クリスマスケーキ
「婚約者探し、レペスの孤児院慰問は少し苦戦しているようです」
久々に杉田工房に訪れたサンドラは光弘に手紙を渡した。
『拝啓 スギタ工房の皆様、西マール商店街の皆様。王都はめっきり寒くなってきたと思いますが、いかがお過ごしですか?
こちらは南にある分、冬はロゼリアよりかはいくぶん寒さは和らいでいるように思います。
私の方は順風満帆。それなりにうまくやっているわ。
レペス国から、いろんなソース、珍しい食材、レシピがヒューから送られていると思うけれど、今回はついにお好み焼きソースの素材デーツを見つけました。試作したレシピもそのうち送るけれど、デーツを入れたお好み焼き、趣が変わってとても美味でしたー』
と、いうような内容がつらつら書かれている。
順調に行っているのは食材探しだけで、恋人探しや折り紙教室のことはあまり触れられていないようだ。
第一便で送られてきた調味料やら、食材やら、料理法やらはさっそく食堂の大将が試作に使っている。
「慰問が難航しているのはやっぱり人手の問題? でもお付きの人がぞろぞろいるんだろう?」
「侍女たちはおそらくこの件に関しては消極的です。休日は慰問などという地味なものではなく、殿方とのデートに費やしてほしいですから。なんたって婚約が決まらなければほんとーにヤバイですから!」
まあ、貰い手があの王子さまになってしまうかもしれないわけだし。
「あ、こちらお嬢様からのお土産です。崩れやすいので取り扱いには注意してください」
机の上に置かれた箱を開けてみる。
「お、ケーキ」
「メリークリ・・・マスって書いてある」
スベルが、たどたどしい声でメッセージカードを読む。
「クリスマスケーキだな」
出てきたのは白と黒色のブッシュドノエルだった。
「これケーキなの?」
こども三人は表面に飾り付けされた円筒の菓子を不思議そうに眺めている。
「つつんでいる紙にはぷちとりあのんって」
「プチトリアノン?」
どっかで聞いた名だ。
「お嬢ちゃんが買っためっちゃ高いキャラメルの店だよ」
イザベルが教えてくれる。
「王都一の菓子店ですね。『皆さんでお食べください』とのことです」
「あのきれーな菓子がいっぱいの店?」「窓から中を覗いてるだけで追い払われた」
上の子二人はプチトリアノンのことを知っているようだ。
王都一の高級菓子店のショーウインドウ前に平民が張り付いていたらそりゃ追い払われるだろう。
自分も高級料理店で食べたときは叩き出された。あれは所持金ほぼゼロで、高級店と知らずに入ってしまったのが悪いのだが。
「あ、ありがとう。おやっさんがリンゴと梨タルトを用意しているから一緒に食べよう」
今日は西マール孤児院の子達も呼んでるし、余ることはないだろう。
エレナや大将に最初に説明したのはいちごのショートケーキ。
この時期は日本のようにいちごがない。ので、代わりに伝えたのがブッシュドノエルだ。
自分で説明しといてなんだが、土台となるべきロールケーキをチョコレートでコーティングしただけという簡素な作りだ。一応、フォークで幹の感じを出すというのは伝えているので、数本それらしい線はついている。
「お嬢様へのお返事は我が家で預からせていただきますので」
「ってことは検閲されわけね。こりゃ無難なことしか書けないな。まあ、孤児院慰問頑張れとしか」
「こどもを御せないようでは、社交界の差配など到底無理でしょうから、いい勉強になるでしょう」
(圧倒的に、人員足りなさすぎなんだよなー。糸電話の時や西マール孤児院のようにエレナがアシストに回っているわけじゃないし)
夜会の差配とか言われても一般人にはイメージが沸きにくいが、一回一回が絶対失敗できない結婚式みたいなものか。
パーティーなんかでは前準備が欠かせないだろう。
その中には招待状を送り、参加者数を確認。参加者数にふさわしい会場を押さえたり、人員配置、料理や、お土産品の手配。ある程度は慣れた配下がやってくれるだろうが、実際の貴族のパーティーの主催者だったら手抜かりは許されないだろうから、今のうちに即応力を身に付けさせようってことか。
まあ、慣れない異国で、いろいろ経験できるならいいことだろう。例え、婚カツが失敗しても。
ちなみに子供たちはプチトリアノンのチョコレートケーキよりも、慣れ親しんだりんごと梨のタルトに真っ先に飛び付いた。
「華やかさはやっぱり果物のタルトが勝つか・・・要改良か」
子供たちはタルトを食べ終わったあとで、ブッシュドノエルも「おいしい』と残らず平らげてくれたが。
高級菓子店のチョコレートケーキが下町のタルトに負けたわけではないが、まあこの結果はプチトリアノンに黙っていた方がいいだろう。
◆◇◆◇
レペスの王都。騒がしい孤児院の中で。
「みんなー。こっちちゅーもーく。きょーは、パハリータ七変化をこっちのちょー美人のおねーちゃんが見せてくれるってー!」
明るいノリのヒューの彼女さんが、両手を口に添えて、子供たちに呼び掛けた。
「び、美人?」
「ほらじこしょーかい。じこしょーかい!!」
ばんばんと肩を叩かれ、エレナは一歩前に出る。
「えーっと、エレナ・スリーズです」
「みんなこのおねーさんが手品をやってくれます!ちゅーもくちゅーもく!」
「はーい」
「ちょっと難しいけれど、ゆっくりやるからみんな見ててね」
エレナがにっこり微笑んで、みんなの前で、まっさらな赤い紙を見せた。
「うしろのこー、ちゃんと見えているー?ちっちゃいこは前にぎゅって集まってー」
朗らかな声が、子供たちの視線をエレナに集中させる。
「はーい!」
「じゃあ、みんな『しー』ね?」
ヒューの彼女がにっこり、人差し指をそーっと唇に添えた。
「まず『机』からね」
「『机』」
「次が『風車』」
「次が『二つのお舟』。」
出来上がるたびに歓声が上がり、皆によく見えるように、一旦手を止め、折り紙を掲げる。
「もっとゆっくりー」
「で、お舟とお舟を斜めに合わせて形を整えると」
「ヨット!」
『パハリータからの派生?がこんなけできるんなら、もう手品として教えれば?』
そう助言してくれたのは、ヒューの恋人、ビオランテだ。
「みんなー!この手品練習すれば覚えられちゃうんだけれど、おぼえたいー?」
「おぼえたいー!!」
◆
こうして、エレナはがっつりクリスマスイベントもお正月イベントも逃してしまうのだった。
ビオランテさん・・・実際にある女性名。どっかの○獣じゃないです。




