悪役令嬢とばっきゃろー
ギリギリいつもの帰宅時間に間に合ったので、家の方は多少騒ぎになった程度だったが、次の日はメイド兼護衛を伴うことになった。
工房に通う許可はあっさり降りた。世を儚んで部屋に閉じ籠ったり、失踪したり、自刃されるより気晴らしをさせたほうがいいという判断が下ったのだ。
「メイド兼護衛のサンドラです」
「戦うメイドさんか~。それにしても君、貴族の娘さんが誰にも告げずに勝手に寄り道。おバカ?」
エレナにぴったり護衛が張り付いているのを確認して、無礼男は言った。本当に遠慮がない。
護衛のサンドラが反応したのを手で制する。
「ぐっ、先生には告げたわ」
(敬語はいらないって言ったけれど!本当に遠慮がない)
昨日のドキドキ感はすでに消えている。
学校は貴族街のどまん中にあり、家も徒歩五分のところだ。衛兵も道々におり、よほどのことがない限り誘拐事件が起こることはない。
「貴族の紅茶ってこんなの?なんつうかすごい香り」
出された茶に無礼男が首をかしげる。
昨日のお礼にと持ってきたベリーの甘い香り漂う茶は微妙にチーズ煎餅には合わなかった。
サンドラは無礼男が出したビールを飲んでいる。
「勤務中よ」
エレナの指摘にサンドラは半分のみ終えたところで、茶を足した。
「・・・。お茶割りにしました」
いや、そういう問題ではない。
「・・・はあ。どんな味なのよ」
「おいしいですよ」
待ちぼうけをさせるわけだから、多少のことには目を瞑っておこう。
「昨日の宿題は?」
無礼男に昨夜一人で折った奴さんを渡す。一発できれいに折れた自信作だ。
「まあ、よくできてる。で、こちらが完成品。一応見本があったほうがイメージしやすいだろ」
昨日の物に足が映えてるが、もらった紙細工に比べて、華やかさが足りない。
「じゃあ、四角が四つのところまでやって」
さすがに三つ目ともなると多少迷いながらも、さくっとできた。
「多少雑さが出ているけれど、まあいいか。じゃあ次は、上下の四角を腰に、左右の四角を足にするよ」
「はい。どれを足にするか決まりはあるんですか?」
「んー。顔は命だけれど、あまりそこは気にしていないかな。なんにしてもきれいに揃っていたほうが見映えがいい。上下の腰部分は昨日の手の生やしかたと同じように折る」
エレナは無礼男の手元を見つめ同じように折ってみる。ここまでは楽勝だ。が、問題はここから。
「昨日の顔で例えると、顎部分に指を入れて、オレンジの皮を剥くように、顔をもぐ」
「えっ?」
発言が物騒過ぎる。そして顔を本当に剥いている。これで本当に人形の下半分になるのだろうか。
「顔の頭部が爪先になるから。そのまま、流れに沿って横に完全に剥くと頭が半分になって爪先になる。」
言われたとおりに顔を剥いてみると、なんの抵抗もなく勝手に頭部分が細くなった。表現は怖すぎだけれど。
「反対の方も同じように折って、最後に腰部分を重ねると、ズボンになる」
「できましたー」
なんとか見本通りの形になった。
「後は上半身部分をズボンで挟んで、腰部分をのり付けして完成。背中が割れないか気になるのなら背中にものり付けすればいい」
作ってしまえば、すごく簡単だ。
◆
「それにしても、終わったとたん本人の前で下世話な大衆紙を読まないでください!」
「親の金で学校行かせてもらって、国を巻き込んだ痴話喧嘩とはいいご身分だな。けっ」
「こっちは国外追放の危機なんですよ!」
昨日帰ってから家にある新聞を確認し、ついでに彼が今読んでいるような下世話な新聞も確認した。
『極悪公爵令嬢国外追放か!?』
下手に発行を差し止めようものなら「市民への圧力!」「情報の隠蔽!」「言論弾圧!」とうるさい。新聞税を上げても、ブルジョワが読んだ新聞がコーヒーハウス経由で転売されている始末。
「追放だってどこまで本気だか。王子が強権発動していじめで国籍奪えるんなら、世界は平和になるわなぁ」
王子だけなら婚約破棄はもっと穏和な形で決着がついたかもしれないが、市民の世論は無視できず、国王陛下も対応に苦慮されているのだ。
『王子「真実の愛を貫く」とご発言。市民初の王子妃誕生か!?』
目の前が一瞬怒りと絶望で赤黒く染まる。王子の真実の愛なんてどうでもいい。ハッピーエンドになる前に、王子妃教育に費やした労力と時間を返せ!
「で、次からはせめてその超目立つ縦ロールをなんとかしてもらわないと」
無礼男は袋を押し付けてくる。
「なんですか。これ」
「古着屋のおばさんに頼んで半日で作ってもらったやつ。本当は男装の麗人とか面白そうだけれど、さすがにハードル高いから」
「はっ?男装?」
一体何をさせるつもりなんだ?この男は。
「レースつきの袴っぽいスカートと、カーディガン?ボレロ?フリルのいっぱいついたブラウス。そんで、髪はボリュームありすぎるからしっかり髪をといて、ゆるふわポニーテールにしてあげて。一応帽子をかぶるからあんまり上で結ばないで。奥使っていいから。あ、靴は脱いで」
「今着替えるんですか!?」
部屋の中は台所と居間のみ。入り口にはスリッパが置かれている。
スカートとボレロは深緑の共布で揃えられていて、同色のリボンまでついている。
着替えて、髪を括り直すと、がらりと印象が変わった。
「お嬢様よく似合います。凛としてかわいいですよ」
どちらかというと野暮ったくなった気がするのだが。
生地はペラペラの布ではなくしっかりとした厚みがある。
「これ、結構高かったのではなくて?」
「スカートのところシミがついちゃっているらしいんだ。もともと濃い色だからあまり目立たないはずだけれど」
もともとは貴族のドレスの横流れ品ってことだろうか。
「うん。気ぐらいの高いお嬢様の精一杯の変装って感じが出てていいね。一応顔が見えないように、帽子をかぶってっと。じゃあ、行こうか」
言いたいことが山のようにあるが、それをグッとこらえてエレナは苦い顔で尋ねた。
「どこに?」
◆
ここは無礼男と最初に出会った河原だった。
「言ってすっきりしなよ。王子のばっきゃろーって。指輪は投げなくていいからさ」
「王子のばっきゃろぅ?」
「語尾が小さい。全国民に聞こえるように」
「いや、聞かれたらどうするんですか?」
「これで捕まるなら、俺ら下町のやつらは全員しょっぴかれるな。ここに王子さまが現れる確率は?」
「0.1パーセントくらい?」
ほぼ皆無だ。
「知り合いが通る可能性は?」
「・・・」
貴族に人気なのは大橋までで彼らがわざわざここまでくることはない。静かな川を求めるならもう少し郊外に出向く。
「この鏡を見て、自分が悪役令嬢だと思う?」
「見なくて悪役令嬢じゃないです!」
わざわざ手鏡を見なくても、さきほど姿見でチェックした。
いつもの髪型をほどいて緩く一括りしているだけだが、本当に自分が自分ではないようだ。これなら、もし知り合いとすれ違ってもばれないだろう。
「王子のばっきゃろー!!」
全力で出しきった。肩で息を整える。
河原で昼寝なりデートなりしていた数人が迷惑そうにこちらを見たがもう遅い。
「・・・言っちゃった」
爽快感と、遅れて罪悪感がばくばくした胸に押し寄せる。
「昨晩なんかガントが『某侯爵夫人三叉疑惑』の記事をみて「俺らも相手してくれねえかな」って笑ってたけれど」
「そういうのよくないと思います。どうせ、昨夜も私の話をしていたんでしょ?」
「あははは、じゃあ、また今度ってことで」
「おほほほ。その前に、今日こそお名前お聞きしていいですか?」
彼は一瞬キョトンとした顔を見せ、答えてくれた。
「杉田光弘。姓が杉田で光弘が名前。ガントじいさんとかにはミッチやミッチーって呼ばれている」
◆
帰りの馬車の中。
「...スギタミツヒロ。やっぱり外国の方だったのね。口は悪いけれど・・・いい人よね」
わざわざ、お忍び用の服を用意してくれるなんて。
馬車の中でさっさとお着替えを済ませようとして気づいた。
紙袋の底には、奴さんが入っていた。見本用に入れてくれていたのか。
「文字?」
何かの書き付けのようだ。表面の文字が気になって、ほどいて見るとお忍びセットの領収書だった。
「そうよね。いくら古着だからって、ただでプレゼントしてくれるはずないわよね」
登場折り紙『やっこさん(下)』
お読みいただきありがとうございます。二章に続きます。
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