異世界チートって難しいよね
三月下旬。
「大聖堂が、エレナ様が一つの教会に肩入れ・・・施しすぎだっておっしゃられていて・・。なんとか折り紙教室を行っていただくことはできませんか?」
眼鏡シスター・リリアンが工房を訪れて、光弘にそんなことを言う。
「正月の総合売り上げや年間の参拝者数では大聖堂が一位なんだろ?」
なにしろ大聖堂には三人の女神様が全員お祀りされている。いっぺんにご利益を得たい人はそちらにお参りに行く。
「別にたこ焼きやラーメンはエレナ・・・嬢が主催したって訳じゃないし」
元はエレナのお金だが、報酬として受け取った金を光弘が趣味に使っただけだ。試食に参加してもらうには孤児院の子供たちが都合が良かっただけ。
「デーツが気に入らなかったみたいですね。結構美味しいって評判になってましたから」
「あー。逆にスリーズ家の名前を出したのが不味かったかな」
たこ焼きとデーツを売っていた屋台にはちゃんと寄付・協力者としてスリーズ家と西マール商店街の名が書かれていた。
「スリーズ家は寄付として他の主だった聖堂にはワインをお送りしているはずです。もちろん大聖堂にも」
リリアンが膝の上で拳を握りしめる。
「で、それはお神酒になって儀式に使われたり、お客に振る舞われたりするんだよね」
「そうです。エレナ様の異国での奉仕活動が大々的に新聞で取り上げられて、教皇聖下から直々にお言葉をいただいたとか」
聖職者も『ピンク』を読むんだな。『教皇聖下のお言葉』がどんなものかは知らないが、聖職者界隈では名誉なことなのだろう。
「うーん。一応、お受けします」
◆
荘厳な大聖堂の立派な応接室。
そこに光弘とシスターリリアン。そしてピエール大司教がいた。
「折り紙教室のご依頼ということでよろしかったでしょうか?」
「お気持ちは嬉しいですが...。あなたお一人のみですか?」
「ピエール様!」
まあ、折り紙教室が目的じゃなくて、エレナ嬢が大聖堂で奉仕活動をしたって事実が欲しいだけなのだろうが。
「ええ、もちろん一人ではたくさんの子供を一度にお教えする事は叶いませんので、こちらから数人スタッフを派遣します。もちろんこの教会のスタッフさんにもご協力いただきます」
「エレナ・スリーズ嬢も当然スタッフに含まれるのですよね?」
念を押されても困る。
「エレナ・スリーズ嬢がいつ帰ってくるか知りませんし」
「エレナ・スリーズ公爵令嬢がお戻りになられたら、『一番最初に』我が大聖堂で折り紙教室をしていただけませんか?できれば教皇様のお言葉を皆にお伝えいただけると嬉しいのですが・・・」
「相談はしてみますが・・・そういうのはスリーズ家を通して日程調整をされたほうが・・・」
秘技、公爵家に丸投げ。
「ええ、もちろんもちろん。スギタ様からも一言お口添え願えれば」
「はあ。」
『教皇様のありがたいお言葉』は誰にも発表できるものではなかったのだが・・・。
◆◇
四月。
「第三回ラーメン試食大会を始めます」
今日は、大将と光弘とレーコの三人きり。
「今日はエレナ嬢ちゃん留学土産のバジルソースで作ってみた。こっちが南ロゼリア風、こっちがイスト風だ」
「うわぁ~。全面緑だ」
光弘は、顔をしかめる。
前回と前々回はバジルの葉っぱを散らしているだけだったのに、今回はスープと一体化している。
二つのスープはどっちも同じに見えるし、これをラーメンと認識するのは色々無理がある。
(俺のラーメンはいったいどこに向かっているんだろう・・・)
「何いやがってるのよ。 これって麺にもバジル入れてるの?」
「そうだ。結構おもしろいだろ?」
「翡翠麺や茶そばを思い出すわ。見た目ヘルシーな感じだし」
レーコの方は喜んでいるようだ。妹もなんか緑系がとにかく好きだった。ヘルシーだとかなんだとか言って。翡翠麺って、けったいなつけ麺を妹が喜んで頼んでたなーとしか覚えていない。
対して光弘はというと、ぶっちゃけ緑系の麺類は食欲がわいてこない。
が、せっかく作ってくれた物を食べる前から嫌がっていても始まらない。
一口ずつスープを掬ってみる。
逃げ場のないこってりした塩気のある油が口の中に広がる。この濃厚さはチーズも混ぜられているのだろうか?
「ちなみにロゼリアとイストのバジルソースの違いは松の実が入っているかいないか。ロゼリアが無しで、イストが有り」
「うむ。違いがわからん。松ぼっくりって食べるところあったのか・・・」
「松の実は韓ドラで聞いたことあるけれど、見たのははじめてね。もういっそジュノペーゼにしちゃえばいいのよ!」
「ジュノ?」
「ああ、あれね?」
おしゃれなイタリアン。妹が気に入っていて冷凍食品をよくレンジでチンしていた。光弘は選んだことはないけれど。
「ゆでた麺を炒めてバジルソースを絡めるやつ」
光弘のその言を受けて、大将がさっそく実践してみる。
「ん。はじめてにしてはバジルラーメンも、ジュノーもうめえな。ソースによる味の違いは・・・大きく変わらない。松の実は少々手に入りづらいから、南ロゼリア風のソースで・・・」
大将の焼いてくれたピリカラ餃子を試しに入れてみる。
唐辛子の赤がにじみ出た部分は、謎の黒紫色になってしまった。
「俺のラーメン・・・うううっ。しくしく。どこにたどり着くつもりなんだお前は」
あまりに悲しすぎて、思わずラーメン?に語りかけてしまった。
この後、ラーメンは『ヴェール(緑の)パスタ』として百年かけて不動の人気を獲得していくのだった。
◆
「で、次は『かん水』問題なんだけれど・・・。かん水がなんでできているか知っている?」
光弘は一応レーコに聞いてみる。
「海水を煮詰めたときにできる・・・苦味のかたまりだったかしら。豆腐を固めるときの『にがり』?ただの塩水を煮詰めても出てこないってくらい」
「うん。俺もそれくらいの認識しかない」
「塩はなあ・・・利権がややこしくて、お前ら知らんかもしれないががっつり国が管理している」
大将が腕を組んでため息混じりに教えてくれる。
「ちょっと海まで行ってきて、汲めばいいのよ」
「汲んで、塩とかん水を分離しているところを見つかったとする。『塩じゃなくてかん水作ってるんです』って、言い訳、お役人が聞いてくれると思うか?」
「うへぇ。密造酒扱いなの?」
レーコが顔をしかめる。
「海水を樽一杯に詰めている時点で怪しいな」
「塩業者に税金分も込みで払うとか?えーと自宅で漬け込む梅酒みたいに。後は王子の道楽で通すとか」
うん。最終的にどうしようもなくなったら、その手を使うつもりだ。そのためにレーコを仲間に引き込んだと言ってもいい。
ただ、エレナが怒ってしまうから、権力に頼るなら先にスリーズ家だ。
...。知識を持ち寄るだけなら怒られないだろう。たぶん。
「で、君は理科得意だった?」
「化学とか物理とか生物とか?2だったわね。」
「なんかアルカリ性水溶液だとか聞いたような気がするんだよな。他で代用できるもの。後、湖の炭酸水使ってラーメンを作ったとか」
「海洋深層水?アルカリ・・・アルカリイオン水とか・・・。灰汁は梅の枝の灰を煮た上澄みがアルカリだって・・・国語の教科書の染め物の話で書いていたはず」
光弘とレーコが真剣に過去の記憶を引っ張り出す。テレビで見たのも、本で読んだのも昔で、それもざっと目を通したっきりだから、不確かな情報。
「染め物か・・・あんまり変なもん食べると普通に死ぬしな・・・」
「・・・海草を海水につけて何度も煮詰めたら藻塩ができるって。それなら塩じゃなくって、藻だって言い訳できるんじゃない?」
「海藻は石鹸業界がな・・・」
「「なんでっ!?」」
大将の言葉に異世界人二人は同時に叫ぶ。なぜ全然関係ない石鹸業界に横やり入れられないといけない。
「昆布とか普通に手に入れてくれたじゃないか」
「今までは、漁師が網に絡まったもんを分けてくれたんだがな・・・。取引が少量なら目立たなかったんだが、梅昆布茶が、『二日酔い』に効くって話が貴族まで出回って、石鹸業界を刺激しちまったんだ。あっちもあっちで官民一体の大型事業。今までの分も確保できるかどうか・・・」
「そ、そんな」
光弘は知らない。昆布の灰から石鹸の材料が作られていることを。今この世界が石鹸の材料不足に陥っていることを。
「梅昆布茶の発信元ってあんたよね?」
レーコにぎろりと睨まれてしまう。たぶん、貴族街に情報を流したのはスリーズ家の誰かだろう。
「麺が黄色になって固くなるだけなんだろ?別にいいじゃないか、そこらのパスタで」
「夏の中華冷麺をうどんや素麺で代用する暴挙は私は決して許さないわ」
「いや、家のラーメンは普通に黄色い中華そば使っていたから」
あのもやしたっぷりのラーメンは黄色い中華そばがあってこそ。決してパスタでは代役は務まらない。
「そちらのお嬢ちゃんの言葉はどうでもいいが、まあ、故郷の味だもんな。できる限りなんとかするよ」
けったいな...不思議な、変な。
かん水・・・漢字で書くと鹹水。もしくは鹸水とも。 せっけん・・・漢字で書くと石鹸。
かん水に似たものがロゼリアにあっても、翻訳のズレで大将が見当ついていない可能性も。
たぶん近いところを掠めているような掠めてないような。
石鹸不足...草と海草の灰が不足。フランス政府は革命前に材料の効率的な入手方法を募集してたよう。
すんません。作者は理科苦手です。
次回より留学中のエレナの様子です。




