の形は、金持ちでなくてもいいから家族でわいわい言いながらたこ焼きつつくのが理想だよな」
ミツヒロはエレナとのデートの時はエレナの嫌いなたこをわざわざ注文するような真似はしなかったが、今後結婚となったら、エレナが嫌いなものでも夫にふるまわないといけないかもしれない。
「う...ううう。私の分はイカでお願い」
そして、出来上がったたこ焼きに醤油をかけていく。
「めっちゃ会いたかった!俺のたこ焼き!一生離れないぞ!」
(私よりもあきらかにたこ焼きの方を愛してるじゃないの!?)
「うーん。僕たるたるがいい」
「俺はキノコソースだな。中にも外にも紅しょうがたっぷりつけたやつ」
「私はデーツソースですわ」
「僕もショーユよりもデーツソースがいいな」
「俺はデーツソースにマヨダブルがけだな!」
「あずるい、私もかける。」
ミツヒロがわけのわからないことをいっている横で、スベル、食堂の店主、エレナ、ナクト皇子、ヒューが好きなソースを上げる。
「んー。豆腐はまだないし・・・昆布だしで大根の薄切りをあっためて、透き通ったところで、引き上げて醤油を一滴二滴。全部食べたらそのまま味噌汁とか雑炊に・・・」
食堂の店主がたこ焼き二周目を作り始め、ミツヒロがぶつぶつ言っている横で、西マール食堂の若女将ビオラが外を見やる。
「なんで、メジャー持った人がうろついてんだろうネ」
「さーなー。」
「まさか西マール通りが都市再開発地区に指定されたとか?」
都市再開発で家を追われたイザベルが眉を潜めながらいう。(タコが苦手な彼女は別席で普通にドリアを注文していた)
「大丈夫よ。私が絶対そんなことをさせないわ」
エレナは力強く宣言する。
最初は汚いなーという第一印象だった西マール商店街。
ちょっとごみごみしててちょっと薄汚れていて時に騒がしい、でもあったかい人たちがいるこの通りが大好きーー
「俺の陳列方法にけちつけよーって話か!商売を邪魔をするとは良いどきょーだな」
焼き物屋のおっさんがメジャーの人に食って掛かっている。
(ちょっとがらが悪いけれど)
◇
「で、いつ結婚するのか決まったのか?」
「それぼくも聞きたい」
たこ焼き一周目は、真剣にたこ焼きが出来上がるのを待っていた面々は、イザベルの一言でだらけきった雑談を始める。
「六月一日。ミツヒロのせか・・・国なら六月の花嫁は幸せになるんでしょ?」
「いや、ちょっと早くないか?半年後?色々準備が」
「ミッチ。六月一日は何の日でしょうか?」
「なんの・・・」
イザベルのクイズにう~んとミツヒロが考え込む。
「これ忘れてたら、女性からの評価下がるよ」
忘れたら女性が怒る記念日。結婚記念日・・・誕生日。
「エレナの誕生日だったけか」
「ちゃんと覚えてくれていたのね。婚前旅行もしたいし、『どーせー』というものもしてみたいわ。もう婚前旅行の予約は入れてあるけれど」
イザベルのヒントが無かったらやばかったのだが。今現在も、がんがん計画を立てているエレナを止める方が先だ。
「卒業までは絶対旅行なんて不許可!同棲なんてもっての他だからな。つーか意味わかって言ってんのか?」
「『ロゼリア学園』の卒業式は三月一日。つまりは翌日には婚前旅行に行ってもいいし、どーせーも問題ないわ」
「そんなに急がんでも・・・」
「だって、去年はミツヒロの誕生日一緒にお祝いできなかったじゃない」
「ぐっ」
(そうか、俺の誕生日三月三日!!なんで二月生まれじゃないんだ俺は!)
三月三日生まれってだけで、若干びみょーな気持ちになっていたのに。
でもかわいい。ちょっと寂しそうにお願いされるとめちゃかわいい。
「それに私も、ミツヒロもちゃんと互いの生活を練習するためにも、同棲期間は必要だと思うわ」
◇
「みんなやってるだろーが!」
店の外から焼き物屋の怒声が響く。
この店も、店の外に今日のオススメ看板を立てるわ、椅子を並べるわ、多少道にはみ出している。
「でね。結婚式で変な女の子に会ったの。アデルって子」
大人たちは、酒を追加注文しながら、スベルの話を聞き流してたが、一人だけ、串を回す手が止まった。
「『アデル』という女の子と会った?同年代?また会う約束を?それって銀髪のゆるふわな感じの女の子?」
「うん!エレナ姉ちゃん知ってる?」
くら~。と額に手を当てて、エレナが遠い目をする。
「でも僕名前と親の職業を名乗っただけで、西マール通りの名前を言っちゃうなんて大ポカはやらなかったよ。親が会うことを許可するとは思えないし」
やっぱりまずい相手だったのだろうか、と不安になるスベルの横でミツヒロが酒をあおる。
「大ポカやらかして絶賛人生狂い中のバカは俺ですよ」
「一応聞くけれど使用人の子供だったの?」
「すっごくきれいな服だったよ」
「今すぐリヨン先生呼ぶわよ」
「だ、誰?」
「でも、まだ学期内だから、他のマナーの教師を、いえ私が教えたほうが手っ取り早いわ」
スベルはまねっこはうまいほうだ。
「で、でも、その子口がものすごーく悪かったし、ガリガリに痩せていたからニセモノかも」
エレナの慌てぶりに危機を感じたスベルが、反論したところでー
「すみません。こちらにエレナ・スリーズ様はいらっしゃいますでしょうか?」
メジャーを持って焼き物屋をなだめていた男性が店内に入って来る。
「こちらをどうぞお受け取りください」
「ああああー」
金縁の封筒の宛名は『エレナ・スリーズ』ではなく『スベル』。
裏の封蝋にはがっつり王家の紋章が...
(さっきのスベルの発言丸聞こえ...気を失ってもいいかしら)




