出張折り紙教室
聖西マール教会。歴史を感じさせる建物の前にエレナたちは立っていた。
「い、行くわよ」
この慈善活動の成否で、エレナの進退が左右される。
「おう!」
「「「お、おう?」」」
元気に答えたのは一人だけ。
「神を番宣に使うなんて、ある意味恐ろしいな」
しまいには後ろからぽそりとミツヒロの声が聞こえてしまった。
エレナは教会に用があれば大聖堂の行っているし、イザベルは礼拝よりも睡眠を優先する。ミツヒロはそもそも異教徒だ。
ベル三兄弟たちは聖歌が目当てでたまに訪れるが、あくまで娯楽として楽しむためであって肝心の説法では熟睡している。
「サンドラさん本日はありがとうございます」
「リリアン様こちらこそよろしくお願いします」
交渉を一手に引き受けてくれたサンドラが、シスターに挨拶をする。
対応に出てくれたシスターは、比較的若い。たぶんエレナと同年代。
「今回は急なご依頼を受けてくださりありがとうございます」
サンドラに続いて、エレナも挨拶を交わす。
極力目立ちたくないミツヒロとほぼ無理矢理つれてこられたイザベルは「ども」と軽く会釈をするのみ。
「いえ、こちらこそ。寄付してくだっさったばかりか、今流行りのアクセサリーを教えてくださるなんて、ありがとうございます・・・ってエレナ様っ!?」
「え?」
寄付はエレナ・スリーズの名でしていたはずだ。
「エレナ様の慰問だと知っていたら、院長がた総出でお出迎えしましたのに・・・すぐお茶とお菓子を・・・どしよそうじが・・・」
ガクブル震え出すシスター。
「?・・・どこかでお会いしましたか?」
その問いにシスターは瞬きをする。
「あ、すみません。私ここの教会の跡取り娘のリリアン・ネバです」
少女は髪をその場で三つ編みにし、眼鏡をかけた。
「あー!!委員長!?」
「はいです。まさかご本人が直接いらっしゃるなんて」
またガクブル震え出す風紀委員長。
(私、委員長との接点そんなにないわよね?)
強いて言うなら、校則を確認しに行ったくらい。そもそもクラスも別々だ。
が、そこで週刊ピンクの記事の見出しを思い出す。
『生徒を脅す令嬢x』
(って脅してないからー!!)
「キャサリーヌ様とサンド・・・ラさんの推薦でしたので、・・・。エレナ様は寄付と講師の派遣だけされるのかと」
キャサリーヌって誰?とは思うものの、委員長の誤解は早めに解いておいたほうがいい。
「本日の講師は私も含まれます」
「ひー。子供たちが粗相したら、ご先祖様から受け継いできたネヴァ神殿西マール本山が、焼き討ち・・・」
委員長はぱたんきゅーっと倒れてしまった。
◆
「で、こちらの方は、週刊ピンクの記者。基本見ているだけですので置物と思ってください」
移動の合間に、メンバー+1の紹介を済ませる。
「よい記事を書いていただけると信じています」
リリアンは穏やかな笑顔をブンバーに向けた。
「ええ、まあ努力はさせていただきますがね」
「もし、拝観者が減ったりした場合は・・・天罰が下るかもしれません」
にっこにこの笑顔で怖いことを言うリリアンにブンバーは「おおこわ。聖職者が一般市民を呪わんでくださいよ」と肩を震わせて返す。
「西マールが本山って、本山は大聖堂じゃなかったのかい?」
教会にあまり縁のないイザベルが物珍しげに彫刻を見ながら問う。
「国が大きくなるにつれ、見映えのある聖堂が必要になったのです。ネバ様の碑石がある土地を掘り返すようなことはできず、やむ無く国主導で大聖堂を新たに作った次第で。あっちが支部です」
「俺は教会をご先祖から受け継ぐ方に違和感があるんだけれど」
ミツヒロが疑問を口にする。
「なにかご不明な点が?」
「シスターって結婚できないんじゃないの?」
「女神様方は結婚を禁じておりません。自らが人と結婚しているのに人に禁を課するのは道理が通りませんでしょ。確かに修行期間の三年は形式上結婚を禁じられていますが、教会の跡取りは七歳~十五歳のあいだで修行を終えます」
「はー、そんなもんなんだ」
ミツヒロはふーんと言ったきりそれ以上は質問を挟んでこなかった。
◆
参加者は十二才以下31人十二才以上4人(うち一人シスター)。
ミツヒロ、エレナ、イザベルだけでは三十数人の面倒を見るにはさすがに手が足らない。
「おじちゃん。ぼくがんばるね」
助っ人にスベルを呼んだ。
一応、この短い間で、花と手裏剣はマスターしたようである。働き次第ではちゃんとおこづかいを出すつもりだ。
子供が泣き出した場合は別のシスターが問答無用で回収しに来る手はずになっている。
「今日はかわいいお花の折り紙を作ります。折り紙とのりがあればできますが、ちょっと一工夫したいときはハサミを使ったりビーズで飾りをつけたりします。年長の子は小さな子の隣についていてあげてください」
机の上に見本をいくつか並べる。
『桃』『桜』『梅』花びらや花芯の部分の模様をもう一工夫したものまで用意してある。
子供たちは皆作品をキラキラした目で見つめている。
(ふふふ、好感触。昨晩夜なべしたかいがあったわ)
花くす玉を作るのはさすがに肩が凝った。
「お花がつまらない子はお花よりもちょっと難しい『手裏剣』を作っていきたいと思います。もちろん興味のある方は両方見学して覚えてくださいね」
まずエレナが『花びら』を軽く実演。続いてミツヒロが『手裏剣』を実演する。
『おおおお!?』
「しゅごい!」
「手品?」
「年少の子はハサミを使うときはお兄ちゃん、お姉ちゃんに見ていてもらってください」
作業が早く終了した子には、桜と梅の切り方や、くす玉のつなげ方を丁寧に教えている。
スベルは年少の子に作り方を教える遊撃隊になったのだが、途中で泣き出した。
年長の子に「お前生意気!俺は自分の作りたいものを作るんだ」って趣旨の言葉を投げられたらしい。
「教わる気が無いなら、別に好きなの作っていいぞ~。その正方形には無限の可能性があるからな。ただし、向こうの部屋で一人でな」
ミツヒロはスベルに突っかかった男の子を問答無用で追い出すと、「がんばったな」とスベルを飴で泣き止ませた。
「ああ言うのは聞き流せっていったろ。もうちょいがんばれるか?ダメなら休憩室に連れていってもらえ」
「う~。がんばる」
(んー。頭を撫でている姿は本当の親子みたい)
別にどうということのない光景のはずなのに、何となくもやっとする。
イザベルのほうは自分の技術を安く売る気はないそうで、エレナの作ったくす玉にビーズやリボンを無言で付けている。
「どうやって作っているの?」
「今作っているだろう。作りたきゃ、今見て覚えな。・・・ビーズやリボンはここにあるのを使っていいから」
断固として、エレナにはビーズを触らせなかったのに、子供たちは思い思いにビーズを触っている。
当然出張費+材料費にビーズの料金も書き込まれているのだが。
「それとこっちののり使うのは12才以上。使う時は直接さわるのはダメだ。手袋をして、要らない紙にちょっとだけ出して串を使いな。でないと指の皮と皮がくっついてしまうよ」
そう忠告するイザベルは慣れているので素手だが。
「こののりどこで売ってんの?」
イザベルの作業をきらっきらの瞳で見つめていた少女が問うが。
「キギョー秘密だ」
「うーん、アクセサリー用の特殊なのりを使っているらしいからな。手芸専門店やアクセサリー工房とかで売っているかもしれない」
答えないイザベルの代わりに、ミツヒロが答えてしまい、イザベルににらまれる。
「西マール通りの『スギタ折り紙工房』でたまに作業をしている。見学は自由だから、いつでも見においで。私がいるかどうかは運次第だけれどね」
イザベルは昼は外に出ているから、捕まえるのは少し難しいだろう。
「ただし、正式に教わりたいなら金取るよ」
講習会の終わりにエレナが笑顔で精一杯の宣伝をする。
「『折り紙』に興味のある方は是非『スギタ工房』にいらしてください。見学だけでしたら無料ですので。正式な教室でしたらお一人様50ロゼでお受けしています。お弟子さんも募集しています」
「こら勝手に受け付けるなー!!」
「私は絶対講習会もやらないし、弟子もとらないよ」
びしゃりと言ってのけたイザベルに数人があからさまに残念そうな顔をする。
「ベルが弟子募集したら真っ先に教えるよ」
しょぼくれた子供たちにこっそり、ミツヒロがささやいた。
多少のトラブルはあったが、折り紙教室は無事終了した。
リリアン・ネバ・・・『学園』の委員長。西マール教会のシスター。
ネバ...建国王に嫁いだ第三の女神。




