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悪役令嬢、怪魚(?)を食す!

 バンブミッツ暴露騒動から一ヶ月。ミツヒロと出会ってから三ヶ月。・・・留学のため旅立ってから三日。


「私、ミツヒロのことが好きかも」


 なんせ三夜連続、ミツヒロの夢を見てしまったのだ。


 前々から夢に彼が出て来ることは珍しくなかったが、折り紙の夢を見ているんだと思っていた。

 今日はがっつりばっちり二人で腕を組んで王城庭園を散歩している夢だった。


(待て待て待て、冷静になれ私!ミツヒロのどこに好きになる要素があるのよ!)


 身長は平均以上だが、文字も読めない、収入も不安定、爵位もない・・・。


(男爵程度ならどうとでもー)


 そして、ある重要のことに気づいて...確信してしまった。


「クリスマスも、お正月もバレンタインも恋人イベント総逃しじゃない!!」


 彼の教えてくれたイベントには興味はあったが、留学を優先してしまった。


「一人も婚約者を釣っていないのに、今から帰国!? 三日で帰ったらミツヒロたちに『ぷーくすくす』って笑われるじゃない!」


 それはさすがに嫌だ。


「いや、待てまだ誕生日があるわ。っていつなの!」


「あのー、お嬢様なにか不備がございましたでしょうか?」


 扉の側から声をかけてきたのはサンドラではない。


 サンドラが外国の言葉に不馴れなので、イスト語とレペス語を使える侍女を母から借りているのだ。

 代わりにサンドラは母の元に戻されている。


 母の紐がついているのはどちら同じだが、別の侍女だと気詰まりする。


「大丈夫よ。あなたもゆっくり旅の疲れを癒して」


「もったいなきお言葉。休憩に入らせていただきますが、外には別の者が控えておりますのでいつでもお声がけください」


「ええ、ありがとう」


 扉を閉じて机に戻ったとたん「ふう」っとため息が漏れた。


「サンドラなら、無表情で適当に聞き流しつつ、ツッコミいれてくれるのに。しっかりするのよエレナ・ドゥ」


 母の実家の名はさすがに大きすぎるので分家の名を使わせていただくことにした。


(とりあえず、ミツヒロのことは置いといて、この留学の使い方よね)


 学園では折り紙を専門に扱う数学者を発見、支援(育成)して、孤児院では慈善活動の皮を被った布教活動、海外の珍しい調味料を本国に送る。もちろん勉学にも手を抜かない。

 この美貌だ。変な噂さえなければ、婚約者10人は無理でも、一人や二人すぐに見繕える。


 と、そこで扉が遠慮がちに三度ノックされた。


「どうぞ」


「まさかほんとーに外国にいるなんて...お嬢様今日は何が食べたいですか?」


 今回の特別雇用枠に選ばれた大将の息子ヒューだ。

 あっちこっちの店に修行に行ってて、あまり顔を会わせたことはないが、食堂の料理を一通りつくれるのと、父親譲りの『まだ見ぬ料理を食べてみたい!作ってみたい!』という貪欲さが買われてこの随行員に加わった。


 エレナはヒューの強い輝きに満ちた瞳を見て、面接の時のことを思い出す。


 ◇


『あなたの作った料理から毒が出たら、犯人が誰かに関わらず、未然に防げなかった罪であなたは厳罰に処されます。犯人であった場合は死刑になります』


 飛び入りのバイトなんて、罪を被せ、切り捨てるにはちょうどいい。


『そんときは首をはねらようが、舌を切られようが、腕を切られようが文句言いませんよ』


『家族に類が及ぶ可能性もありますが』


『親父もお袋も覚悟はできています。ただ俺がポカやらかしても妹にだけは類が及ばないようにお願いします』


『できる限りの配慮はいたします。では、遺書を』


 ◇


「ヒューだったかしら。いじめられてない?」


「合ってますよ。まあ、どこも新人はカワイがられるもんで、気にせんで大丈夫ですよ」


 休日土日のいずれかを食べ歩きに使うつもりではあるが・・・。


「とりあえずこのホテルのオススメでいいわ...」


 一応、一回は口にしとかないとホテルのメンツとかいろいろある。


「夜食にチーズ煎餅食べたいんだけれど」


「了解です」


 ◆


 ぶつ切りの赤い何かにぶつぶつがある。


 苦手な食べ物はあらかじめ弾いてもらってるが・・・


「この町伝統のタコ料理・・・でございます」


「た・・こ?」


 これは予想外だ。


 料理の名前なんて聞こえちゃないない。


 エレナの笑顔がひきつりそうになるが、コックの笑顔と、ちょっと離れた席に座っている随行記者の笑顔に気づき、笑顔をすぐさま取り繕う。


「赤くて、とても華やかですね。辛くはないのですか?」


 別に多少辛くとも食べられるのだが、『辛いのは苦手』で穏便に回避できるのなら、それに越したことはない。


「この赤はパプリカパウダーの赤です。多少唐辛子を効かせていますが、子供でも食べられる辛さです。ぜひこの地方特産の赤ワインと共にどうぞ召し上がってください」


 コックの笑顔に笑顔で返し、一口。


(ちょっとくにっとした白身魚・・・いえ、弾力のある貝だと思えば・・・)


 ◆


「嫌いなら、残せばいいのに」


 部屋に戻るとヒューが口直しのチーズ煎餅を持ってきてくれた。

 ちなみにヒューの方は他の随行料理人が嫌がる中でも珍しい料理を嬉々として平らげ、レストランのコックに感想を伝えた上に、質問までしていた。

 調理場でも熱心に調理を見学していたらしい。


「そういう訳にもいかないでしょ。記者が付いてきちゃっているんだから、出されたものは食べないとお店の評判を落とすことになるわ。タコ、ブラックリストにのせといて」


 記者の目的は、エレナが訪れた国の衣食住の文化を伝えることだ。できる限り良いように伝えてもらわなければ。『タコが嫌い』だからと言って即外交に影響することはないだろうが。


「ここらの名物のようですから前菜感覚で出てきますよ」


「前菜・・・前菜ならチーズ煎餅で十分よ」


「北ロゼリア人にタコを売り込みたいのと、お高く止まっている北ロゼリア人の貴族を驚かせたいのと半々ってところでしょうか」


 一応、正確な身分を明かしてはいないとはいえ、公爵令嬢のエレナに嫌がらせをするとはいい度胸だ。


「エレナ様が食べたいとおっしゃっていたトマト料理もあるそうですから」


 いつも西マールで嗅ぐ『まるげりーた』の香ばしい香りには興味があったのだが、ロゼリアではトマトはあくまで観賞用だ。


 貴族の中で実の色、艶、仕立ての美しさを競う品評会があるほど人気なのだが、実は毒があるとして基本食用にはされていない。


 ミツヒロたちは立派な実が熟しきったら、摘み取られ捨てられる運命のそれをもらってきてトマトペーストにしたり、種を取って数を増やしたり、品評会後の株を安く買い取ったりして、なんとか食べられる量を確保してきたわけだ。


 ミツヒロの言では、なんでもある金属に触れさえしなけれれば大丈夫らしいが...。


『それが、どんな金属かは覚えてなくて、木の皿の上で潰して、骨のナイフで切って、パン生地に載せたら...大丈夫でしょ...たぶん。あんまり聞かない金属だったから100%の鉄鍋なら大丈夫...たぶん』


「ついでにトマトの安全でおいしい食べ方も調べないと。どんなトマト料理が出てくるのか楽しみ」


 やることリストに付け加えていく。


「は!この機会にしっかりトマト、タコ他、未知の料理を覚えます!」


「タコは覚えなくていいわよ。タコは」


 トマトは、すでにブラックリストに載っていたのだが。


 ◆


 エレナが旅だって一週間以上経ったある日。やっとマスコミの包囲網が解けて身軽になった光弘は西マール食堂で新聞を読んでいた。


『エレナ嬢、怪魚タコに舌鼓っ!!』


 週刊『ピンク』のライバル紙、『エドモン』にはタコの姿焼きを前に笑顔でナイフとフォークを突き立てているエレナ嬢の絵が描かれている。


「エレナってタコ大丈夫なのか・・・」


 ロゼリアの人はタコが苦手なイメージがあったが(イカは大丈夫な人が多い)。


「やっべ、たこ焼きと明石焼き食べたくなってきた」


 一年以上たこ焼きを食べていないのだ。たっぷりのだし汁につけた明石焼きも食べたい。


「タコはわかるが、アカシはわからんな?この絵のタコの丸焼きでいいのか?」


「いやいや、違うよ。半球の穴がある鉄板に出汁溶き小麦粉を流し込んで、タコ、チーズ、もちを入れて、生地の縁が固まったら、半回転。

 球状になるから、中身見なければタコってばれない・・・かもしれない。タコが代わりにソーセージを放り込んでもいい。で、最後にお好みのソース、鰹節と青のりをかけて完成!」


 ペンでカリカリと絵を描く光弘。それを覗き込んだ大将は、新たな食材の開拓に胸を踊らせた。

 息子が異国で真面目にがんばっているのだから負けてはいられない。


「それなら、採算がとれるかもな。ってそれ丸い『オコノミヤキ』じゃないのか?」


「全然違うよ!!」


 光弘の脳裏に、たこ焼きをはふはふ言いながら食べるエレナの笑顔が浮かぶ。


(きっと喜ぶだろうな~)


 大将は知らない・・・息子が仕事の傍ら○○をGETしてくることを。

 光弘は知らない・・・エレナがたこが苦手なことを・・・。

調理場見学の目的は知識の吸収と同時に毒混入防止です。

ヒューは留学の間、エレナの愚痴聞き要員に。


トマトは貴族が使う食器とは相性が悪かったようです。


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