ダンスレッスン
「コンプラ花瓶は片付けた?」
「他の花瓶に入れ替えております」
「『ソジャ』は使わないでね?」
「承知しております。該当部署には伝達済みです」
「よし!」
もうすぐで我が家にミツヒロが到着する。準備は完璧だ。
こんなのは自分らしくないが、夢を見ている間はー
◆
公爵家ダンスホール。
「まず曲がわからん」
『できれば知っているのと曲調が似ているのが嬉しい』とのことなので、エレナはとりあえず、できるかぎり単調でテンポのゆっくりした、短い曲を弾いてみた。
「ピアノ弾けるんだ。すげ」
これくらいなら一般教養のレベルだと思っていたのだが、違うようだ。
「簡単な曲だけよ?」
20曲ほどで.....二つの曲が知っている音楽に似てたようだ。
「この曲・・・もう一回」
ミツヒロの要望で、もう一度弾いてみる。
「これって.....花の名前がついていたりする?ア.....アマ『アマリリス』?」
「そうよ?」
「二つ前は『きらきら星』?」
「違うけれど」
「この二つならなんとかなりそう.....かも?」
「ダンスの選曲は、生徒のリクエストから希望の多かったもの、教師がふさわしいと思ったものを選ぶの」
「選ばれる可能性ってどれくらい?」
「『アマリリス』は数代前の国王陛下が作曲された物だからリクエストすれば残る可能性がある。もう一つの方は新しい曲だから、リクエストしてもはずされる可能性が高いわね」
「両方とも選ばれなかった場合は?」
「そのときは二人で食事に専念すればいいわ。礼儀作法とダンスの単位はもうちゃんととっているんだし」
(ならわざわざ恥をかかなくても)
などと光弘はこっそり思ってしまう。
「あのさ、映画かなんかで見る女の子の手を持ったままとか、腕を組んだ状態で大階段的なものを登り降りするの?」
ミツヒロの言葉に首を傾げるエレナ。
『映画』は動く絵画。あのクレープの時のイラストを並べてペラペラめくったようなものらしい。
確かに学園のホールには大階段があり、登場時それを降りなければならない。
「そうだけれど?」
「男女ともハイヒールな感じの靴なんだよね?もしどっちかがこけたりしたら.....」
「全力で殿方が令嬢を守るわね。あなたがやらかしたら私は遠慮なく手を離すけれど。お願いだから他のカップルを巻き込まないでね」
「うげっ」
そこから練習しなければならないのか。
まあ、自分の知りうる限り最高の教師を呼んで、最高の教育を受けてもらえば、一ヶ月ちょっとでなんとかなるだろう。
「まあ、今日は他の人が踊っているのを見学すると言うのはどうかしら?」
エレナが壁際に控えてたサンドラに視線だけで合図を送るとサンドラは扉の一つを開けた。
現れたのは兄とその婚約者。エレナが「見本を見せて」とお願いしたら、快く引き受けてくれたのだ。
キャンパスに絵を描くようにホール内を兄たちが踊る。それをほけら~と見るミツヒロ。
「ホールは結構人で一杯になるから、他のペアにぶつからないように」
完璧なダンスを踊りは終えたエレナ兄のアドバイス。ミツヒロは磨き抜かれた床に両ひざと両手をついた。
「む、無理だっ!」
◆◇
三日後。
「ロゼリア王立学園で礼儀作法とダンスを担当していますシャルロッテ・リヨンと申します。夏休みの短い間ですがよろしくお願いいたします」
「先生は秋の舞踏会の課題曲はご存じですか?」
エレナの直球な問いに、教師はわずかに間を置き、答える。
「それは・・・試験問題を事前に教えるようなものです。いくら単位を取得済みだからと言って課題曲を発表前に教えることはできません。発表までお待ちなさい」
「そうですよね」
「単位取得してるんなら、わざわざ踊らなくても...」
今度はつい言葉に出てしまったが、女性二人には光弘の心の訴えは届かなかったようだ。
光弘としても一応、了承はしたもののできればダンスの練習なんてしたくはない。山を張り損ねたらそれこそ努力の無駄。
「・・・ですが、『アマリリス』は良い曲だと思いますよ」
「つまりは?」
「候補には上がっているってことよ!」
光弘の問いに、エレナは甲高い声で返す。
「おほん、言葉遣いが崩れていますよ。エレナ・スリーズ」
◆
「まず、歩き方から見せていただきます。この部屋の端から端までまっすぐ、歩いてください」
言われた通りミツヒロがだだっ広い部屋の端から端まで歩く。
「背を曲げない。お腹に力を入れる。足は美しくピンと伸ばす」
「つまりは早歩きってことでいいですか~」
ミツヒロはやる気のない間延びした声を返す。
「語尾を伸ばさない。次は本を頭の上に載せて」
「うっげ、定番」
「平民の俗語は可能な限り控えなさい。できないと言うのであれば今から三時間、座学に致しますが?」
「まだ動く方がマシです」
「あの、先生.....スギタ氏は.....その」
「はっきりおっしゃい、エレナ・スリーズ」
「その、ロゼリア語の読み書きができません!」
「.....。そこからですか?.....私は語学の教師ではないのですが」
さすがにこれには先生も呆れてしまう。
「では国内の情勢などは?」
「それは大丈夫だと。酒場で食事をしていたら自然に耳に入ってきますもの」
「まさか、反政府的思想の持ち主というわけでは」
多少貴族の印象は悪いようだが、別に悪しき集会に出入りしているわけではない。
一応、彼の中で『人の命は地球より重い』らしい。
『貴族、王族が不明瞭会計をきっちり説明して、足りない分は自分の身を削って、税金をちゃんと公共事業に充ててくれて、国民が飢えないなら、多少文句、不満があってもわざわざ声を上げたり行動は起こさないかな。デモとか面倒くさいし。『貴族王族が身を削る』ってのがポイントね。
戦争も内乱も他国への軍事介入...死の商人的なことは嫌い。もし攻められてきたら?僕はこの国の人間じゃないから別の国に移るよ』
貴族の子弟を預かっている以上、危険人物を王立学園に入れる訳にはいかない・・・が。
光弘の理想の国はこの世界にないような気がする。
「そんな大それた事をたくらむ人ではありませんわ」
教師、生徒ともつらい週二日のスパルタダンスレッスンが続き、ついに待ちに待った水着回がー。
アマリリス...フランス民謡。フランス国王が作った音楽という説を採用。




