うなぎと皇子様
四月末。
「一国でひとりずつ順調に、彼女さんゲットしていくのどーかと思うんですけれどー」
釣果が芳しくないエレナがヒューにそう言ったのは三番目の留学先、自由都市フーロであった。
フーロ学園には、各国から王公貴族の子女が集まる。
もちろん食堂は安全を確保し、各国の料理をほぼ網羅しているが、毒殺などがどうしても不安な者、故郷の料理を個別に作りたいものには、厨房の貸し出しも行っている。
今日は土曜。
「いや、彼女じゃなくてガールフレンド、女友達ですよ。やっぱり現地の人の言葉と料理を教わるには異文化コミュニケーションが必要ですから」
「ビオラさんはいいの?」
「いいノー。いいノー。あとでしっかり絞めるカラー」
すごく明るいヒューの彼女ビオランテがからからと笑った。
南ロゼリアで引っ掻けた彼女さんは、次の国イストに移る際、さくっと別れたそうだし、そのイストの首都でひっかけた女性とも別れたが、ビオラはイストとバルスの境の島、自由都市フーロまで付いてきてくれた。
「誕生日完全にすぎちゃったわね。」
「誕生日プレゼントの米をめっちゃ喜んでくれたんでしょ。くよくよしても始まりませんよ」
「お米は誕生日プレゼントとしてどうなの?」
ロゼリアのお米なんて、九割が雑穀で、本当のお米は一割だ。
レペスの米もそれなりに喜んでくれたが、イストの米の方が故郷の米に似ているようだ。
「さくっとうなぎ作りね」
「まずタレ。最高級のハーブ入り鰯の塩漬けの汁、酒、砂糖、半月酒を混ぜしっかりアルコールを飛ばす。
うなぎはさっき魚市場でさばいてもらったばかりのうなぎ」
「あら、あなたがさばかないの?」
「血に毒があるんで、慣れている者に捌いてもらった方がいいです。
串に刺し軽く焼いてから、蒸して、何度かたれをつけて焼く...たぶんって言ってましたね。ミッチさん」
ミツヒロの国の料理が変わっているだけで、うなぎ自体はロゼリアでも普通に食べられている。
「毒があったなんて知らなかったわ。臭いは美味しそうなのよねー」
「血を抜いていますし、残っていたとしてもしっかり加熱すれば毒は消えますのでご心配なく」
パチパチと良い音が鳴り、不思議な甘辛い香りが辺りに漂って来た。
もうそろそろ『あれ』が現れるか?
「やあ、お嬢さん今日は何を作っているのかな」
そう言って古い厨房に顔を出したのはバルス国皇子ナクト・バルス(19)。
(来た~~)
「何を作っていても関係ないでしょう」
「オージ様にシワの寄った顔シチャだめね。いちおー、はじめてヨッテクルおーじ様ね」
「つまみ食いしたいならせめて毒味係を連れてきなさいよー」
「心外だなー。僕はエレナスリーズ嬢に会いに来ているのに」
そう言って、彼はエレナの手を両手で優しく包む。
「ハイハイ。ありがとーございます」
一回目はラーメンとピリ辛餃子のレシピを再現していたら現れて、次はジャム焼き、その次はイカ焼きの時に沸いて出てきた。その次の焼きそばも横から半分ぐらい奪っていかれた。
「それに僕は後継者争いが嫌で国から逃げてきた口だからね。従者なんてつかないよ」
「・・・のわりには、こっち睨む気配があるんだが」
「ああ、それ僕を監視する人で、僕が問題起こしたら殺す人」
「ふーん。まあヒューに見つけられるんなら大したことないわね」
「いちおーサンドラさんの訓練受けたんですがね...」
料理人なので腕や足を痛めるような訓練は受けなかったらいいが、危機を察して雇用主を庇う訓練は受けたそうだ。
「...また新しいオンナの名前」
「違うって」
「サンドラは、なんというか...実際の男にあんまりきょーみないみたいだから、そっとしといてあげて」
サンドラの趣味は薄々察していたが、まさか母まで同志だとはまだ知らないエレナだった。
「で、今日は何を作るんです?」
「うなぎ丼です。毒があるから食べさせられません」
「うなぎ僕も大好きだよ」
「薬味はチャイブ(ねぎ)とホースラディッシュ(西洋わさび)。マスタード。ライム、レモン、オレンジの皮のピールブレンド。バジル他各種ハーブ。海藻の板を細く切ったもの。ラディッシュのすり下ろし。レインボーペッパー」
柑橘類は本当は別なものを用意しなければいけないらしいが、ないものは仕方がない。
「海藻?レインボーペッパー?」
「海藻の板は『のり』って言うんだそうです。ちなみにこちら安全性を保証していません」
レペスの港町の朝食で出た海草のペーストは真っ黒なのが気になったが、パンに付けて食べたら、それなりのお味だった。
ペーストを乾燥させただけだし、大丈夫なはずだが、変な物を食べさせてお腹を壊されたら、国際問題になりかねない。
レインボーペッパーの方は詳しくないのでヒューに目配せし、説明を引き継いでもらう。
「レインボーペッパーは...ライム、レモン、オレンジ、ジンジャー、セサミ、レッドペッパー、ポピーシードを混ぜたミックススパイスだそうです。あ、ポピーシードはちゃんと加熱してあります」
その後、再び、エレナが説明を引き継ぐ。
「ご飯は、白ご飯と、サフランライス、タレのパエリヤ(炊き込みご飯)。レペス米とイスト米で作っています。一応、パンも用意しておりますので、お好きなように組み合わせちゃってください」
ここで、嫌がって辞退してくれたら、よかったのだが、しゃもじを持って「これで皿に米を入れるのか」と尋ねてくる時点で、諦めるしかなかった。
「ロゼリアには変わったパエリヤがあるんだな」
「我が国のパエリヤではなく、遥か遠い東の国の食べ方です。その国出身の友人が教えてくれました。
その者の故郷の作法では、最初は料理人に敬意を表して白ご飯とうなぎのみで食べ、徐々に薬味を追加していき、最後にケルプのスープかもしくはお茶をかけ締めにするようです。お茶は緑茶と紅茶両方を用意していますのでお好きにかけてください」
肝心のミツヒロ自身は『ヒマツブシ』スタイルとやらで食べたことないそうだが。
「たしかにこの白飯にうなぎは合うな」
「それはよかったです。私は米の香りが気になるのでタレパエリヤのほうがいいですけれど。味が薄ければタレソースの追いがけをしてください」
まあ、締めは白ご飯に梅昆布茶が正義だと思うが。
母の侍女はパンにうなぎの蒲焼きを載せ、たっぷりのハーブをかけて食べ。
ヒューは薬味はほとんど使わず土台となる『飯』を少しづつ変えながら食べ。
ビオラは故郷のレペス米パエリヤで薬味をがんがん載せて食事をする。
試しに置いていたマスタードまで入れているのは大丈夫だろうか。
王子は、ヒューのアドバイスに忠実にしたがって『ヒマツブシ』スタイルを再現。
「たった一匹のうなぎでここまで楽しませてくれるとは!ぜひその者を私専属の料理人に」
どうやら、皇子のなかで『ワショク』が私の『折り紙』並みに心に刺さったようだ。
「ミッチは料理は素人ですわ。材料やレシピを断片的に知っているだけで再現しているのは・・・」
エレナはヒューの方に顔を向ける。
「では、お二人を僕の友人に!」
「友人枠は私で埋まっていますし、バルスに連れて帰られてしまうと困ります」
ああ、来週には出発しないと、誕生日のもろもろの準備が間に合わない。
「君は婚約者を探しているんだろ?」
自分の思いに気づく前なら、『バルスを皮切りに折り紙の世界展開を』とか言って、この良縁に飛び付いていたかもしれない。
「私は他国へ嫁ぐつもりはありませんが・・・」
ふんわりやんわりお断りを入れる。
「うん。だから、僕がー」
エレナ留学編...実質光弘奮闘編終了。
ひつまぶし...ひまつぶしではない。たぶん光弘が間違えて伝えただけ。
ロゼリアでの喫茶シェア割合(貴族)...コーヒー60:紅茶25:緑茶10:その他5。
たぶん普段はコーヒー飲んで、茶会の時はとっておきのお茶を出す感じ?
公爵侯爵クラスの貴族なら実験にてきとーに使うことも可ですが、普通はもったいなくて使えないです。




