悪役令嬢と八重桜
その次の回はあらかじめ日付と時間をして折り紙工房に訪れた。もちろん宿題は完璧に終えている。
配色は、桜に桃色三片黄色二片。『梅』は赤四片に黄色を裏返して一片にしてみた。
ミッチーはいつものようにエレナの提出した『桜』と『梅』をチェックして頷く。
「もう、ここまでできれば、あとは応用編だ。
のり付けの位置で印象はずいぶん変わる。ここにのりをつけると雪の結晶風になって・・・『八重桜』は・・・えっとごめんちょっとたんま」
「先生?」
ミッチーは後ろを向いて何やらこそこそし始める。
「えっと完成形がこれだから、...」
「まさか一番肝心な作り方を忘れた、なんてことはないですよね?」
「ふう。できた」
多少慌てた様子だったが、無事思い出したようだ。
が、見せられた花びらは、
「なんだか、印象が違いますわね」
赤で作っているからか、貰った花との違いが際立つ。
「君の持っている物と見比べてみて」
「あら、白い部分が表に出ていますわね」
花びらの外輪部分が白くなっている。
「これはこれで模様になるけれど、今回は全部同じ色にしたいから『両面折り紙』を使おう。好きな色を選んで」
色とりどりの折り紙の中からエレナは迷わず薄紅色を選んだ。
「途中まで『桃』と同じように折り、耳部分は三角の中に折り込んで一度開く。こことここにのりをつけると花びらが二重になる。
花びらの形を揃えたいなら、最初の三角の段階で頂点部分を切るといい。ただ普通の折り紙で作ると外側の花びらが白くなるので注意。両面折り紙を用意できない場合は両面白紙の紙を好きなサイズに切って使えばいい。それと・・・」
そこで彼はちょっと気まずそうに間を空けて言った。
「・・・のり付け部分をど忘れしてしまったら、軽く完成図を確認しながら折って、のり面に鉛筆など紙がにじまない印を入れればいい。ただし、鉛筆の跡が残るので、見える部分には極力印をつけない。下手に消ゴムを入れると折り紙の色が剥げてしまうからな」
「はいっ!」
思わずくすりと笑ってしまった。
「こほん。サイズはどうする?」
「私がもらったサイズで」
「じゃあ、こうやって縦横、三等分になるように折って。それで線にそってハサミで切る。これで5×5cmが九枚。なるべくきれいに切らないと当然仕上がりががたがたするので注意」
「先生は、全部ハサミで切っているんですか?」
「ガントのおっさんのところにいけば、好みのサイズに裁断してもらえるけれど?家でも作りたいんだろう?」
「ぐっ」
実は、前回「花」を作るとき、ちょっと歪んで切ってしまったのだ。
「同じものを十個作って。先に折るだけ折って後でまとめてのり付けするか、それとも折る度にのりづけするかは任せるけれど」
「...十個」
思わずため息が漏れてしまう。
「案外、三つ折りって難しいですわね」
とりあえず、一つ完成した。
「なにかわからないところがあったら呼んで」
そういって、彼は奥にひっこんでしまった。サンドラもお茶を用意するため付いていく。
「って、生徒を放置してどこ行くんですか」
十個できた頃、奥から油のぱちぱちと音が聞こえ、間を置かずして香ばしい香りが漂ってきた。
添えられた菓子は極薄の丸い板だった。
「これは?」
みたこともない庶民の食べ物。フィンガーボールが置かれていると言うことは、これも手で食べて大丈夫なものなのだろう。
「ポテチです。はい。湿気りやすいので、水気をよく拭き取ってから食べてください」
「ぽてち?」
「ポテトチップス。芋を輪切りにして油で揚げて、最後に塩を振ったものですよ。ガーリックや胡椒を振りかけて食べる場合もあります。
切るのとあげるのが時間かかるわ。あげたらすぐ食べないとダメだわ。こんなん貴族様の口に合うかどうか」
(つまりはめんどくさいから作りたくないと。そういうことね)
十分少々で出来上がるお手軽庶民料理が公爵家の食卓に並ぶことなどほとんどないが...
「お、おいしい。パリパリ食感と塩気が...イモがなぜこんなにおいしいのですの!?」
もっと欲しくて、令嬢にあるまじく、三枚もつかみ取りし、そのまま口に放り込む。
最初に『チーズセンベイ』を食べたときにも似たような感想を抱いたが、メイドが最後の一枚を食べた瞬間には本気で目をつり上げた。『ポテチ』はあっという間になくなってしまった。
これが、たった一回だけなんてムリ!
「『チーズせんべい』と『枝豆』も美味しかったです。父と兄に供したらとても喜ばれました」
「作りませんよ」
(ぐ、予防線張りと釘差しが上手なこと)
よいしょ作戦は一秒で幕を閉じた。が。
「お嬢様、作り方はちゃんと見ておりました」
(グッジョブ!)
さすがスリーズ家のメイド!
「一応、忠告しとくけれど、太るぞ。俺だって公爵令嬢をデブらせた罪で死にたくない」
「おほほほ、ただの芋で太るわけ...でぶ?」
「プラス油プラス塩ですね。で、食べ始めたら、食い尽くすまで決して止まらない呪いが発動する...」
「の、呪い」
そうだ、たしかに喉の乾きを覚えるまで手は止まらなかった。
「お嬢様、奥さまが嘆かれますよ」
侍女の忠告しっかり耳に届いている。届いているがー
(ーでも、ポテトチップスおいしい)
「太る呪いなど怖くありませんわ。大丈夫、お母様も沼にひきずり落とせば佳いだけの話。ほーほほほ」
「お嬢様ー!?」
「一年後の体重が楽しみだ」
「何か言いましたか?」
エレナは無礼男の失礼千万な呟きを聞き逃さなかった。彼女が睨むと男はさっと目を逸らした。
「で、かわいいボールにしたいなら、家に帰って同じものをプラス10個作ってきて。吊るし飾りにしたいのなら、リボン一つ持ってくること。ばあさんのところで買ったら、婆さん喜ぶ」
◆
工房の前の古着屋に寄ってリボンを四つほど購入した。
そして、帰り際改めて工房の方を振り向く。
「看板くらいつければいいのに」
扉は木戸、窓は小さい。あれでは、全くなんの店かわからないではないか。
折り紙の説明難しくなって申し訳ございません。
興味のある方は『折り紙 八重桜』などで動画を検索すれば作り方動画が出てくるはずです。