悪役令嬢とパンフレット(休憩回)
休憩回。修行編は次回で終了。あとはちょこちょこ折り紙が出てきます。
ラブはいつ出てくるんでしょうか?(←ダメ作者)
いつも通り工房を訪れたら、人の気配が無かった。
「先生?センセー」
返事はない。扉は鍵がかかってないのに、不用心すぎないだろうか?
ガタリ、ドンガラガッシャーン。
何か大きなモノが盛大にひっくり返った音がした。
続いて、人が上の階からばたばたと降りてくる音。
ぼさぼさの髪。しょぼしょぼの目。
「とりあえず顔洗ってきてください」
「...ああ」
彼は低い声でそう答えると奥に引っ込んだ。
◆
待つこと暫し。
商品棚に適当に突っ込まれている商品をこそこそ整える。
(もう少しきれいに整えればいいのに)
これらは紙でできた宝石なのだから。
「なんかしてた?」
やる気のない低い声が背後から聞こえる。
「ちょっと見ていただけですわ」
「今日は菓子はない」
(あら、残念・・・って別にそれを目当てに来ているのでは)
ミツヒロの顔をうかがう。いつもよりどんよりしている?
「......不機嫌そうですけれど」
「...二日酔い。今日はなんもする気が起きないから、適当に好きなの作って帰って」
「わたくし、あらかじめ予約をいれていましたよね?それなのに」
「悪かったから!ガンガン怒るなって、...梅昆布茶くらいは出すから」
「梅コブ茶?」
「ちょっとだけにしといたし、無理して飲まなくていいから」
「梅ジャムは好きよ」
出されたティーカップには緑色の液体にもやもやしたピンクが浮いている。うっらほどけたピンクの部分が梅なのだろうか?
一口飲んでみる。
「「すっぱ・・・」」
まろやかさと酸味。おいしいかと問われれば少し酸味が強すぎる気がする。でも、これはこれで・・・。
「なんというか後を引く感じです」
「梅干しと昆布とちょっと砂糖を入れている」
「コンブ?」
「こっちじゃケルプって言ったほうが伝わるのか」
「ケルプ?ラッコが巻き付けていたり、肥料にしたり、石鹸にしたりする?」
そう考えると少し微妙だが、喉は梅コブ茶を求めているのか、気づいたら一気に飲み干してしまっていた。
「もう一杯よろしいですか?」
が、ミツヒロは首を横に振った。
「欧米人はあんまり消化できないとか聞いたことあるから、はじめてならちょびっと」
「オーベー人?」
「気に入ったのなら、梅干しと昆布茶の粉末は近所の魚屋と食堂で売っているよ」
彼はエレナの問いに苦い顔を一瞬のぞかせ、それを無理矢理塗りつぶすように笑顔で答えた。
この時のエレナは・・・
(お茶ならもう一杯くらい振る舞ってくれてもいいのに。ケチ)
などと思っていた。
仕方がないので、サンドラに家から持ってきた茶を淹れてもらう間、椅子に無造作に置かれている週刊紙を読む。
『レイコ様の一夜のアヴァンチュール』
『学園から姿を消した令嬢x』
(まあ、毎回よくこんなネタ思い付くわね)
ぺらりと中をめくると、女性のあられもない姿の風刺画が。
「きゃああああっ!?」
思わず、パンフレットを遠くへ放り投げてしまった。
しかも、描かれているのは王子妃になると噂の『あの女』だ。
「週刊ピンクは表面は下世話だけれど、中身はもっと下世話だよ。注意して」
そう言えば、婚約破棄騒動直後に新聞を見たときも、大衆紙の中身は見せてもらえなかった。
「・・・本当に!なぜこんな記事が恥ずかしげもなく世の中に売られているんですの!?」
「需要があるから?君も素行には注意した方がいいよ。こういう新聞の格好の餌食だから」
「たしかに気にはなりますわ」
扇で口許を隠しつつ台所の方を伺う。侍女が戻って来る気配はない。
『(未来の)王子妃複数の殿方を誘う』
などと、王子プラス断罪劇に加わっていた宰相の息子、騎士団長の息子ほか、寝台前でずらずら順番待ちいる絵が描かれている。
(この新聞も少し前までお祝い記事をのせていたのにね。手のひら返しの早いこと)
時間も忘れて記事を読んでいると、サンドラに見つかってしまった。
「お嬢様!? なんて不埒なものを。奥さまになんとご報告すれば...」
「報告しないで!」
ちらっと振り返るとミッチーは笑いを堪えていた。
(サンドラが戻ってきたのなら教えなさいよ!もう!)
「お嬢様が汚れてしまった。おのれ下朗!素っ首掻き斬ってくれる!!」
「おう、時代劇ぽい。って感心している場合じゃねえ!今日はここで店じまい!」
「魚屋と食堂ですね。さあ、行きますわよ、サンドラ!」
ミツヒロの首を斬る前に命じると、サンドラは「は」っと短く答え、剣をしまった。
「ミッチーさんはしっかりご飯食べてください。大事な予定忘れないようにお魚おおめで」
「......」
◆
折り紙工房の二軒先に食堂はあった。
「ここは食堂というより酒場のようですわ。 知らないメニューも多いわね」
カウンターに近い二人掛けのテーブルが空いていたのでそちらに座る。
「エダマメにポテチ、薄焼きチーズ、梅コブ茶、すべてありますね。一つ注文してみますか?」
広げたメニュー表には絵と料理の簡単な説明が載っていた。
「『ドリア...米のグラタン』が気になります」
「それなら食べられなくはないでしょう。店主、ドリアを一つ頼む!」
客の料理を見るかぎり一皿の量は多目。この後夕食のことを考えれば二人で一つがちょうどいいくらいだろう。
特にいやがるでもなく店主は注文を受けてくれた。
よく見れば客たちも互いの料理をシェアして...いや、酒を片手に他人の皿でも構わず手を突っ込んでいる。
「清純派だと思っていたのだが」
「いや、レーコ様がきっちょ(きっと)、今の王家を変えてくれるー!」
「よく思わない血統派の貴族が悪い噂を流したんだ~!くそ卑怯もの」
「平民代表ならもっと品位を持って、」
「がははは、」
「あれは何をやっているんですか?」
エレナは店主らしき男に尋ねてみる。
「コーヒーハウスから古新聞を買い取って、置いているんだよ。それを酔っぱらいが酔っぱらいに読み聞かせて政治ごっこをやっているんだ」
「あれが政治?」
ただ、王家や貴族の悪口を言っているだけではないか。貴族街ではあんなことを大声で言えば不敬罪で捕まってしまいだろう。
「あんた例の貴族だろう」
「例の?」
エレナは首をかしげた。
「絡まれたら、ガントとイーデスの名を出しな。したらあいつらだいたいちびって逃げちまうから」
「イーデス?」
「古着屋のごーつくババアだ」
「そのようなお名前だったのですか」
カウンターに、『コブ茶』が置いてあることを確認した後は、庶民の様子を興味深げに観察しながら、食事を待つ。
「ほら『ドリア』が出来上がった。熱いうちに食べな」
見た目はたしかにグラタンだ。
「ありがとう。あっつ、おいし」
◆◆◆
食堂の隅でエレナの様子を静かに窺っている男が一人。
「なるほどね。大物が釣れた」
護衛らしき女がこちらに目を向けた。が、こちらも物珍しい貴族を見物するようなそぶりを崩さなかった。
店主が、視界を遮るように、水を入れにくる。
「うーん。おいしいね。ドリアだっけかい」
「うちの皿洗いが賄いで作ったんだよ」
「へえ」
(じゃあ、穴が空いたらレシピでも書かせようかね・・・)
本日の折り紙...なし。
都市部の識字率(貴族、平民含む)...男性45% 女性25%くらいの設定。
週刊ピンク...週1回発行の大衆紙。号外を出すことも多いので実質1.5回。紙は薄いサーモンピンク色をしている。