エレナとクレープ
恋人がだらしない格好で待ち合わせ場所に現れることを覚悟していたエレナは驚いた。
(ちゃんと髪を梳いで、第一ボタンまできっちり留めている)
それだけで印象が違うのに、なぜしない?
どっち付かずの無精髭がすっきりしているのは良いことだが、髪の襟足まですっきり刈り上げられているのはちょっともったいないような気がする。
あそこまで伸ばしたならもう少し長くしても良かったのに。
ミツヒロのガイドつきで『寺』の中を一通り見て回った後は、寺前に並んでいるワゴンで、クレープを買って、近くのベンチで食べた。
エレナはジャムのクレープでミツヒロはハムとチーズのクレープだ。
「ふう。第一回のデートコースとしては減点ね」
「っぐ。まあ、人生初だからそこらへんは多目にみてくれ」
「最初のデートに縁切り伝説があるところはだめでしょ」
ここはエレナとしてもしっかり強調しておきたいところだ。
悪縁を退けるお守りは良かったが、おみくじの恋愛欄は...。
『きれいに縁を切れ』
って出てたのだ。おみくじは舟形に組めるようになっていて、悪いおみくじは池に流すらしい。
ミツヒロは『俺は正月に引いているからいい』とかで、買わなかった。こっそり覗き見てやろうと思っていたのに。
「そういうもんか?」
「そういうものなの!」
「結構面白い伝説だと思ったんだけれどなぁ」
「次はもっとロマンチックなところがいいわ」
で、反対側のベンチではブンバー夫妻が、クレープを交換しあっている。
互いにクレープを差し出して、一口かじるとか。
(あれやりたいなー)
うらやましげに、恨めしげに見つめ、ミツヒロがたまに口にする呪詛を心の中で叫ぶ。
(バカップルが!)
◆
エレナの反対側のベンチ。ブンバー夫妻。
「んー。クレープを交換しよう」
夫はエレナ嬢の食べたクレープの味でも記事にするのだろうか。
「じゃあ、ちょっとちぎりま...」
「いや、タイミングを狙って...。エレナ嬢がこっちを向くと思った瞬間にクレープを俺につき出すんだ」
「?」
夫は甘いものさほど好きではなかったはずだが..?
よくはわからないが、言われた仕事はきっちりこなそう。
風と呼吸筋肉の動きを読み、ベストタイミングで出す。
夫がぱくりとかぶりつき、すぐさまハムチーズクレープを突き出してくる。
「ほら!おまえも食べろ」
「は、はい!」
とまどいながらも、夫に言われた通り、つき出されたハムのクレープにかぶりつく。
「なんかにらまれてません?私たち」
殺気が若干漂っているような。目を合わせたくない。
「よし、動いた。しっかり見てろよ」
夫に言われて目を上げる。
エレナ公爵令嬢が耳を真っ赤にしてミッツ先生に話しかけている。
そして、彼らはー。
「えーっと、女の子をおもちゃにするのはほどほどに」
それが飯のタネになるのはわかっているが。
目の前ではエレナが顔を真っ赤にして「せーの」で、クレープをちょびっとかじっていた。
◆
「ミツヒロ、そのハムクレープちょうだい!」
「ん?もう一つ欲しいのか?ジュースも買ってくる?」
そう言って、ミツヒロは腰を浮かす。
「丸々ひとつは食べられないからミツヒロのちょうだい」
「いや、公爵令嬢に残りもん食わす訳には...」
「代わりにこっちどーぞ」
そっとつき出されるジャムクレープをミツヒロはとまどいながら受けとる。見ればたっぷりクリームが入っている。
「ああ、ダイエット中?」
エレナは怒りの言葉を飲み込み、むすっとしつつも、
「いいから早くそっち寄越しなさい」
「はいはい」
「せーので食べるわよ」
エレナの言葉にとまどいながらも、ミツヒロは正常な判断をする間も許されずうなずいた。
「「せーの」」
ぱくり。
「こっちもこっちでおいしいな。そっちはおいしかった?」
「......。」
真っ赤になって、返事をしない・・・できないエレナ。
「まさか熱中症?ジュース買ってくる!サンドラさん」
ミツヒロは近くに控えているサンドラに声をかけて走り出す。
「くわぁー。私ほんとーにミツヒロの・・・」
思い出しただけで、胸が一杯になって、ごろごろ転がりたくなる。
◆
ミッツ先生とエレナ嬢は、まんまと夫の謀に乗ってしまい、クレープをブンバー夫妻の目の前で交換する。
エレナ嬢が顔を真っ赤にして「せーの」で、クレープをちょびっとかじった。ミッツ先生は普通にかじり、何事かエレナ嬢に声をかけるが、エレナ嬢は思考の許容限界に達してしまったようで固まってしまった。
彼はジュースを買いに行き・・・。
すべての場面をブンバー夫妻ー、チェリーはしっかりバッチリ目撃していた。
「今のを連写形式で」
「連写?」
「四コマの一場面をさらに細かく四コマにしたような。一秒を一枚の絵にして二秒目、三秒目を連続で描く?」
「なんとなく意味はわかりました。どんな感じで描いたらいいんですか?」
「ピュアラブ感を全面に押し出すんだ」
まず、最初に仲良くベンチでクレープをかじっている場面、エレナが交換を持ちかけ、互いの歯形がついて少し欠けたクレープを交換、せーのでかぶりつき、エレナの顔が真っ赤になる。
(白黒でクレープの具材を表現するには...別絵でクレープの拡大図を載せる?)
今、目に焼き付いたばかりの二人が色褪せる前に、チェリーはスケッチブックに猛然と描きなぐったのだった。
◆
「ははははっ。これはどーゆーことかな。愚民!」
エレナの親父にデートがばれても大丈夫なように考えていた言い訳は『聖堂巡りのガイド』だったが、どっかの週刊紙が、ご丁寧にフィルムのコマ送りみたいな、連写絵をのせてくれやがった。
まるっきり芸能人の浮気現場のである。
(日本の週刊紙はそんな感じに写真とっているって言ったのは俺だけど~お願いだからこっちに照準を向けないで)
「いや、俺は神殿の案内を買って出ただけで・・・エレナ嬢が別の味を試したいって言ったんで、交換しただけで、あくまで脚色されて」
ブンバーの気をつけてはいた・・・が、週刊『ピンク』の記事で、自分がやらかしたことを悟った。
(端から見たらこんな恥ずかしいことやらかしてたんか~)
「はっ。新しいのを献上すればいいだろう」
「いや、徹頭徹尾割り勘です!」
そこはしっかり強調しておかないと。
「僕とエレナ嬢の距離については、奥方様に苦情を申し立ててくださー」
「わたくしは清い交際、と言いましたわよね? 誕生日に指輪...。初回デートで、お互いが口をつけたものを...。こんな急展開で驚嘆しているところですが...。この調子なら卒業を待たずに一線を...。何か言い訳は?」
エレナに贈った指輪の詳細までもがデートの様子とともに同時掲載されている。
エレナが人前で指輪をつけるようなことはしてないから、イザベルが情報源なのは間違いない。
「越えません!絶対越えませんから!!指輪は、あくまでもペンダントで!深い意味はありませんから!」
光弘はスライディング土下座をするのであった。
イチゴオレを飲みながら、頑張って書きました。
私の砂糖の貯蓄はゼロよ。
光弘の髪、髭...髪は結構バッサリ切って、ギリギリ括れそうになる(視界が鬱陶しくなる)頃にまたカット(三、四ヶ月に一回)。
この世界は電動髭反り機はないので、一応酒飲み仲間に髭反りの仕方を教えてもらったけれど、元からの無精とビビりのせいで、あまりこまめには剃ってなかった模様。はじめてのデート三日前に理髪店で髪も髭もスッキリ整えてもらった。




