ダンスパーティー
ダンスパーティー当日は朝早くから公爵邸に呼ばれた。
「さあお着替えですわよ」
「自分でできるから」
公爵家にたどり着くと、さっそく侍女さんたちに服を脱がされそうになった。
「殿方の正装は、ご令嬢のドレスほど気を使いませんがやはり乱れなく着こなすにはまず身体を磨きあげねば」
服の寸法を合わせると言われた時や、温泉デートの時ははずしていたが...今日は準備だけだと思っていたから、『あれ』をつけたままだった。
よれたシャツとすりきれたズボンを問答無用でひっぺがされる。
「.......報告は致しますよ」
服の下にこっそりつけていたペアリングが見つかるなんてはずかし過ぎる。
「お願いですからそのエレナ...嬢には黙ってて下さい」
◆
「風呂があるのはいいが.......女の人に洗われるなんて」
まあ、若い女性とか一瞬期待した自分がよろしくなかったのだが、当然風呂場に現れたのは母親と同じくらいかそれより歳かさの女性だった。
きれい好きというわけではないが、この世界に来てからは、いつも頭から水を被るとか、湯につけたタオルで身体を軽く拭く程度だ。
そしてこの世界、石鹸はアホみたいな値段だ。一般的普通サイズの石鹸が3000ロゼ。いや、日本と物価が違うとはいえ...。やっぱり高い。
ほぼ二年分のアカをきれいさっぱり丁寧に落としてもらえた。
◆
「こんなパリパリの服なんか気持ち悪い。てかこの首のひらひらなんなの?前掛け?ネクタイ?」
黒の礼服にはびっしり金、銀の刺繍の縁取りがされていて、キラキラ光る石だか、ガラスだかも縫い付けられていてずっしり重い。下手したらそこらのドレスよりゴージャスなんじゃなかろうか?
(完全にヅカだな。いや、実物観たことないけど)
汚すことを考えたら赤ん坊の前掛けがついている方がましだ。侍女がとどめとばかりに香水をあちこちに吹き掛けていく。
きつい匂いではなく、日本人に馴染み深いお線香の香りに近い?バラの香りをつけられるよりかはまし、か?
「お兄様のお古を手直しした物ですが、なんとかサマになりましたわね」
「なんかお線香っぽい臭いがするんだが」
「『オセンコウ』とやらがどんなものかわかりませんが、良い香りですよ」
エレナのレースのグローブには光弘が贈った指輪がつけられている。
「そんな安物つけることないのに」
「今日だけですから」
◆
会場に着いて演目が渡される。お陰でアマリリスは無事演目に入っていた。
「なきゃ、踊らずに済んだのにな」
ヒソヒソと話す声が聞こえる。さっそく自分達の噂をされているのかと身構えたが、どうやら違うようだ。注目が集まっているのは別のペア。
「去年は婚約破棄の後、おかわいらしいダンスで」「おかわいそうに」
「わたくしのエスコートを拒否して、そこの平民をエスコートするなど、わたくしとワンズ家の名において許しません。レーコ様さっさとその手をお離しなさい」
その言葉に第三王子とレーコは互いの手をぎゅっと握り合う。
「私の愛する人になんたる非道! もう、我慢ならん。アンリエッタ・ワンズおまえとの」
ぺちっ。
王子に非道と言われたのは小学四、五年生くらいの少女。王子が言い切る前に、扇で王子の口をかわいくしばく。なんというか微笑ましい。
「ファーストダンスの後に庭でいたそうが、教室で致そうがかまいませんが、最低限の責務は果たしていただきます」
発言は小学生とは思えない物騒なものだが。
「わたくし同じ芝居は見飽きましたわ。でもどうせなら学園長にご挨拶なさってからでも。来年も婚約破棄されるお相手が見つかればよろしいのですけれど...。」
「ぐっ」
「まさか俺生で婚約破棄未遂を見るとは・・・」
それもまさかの小学生の完封勝ち。
「ほら、ぼんやりしてないで。列が進むわよ。階段から足を踏み外さないでね」
一応、大広間まで、無事に降りることができ、学園長にも挨拶をすませた。口上を途中で噛んでしまったが、学園長は鷹揚に頷いてくれた。
「あんなの誰も聞いてないんだから、間違っても、自分は間違っていませんて微笑むのよ。本番のデピュタントでは陛下から一言お言葉をいただくこともあるのだけれど」
目当ての曲までしばらく時間はある。
「あまり私から離れないで。私がいない時に声をかけられたら『ワタシ外国人ロゼリア語ワッカリマセーン』って風に言えばいいわ」
「噂の殿方...。」
こちらを見てひそひそ話し合う令嬢がいたが、聞こえないふりしてエレナと二人ビュッフェだかバイキングだかを軽くつまもうとしたら、リヨン先生が近づいてきた。
「あら、先生!」
「ごきげんよう。エレナさん。ミツヒロさん、本日は緊張しているでしょうが学んできた事を十全に生かせば、必ず踊りきれます。・・・それはそれとしてあなたがバンブミッツ先生だというのは本当のことですか?」
リヨン先生が、芝居がかった口調で尋ねてきた。
「まあ、はあ」
「あの、夫が、シャルン英雄譚の大ファンで是非サインをと!」
頬は高揚しており、やけに夫の部分を強調する。
「まあ、はい。」
「返事ははっきりとなさい」
「はい!お名前はリヨン様でよろしいですか」
「はい」
渡された色紙に、『シャルン英雄譚を応援いただきありがとうございます』とロゼリア語で書き、自分のサインは漢字を崩したもの。
リヨン先生が去ると、今度は女子の集団が突進してきた。
「わたくしたち『サロン・ド・ヴィーナウェル』の者です。この本に是非サインを」
「はあ。サロンドって?『始まりの王は...』」
サロンが女性たちの趣味の会・・・『女子会』っぽいなんかだとは知っているが、庶民の男からしたらなんか近づいてはいけない怪しげな会だ。
渡された本のタイトルを思わず読みかけて、口を閉じる。
「これ俺書いてないけれど・・・」
「サイン、書いてくれますか?」
「は、はい!」
女子に囲まれてあたふたとサインを書いている間も、女子は遠慮会釈なくワイワイ話しかけてくる。
「素敵な香水ですね。どこの香水ですか」
「さ、さあ?」
「背が高くて」
「エキゾチックでかっこいいですね」
当然、隣のエレナの機嫌は急降下。
「女の子に鼻の下伸ばしてないで、次、『アマリリス』よ!」
「ごめん。あとでサインの続き書くから」
へらへらしたその言葉にエレナは『どーしてこーなったのよー!』と叫び出しそうになった。
エレナがミツヒロを貴族の悪意から守る『予定』だったのに・・・なぜこんなに大人気なんだ。
◆
ダンスは途中とちってしまったが、エレナがフォローしてなんとか踊りきった。
「ぷはー、飲みやすくておいしいな」
「それが貴腐ワインよ」
「じゃあこの一杯で?」
「お値段に換算するのは無粋だけれど5000ロゼくらいかしら」
一瞬吹き出しそうになった。
「これってあとから請求されたりしない?」
「陛下の寄付だから大丈夫よ」
ローストビーフやら、なんやらの肉系と珍しそうな果物をいくつか食べてから、待たせている女子にサインを書く。
女子軍団があらかた捌けた頃。
「エレナ様ミツヒロ様、お久しぶりです。お二方のダンスとても素敵でした」
リリアン・ネバ男爵令嬢が現れた。パートナーは以前スベルを泣かせた少年だ。年末の年越しラーメン大会の頃よりさらに背が高くなっている。
「エレナ様。先日は『デーツ』をご寄付いただきありがとうございます」
「大聖堂の方々にも気に入っていただだいたようでー」
光弘は預かり知らないことだが...正月の時の『肩入れしすぎ』発言が耳に入ってしまったエレナは『これで文句無かろう!』と『お中元』感覚で宗派を問わず王都内のすべての神殿にデーツを寄付したのだった。
「あーこれにサインお願いします」
エレナとリリアンが話に興じる横で、そう言って本を渡す少年の声はファンの熱みたいなものはない。むしろ全く興味無さそうだ。
『誰か』の代理ということだろう。そこは深く追求しまい。
その後もぱらぱら人が挨拶に来た(その中には当然値踏みするような、見下すような視線も含まれていた)が、それも止んだ頃。
次は男子の集団が現れた。
「俺けなげでエ○かわいいネヴァ様が一番だと思うんです」
「一応物語上はネア様ね?チェリーさんの絵の力がすごいんだよ」
エレナが留学に行っている間に書籍として刊行された『シャルン英雄譚』。
新聞掲載時にはバラバラだった絵師も、書籍版はチェリーブロッサムで統一されている。
しまいには、机と椅子が置かれ、本格的なサイン会がスタートしてしまった。
(あれ、俺一回踊ったらてきとーに食べ物つまんで帰る予定だったのに、何でサイン会やってんだろう)
サインを書ききってぐったりしていると、リヨン先生が近づいてきた。
「ミツヒロさん。よくできました。あくまでも初段のお免状ですからね。今後も精進なさい」
今後二度と舞踏会だか社交界だかに呼ばれる予定はないのだが、光弘は「ありがとうございます」と答えるに留めた。
「あ...。」
光弘は知っている曲が流れ出したことに気づいた。
「シークレット曲ね。技術点の採点は気にせず踊ってもいいの」
「エキシビジョンみたいなもの?」
「踊ってくださる?」
エレナの手が差し出される。
「...えー? あそこにあるお肉と果物まだ」
全部食べてないと言い切る前に、「踊ってくださる?」と小首を傾げて問われた。
(ぷりぷりのお肉と新鮮な果物ー!!)
光弘は断腸の思いで「はい」と答え、エレナの手を取った。
先生が「楽しんでらっしゃい」と声をかけて去っていく。その背にエレナは礼をした。
きっとこの曲を推してくれたのはリヨン先生だ。
アンリエッタ・ワンズ...フィフス家の子息の浮気が発覚してから、男性にバリバリ不信感を抱くようになった。フィフス家との婚約解消後、第三王子と婚約。




