スベルのお小遣い
「ミッチー、銀行に行くからついてきて」
エレナが婚カツに行って十日。公爵令嬢が留学したこともすっかり知れ渡り、マスコミの数もかなり減った。
イザベルが銀行に行くというので、護衛もかねて付いていくことにする。
ひょろくてもいないよりかマシ程度であるが、この世界の平民男性よりか背が高い分、多少の威圧感は出せるだろう。
ミツヒロの方もそろそろ原稿料の余りを貯金に回しておきたい。
監視されている間は銀行にすら行けなかった。
エレナ嬢から渡された折り紙教室の出張料を、いつまでも全額タンス預金にしておくのも怖い。
◆
「はっ?」
結構な額が目に映る。まさか誰かが自分の口座から金を引き出したとか。 って残高が増えている??
「ねえ、ねえ。なんかいっぱい入っている?」
それはイザベルも同じだったようで、通帳をミツヒロに見せてくる。
「不用意に人に通帳を見せるなよ」
「ゴメンゴメン」
(ってか、ベルさんって小金持ち?)
そもそもの預金がえらい額入っていることに驚いたが、とりあえず今見たことは忘れよう。
子供三人を女性一人で育てるにはこれくらい蓄えがあったほうが安心だ。
「こっちも20万入ってるなぁ」
声を潜めて呟く。
エレナからだ。
てか、口座を教えた覚えはないんだが...。
二人で通帳をぼけらっと眺めていると、銀行員が声をかけてきた。
「イザベル様...エレナ様からこちらを」
渡されたのは・・・
「通帳?」
「『スベル』って、書いてあるね」
「書いてあるなー」
◆
「七歳児の口座にめちゃくちゃな額を放り込んだエレナちゃんには後で文句を言うとして。
何に使うかだが、やっぱりもらったのはあくまでスベルだからさ、スベルにどうしたいか聞くしかないんじゃ」
小一の時のお年玉、妹と二人真剣に使い道を選んだのはいい思い出だ。結局、二人でお金を出しあってゲームソフトを買い、残りは親の薦めで貯金に回したが。
イザベルは光弘の話を参考に、子供たち三人に使い道を決めさせることにしたようだ。
「一人だけぽんと大金渡すわけにもいかないしね。はあ」
一応、光弘も親子の話し合いの場に加わることにした。
「えー、スベルにエレナ嬢ちゃんから、お駄賃が渡されたんだ」
「「「わーい!!」」」
無邪気にはしゃぐ子供たち。
「お駄賃の桁がー」
「6万ロゼ」
一時間ほどの折り紙の講習でのお手伝いでこれは多すぎる。
「6万ロゼって?」
お菓子に例えるのが早いだろう。シュガーバターポップコーンが100ロゼくらいだったか。
「一人でシュガーバターポップコーンsを一日100個食べたとして一週間にはちょい届かないくらいかな」
「ふえ~」
三人とも目を真ん丸くし、ついで想像力が追い付くと目がきらきら輝やかせる。
「ひゃっこー」
「いっぱいー」
「じゅるるる」
「おまえら、これはスベルのお金だからな・・・」
「一年なら三人で何個食べられるの?」
きらきらした目でスベルが光弘を見る。
ちょっとぱっとは出てこない。
とりあえず、6万を365日で割って・・・。新聞の余白でこそこそ計算する。
「うっ・・・三人で一個を分け合えば、毎日一個半くらいは食べられるんじゃないか?」
「これから、毎日ポップコーン・・・」
三人の顔が緩みっぱなしのところ光弘が別の提案をする。
「スベル。おまえ学校に行く気はないか?」
これは光弘が前々から密かに考えていたことだ。
字に興味があるスベルには初等教育ー読み書きと算数くらいは習わせたらと。
「え?」
「月謝は年齢が上がるほど高くなっていく仕組みだそうだが、入門料は一律6500ロゼ」
「高いね」
イザベルが顔をしかめる。子供たちよりもすぐやめてしまったら、もったいないと思うのは当然だ。
これでも、ミツヒロが調べた中では最安値だ。
「入門料は一括じゃなくて年二回に分けることができるし、授業料は月600ロゼだって...まあ1年ごとに月謝は300ロゼずつ上がっていくらしいけれど。最低限の読み書き計算なら二年もあれば大丈夫じゃないかな?二年で総経費3万ロゼもいかないよ」
算数は光弘にもなんとか教えられるだろうが、読み書きはどうしても厳しい。
◆
「ちょっと・・・急に・・・」
スベルは、ぎゅっと眉を寄せて考える。
シュガーポップコーンを三人でたらふく食べるのと自分のために使うの・・・・。
6500ロゼはママンが言うなら、すっごくたくさんのお金なんだろう。
学校にちょっと興味はあるが、すぐに飽きてしまわないか、自信がない。
それよりも、みんなで西マール食堂でおいしい物を食べたほうが絶対いい。
「西マール教会がやっている学校だから、折り紙教室で君を泣かせた男子もいるだろうが」
う~~。あのおっきな男の子にまた怒鳴られたらどうしよう。
兄二人に助けを求める視線を向けるが、二人はキョトンとしてる。
「いっとくけれど三人一緒に学校に行くのは、二人のやる気の問題で不可」
「ミッチーは、僕に学校に行ってほしいの?行ってほしくないの?」
『学校に行く気はないか』と勧めたそばから、学校の嫌なことも言う。
「いいことばかりを並べ立てるのは詐欺。よい面と悪い面両方伝えないと。その上で自分がどうしたいか考えな」
ん~~。どうしよう。
◆
「そんなに悩むんなら、やってみればいいだろ。ポップコーンはまた金を稼げばいいんだろ」
頭を沸騰させて悩むスベルをダベルが背中を押し、
「失敗も、まあ、経験してみるといいよ。子供の頃に買ったおもちゃなんて、大人になったら基本使わねーしな」
光弘が口を挟む。
「次は俺が助手になって稼いでくるよ」
「今回は報酬が多すぎたから、たぶん次回はもっと安くなるだろうけれど」
ネソベルが頼もしいことを言う横で、光弘がぽそりと呟く。
「ちっちゃい頃から楽して稼ぐことを覚えたら、大人になって苦労するのはあんたらだろうが」
イザベルはそこで言葉をくぎり。
「六万のうち二万はおまえたちの将来のために私が預かっておく。あんたらの取り分は四万で、今回がんばったスベルは二万、ダベルとネソベルは今後の働きに期待して一万ずつ...で計算合ってる?」
イザベルがちょっと不安そうに光弘に聞いてくる。算数はできるのだが、万とかつくと途端に弱くなる。
「合ってるよ」
イザベルは、子供たち一人一人の目を見て告げる。
「名前はスベルのだが、三人の共同口座とし、三人で使い方を決めること...いいね?残念な使い方するんじゃないよ!」
「「「はーい」」」
三人の声が元気に重なった。
「まあ、今回はちょっと早いお年玉ってところかな」
◆
「新聞を学校に持ってこさせないでください!」
「はあ」
エレナの友達の眼鏡シスター。名前はたしか・・・ダメだ出てこない。
別に、持ってこさせた訳じゃない。勝手に持っていっただけだ。
青少年たちの学舎に『ピンク』は早すぎるようで、光弘はおとなしく叱られておいた。
「えー。わかんない字を聞いただけなのに」
不満そうなスベルに頭を下げさせ帰路に着く。
「後期のほうだったが大丈夫か?」
しばらくの送り迎えは暇なミツヒロがすることになった。
「うん。このまま頑張れば王立初等科へのスイセンが貰えるんだって」
「ふーん」
算数はちょっとてこ入れしてあげたとはいえ、わずか数回の授業でそこまで評価されるとは。
「すっごくお金がかかるんだって」
「じゃあ、無理だな」
スベルの王立中等科への推薦が通るのは数年後の話。




