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たこ焼き布教計画始動

 翌日早速、眼鏡シスター、リリアン・ネバは西マールを訪れた。

 店内は人がまばらだ。案内された席には男が座っている。


 (前回はバンブミッツ先生だと存じ上げなかったけれど...。サインは大事に保管しています!)


 家ではシスター、学園では風紀委員長である以上、目の前に作者がいても作品を世に産み出してくれたことへのお礼は伝えられないが...。


(あなた様の作品のおかげで人生変わりました!ありがとうございます!!)


 隣のテーブルではスベルが兄二人と祖母と思われる女性とたわいない話をしていたが、シスターが来ると、シスターの隣に座った。


「あの、このたくさん穴のへこんだ鉄板は・・・」


 シスターは自分の目の前に置かれた不思議な形の鉄板に首をかしげる。


「まず、デーツを食べてみてください」


 目の前の男はそう言いながら、鉄板に油をひき、丸い刷毛でぐりぐりと穴に油を染み込ませる。


「美味しいよ」


 スベルに促されて、シスター・リリアンは皿に盛られたドライフルーツをかじる。


「大きな干し葡萄ですか?・・・甘いですね。これが?」


「これとジャム瓶を寄付します。これで、ジャム焼きを作ってみませんか?」


「ジャム焼き?」


「作り方をお教えしますので見ていてください」


 携帯コンロ、と『ジャム用』と『たこ焼き用』と日本語で書かれたボール。それぞれの具材。


 話の間に十分熱せられた鉄板に男は生地を流し込み、流れる手つきで具材を放り込んでいく。右と左の具の内容は変えているようだ。


 そこで店員とこどもたちが寄ってきて「やっぱチーズは正義だよね」「紅しょうが僕のところにはぜーったい入れないで!」ときゃいきゃい騒ぎながら思い思いに具材を追加していく。


 少し生地が固まり始めると鉄ぐしで溢れた生地を穴の中に折り入れていく。


「半分は甘いクレープ生地風にして、デーツの細切れとデーツのジャムを入れた物で、半分は塩気のある生地にイカを入れたものです。これなら売れ行きによって割合は変えれます」


 生地の縁がぷっくり厚みを増したところで、鉄板と生地のわずかな隙間に串を差し込み、くるっと回転させた。


「見た目は真球が美しく望ましいですが・・・やってみるか?」


 きらきらした目で見ていたこどもたちに鉄ぐしを見せる。


「うん」


「目をついたりしたら大変なことになるから、大人が見ていないところで触らないこと。持っている間は手を振り回したりしないこと。人には絶対向けないこと。それができる子には貸してあげる。ハサミと同じで、人に渡すときは柄の部分を差し出すこと」


「いちいち説明が細かくて長ったらしいんだよ。おっさん。俺らこどもじゃねえって」


 いや、こどもだ。


「まあ、おっさんでいいけれどね。...このように楕円形になることもありますが、味に変わりありません。シスター、やってみますか?」


「は、はい」


(真円、真円)


 光弘と同じように、生地を慎重にくるっと回して...結局楕円形になってしまった。


「で、何度か回しながら形を整えて行き、中心部のた・・・いか焼きと外側のいか焼きを交換。生地がきつね色に...薄茶色になったら完成です」


 シスターは手順を覚えようと必死で、光弘が入れた物に気づいていない。


 ジャム焼きにはジャムが、たこ焼きには鰹節と改良版ご当地ソースがかけられる。


「はい。どうぞ。こっちは甘い感じに仕上がってまして、こっち側は軽食として食べてみてください。あ、熱いので気を付けて」


 光弘は出来上がったたこ焼きとジャム焼きに、爪楊枝を刺してシスターに渡した。


 光弘の忠告に従って、シスターリリアンはイカ入りたこ焼きを一口食べてみた。


「あつっ...魚介の丸いクレープ・・・変な感じではありますが...食べられないわけじゃないですね。ジャム焼きは甘くて・・・」


「た、いか焼きに関しては具材や上にかけるソースは好みに応じて変えることができます」


「僕は鰹節好き」「俺マヨネーズ」「僕はチーズの入っているの」「あたしタルタル」「あたしゃバジル」「俺はやっぱこの紅しょうが入りだな」「俺は一滴でいいからしょーゆをかけたいんだけれどな」


 たこが手に入って一回目のプチたこ焼き大会に参加したのは、光弘、ベル三兄弟とイーデス、大将、リタ。


 イザベルは不参加。こどもの頃、まずいverのたこを食べて以来、臭いを嗅いだだけで気分が悪くなるほどのたこ嫌いになってしまったそうだ。イーデス婆さんのさばき方に問題はないだろうから絞め方に問題があったようだ。


「でも小麦も砂糖も高いですし・・・」


 シスターが二の足を踏む。実際は本当に売れるか疑っていると言ったところか。


「ああ、これ半分そば粉を使っているんです。ジャム焼きの方は砂糖不使用。デーツで代用しています。結局焦がしちゃうから見た目にそんなに変わらないですし。むしろそばの香りが香ばしい感じになっていいと思うんですが」


 別にここのドリアだって100%白米でできているわけではない。むしろなんかよくわからない雑穀のほうが割合が多い。・・・たぶん90%くらい。


「原価計算したの俺なんだがな・・・。ソースもマヨネーズも業務用を安く買えばいい。余ったら残りは俺が買い取る。ねぎやバジルは貯蓄しているのがあるし。紅しょうがは余っちまって仕方がなかったからちょうどいい。んで、これが見積書」


 実際に商売している大将が、見積書を見せる。問題の部分はこっそり肘で隠している。


「デーツそのものを袋入りで売るのでもいいです。天津甘栗みたいに。デーツ自体ここらでは珍しいですから、一粒を四片くらいにして、試食してもらうんです」


(テンシンマロン?)


 リタがシスターの前に追加のデーツを置いてにっこり微笑む。


「すっごくおいしいですよ!」


 見た目は大きな干し葡萄。再度確かめてみるが、これだけでも十分甘い。


「はあー。でも、確かに美味しいですが、そんな珍しい輸入品用意できるわけ・・・」


「こちらはスリーズ家からの寄付になりますから、再来年の正月には使えるかどうかわかりませんが、来年の正月を乗り切るには十分です。いや、むしろ余ってるんで是非引き取ってください!」


「本当によろしいのですか?こんなに・・・」


 眼鏡っこシスターが涙を浮かべ『皆様に神のご加護が・・・』と言いかけたところで、光弘が爆弾を落とした。


「で、さっき試食してみた物の中にたこが入ってましたが、どれかわかりますか?」


「は?は?はあああっ?ど、どれですか?た、食べちゃったじゃないですかああ!!」


「あのね、一番はしっこのが『たこ焼き』なの」


 スベルがこっそりシスターに秘密を打ち明ける。


「やっぱり気づかなかったね」「うーまけちゃった」「今日の酒は美味しくなるな、がははは」「私のたこさばきに感謝しな」


 こどもたちは一喜一憂し、大人はゲラゲラ笑っている。


「せ、聖職者を賭けのネタに使わないで下さい!」


「卸業者もたこが売れるんなら、ついでに来年の運気が上がるんなら、たこの分はただにしてくれるって。たこを『赤いイカ』として売ればなんの問題もない!」


 もともと貝類を食い荒らす厄介者だそうで、売れるならただで提供してくれるらしい。

 ・・・元の世界では景品表示法違反だか、食品偽装である。


「ダメです!!」


「神に仕えるシスターはお堅いな・・・」


「そういうだろうと思って、ちょっと仕掛けを昨日のうちにしておいたんですよ!まあ、ぎり間に合って良かった」


 そう言って光弘が大将とシスターに見せたのは、昨晩上げたばかりのお話のあらすじ。原稿自体はすでにブンバーの手に渡っている。差し換えが間に合って本当によかった。


「これって本当なのか・・・?」


「さあ? これは、あくまでフィクション。たこも食べ物である以上なんらかの栄養素があるでしょう。『個人の感想です』レベル。」


「詐欺ですね」


「ちょー、詐欺だな」


「なになにー?」


「こら、こどもは見てはいけません」


「まあ、ちょっと高くなっちゃいますが、希望者にはたこ入れて、嫌な人にはいかを入れるってことでよろしいですか?」


「本当に売れるんかいな」


「で、どうします?シスターさん?」


 ◆


「あと必要なのは、爪楊枝と皿と言ったところか」


 シスターとの話がついた後、続いて光弘は大将は追加物品の洗いだしを行う。


「爪楊枝は使えるんだよな。値段は?」


「300本で100ロゼ~200ロゼくらいか?」


「入れ物...笹の葉とかほうば味噌の葉っぱとか。。。できれば殺菌作用のあるやつがいいけれど・・・今からかき集めてそもそもほうばって何の葉なんだ?

 それか、器を調達してきて、返却方式で10ロゼ帰ってくるとか?会計煩雑になるかもしれないが。大将正月休みなら、皿貸してくれたりは・・・」


 煩雑になるほど売れるかが不明だが。


「んー。さすがに、皿は貸し出せないな。全部返ってくるかわからんし」


 皿、皿、皿・・・。皿、どっかで・・・ガッシャンと割れた音が響く。


「あー!!」


「なんだどうした?」


「焼き物屋のがめつ親父、割れた皿捨てたと思う?」


「原価割れしてもちょっとでも元を取ろうとするんじゃないか?」


「年末の今って在庫一斉処分とかしてたりする?」


「さすがに年越してまで、ごみを置いてたり・・・」


「ふふふ。値切っちゃる。地の果てまで値切っちゃる!大○の血が騒ぐぜ!」


「で余った皿は?どーするんだ」


「ありがたく使わせていただきます」


 シスターが手を挙げた。


「割れているもんですよ」


「人数分の皿さえ用意できないのです。ちょうどいいですよ」


 ◆


『色はいいんだけれどー』『割れてるし、危ないしー』『これなんか小さすぎて使い物に』『植木鉢にも使えないじゃん』『処分の費用もかかっちゃうんじゃないの?』『いつまで店の隅に積んでいるつもり?』『今、十分の一の値段で売ってくれなかったら、僕としても必要ないしー』


『結局、買いたいのか、買いたくないのか!』



「って、キレられて一山、100ロゼで購入できちゃいました」


「おめー、案外敵に回したら怖いんだな」


「いつもはしないよ。めんどくさいし。ささっ、とがりすぎているものや小さすぎるのは弾いて」


 光弘と子供たちは軍手をしっかりつけて選別作業に取りかかった。


 敷地を二歩分もはみ出して、割れやすい皿を置いているほうが悪いんだ。


焼き物屋さんは、王子が工房に訪れた回で馬車に品物を蹴り倒されています。(詳細はその次の『貴族の裏事情』回で書かれています)

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