水着回
R15注意報。
「つらい修行の末やって来ました。水着回!」
光弘は大声で叫ぶ。
近所の川は汚い。海は日帰りで行くのは無理。
エレナの家には池があるが、まさかの恋人の家の池で泳ぐのはよろしくない。
ってことで、王都近くの湖に来た。
「って思ったら温泉回!」
湖はまさかの温泉だった。
「なに言っているの?」
エレナの声に振り返って、そこで一瞬思考を停止した。
「え。なんでそんなハレンチ極まりないすけすけなネグリジェ着てるの?」
エレナが着ていたのは透けそうで透けない純白のやわらかな生地。オレンジの帯でウエスト部分がきゅっと締められているのが可愛らしい。
「シュミーズ。コルセットの下に着る肌着だけれど、最近はこんな風に普通のドレスとしても着こなす人が増えているのよ」
そう言いながらもちょっと恥ずかしそうにしている。・・・かわいい。
「下着ブームみたいなもんか。いや、なんか落ち着かないから他ので」
そういえば、なんかおかんが古い服を整理するときに明らかに下着に見えるレース付きのタンクトップをわざわざ二枚重ねで着て『まだまだイケル』とか言ってたことがあった。
ファッションショーに参加させられていたおとんに『アウトだろ』って言われて、おとんをぐーで殴っていた。
さすがに光弘もドン引いたが、懸命な彼は何も言わなかった。
昔はそんなブームが本当にあったらしい。
「ハレンチなのはあの『ミズギ』とやらの方です」
海水浴に行くことが決定したとき水着について手っ取り早く解説するために『シャルン英雄譚』のビキニアーマーを見せたのがまずかった。
おかげで、
『ほー。これが同等だと・・・?』
とサンドラに剣を向けられるはめになった。
「まじで刺すんだもんな」
見える率は、ビキニの方が圧倒的に多いが、これはこれで・・・。
そこで見知った声がもうひとつ。
「なるほどこういうものですか」
「・・・サンドラ?」
エレナはひきつった笑みを浮かべる。
腰に布を巻き付けているが、中身はビキニだった。
こちらの世界に来てから久しくお目にかかっていない、水着グラビアアイドルがまさにそこにいた!生で!
(これは刺激的すぎて、ヤバイ)
「溺れたエレナ様をお助けするにはやはりドレスは泳ぐのには適していません。これなら布地が邪魔にならずにすみます」
「私、溺れたりなんかしないわ。いいから、さっさと、着替えてらっしゃい」
「八歳の時にアメンボを見ていて池に落ちたことが・・・」
「いいから、さっさと、着替えてらっしゃい」
一言一言区切って、もう一度エレナは同じ警告を発する。
サンドラは、結局、シュなんとかに着替えてしまった。ちっ。
◆
当然の事ながら、仮の境界線を決められ、風呂上がりのすけすけシュ・・・なんとかを見れたのは遠目にちらっとだけ。
いや、あれを見続けるのは心臓と、鼻と・・・に悪い。あれで良かったのだ。
そして、楽しい時間の後にはつらい試練の時間が待っていた。
「さあ、最終チェックよ!がんばりましょう!」
当然、ダンスの最終チェックだ。つまりは強化合宿!
「えー。そこ卓球とか、マッサージとかあとゴロゴロするとかじゃないの?」
服まで堅苦しい服に着替えさせられた。靴もかかとは思っていたよりは高くなく普通の紳士靴とさほど変わらない。ピカピカすぎて汚さないか不安だが。
「足を痛めたのなら、サンドラがマッサージしてくれるわよ。医師も同行してくれているし、先生と楽士にもおいで頂いたわ。靴は痛くない?」
靴を気にしてた光弘にエレナが声をかける。
「ああ、ちゃんと幅広のしっかりした靴にしてもらえたし、大丈夫」
何度か履いていたので、しっかり馴染んでいる。
階段のエスコートから一通り総ざらいをする。
先生は眼鏡を光らせ、細かく注意事項を伝える。
「女性に差し出す手の先にも優雅さを。緊急時にはいつでも手を離せるよう添える程度に。足元に気を付けなさい。本番では階段に他のペアも列を作りますから、絶対に足を踏み外してはなりません。もし女性が足を踏み外してしまったら全力でお守りするのですよ」
階段を降りる練習は万が一のことを考えてサンドラとさんざんやらされた。今日は本番と同じくエレナとだ。
曲が始まると先生の「アン・ドウ・トロワ」と言う掛け声で踊る。
最初は、エレナの足を踏んでしまいキャンキャン怒られていたが、一ヶ月の特訓のお陰か、最近はエレナの足を踏まなくなった。
「結構うまくなった?」
「いえ。確かに最低限の基礎は身に付きましたが、どちらかと言うとわたくしがあなたの失敗のパターンを覚えたというのが正解に近いでしょう」
「はー」
「ですので、誘われても他の方と踊るのは禁止ですよ」
「いやいや他のやつとまでわざわざ踊りたくねーし」
当然、光弘は忠告に隠されたエレナの乙女心など読み取っていない。
◆
「ふーっつっかれたー。に、してもこれ本当にご褒美回なのか?アニメならもっとうれしはずかしイベントがあっても・・・現実はうまくいかないな」
光弘はダンス後に本日二度目の温泉を楽しんでいた。
まったり星を眺めながら温泉にしばらく浸かって疲れを癒していると、ぽちゃりっと音が聞こえた。
「んっ!?」
(ご褒美来たー!!?)
外は星明かりだけ。ついでに岩陰。こっそり隠れていれば・・・。
いけないことと思いつつ、そーっと、岩の陰から暗闇を覗く。
うすらぼんやりと影が浮かび、光弘の『もうちょい』の思いに答えて、三日月が味方をしてくれ、その姿が露になる。
(リヨン先生やん!!)
「ん?」
リヨン先生が振り返る直前に、光弘は岩陰に隠れることに成功。リヨン先生が温泉から上がるまで光弘はその場に居続けるしかなかった。
運命の女神は煩悩男には大変意地悪なのだった。
◆
「サンドラ、ミツヒロを見かけなかった?」
「部屋で休まれているのでは?」
「それがいないのよ」
エレナもサンドラも、まさかミツヒロが温泉に二回も浸かっているとは思いもつかない。
「護衛がいるとはいえ、日没後の殿方の部屋へのご訪問はー」
「はいはい。別に部屋に突撃とかじゃなくて、二人で星見、ミツヒロの言葉で『テンタイカンソク』をしてみたかったのよ」
夜空は所々薄雲がかかっているが、三日月も星もきれいに見えている。
「二人で?」
「もちろん。サンドラにはちゃんと側で控えてもらうつもりだったんだけれど・・・ざんねん」
(彼とお泊まりなんて、もう二度と訪れないかもしれないのに)
運命の女神は大変意地悪である。
◆
「んー。惜しいことをした」
温泉から戻ったら、サンドラから「お嬢様が星見酒を所望されていましたが、先ほど部屋にお戻りになられました」と冷たく告げられがっくり肩を落としたのだった。
(温泉に行かなければ、リヨン先生の方に気をとられなければ、エレナと二人星を眺めながらゆっくり過ごせたのに)
今からでも遅くない。手洗いに行くふりして、エレナの部屋の前を通れば、お休みの挨拶と二、三言葉を交わせるかもしれない。うまくいけば、そのまま二人で星を見ようって話に・・・。
意を決して、そーうっと廊下に出るが、エレナの部屋の前にはサンドラ、他屈強な男たちが寝ずの番をしていた。
「なにか?」
サンドラのどすの効いた声に「いや、ちょっとトイレに」と答えるのが精一杯だった。
シュミーズブーム・・・1700年代後半~1800年代前半まで本当にあったブーム。マリーアントワネットのシュミーズドレス姿の肖像画が現代にも残っています。
キャミソールブーム・・・90年代~2000年代頃、流行っていたはず。キャミソールを重ね着してレース部分を見せるのがおしゃれだったよう。
温泉...モデルはアンギャン・レ・バン。パリから約30km。




