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第三の襲来者

「『ヒモ男、二股。妖艶子持ち人妻と同棲』『赤風車の美人と密会』!令嬢から搾り取ったお金で人妻と贅沢な暮らししているなんて『クズ』だと思いません?」


「お嬢様。品位に欠ける言葉は極力使われませんように」


「あー。うん...そだねー。ところでちょっと、でっかい虫みたいなのが、できたてピカピカの窓に手形と顔紋つけているんだけれど...エレナちゃんの親戚だったりする?」


 言われて窓に目を向けると男が貼り付いていた。ブラウンの髪に緑の目だが、目付きはエレナにそっくりだ。


「げっ」


 どっからどうみても父親だ。


 ◆


 狭い机の正面に父、向かい側にミツヒロとエレナが並んで座る。エレナの背後にはサンドラが直立不動で控えている。


「お前が平民のくせに子持ち女と同棲の上に娘と二股なんてうらやま...うとましい絶対許さん」


 何いってんだわが父よ。

 本音駄々漏れの父をどうやってお引き取り願うか。


 ここでエレナはちょっと引っ掛かりを覚えた。今とても大切なことを聞き逃してしまったような。

 その違和感を『繋げる』前にミツヒロが父に声をかけた。


「落ち着いてくださいお父さん」


「だあれがお前の父親か?まさか娘をー」


「いらねぇフラグぶちたてちまったか...していませんから、断じて」


「彼には色々なことを丁寧に教えて」


「バカ!なんで余計なことを。・・・彼女は公爵令嬢の自分にほんの少し疲れているんです。

 今は別方向に突っ走っていますけれど、ちょっとリフレッシュしたら、きっとここでのことを人生の糧として、ちゃんと公爵令嬢として全力で走ってー」


(なんか微妙にひっかかる言い方だけれど)


 なんとか、ミツヒロが頭をフル回転させて、場を繕おうとするが、それが逆にいけなかった。


「っ、知った風な口を利くな!ここでの経験がなんの役に立つと言うのだ! 今がどれだけ大事な時期かわかっているのか?第三王子と再婚約が発表されると言うのに」


「「は?」」


 エレナとミツヒロ、二人同時にすっとんきょうな声をあげる。で、そこでエレナはサンドラの方を向くと、サンドラはそっと目を逸らした。


(知ってたの?)


 どうしよどうしよどうしよ。


「国王陛下は不出来な娘を王族に再度迎えてくださると仰せだ」


 ◆


「あー。レーコさんの方はどーするんですか?」


 エレナがなんだかわからない焦燥感に囚われている一方、光弘の方は『なんでこんなところで重要な発表をしているんだ?』と首をかしげざる得なかった。エレナもはじめて聞いたようだし。


(そういう家族間の重要な話は家でやってくれればいいんだよ!)


 ぶっちゃけ巻き込まれたくない。


「王族は三人まで妻を持つことが可能なんだ。そんなことも知らんのか蛮族め。エレナ、お前は愚かなレーコ第二妃殿下を優しく指導するのだ」


「ば、蛮族?」


 さすがに蛮族という言葉に面食らって、光弘の接客用の笑顔はひきつってしまった。


(確かに、ほとんど見たことのない異国人だろうけれどーもうちょっと言い方ってもんがー)


 ぶっちゃけ光弘もできた人間ではない。笑顔を取り繕いながら「野蛮人はどっちですかね」と心の中で毒づいた。


 ◆


「それも身分もわきまえず、娘の他に恋人を作るなど」


「えー。違います。娘さんには支援者になってもらってますけれど、やましい関係じゃなく。ついでにいうとイザベルさんは台所共用ですけれど、あくまでお隣さんです。鍵も別で...たまにごはん恵んでもらっています。リア充とは無縁で」


 リア充って?なんてとても聞ける状況ではない。


「は!調べがついてないとでも思ったか。娘とは金輪際関わるな!」


 そのとき、イザベルがあくびを噛み殺しながら二階から降りてきた。


「なんなんだい。騒がしいね」


「異国の踊り子か?」

「あん?」


 剣呑な目になった彼女は、エレナの父を見てそこで、目を見張る。

 確かに仕事用の民族衣装とアクセサリーをつけているが、それはアクセサリーに合う服を着ているだけで、露出も控えめだ(ないとは言っていない)。


「あんた、どっかで・・・」

「夜の営業か?他を当たれ」


「はん!お断りだね。どっかの親切なお方のおかげで生活には困ってないよ」


 それだけ言うと、イザベルは階段へと消えてしまった。


「この店の娘の作品をひとつ残らず買い取ろう」


「は?」


「ちょっとやめて恥ずかしい」


 すごく恥ずかしい。思い返してみると自分も窓の件でやらかしていた。


(私、こんな恥ずかしいことやらかしちゃってたの~!?)


 ◆


「わたしは娘がここにいた痕跡を言い値で買い取ろうと言うのだ。何が不服か」


「うーん。どうする?」


「ええ?私が決めるの?」


 ミツヒロに決定権を丸投げされてしまった。


 大した量は置いてないけれど、それでも、売れた分の給料はもらった。その日のご飯代にもならなかったが、エレナにちとっては大切な思い出だ。


 父の目を見る。

 十把一絡げで買われた品はどうなるのだろうか。この様子では即座に燃やされるのではないか。

 うつむき、机の下でドレスをぎゅっと握って、答えを小さく呟いた。


「・・・じゃあ売れません」


 新米にだって、小さなプライドはある。

 折り紙は子供たちに遊ばれてくしゃくしゃになって、大半はゴミ箱に行く。子供たちがたくさん遊び倒して喜んでくれたのなら、それはとても嬉しいことだ。

 だが、買った途端、誰の目も楽しませることなく、誰にも喜んでもらえないまま、処分されるは嫌だ。たとえ一分、一秒でも楽しんでもらいたい。


(やっぱり大切にしてくれる人に買ってもらいたい。私のわがままだけれど・・・)


「じゃあ、売買不成立ということで」


「は?売らないのか?潰すぞ」


「そこらの紙の切れはしでも商売できるもんをどうやって潰すの?道に落ちている古新聞でなん十個もできちゃうけれど。あなたが調べた通り、もう一つの方の収入源はそもそも貴族の圧力には屈しないって姿勢だし」


 ミツヒロの答えは軽い。

 『雑所得』そこそこの収入だが、以前になんなのか聞いても「帳簿は別に作っているから気にしなくていいよ」と流された。


「売買は売る側と買う側の双方の同意の元で行われる。今回は不成立ということで、お引き取り願います」


 彼の言葉に父はぎりっと歯軋りして、立ち上がる。ミツヒロも立ち上がり深々と礼をした。


「エレナ様が私などを今構ってくれているのは、貴族の気まぐれです。少し休んだら、私のことなど忘れてちゃんと公爵令嬢として自分の道を歩まれるでしょう」


「ふんっ!」


 大股で、店を出た父。乱暴な開閉音がしばらく店に反響した。


 ◆


「ふぅ。キスマークは君の全力で消毒しておいて」


「もちろん全面完璧に清掃させていただきます サンドラと」


「うぇー」


 サンドラは露骨にイヤな顔をする。


「君もさっきの俺のこっぱずかしい言葉は忘れて・・・」


「忘れないわ。絶対に!」


 (どこかの貴族に嫁いだとしても、ここでのことを絶対忘れてなるものですか)


 そこで、階段の影から、扉を険しい顔でじっと見つめているイザベルに気づいた。


「いたの?」


 とっく二階に上がっているかと思っていたのに。


「あんた、去年の今ごろ熱出したことある?」


 イザベルの険しい表情を不思議に思いつつも、エレナは人差し指を顎に当て答える。


「軽い風邪は引いたことあるけれど。それが?」


「いいや。仕事に行ってくる」


「なんだったのかしら」


 去り際の物言いたげなイザベルの視線が気になったものの、深く考える間もなく次の客が来てしまった。

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