光弘とファッション誌
「ある方からご依頼を受けて、ほとほと困り果ててるんですわ」
折り紙教室の翌日、ブンバーが光弘の工房を訪れていた日。
ファテストネの秘密を伝えたブンバーは「実はこっちが今日の本題でして」と光弘にある相談を持ちかけていた。
「『敵勢力の悪い噂を流せ』とか?」
貴族やブルジョワのマスコミを利用した足の引っ張り合いなんて珍しくもない。
「そういう類いでしたら別に先生にお知恵を借りたりしません」
まあ、そりゃそうだ。
「勝手にシャルンを再掲載決定しといて、僕に知恵を借りようなんて図々しくない?」
ただのペンネーム、匿名希望だからあんな話がかけるのであって、身ばれした後に新聞に『シャルン英雄譚』が全面掲載されるなんて恥ずかしくて穴に入って冬眠したい。
「まあ、次の面白企画に困っていたから渡りに船なんですがね。なんせミッツ先生の単独インタビューがおじゃんになったものですから」
「勝手な予定組まないでくれ」
「その方のオーダーが『女性が買いたくような週刊紙にしろ』って」
「いや、絶対無理だろう」
どこをどうとっても女性が好みそうな物が見当たらない。
「で、どうにも困り果てて、思い出したのが先生の話に出ていた『ファッション誌』でさぁわ」
「あーなんかそんな話したっけ。ファッション誌はこの国にもあるんだろう?」
『週刊ピンク』に拾われてもうすぐで一年。打ち合わせの最中に雑談でよく日本のことを話していた。
特に、最初の頃は人に聞いてもらいたいのと、何が飯の種に変えられるのかわからずで、しょーもないことを片っ端から言っていたような気がする。
九割相手にされなかったが。
「あることにはありますが、色付きでめっさ高いんです」
「まあ、そりゃ、白黒だったら、服の雰囲気伝わりにくいよな。わざわざそんな業界に途中参入しなくてもいいじゃん。採算とるのも難しいだろうし。餅は餅屋。無理して出版社が潰れたら俺も困るし」
「ある程度の初期費用はその方が払ってくれるってんですがね」
「ずいぶん太っ腹だな。貴族か?前は権力に屈しないって言ってなかったか?」
「オーダーの真の目的は『庶民の女性の識字率の向上』。まあ、私らとしても読者が増えてくれるのはありがたいことですし」
あるワードにひっかかりを覚えるが、スルーした方が平和なのだろう。
「それって国家のお仕事だろ?それこそ、ちっさい出版社がやることじゃないだろ」
「えー、とりあえず断れないところからの依頼でして。権力がどうのこうのより、繋がりが大事っていうか、持ちつ持たれつ、利害の一致と言うやつです。
初期費用を気にせず新しい分野を開拓できるチャンスなんて滅多にないんです!こんくらい払いますから!女性が興味を引くアイディアを出してくれませんかね」
ブンバーが指を三本立ててくる。
小説の原稿料よりか高いのが気にくわないがまあ、ちょっとそれっぽい言葉を言うだけでお金が手に入るんならそれに越したことはない。
「えー俺もファッション誌なんてきょーみないし。『ガーリー』『フェミニン』『着まわし術』『節約術』『モテコーデ』『秋冬コーデ』『ワンアイテムで変わる』『ビビット』『大人かわいい』...そんな言葉が並んでたかなぁ」
以前、妹が嫌がらせで見せてきた雑誌にそんな言葉が踊っていた。煽り文句が聞き慣れない感じで妙に印象に残っていた。
「興味がないって言っているわりに変わった言葉がポンポン思いつくんですね。『ガーリー』『フェミニン』『ビビット』『モテコーデ』ここらへんがわけわからんですな」
と、言われても光弘も知らない。
『ねえ、にーさんどれがかわいいと思う』
『どれでも。中身がおまえなら大して変わらないだろ』
『ひっどー』
「『ガーリー』...ガール・・・女の子かな。『フェミニン』・・・はフェミニスト・・女性とか、『ビビット』はびびっと来る服とか。モテコーデはモテるコーディネート。『大人かわいい』は
大人っぽくってかわいいって意味」
「びみょーに矛盾していません?」
「女性・・・に限らず人間ってのは欲張りな生き物なんだよ。」
光弘はどこかに配慮した言葉を口にする。
「誰も知らない言葉を使って女性が食いつきますかねぇ」
「わからなくていいんじゃない?おしゃれっぽければ。新しい言葉なら貴族も庶民も同じ土俵だろ?」
「誰も知らない言葉を貴族も平民もしたり顔で使うんならそれはそれで面白いですね。
後は、費用面・・・いくら初期費用を負担してもらえるとはいえ、ずっとと言うわけにはいきませんし」
「んー、その一面もう広告って割りきれば、ぜんぜんいける。服に及ばず、小物から靴から、装飾品やら購入店と金額書くんだ」
「わざわざ広告料を払ってくれるのは高級店くらいでしょう」
「別に高級店で平民は買わなくっていいんだって。気に入れば似たような服を自分で探して、なんとか工夫するだろ。
その高級店で買うのは貴族やブルジョワに任せてさ。
ちゃんと庶民の手に届く服とかも織り混ぜて。もちろんそっからは広告料をとらないとか」
『こんなたっけーの買えねえだろう?』
『別におんなじの買う必要ないの。似たような色合いの服や靴を探して。こうゆーのはあくまで参考よ参考』
「ほうほうほう・・・。
そうですか。そこらへんとんとわかりませんで」
「女性記者とかいないの?」
「記者というか、バイトのハニトラ要員はいるんですがねー」
「うげっ。と、とりあえず、『忙しくても簡単!おしゃれヘアアレンジ』とか言って、髪飾りの使い方を特集するとか」
不器用なくせにファッション紙を開いて慣れない髪飾りで髪をまとめようとしていた妹。
『さっさとどけよ。いつまで洗面台占領しているつもりだ』
『んー。もうちょっと待ってー』
「当然、その髪飾りも宣伝するわけですね」
ブンバーの言葉に頷きを返し、過去に蓋をする。
「ああ、あと、髪の手入れの特集を組むとか・・・ドライヤーの使い方ひとつでってドライヤーないか。メイク術とか・・・って『ピンク』でわざわざやるこっちゃないよなー」
「苗と肥料を渡されて、うちじゃ育てられない(畑違い)って断って、『じゃあ別の新聞社で』ってなったとしますよ。そこで大輪の花を咲かせて、大きな実になったとしますよ。めっちゃ悔しいじゃないですか」
「じゃあ、その貴族様に丸々一ページ分、金を出させて、余白に四コマを載せるとか、ナンプレとか、クロスワードパズルとか、料理のレシピとか」
「料理のレシピは私もそのうちと思ってましたが、四コマあるじゃないですか」
「エ○四コマがな。そういうんじゃなくて、女子供も楽しめるもんで・・・」
新聞の朝刊についているような普通のやつをこっちは読みたかったのに光弘の説明が悪かったのか変な方向に転がって、今がある。
新聞はろくに読まなくとも、朝刊のテレ欄と四コマだけは毎朝チェックしたものだ。
「絵師に毎回描かせられませんよ」
現在描かれている四コマもあくまで単発。
「隔回にしてさ。最初の週は文字がなくってしぐさと漫画記号だけで伝えて、二回目は同じ漫画に正解の台詞を入れるんだ。それなら月二回の更新で済むし。あくまで使う単語は簡単なもので」
別に台詞が一言もなくても笑わせてもらった漫画やアニメを思い出す。特に英語の短編アニメは英語が半分以上聞き取れなくても十分楽しめたものだ。
「どうしたって政治の話なら難しい言葉になります」
「ゴシップだけじゃなく、日常の他愛もない話を社員や酒場でかき集めてさ。女性だけじゃなく子どもにも文字に興味を持ってもらうんだ」
庶民の識字率の低さは、別に文字を覚えてなくても不便を感じる機会が少ないってことだ。そんなことより大事なのは今日のパン。
だがそれでは、大事なときに大事な情報が載っていても気づかずやり過ごしてしまう。イザベルの立ち退き騒動のときみたいに。
思えば最初の説明が悪かったのかもしれない。
1、遊び回ってどろどろに服を汚してしまった子供
2、それを発見した父親が子供をしかるが、服の背面にキスマークが。
3、妻鬼に変貌
4、夫は正座しながら説教を受け、その姿を子供が見てあきれる。
「例えば・・・三人の子供が木に成った果物をとろうとする。
一人目がそこらに落ちている枝でつついて落とそうとする。二人目が木に上ろうとするが失敗。三人目が蹴ったら、三人の頭に果物が落ちて痛い目をみるとか。
三人目がボールを使ったならオチは、隣家のおじさんに当たって怒られるとか。
結局とれずに鳥に最後のひとつをついばまれるとか」
悲しいことにボールが当たったおじさんは自分自身だったのだが。
「まあ、それだけパターンがあるのでしたら、先生が監修と言うことで」
「いやいやいや、ちょっとは自分の失敗談とかー」
あくまで例を示しただけで、漫画の原案などは無理だ。
それに自分の私生活ばかりネタにされてるのも腹が立つ。
(ちょっとは自分の身を切れ!)
「今が、失敗談の真っ最中のような気がしてならないんですがね・・・」
「先達として言うなら、『関わっちまったんなら、諦めろ』。あと『あいつらのスピード感おかしい』だな」
「まあ、やるならとことん話題をとってやりますよ」
めっちゃビッグな人を勝手にモデルにするとは聞いてなかった。
・・・これが後に『月刊なでしこ』の創刊、会社分裂の引き金となる。
漫画記号...正式名称『漫符』というらしいです。顔文字とかも含むでしょうか。
一応、光弘は最初の四コマ説明時に、漫画記号についてブンバーに伝え済み。いくつかは採用されている模様。




