悪役令嬢の悪巧み
最初のサブタイトルは『エレナの奉仕活動』だったはず。
「で、ご令嬢の考えた起死回生の一策とは?」
「慈善活動を行おうと思うんです。工房の皆と協力して」
「エレナちゃん。うちの帳簿つけてくれている君ならわかると思うけれど、人に施せるほどのもんはないよ?」
『皆』に間違いなく含まれているであろうミツヒロ。エレナに向けた顔が言外に「何ねぼけてんの?」と付け加えている。
「ほう、公爵令嬢エレナスリーズ嬢をちゃん付けとは。『二人は「ミツヒロ」「エレナちゃん」と呼び合う仲』っと」
ブンバーがメモを取るが、言われたミツヒロは微妙な顔をする。
「余計な混ぜっ返しをしないでくれます?」
「はいはい、しばらく黙っておきますよ。お好きなように話し合ってください」
ブンバーの言葉を合図に、エレナが意を決して自分の考えを話す。
「弱者への奉仕活動は貴族の義務です。注目されている今を狙えば、逆にビッグになるチャンスです!孤児院で折り紙教室を行いましょう!技術は明日の糧になるはずです!」
「今はブームになっているかも知れんが、十年後まで金になるのか?『極悪令嬢人気取りに必死』と書かれるのがオチじゃね?」
十年後にお金になるかと言われれば、そんな保証はない。が、頭の普段使っていないところを使えば、柔軟な思考力が身に付く・・・かもしれない。
それにエレナの目的はボランティア活動ではない。そう目的はー
「人気取り!いいじゃないですか! 名前売っちゃいましょう!」
「どんだけポジティブシンキング。いっとくけれど俺は平民だから貴族の義務はないし、騒がれたくないし、あんまり『表』に出たくないんだけれど」
「師匠は講義のことだけ考えてください。目をつけている孤児院はありますので!」
「はやっ!昨日の今日でよくみつけたね。で、目をつけている...って。その孤児院とやらには何人いるの?」
展開の早さに多少頭がくらくらしながらも、ミツヒロが一応尋ねる。もちろん彼は決して受ける気はないのだが。
「大体30人くらい」
「じゃあ、ざっと3000ロゼか。+往復の交通費。孤児院はどこもカツカツって聞いているけれど、3000ロゼ支払う余裕はあるの?」
「うっ、たしか一回50ロゼだったはず...」
「授業料を100ロゼに値上げしちゃったの君でしょうが」
そうだった。受講料が安すぎると抗議したのはエレナ自身だった。
「君がここの従業員のつもりなら、勝手に技術を伝えるのはこの工房に対する背任行為とか守秘義務違反になると思うんだけれど...君ここやめる?」
「うっ、」
エレナがここに通うのをやめれば、ピンクの記者は別の新鮮なネタを探しに行き、いずれ工房は平穏を取り戻すだろう。
知らぬ間に従業員扱いになっていたのは嬉しいが、やめたくはない。
「こっちの国じゃあるか知らないけれど、中学生以下の子供の体験学習は半額って相場が決まっているから。子供は一人50ロゼ。三十人以上なら20パーセント引きで一人頭40ロゼ。引率者は80ロゼってところか。
仮に子供30人大人一人なら1280ロゼ・・・か。時間超過料金は一人ずつじゃなくて団体一個で一時間あたり100でどうだ?」
見積もりをさくさく書いていくあたり、以前から団体客の割引案は前から考えていたのだろう。
「それでもお支払が厳しいってなら十二才以下の年長者三人ほどに教えて150ロゼに出費を絞るか。
ビーズの付け方やアクセサリーの作り方を教えるならベル姉さんに出張料と材料費を別途払うことになる。
ただ、君が僕の技術や、ベル姉さんの技術を勝手に教えるのはアウト。君が不足分を払うって言うんなら別に構わない。そもそももともとの50ロゼは子供相手を想定してあの値段設定にしていたんだが」
「1200ロゼ、私が払います」
最近、ちまちました数字に囚われていたが、そもそも自分は公爵令嬢だ。お金なんていくらでも。
「家のお金使うのは止めないけれど、寄付するなら一ロゼだけでも自分の稼いだお金から寄付しろよ」
不思議なことを言う。なぜ彼はそんな些細なことにこだわるのだろう。
帳簿つけやら、部屋の片付けやらの度に、ミツヒロからはこどもの小遣いにも満たないわずかばかり手当てを出される。最初の頃は受講料と相殺どころかわずかばかりミツヒロの損になってしまうので断っていた。が、今はささやかな給金を素直に受け取り次回の飲み会にでも使おうと思っている。
その大事なお金を・・・。
「アクセサリー作りも教えるつもりなら、ベル姉さんにも声かけないと」
(ベル姉さん?)
ミツヒロのイザベルへの呼び方が変わっていることに動揺して、エレナの意識が引き戻される。
「お題は何にするつもり?」
「やっぱり花でしょうかね。あれならできた物を小売りできますし。三十人で作れば花くす玉にもすぐできますし」
エレナは動揺を隠し・・・
「ちゃんと鶴の折り方から覚えてほしいが、即換金を考えるなら手裏剣か。アクセサリーの作り方も教えるなら、ベル姉さんへの説得、値段交渉は自分でしてくれ」
(また呼んだー!)
・・・きれずに上ずった声で答えた。
「は、はい。」
ミツヒロは押せばなんとかなるが、イザベルに依頼しても、面倒くさがってうなずいてくれない予感がひしひしとする。
ちょっとだけすがるような目を向けてみるが「手伝わないぞ」ってキッパリ断られてしまった。ついでサンドラのほうもそっぽを向かれる。
サンドラには午前のうちに慰問先の選定と交渉まで骨を折ってもらったのだから、これ以上は望めない。
「で、どこの教会に行くの?」
「西マール教会です!ですので、宣伝お願いしますね。ブンバーさん?」
「へい。それはもう慈悲深き公爵令嬢の奉仕活動の様子、しっかり記事にさせていただきますぜ」
かつて黄薔薇とよばれた公爵令嬢とネズミと呼ばれた新聞記者は悪い笑顔で頷き合った。
◆
で、ブンバーが帰ってすぐ、イザベルが仕事から帰ってきたところを捕まえることができた。
「え、嫌だよ。三人でも大変なのに、三十人も面倒見るなんて」
「そこをなんとか~。い、一万ロゼ支払いますから~!!」
「お話にならないね。いくら金を積まれたって」
「じゅ、十万ー」
「もう一声!」
「もう、二十万払っちゃいます」
「うーん。仕方ないね。作っているところを見せるだけだよ?誰かに教えるなんて柄じゃないし」
「そんなに取るんなら俺のほうももうちょっと値上げを・・・」
誰もミツヒロの呟きを聞いちゃいなかった。
お読みいただきありがとうございます。
週刊紙編終了です。次は布教編。




