結婚のかたち
「ねえ、庶民の結婚に必要なことって何?」
「んー。」
子供たちの洗濯物を畳んでいるイザベルにエレナが問う。
「まず旦那のパ○ツ洗えなきゃ話にならない」
「絶対!無理!」
「まあ共働きなら、旦那に洗わすのもアリだけれど」
ミツヒロが自分の下着を洗っている想像して悲鳴を上げる。
「もっとむりー!!メイドとか、お手伝いさんとか!」
「ミッチのどこにそんな金あるよ。貯まった端から料理(実験)に使っているよ」
実際は老後のため堅実に貯めているのだが。
「別に私は...ミツヒロと結婚したいと言っているわけでは・・・兄が結婚するからっ!その一般論を」
「料理と掃除。あと赤ん坊が生まれたら、おしめかえてあやしておっぱいあげて、ねかせて。」
「ぐっ」
「わたしゃ旦那に押し付けられるところは全部押し付けてたね。『生む苦労はこっちがやったんだから、他全部やれ』って」
◆
イザベル一人だけでは、庶民の結婚の参考にはならない。
エレナは、イザベルとサンドラを連れて、食堂に行き、ブンバー夫妻のテーブルにわざわざ突撃しにいった。
「え?家事って旦那様が手伝ってくれるものなんですか?旦那様に稼いでいただいているのに、そこまでやってもらうなんてありえません。ご飯とお酒とおつまみを用意して、旦那様に“さっさと”寝てもらうのがよい妻です」
『さっさと』の部分がやけに強調されている。
「さっさと寝てもらったあとは?」
「旦那様の足筋をスケッチするんです。ぐへへ。他はショボいですけれど記者なだけあってそこだけは本当にいいんですよ」
「おまえ、人が寝てる間に何やってるんだ」
「あとは旦那様と子供には早く寝てもらった方が、趣味に時間を費やせますし」
「なれそめは?やっぱり恋愛結婚?」
今までさんざん新聞のネタにされていたのだ。どうせならこの機会にいろいろ二人の甘酸っぱい思い出を・・・。
「いえ、17になったからお見合いを受けただけで。若い頃は何日も泊まりがけでお仕事でほとんど家に帰ってきませんでしたし。帰ってきても疲れきってて、基本ほとんどしゃべらずに話す言葉は『飯』で、たまに子供の様子聞くだけで。どっちかっていうと印象は『怖い』でしたね。旦那様が『お金を稼ぐ人』で、わたしが『家事をする人』で、まあ、『殴られないで、お金を稼いでくれるなら優良物件』って思っていました。大変な人の話はいっぱい聞きますし。結婚生活十年で好きになったのは私の趣味を認めてくださった瞬間ですね」
笑顔だが一気に話すところを見るになんか溜まっていたものがあるのだろう。
「無口・・・怖い」
ヘラヘラ顔で隙あれば話しかけてこようとするブンバーとは印象がかけ離れている。
倦怠期とか言う以前に、愛のない完全分業夫婦生活だったようだ。形はちょっと違っても、どの世界でも『政略結婚』のような冷めた関係はあるのだ。
笑顔のチェリーの代わりに冷たい視線を送るエレナとイザベルにブンバーは言い訳を口にする。
「家帰ったら、もう一言もしゃべらずにさっさと寝たいんだよ」
「それまでは外に出るのは買い物くらいで、旦那様に特に不満はありませんでしたけれど、今から思うと灰色の生活でしたね。旦那様に絵を認めてもらってからは、世界は明るくなりました。旦那様にいろいろ連れていってもらえるし。色んな絵を描かせていただけるし、クレープをあんな風に分け合ったのもはじめてですし」
「も、もういいから、黙っとこうな。な?」
「で、ブンバーさんはチェリーさんのどこが気に入ったんで。絵の才能のことは全く知らなかったんでしょ」
「若いところ。もうそろそろ身を固めようかってところで、従順そうな少女とのお見合いが転がり込んできたら行くだろ?」
そんなものか・・・。まあ、本人たちが今幸せならそれでいいが。
「お子さんたちは・・・」
「今は学校に行かせている時間ですし、もう十一ですからね。『今までの分デート楽しんできなよ』って、生暖かい目で送り出してくれるんです」
「だから、もう黙っててくれよ~」
ブンバーの情けない声が食堂に響く。
◆◇
(ミツヒロと結婚)
二日後、兄の結婚式の準備の合間を縫ってミツヒロと観劇に訪れていた。
(ダンスや礼儀作法は覚えられたし、品性もそれなりに・・・)
当然席は誰にも邪魔されないボックス席を丸々ワンブロック。
ミツヒロは最初は物珍しげに劇場を見回し、熱心に劇を観ていたが、飽きてきたのか、清らかな歌声が響きはじめた頃、
「あーさすがに歌までは翻訳追い付かんか」
持ち込んだポップコーンをもしゃもしゃ食べ始めた。
いや、確かにボックス席への飲食物の持ち込みは可だが、ヒロインが恋人を想って歌っている最中にミツヒロから「食べる?」と紙袋を差し出され雰囲気はぶち壊しだ。
(おいしいけれど!今じゃないでしょう!?)
劇が盛り上がっているところにちょいちょいと肩をつつかれる。
「エレナ見ろよ」
彼が指したのは、舞台ではなく眼下に広がる客席。指先をたどると一組のカップルが
「!」
口づけを交わしていた。
「ほらあっちのカップルも...」
まじまじと見てしまうが、劇よりもきわどい姿になったところで、慌てて目を逸らした。
「劇よりか現実のカップル見物していた方が面白くない?」
客席の暗がりを利用していちゃつくカップルもダメだが。
(この男に品性をちょっとでも期待した私が馬鹿だった!)
チェリーさんのご趣味は結婚十年目で発覚。
歌は翻訳機能がうまく発動しない(吹き替え映画で、歌部分のみ字幕な感じ)ので、光弘的には超退屈な部分だった模様。一度切れた集中力は回復せず、残念な遊びに走ってしまった。




