結婚パーティー
友人から祝福を受けて満面の笑みを浮かべる花嫁。
その胸にはエレナがイザベルに何度もダメ出しされながら作った八重桜のくす玉ペンダントがかけられている。
「晴れて良かった。でも、やっぱ日本よりちょっと肌寒いな」
11月に入ってしまうとガーデンパーティーはさすがに厳しくなるだろう。
「やっぱり納得いかない」
ハレの日だというのに、エレナは少々不機嫌だ。
王子の処遇については、あまり重い処分にはならなそうだ。てきとーな相手と結婚させててきとーな領地を与えて田舎に引っ込ませるつもりらしい。
エレナからしたら無罪放免もいいところだ。
(王子がエレナに手を出すことに成功していたら、『婚約継続』の密約を王家と公爵家で交わしていたってのも本当かもな)
その場合はエレナと第三王子の再婚約がこの場で発表されていたかも知れない。当然その場合は次の花嫁は暗い顔で王子の隣に並んでいただろう。
「式の直前だったからな。事を荒立てたら結婚式自体パーになっちまうかも。というか俺すっごい場違い感があるんだけれど」
公爵夫人が光弘とイザベル、ベル三兄弟を結婚式のパーティーに招待してくれた。ちゃんとした来賓としてナクト皇子も呼ばれている。会場の端にはブンバー夫妻。もう完全に公爵家の専属記者と化している。
対して、飛び入り参加でマナーもへったくれもない光弘たちは使用人用の休憩スペースでのんびり食事だ。
光弘はあのびっしり刺繍のついた礼服。左手の薬指には、青のガラスがはめられた指輪をつけている(もちろん自分から進んで左手の薬指につけたわけではなく、エレナの『お願い』に従っただけだが)。
最近、カップルに流行っているデザインらしいし、招待客が身に付けている華美な装飾品の数々に比べれば圧倒的に地味で目立たない。
エレナも左手の薬指に光弘が贈った指輪をつけているが、別の指に嵌められている指輪のおかげですっかり霞んでしまっている。
イザベルは赤と黒のざっくりしたフリルの・・・タンゴだかフラメンコだかのドレスみたいなのを着ていた。
「イザベル結局自前のにしたんだ」
「まあ、向かいの古着屋の奥で埃被っていたもんをあのばーさんに押し付けられて。こっちで用意されていたドレスが性に合わなかったってのもあるが」
「ねえ。もう食べに行っていい?」
子供たちはすでに肉が置かれているテーブルに狙いを定めているようだ。
今にも駆け出しそうな子供たちにイザベルはしっかり釘を刺す。
「あんたたちは。おとなしく。静かに。飯を食べな。ここから一歩でも出たら百叩きだからね!」
「おしっこは?お屋敷広そうだけれどお庭で」
「「「絶対ダメ!」」」
スベルが言い切る前に、イザベル、光弘、エレナがしっかり注意し、イザベルはさらに言葉を重ね、子供たちに言い聞かせる。
「そこらのやつにって、使用人は忙しそうだね。必ず誰かに声をかけるんだよ」
「「「はーい」」」
「はあ・・・。返事だけはいいね」
エレナはサンドラに呼ばれて、使用人区画を離れる。挨拶に回らないといけないようだ。
「使用人区画でのご飯になってしまうけれど・・・」
「こっちのほうが私も子供たちもマナーを気にせず食べれるよ」
ちゃんとした披露宴じゃなくても料理には手抜かりはない。
光弘用に箸まで用意されている。
子供たちは運ばれてくる肉に真っ先にかぶりつき、甘くて新鮮なジュースを飲み、ケーキに手をつける。そしてまた肉ーー順番もへったくれもない。
光弘はさすがにちょっとは野菜もとらなきゃ思い直し高級生ハムとサラダ、チーズをフランスパン「バゲット」にちゃかちゃか載せて、マヨネーズをかけて大口を開けてサンドイッチを頬張った。
滑り落ちそうになる具を箸で微調整しつつ、きれいに一個食べ終える。
(ポテトサラダやトマトを挟んでもいいんだけれどな...ポテトサラダはともかくトマトがな)
ジャガイモはこの世界じゃお貴族様の食べ物じゃないそうだし。トマトの方は毒扱いだ。
「本当に大丈夫か、あれで?」
「シッ!」
こちらを見て使用人たちが何事か囁きあっているが、気にしない。
お野菜ノルマを達成した光弘は、ソース別に並べられているローストビーフを各種二枚ずつ食べ、気に入った物を先程のようにパンに載せて追加でもう一枚食べた。片手に椀を持ちずずずっとスープを飲む。
「次は何食べようか」
子供たちは給仕の声をかけ連れだって、どこかに行ってしまった。指を指していたところを見るとトイレの場所でも教えてもらっていたのだろう。
「ミツヒロ出番よ!来て!って、さっさと口許を拭く!」
訳もわからず腕を引っ張られ、ステージにぽいっと放り込まれる。隣には公爵夫人。公爵夫人のさらに隣には十歳くらいの少女。下の方には着飾った、人、人、人。
「本日はもう二つ皆様に素晴らしいご報告がございます。
一つ目は公爵の次女、ミリムを正式に我が家に迎えましたことをご報告いたします。ミリム、皆様にご挨拶なさい」
ってことは、公爵の庶子ということか。
「み、ミリム・スリーズと申します。栄えあるスリーズ家の一員となったことを大変嬉しく思っております。以後、おみしりおきを・・・」
ぷるぷる震えながら、ミリム嬢が一歩前に出て挨拶をする。目から涙がこぼれ落ちそうだ。
よくよく見るといつか工房で見た赤毛の少女だった。ドレスの質は全然違うし、髪も整っているが・・・。
急に公爵家の一員だって言われて、登壇の上、貴族に何かしゃべれって言われたら、そりゃ震えるだろう。
「公爵様はエレナ様を切るおつもりなのかしら」
ぽそりと細い声が耳に入った。女性の声だが、ほとんどの者が口許を扇で隠している。
「そして・・・こちらは、娘を悪漢から救い、文学に造形が深く、様々な料理の研究開発の傍ら、歴史、特に聖印研究をされているミツヒロ・ドゥ・スギタ殿です。本日付でわが娘エレナ・スリーズと婚約いたしました」
「は?は?はあ??」
なんか大層な肩書きが盛りに盛られて・・・最後に特大の爆弾が落とされた。
「はあ、じゃなくて。まあいいわ」
「いや、めっちゃ異議ー」
ありまくりなんだけれど、という言葉は。
「助けていただき感謝しております。ミツヒロ様」
ちゅっと唇に落ちた音に欠き消された。
拍手がぱらぱらと鳴る。半数以上が訳がわからないと言った感じだ。
「やはりあの噂は・・・」
なんて声が、拍手のなかに紛れ込む。
貴族のパーティーに顔を出したのは二度目。それも一度目は学生の集まり。今目の前にいるのは、はっきり言って面識がない貴族ばかりだ。
正体を知ってても・・・知っているからこそ公爵令嬢の相手としてはふさわしくないと判断するだろう。
光弘は助けを求めて会場をぐるりと見回す。会場の端ではチェリーがこちらを食い入るように見つめたまま、自動素描を行っていた。
イザベルが楽団に近づき何事か話している。
本日の主役の花嫁から『この白けきった雰囲気どーしてくれますの?当然なんとかしてくれますわよね』と無言の圧力が向けられている。
(つっても、えっ、俺が悪いの?俺が自己紹介しなきゃいけないところなの?ベル三兄弟...すっごい奇策で俺を助けてくれよ!)
最初から子供に救いを求める時点ですでに詰んでいる。ついでに言うと子供たちはまだ帰ってこない。
空気を変えるように、BGMが今までのクラシックな音楽からラテン系の音楽に切り替わった。
「次期公爵夫妻ご成婚と若いお二方のご婚約を祝しまして、一曲踊らせていただきます」
イザベルが空いたスペースに堂々と歩み出てタンゴぽい何かをノリノリで踊り出す。この白けきった空気を情熱の赤に塗り替えるように。大胆なドレスと、踊りは参列者の興味を引いた。
「異国の踊り子さん?」「きれいね?」「ずいぶん粗野な躍りだけれど」
「お嬢様、是非私の手を」
ナクト皇子が膝を付きイザベルの手に触れるが、一回はつれなく手を振りほどかれる。イザベルは少し距離を取る。ナクト皇子がは落ち込んで仕方なくぼっちで踊り出す。
参列者の誰かがぷっと吹き出す。
イザベルはしゃあないなと言う感じで皇子の手を取り、二人で楽しげに踊り出す。
「さあみんな手拍子を!一緒に踊って!」
数人がラテンなノリに誘われて、ウズウズと身体を揺らしはじめたところにイザベルが合いの手を求めると手拍子をし、踊るとはいかないまでも足踏みをしはじめる。
その後は、イザベルとナクトは新郎新婦を身ぶり手振りで庭の中央に誘い出し、「てきとーにおどっちゃいな」といいながら、その場で簡単なステップを教える。
新郎新婦の躍りに誘われ、わらわらと好き勝手に踊り出したのを確認して、イザベルと皇子はその場を去った。
◆
「乗ってくれて助かったよ」
イザベルは給仕に渡されたタオルで、汗をぬぐって、隣の皇子に礼を言った。
楽団には、新郎新婦が踊り出したら、ちょっと曲調を緩めてくれとは伝えてある。新婚早々、こけて怪我をされたら困る。
「熱烈に誘われたらね。もう一回踊る?」
踊り始めにアイコンタクトを送ったのはイザベルの方だ。アイコンタクトに気づいてくれたのは感謝するし、見事な踊りを披露してくれたのは驚いたが。
「冗談じゃないよ」
給仕に渡された水を一気に飲み干す。さすがに30になるときつい。
「汗ぬぐってくるから、こどもらが悪さをしないか見張っといてくれ」
イザベルはそれだけ言い残して使用人区画から出て行った。
ナクト皇子は会場を見回すが、子供たちはそれぞれ別のところで肉を頬張っている。が、一人足りない。
「ダベル、スベルは?」「ダベル?」
とりあえず、長男のダベルを捕まえる。が、皿に夢中のダベルは二回目の呼び掛けでやっとこっちに反応した。
「オッサン?踊りはそこそこだったぞ!」
少年はぐっと親指を立てる。
「スベルは?」
「あっ」
「ん?」
ダベルは気まずそうにナクトから目を逸らした。
「えー。お袋の踊りを見終えたら結構飯減ってて・・・ヤバイって食いついていたら忘れていた。でも、ネソベルが・・・」
ネソベルの方も別の場所でお菓子の魔力に取りつかれていたのだった。
本来の予定だったら、お兄さんの結婚式まで。婚約発表は無く『Fin』の予定でした。が、もうちょい続きます。




