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エレナの帰国

 五月下旬。


「平和だな~」


 年末年始は『年越しそば』やら『たこ焼き』『おせち』とイベントが盛りだくさんだったが、それ以降は比較的穏やかな日々を過ごしている。


 いつもの通り光弘が西マール食堂で新聞片手に食事を摂っているとブンバーが現れた。


「今回こそは本命かもしれませんぜ」


『エレナがタールを食べた』とか、特定の平民男性とデートを重ねてているとか、その男が十股しているとかそれが発覚して奉仕活動に専念しているとか。男に幻滅して修道院に入る気だとか...。

 追い詰められて良縁祈願に教会本部に多額の献金をしたとか、魚の腐った汁を飲むようになったとか...


 エレナが訪れた国地域の料理のレシピはヒューと『ピンク』のタッグによってロゼリア風に再現されて、料理の方は多少誤解が解けた。


『タール』はのりの佃煮で、『魚の腐った汁』は魚醤だったのだが。


「今度のお相手はナクト。バルス(19)。休日に二人で料理に勤しんでいるそうですよ」


「19ってことは留年?」


「小学校から大学までの一貫校。高校と大学は共用部分も多いからそこから親しくなったんじゃないですかねー。」


「ふ~~ん」


 いくつかの大衆紙には婚約を飛び越して『結婚間近か』と書かれている。


「ま、私がつかんでいる情報では・・・っとこれ以上は」


 そこでサンドラが近づいてきて、ブンバーに金縁の召喚状を渡し、ちらりとこちらを見た。


「エレナお嬢様はすぐお戻りになります。下らない話をしているとエレナ様の耳に入ってしまいますよ」


「すぐってったって、今日明日の話じゃないだろ。いくらなんでもここでの雑談が遠くのエレナの耳に入ることは・・・」


 そこで光弘の平和を壊す扉が開く。


 ◆


「西マール食堂の酒と色んなソースの匂いと使い回された油の臭い。久しぶりだわ...す・・・ステーキが食べたい気分」


 食堂の汚れた空気をわざわざ深呼吸で吸い込んだのはエレナだ。その後ろには、食堂の跡取り息子と見知らぬ女性。


「結婚したわ!」


 突然の爆弾発言に、食堂は騒然となる。


「マジカ」「おーじか」「そりゃめでたい!」「酒だ酒」「ミッチ今日はやけ酒付き合ってやるぜ」「ミッチの奢りでな!」


 光弘が呆けている間に次々と杯に安酒が注がれていく!


「かんぱー」


「ヒューが!」


 皆ががくっとなる。


 エレナがしてやったりと笑う。


「ビオランテさん。レペス国でヒューが捕まえて、旅の間、私の相談役になってもらったの。料理の腕も確かだから、即戦力になるわよ」


「ワタシビオランテ。よろしくー!みんなビオラって呼んでね!」


「ちっくしょーなんにも報告しやがらねーで、驚いちまったじゃねえか。おまえら今日は祝い酒だ!好きなだけ飲みやがれ!」


 大将が目に涙を浮かべて怒鳴る。


 大盛り上がりの中、エレナが、


「わたし、結局いい人みつけー」


「みつけー?」


「られましたー!!」


「ぱふぱふ!おめでとー!!」


「どっかの王子さま?」


「あれはしつこく付きまとわれた...だ、け?」


「あなたがミツヒロ?結婚してください」


 ミツヒロの手を握って求婚してきたのはー


「いやいやいやちょっと待て!あんた男だろ」


「手っ取り早く、亡命も情報収集もするのならこれが一番だ」


 青年はパチリとウインクをする。


「てか、あんた誰!?」


「バルス皇国第12皇子ナクト・バルス。一生遊んで暮らせる財産はあるよ。ちょっと暗殺者が送り込まれてくるかもしれないけれど」


「バルスってそんな国なの!?」


「ち、違うわよー!王宮が不穏なのは確かだけれどっ!同性結婚不可!もちろんこの国も!何で沸いて出てくるの!なんで!?」


 半年も前から貯めていた思いを全力でミツヒロにぶつけようと思ってたのに。


「俺男はノーサンキューだから!全力でお断り!!」


「じゃあそっちの美人さん!」


「あんたは誰でもいいのかい?ちなみにわたしゃお断りだよ」


 求婚されたイザベルは手を握られないように、腕組みをし、冷めた回答をした。


「僕に殺意を抱いてない人でこの食堂の近くの人なら」


 皇子は今度はリタの手を取る。


「ぽーっ」


「ぽーっとするなよ!」「正気に戻ってリタ姉ちゃん!」「まだ嫁にはやらんからな!」


「もう、予定がめちゃくちゃ」


 エレナはへなへなとたおれこんでしまう。


「大丈夫?疲れた?旅疲れが残っているならー」


 ミツヒロが腰を屈めて、エレナの様子をのぞきこむ。

 黒の瞳の中に自分を見つけた瞬間、言葉が漏れてしまった。


「すき」


「はい?」


 遅れて、心臓がばくばくと動き、背中がざわざわする。


 言ってしまった。なかったことにする?


 考えていた告白の言葉はすべて吹っ飛び、断られる恐怖に身が震える。

 それでも、こんな泣きそうな想いを明日まで持ち越すのは嫌だ。


「す・・・ステーキ食べたい」


 さっきも告白シミュレーションをして、漏らした言葉を呟く。


「うん。旅から帰ってきたばかりなのによく胃に入るなぁ。にんにくたっぷりのやつ注文してやるから、どっか座ったら?」


「私、ミツヒロのことが好き」


「大丈夫!?今どっか頭打った!?」


「大丈夫か?」


 喧騒ー酒と油と、どんちゃん騒ぎの中、誰も二人に注目していなかったが、大将がカウンター越しに座り込んでいる二人を見る。


「こっちは大丈夫なんで、求婚合戦続けて」


 そう言ったミツヒロはエレナの方を向いて。


「今の帰国二発目のギャグとかじゃないよね?」


「あ゛?」


 乙女の一世一代の告白を...冗談と切り捨てられてしまった。相手にされてない。

 涙が、じんわり浮かぶ・・・わけがない!一回で挫折してなるものですか!


「わ、わかったから。取り合えず状況を整理...まず皇子様が俺にプロポーズしてー」


「そこは忘れなさい」


 ◆


 うーん、えー...と呻き。


「まず今何歳?」


「17歳。6月1日で誕生日だけれど?」


 光弘は考えていた。果たしてコレは未成年、高校生という理由で止まってくれるだろうか?


「うーん。うーん。君のことは、友人として好ましいとは思うけれど...アイドルに急に告白されても困るっていうか」


 見てて元気をもらえるアイドルであって、恋人になろうなんて1ミリも思ってない。


 工房や西マール食堂では楽しく過ごせているが、一旦、商店街を離れると彼女は貴族。テレビの前のアイドルって感じだ。


 が、今なんの準備もないまま迎撃するのは危険だ。


「んー。わかった一晩...いや君の誕生日まで考えさせて」


「はい?」


◆◇


「むーん。うーん。」


 光弘はノートを前にため息をこぼした。


 エレナの瞳に浮かんだ涙を見てしまった以上、真面目に答えを出さないといけない。


 エレナが好きかというと好きだ。ちょっと気になっていたのは事実。

 どうしても手に入れたいというほど恋焦がれているかといえばノー。


「異世界の庶民と貴族令嬢どこをどー取ってもうまく行く要素が見当たらない」


 まず付き合ったとする。エレナの金銭感覚に付き合ったら三日と経たずに金が尽きるし、マスコミにも見つかってしまうだろう。週刊紙にこれ以上がやがや言われるのは避けたい。


 かと言って、エレナが恋もしないまま、卒業と同時にご老人の後妻になんて話になったらあまり哀れすぎる。

 でも恋人が自分なんかで本当にいいのか?


「って、エレナ俺のどこが気に入ったんだ?」


 金、ない。戸籍、ガントになんとか用意してもらった。学歴、この世界の小学校低学年レベル。身長、栄養状態の差からこの世界の庶民の平均から比べれば多少高いが、エレナ兄よりかは低い。特にエレナに優しくした記憶はないし。最初の出会いも酒の肴のしてゲラゲラ笑っていたくらいだ。


 もし、まかり間違って、子供でもできたら.....


「そもそも見た目そっくりでも、遺伝的にどーなんだよ。SFで言えば宇宙人だぞ。こどもできるのか?」


「僕は望んで『自由』を手に入れたはずなのに、眩しすぎて」


「そこを隠して付き合うのは、卑怯だろ」


 光弘はぶつぶつと時おり言葉をもらし、付き合った場合、断った場合のメリットデメリットを書き連ねていく。


 ◆


 うっすい、壁の隣でイザベルは「青春だねぇ」と呟く。


「で、私の方はどう追っ払おうかねぇ」


 どこぞの皇子とやらは、隣の空家を借りると「お近づきの印に」と薔薇の花束を渡してきた。

 リタやミツヒロや商店街の他の人には渡していないらしいから、イザベルに狙いを定めたのだろう。


 殴って国際問題になろうが知ったことではないが、逆上して息子たちに危害が加えられるのは困る。


「やっぱ蹴るか」


 ◆


「サンドラ、ミツヒロちゃんと考えてくれるって!」


「良かったですねー。」


 従者は飛び付いてくるエレナの頭を撫でてやる。それで満足したエレナはすぐに机に向かった。


 従者としては実らぬ恋を応援してはならないが、王子が裏切るたび、目に涙を浮かべていたエレナを見てきた者としては何も言わず見守ってやりたい。


 留学中エレナが想いのたけを綴った将来計画ノートは五冊分になった。


 サンドラの思いをよそに、エレナはルンルン気分で一冊目のノートの『告白』の文字に『済』のハンコを押したのだった。


 ◆◇


「で、もう一回確認するけれどエープリルフール的な冗談の告白じゃないよね」


「違うわよ!」


「わたしゃプータローと結婚するつもりはないよ」


「無職じゃないよ。皇子だよー」


「異国の皇子様が昼間っからこんな小汚ない商店街ぷらぷらしてるわけないだろ。ちゃんと自分の仕事やってから出直してこい」


「ダンナのことなんか忘れちまって、さっさと皇子と結婚しちまいな!そのほうがダンナのも喜ぶよ!」


「はあ?!大きなお世話よ!」


「つーか、皇子様がうちのバイト志望してんだがどーするよオイ」



 その日のスベルの日記。


『エレナおねーちゃんも戻ってきて、おもしろい王子様も住んで、今日も西マール商店街はたのしいです◎』

スベル体重...毎日栄養ちゃんと取れているので23~24kgくらい?


フーロ...イストやバルスの亡命者を第三国へ逃がす手引きもする。(第三国王族の帰国に合わせての随員扱いとか)

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