悪役令嬢の失敗
エレナは見事失敗していた。
多少名前をごまかしたとはいえ、スリーズ公爵令嬢が留学したと言う話はレペス国の王立高等学校にも広まってしまったらしく、男子はおろか女子からも遠巻きにされてしまっている。
「おまえ声をかけてみろよ」「平民とでも平気でやらかす令嬢だって」「もし落とせれば俺も公爵.....。」
(ざんねーん、兄がいるから公爵位なんてそうそう回って来ないわよ)
まあ、野望をこんなところでゲロって...じゃなかった、自ら暴露している時点で論外だが。
「貰い手がなくて、海外まで」「まあ、おかわいそうに」「勉学が目的ではなく婚約者探しが目的だそうよ」「皆様、婚約者を盗られませんよう気をつけませんと」
こんな感じで女子生徒に警戒心を持たれてしまい、友と呼べる者はなかなかできなかった。
一部当たっているところが悔しい。
(自分が婚約者盗られたからって、他で盗り返すつもりはないですけれどね!)
人の婚約者や恋人に手を出す気はないが、男性側が婚約者や恋人の存在を隠して近づいてくる可能性はある。
ある程度選別されたリストは渡されているが、優良物件はやはり人気が高い。
ヒューの方は順調に新しい料理を覚えてきて、余裕もあるようだ。
で、肝心の折り紙教室も途中で子供たちに泣かれてしまい、収拾がつかなくなってしまった。
ちょっとくじけそうになったが、エレナが無意味に日々を過ごしたとしても、日々は騒がしく、慌ただしく過ぎていく。
せっかく留学したのなら、せめて目標の半分は成功させたい。
「子供の声って早口な上、甲高くてやっぱり聞き取りにくいわよね」
質問も一斉に投げ掛けてくるし。
やっぱり人手が足りない。折り紙が折れて、現地の言葉を話せて・・・。
「ちょっとルーザ手伝ってくれない?」
サンドラより10ほど年嵩の侍女は表情をぴくりと動かして、答える。
「エレナ様の博愛精神は素晴らしく存じますが、私どもとしましては、孤児院での慈善活動より殿方との会瀬に使っていただきたいのです」
(一応暇があれば、食べ歩きに行っているわよ。ヒューと)
もちろん二人っきりというわけではなく、侍女を連れて、テーブル自体は別々、背中合わせに座るのだが。
反抗的な思考が表情に出ていたのか、ルーザはエレナとちょうど部屋に入ってきたヒューに冷ややかな目を向ける。
「もちろん身分相応の殿方と、ですが」
「え?何なに? エレナ様、ルーザ様、めっちゃおいしいお夜食持ってきましたよ。難しい顔してないでさっさと食べましょう!」
爪楊枝についたおつまみにちゃんとワインと水までついている。
まずヒューが一口食べて、ルーザも毒味を済ます。
エレナもおつまみを一口食べる。
「んー。おいしいわね」
ドライフルーツにハムが巻かれていて、塩気と甘さがちょうどよい。
「デーツの生ハム巻きだそうです。酒にも合いますよ」
「・・・デーツ?」
どっかで聞いたことがある。あれは確か...食堂でミツヒロと焼きそばについて熱く語りあったときのことだ。
◆
『真の焼きそばソースにはデーツ...もしくはナツメやしが入っている。』
『デーツ?そのデーツってどんな形で味なの?臭いは?どこにあるの?』
『見た目は茶色くって君の指の第一関節から第二関節くらいの大きさ。遠くにチョコレートが感じれる味で。食感は干し葡萄に近くて。ここよりもっと年がら年中暑いところ...砂漠で育てられている』
『わかった。チョコレートと干し葡萄を入れればいいのね』
『チョコレートを入れるのはさすがにもったいないから止めれ!』
◆
「ここに見渡す限りの砂はないけれど?」
「一応、海を隔てた飛び地から運んでいるそうですよ。次の休みにでもひさびさに焼きそばパスタ作りますか?」
ヒューが朗らかに尋ねる。そう言われると急にやきそばのこってりした味が恋しくなってきた。
「紅生姜は持ってきてるわね?」
「ええ、念のため持ってきていますが」
紅しょうがは好きではないが、ないと物足りない。細切り一、二本分が、細かく刻まれているのがいい。
「ちょびっとだけよ。ほんのちょびっとだけにしてね。話は変わるけれど、あんた私個人に雇われているわよね?」
その質問にヒューは困惑の表情を浮かべた。
「はい?まあ、正規の採用でないので、給料もエレナ様のお小遣いから出てるって聞きましたが」
料理の見識を深めるためなら、タダ働きでいいとか言っていたから、契約書の給金部分の条項はろくに見てなかったのだろう。
「レペス語も他の未習得な使用人よりか異様に早い習得率って聞いたけれど」
暇があれば、勉強と称して町のバル(喫茶店兼酒場)に出掛け、女の子引っかけているとかいう噂を聞いた。
「まあ、料理への情熱とボディーランゲージでなんとか」
「ちょっと私の折り紙教室を手伝いなさい」
「土曜日はお付き合いしますけれど、日曜日はデート入れてるんで」
やっぱり、現地の女の子にレペス語を教えてもらっていたのか!
「ヒューあんた現地の女の子引っかけるくらい余裕ならこっちに付き合いなさい!雇い主権限よ」
「俺・・・じゃなかった。私だって小鳥くらいしか折れませんぜ。それも、もうずいぶん折ってな・・・」
「パハリータが折れるなら、あと十個ぐらいすぐ覚えられるわよ」
エレナは逃げようとするヒューの腕をぐっと掴むのだった。
デーツはすでに中世にはヨーロッパ全土で食べられていた模様。北部は高価な輸入品扱い。書いたあとに知ったけど、このままで。エレナはジャムやソースを知らずに食べていた...とか?




