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走る!

「お、終わったぁ」


 夜なべして折った千羽鶴が、ついに完成した。くす玉もきれいに出来上がっているし、兜や手裏剣も要望のサイズのものがちゃんと完成しているし、かわいい小物も各テーブル分全て用意している。


「会場への取り付けは明日。今日はゆっくり休んで。明後日のパーティーまでには隈取っておいた方がいいだろ」


「隈ぁ!隈できてますの?わたくし」


 イザベル、サンドラまでもが頷く。


「くっ、サンドラ。帰ったらマッサージ師の手配を!」


「かしこまりました」


「じゃあまた明日」

「お疲れ」


「お疲れさまです」


 手を振ってくれるミツヒロ、イザベルに軽く会釈をし、彼らに背を向けると大きなあくびをして馬車通りに歩き出す。


「気を付けて」

「ふぁーい」


 早く人前に出られる姿にならなくては。とりあえず家の柔らかいベッドに、と。

 背後から変な音が近づいてくる。


(こんな狭い商店街で二頭立て馬車?)


 どう見ても道幅いっぱいだ。スピードも出てるし危ない。道の隅によってやり過ごそうとするが目の前で馬車がとまり、扉が開いた。


「エレナ話し合おう」


「アルフレッド様私にはご用は家を通してください」


「俺は君と話し合いたいんだ!」


 真摯な目で手を捕まれたから油断した。いきなりぐいっと引っ張られて馬車の中に引き込まれた。


「お嬢様!」


 サンドラが馬車のドアに手をかけるが、馬車はサンドラを振り落として駆け出した。


「ふたりっきりで!」


 何を言っているのだこの男は。婚約破棄を宣言したのはオメーだろうが!


「結婚しよう!でないとレーコと俺は結ばれないんだ!」

「絶対嫌です!」


 手首を掴んできた王子の手をイザベルから教えてもらった護身術で捻ろうとするがびくともしない。サンドラもいない。


「ちょっと御者!公爵令嬢を誘拐してただですむと思ってんの!」


 が、御者は聞こえているか、聞こえていても無視しているのか、まったく馬車の速度を緩めてくれない。


(絶対助かって見せる!)


 そのためなら恥も外聞もかなぐり捨てよう。


 ◆


「気をつけて」


「ふぁーい?」


 後ろ姿がちょっとふらつきぎみだ。本当に大丈夫だろうか。

 目の前をでかい馬車が横切る。


「おっと」


 光弘は道の端に避けてかわした。


「お嬢様!!」


 直後、サンドラの金切りに、馬車の騒音が覆い被さる。


「人さらいだ!エレナがさらわれた!」


 反応が早かったのは、八百屋だ。店の前を馬車が過ぎ去る直前、叫びながらトマトをぶつけた。


「この通りに馬を持っている家は?」

「ない!」

「マールの鐘ならしてくる!」


 サンドラの問いに、イザベルが答え、ネソベルが駆け出しはじめる。


「持ってけ」


 ネソベルに投げられたのはガントの自治会長の証。


「ったく、肝心なときに役に立たないね!」


 イーデスと食堂のおかみさんが飛び出してきて、力強くフライパンが叩かれる。


「仲間がさらわれた!!男どもはぼやっとしてないで走りな!!」


「ちっきしょー!また焼き物割りやがってくそ貴族がー!!」


「なにぼやっとしてるんだ走るぞ」


 すべてが一瞬の出来事。呆けた光弘の手をダベルが強引に引っ張って立ち上がらせる。


「え?」


「あの馬車で細い路地に入り込める分けない。馬車通りに出るはずだ」


 工房の二階からスベルが顔を出す。


「ダー兄、ミッチとサンドラさん連れて馬車通り北側へ斜めに抜けて。途中でテルとベスの家とカス団のあじとんところ通過」


「おう!」


 ◆


 光弘たちが走り出すのを見届けたスベルが、「リタ姉ちゃん。おばさんに合図を教えて!!南の隊にも足の早い子供を必ずつけて!」


 言い切る直前に、皆で取り決めしていた合図に切り替わった。馬車通りの南側に斜めに抜ける隊もガントの息子を中心に編成が完了、走り出す。それを確認したスベルはすぐさま糸電話を使った。


「非常事態発生!仲間が変態貴族にさらわれた。敵は二頭立ての黒い馬車。大きさから西マール通りから馬車通りに出るはず。直接の交戦は避け、何でもいいから『イタズラ』して。落書きとか。ダベルはB通路を、大人たちは西マール通りとC通りを進んでいる」


 フライパンの音に気づいていくれたのだろう。仲間の一人から応答があった。


『ママが余計なことするなって』


 貴族に関わるのを恐れるのは当然だ。


「上から卵とか枕とかとりあえずなんでも投げて、あ、一応刃物とかは避けて、『ついうっかり』が通る範囲で。追い付けたら、エレナ姉ちゃんがなんとかするから。貴族への不満ぶつける最初で最後の機会だよ」


 ◆


「これは・・・面白いことになってきました」


 お金を置いて食堂を出ようとするブンバーの前にビオラが笑顔で仁王立ちになる。


「おーっとまったタ!ここで王子の行きそうなとこゲロらなきゃ、この食堂いっしょー出禁ネ!」


「それは困りますね」


 ◆


「私はマーガレットのところに行ってくる。誰か一番早い道を」


 イザベルがストレッチをしながら言う。


(連れ込まれるなら、赤風車通り、捨てられるなら貧民街)


 近道は少々危険だ。現役時代ならまだしも、もう頭張っていた時から十年以上過ぎている。


「道は俺が案内する」


 報を受けて走ってきたガキ大将が名乗りをあげた。


「ちゃんと大人の男の人をつれてってね。」


 末息子の言葉にイザベルは自称皇子見るが、


「いや、さすがに来て半年も経たないうちに王族と揉め事起こせない」


 と、根性のない言葉が返ってきた。


「肝心なときに使えないね」


(最初っから期待してなかったけれど)


「代わりにスベルの子守りは僕がしとくよ」


「じゃあ、俺が」


 イザベルの護衛にはヒューが名乗りを上げる。


「おばさん、可能性があるのは『胡蝶』『花園』」


 リタが小ぶりなフライパンをかんかん鳴らしながら言う。


 『花園』はマーガレットの店だ。


「任せろ。そこそこ危険な道を行くけれど、」


「「『総長』二人もいるんだだいじょーぶだ。」」


 ガキ大将の若干懸念を含んだ声にイザベルとヒューが十分気合いの入った声を返す。

 が、そこにナクト皇子が水を差す。


「それはいいけれど、どうやら、サンドラ嬢以外の護衛は職務を放棄しているみたいだね」


「「「え?」」」


 皇子の視線の先にイザベル、ヒュー、スベルが目を向けると、ほんの少し何かの気配が遠ざかった。


(どういうことだ。自分ちのお嬢様がさらわれたのなら他にやることはあるだろう)


「ママンたちはとりあえず走って!」


 ◆


「エレナ、様がさらわれた!鐘を使わせて!」


 西マール教会にネソベルが、息を切らせて駆け込んだ。


「エレナ様が!?わかりました。鐘は好きに撞いてください!」


 眼鏡の先生は貴族であり、教会のシスターでもある。巻き込めばのちのちややこしいことになる。

 ネソベルは一瞬迷った後に言葉を付け加えた。


「第三王子に」


「っ!鳩を使いますので」


 権力に屈するよりも友人(ゆうじん)を取って、即断してくれたのはありがたい。


「スベルから連絡来てる?」


「今、受け取った!」


 ◆


 杉田工房二階。


「へえ、本格的だね!」


 机に手書きの地図を広げたスベル。それぞれには『糸電話』ポイントが書き込まれている。工房の二階に始めて上がったナクト皇子はスベルの頭に被られている箱を興味深く見つめる。


『今こっちにネソベルが着いた』


 西マール教会の最年長の少年の声だ。


「急いで鐘を!おっさんはぼさっとしてないでその旗を振って」

「この汚いぼろきれを?」


『SOS』と書いた旗が振られると同時に...


 教会の鐘が鳴る。


「リタこっちに上がって来て、西マールの方の指示をお願い。『拐われたのは仲間の女の子』『西マールの通りを爆走する迷惑馬車にいたずらしかけろ』『後始末はエレナ様がなんとかしてくれる』って」


 とんだ空手形だが、ここでエレナを救出できなければ、西マールは潰される。リタがとたどたとと階段をかけ上がってくる。


 これで、もう一つの(つて)の方への連絡に集中できる。


「カス団。予備隊長スベルからのお願い!怪しげな貴族がいたら、引っ掻き回して!西マールの面々がちょっと縄張りを荒らすかもしれないけれど今日だけは貴族の情報を伝えて!女の子は僕の名前を出して保護!」


 三回、同じ言葉を伝えると、声が返ってきた。


『...。わかった。』


 一番気むずかしい隊長が頷いてくれたのなら、他のメンバーも協力してくれるだろう。


「隊長ありがとう。お礼は期待しといて」


『保護対象の特徴は?』


「金髪で青い目の女の子。十八才。服は...ブルジョア風!」


『わかった。また、飯腹一杯食べさせてくれ!』


 ミッチの財布がすっからかんになりそうだ。


「肝心なのは追い付いた後だ。庶民が見つけるだけじゃ、馬車は止められない。それどころか()き殺されるかも」


 ナクト皇子の忠告にスベルは舌打ちしそうになる。


 そんなことはわかっている。だから子供たちにも監視といたずらで留めるように言ったのだ。


「権力には権力で殴れ。ただ伝える相手には注意した方が良い。家の中にも小さな派閥はある物だからね」


 穏やかな声だが、実際家の中の派閥争いで命の危機を感じて逃げた人間に言われると重みが違う。


「おこづかいはずむから足が早い子に頼んで(スリーズ)の屋敷に行って『ミッツから結婚式の打ち合わせについて伝言預かっている。ついでに次回作...』って言ってご夫人か令嬢に、直接取り次いでもらって『特徴』を伝えて」


 子供たちが秘密の伝言に使われることは珍しいことではない。ミッツ先生の次回作を匂わせれば、たぶん公爵夫人に直接伝言を伝えられるだろう。


「馬車通りの近くにいる西マール団の子供は、『女の子が怪しげな馬車に拐われた』って衛兵に連絡して。皆自分の身を最優先に動いて!」


 西マール団は西マール通りの一部の子供が名乗っているだけで、馬車通り付近は別のグループがある。


 西マール通りから北の広い縄張りを持つカス団に頼めば話は早いが、さすがにそこまでは頼れない。


 ◆


「おやあれは...西マール教会からですか」


 ピエールがデーツをつまみながら、書類仕事をしていると鐘が響いた。

 火事の時の合図と違う。


「大司教様!西マールから!鳩便です!」


(『拐ったのは第三王子。すごく汚れている馬車』。王家と公爵家の揉め事。関わるのは得策ではありませんが...。)


「王都内すべての神殿前にて、施しを行いなさい。不審な馬車を見かけた場合は、『女神の慈悲』について説法するのです」


「あの...なぜ上着(トーガ)をお脱ぎに」


「わたくしも久々に外で教えを説こうかと」

トマトはたぶん庭で収穫した今年最後のトマト。


第三王子様泥かぶってもらってもらって申し訳ございません。

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