悪役令嬢とチャリティーパーティー
物語はエレナの試験中~試験直後の、ちょっとだけ過去話に。
前回ビーズアクセサリーを作ってたのはイザベルでした。主語が抜けててすみません。
「もうそろそろ心の傷も癒えたでしょう。令嬢としての義務を果たしなさい」
そう母に告げられたのは、試験の真っ只中のこと。
机の上にはお茶会やらなんやらのパーティーの招待状が並べられている。
(無理言って、試験を前倒しでやってもらっているのに...)
「試験が終わってからでよろしいでしょうか。お母様」
「ええ。もちろん。でも早く...ね」
母の言葉に招待状に記されているパーティーの内容と日付をざっくりと確認し、そのうち一枚を渋々受けとる。
気乗りはしないがこれも貴族の務めだ。
◆
嫌なことはさっさと片付けるに限る。エレナは試験終わり当日の無難なパーティーを選んだ。
とりあえず一つでも出席すれば、母もしばらく文句は言わないだろう。
「サンドラ。今日のパーティーのドレスコードは」
別にドレスの指定をしなくてもそれにふさわしいドレスは選ばれる。
「特に指定はございませんが」
「では青で」
青のドレスに、真珠とサファイアのネックレス。丁寧に髪を整えられ、『公爵令嬢』が作り上げられていく。
(似合わない)
鏡の前で完成されていく自分の姿にエレナはため息を漏らした。
(万が一、第三王子に出くわしたら...。)
すべてエレナのために誂えた物で、決して似合わないなどと言うことは無い。
ただ、どんな華のある衣装でも自分の気持ちが沈んでいたら色褪せてしまう。
今夜は少し『遊び』を入れたい。
「イヤリングはこちらを」
落ち着いた青の折り鶴のイヤリング。わかりづらいが、花柄の千代紙にサファイヤと真珠を使っているから大きく礼を失することは無いだろう。
イザベルに頼んだときは『こんなきれいな石を使うなんてもったいない』と言われてしまったが、エレナとしては十分満足なアクセサリーだ。
さすがにどんと折り紙のペンダントを身に付けるには勇気がいるので、イヤリングを髪から貸すかに除いて揺れている程度にしている。
左右のバランスを確認し、鏡の中の自分に笑みを浮かべさせる。
「よくお似合いですよ」
サンドラが合格の合図を発する。
このとき、サンドラ以外の者が一人でも身支度を手伝っていれば、他のイヤリングを勧めていただろう。
◆
選んだのは孤児院の寄付をつのるチャリティーパーティー。
参加費+寄付を多めに包めば、特に同伴者の有無については問われない。ドレスコードの指定も、身分も問われない。
お金に余裕のある高位貴族は見栄のため、商人は貴族との繋がりを持ちたいがためせっせとお金を多目に積んで、参加するのだ。
で、こういった会では、華やかさを好む若者が主役ではなく、少し年配の方が主催されている。
「すみませんお姉様、兄をお借りして」
「いいのよ」
もうすぐで義姉になる兄の婚約者は朗らかに笑った。
「一応、品の良い会の部類に入るが、いつも以上に気を付けるように。特に事件の起きやすいバルコニーや、庭には絶対に出ないこと」
対してぶっちょう面の兄は、事細かに注意を飛ばす。
「わかっています。」
「しつこい男がいたら、かまわずこちらに走ってくればいい」
「そこまで心配いただかなくても」
(子供じゃないんだから)
うっかりこぼれそうになった言葉を飲み込む。
だが、そういった兄の不器用な気遣いと眼差しは、安心感があり、嬉しい。
◆
「エレナさん。お久しぶりね」
「フィフス公爵夫人。お久しゅうございます」
エレナは丁寧にカーテシーをした。
「若いのに関心なことですわ。うちの息子などは婚約者と派手なパーティーに...、あらごめんなさいね」
「いえ」
互いに扇で口許を隠し微笑む。
当然、最初からエレナが婚約破棄されたことを知って話しかけてきているのだ。
手早く時候の挨拶を済ませると、「ごめんあそばせ」と言って夫人は別の知り合いのところへ向かった。
「あのイヤリング...大丈夫なのかしら」
そして知人に合流するなり、こちらをちらりと見て、呟いた。
(えっ。私?)
そりゃ、婚約破棄後初のパーティーだ。多少嫌なことをを言われるつもりで来た。
確かに、このイヤリングは公爵令嬢の身に付けるものとしては今は少々格が落ちるかも知れないが、これから宝石と同等の価値をつけていけばいいのだ。
(やっぱりもう少し光沢を持たせて...)
「お初にお目にかかります。エレナ・スリーズ公爵令嬢」
この会は、身分の差は気にしない気軽な会だが、それでも、ぎりアウトだろう。一部の人たちがこちらに注目している。
「誰かの付き添いですか?」
エレナはにっこり、マリーゴールドに微笑んだ。
こういうチャリティーパーティーは別に一人で訪れても良いし、パートナーが配偶者や婚約者でなくてもうるさく言われない。
問題は...。
「今日は歌姫として、ですわ」
マリーゴールドが折り紙のピアスをつけていることだ。色も形も全力で被ってしまった。いや、細かいところをいうとビーズの色も違うし、こちらは柄物なのだが、近づいてよく見ないと違いがわからない。
「わたくし、このような会ははじめてで、よろしくお願いします」
そう言いながら、彼女はすーっと視線を移動させる。彼女の視線の先を追うと...。
「っ!?」
げぇええーと口にしなかった自分は偉いと思う。
「折り紙は目下、下級貴族の未亡人の間で流行しているのです。まあ、流行らせてしまったのは我々赤風車の者たちですが」
はっきり、愛人の間で流行っていると言ったらいいではないか。
同じ会場にいる兄とその婚約者が眉を潜めている。
「クインさんをつれてくるなんて。って、おっしゃっていますね。あちらはあちらで、未亡人の証をつけている娘にご立腹のようね」
うわああ。
折り紙アクセサリーを社交界に広めようぜとは思っていたが、まさか予想に反して勝手にブームになっているとは。
(喜んでいいのか、悲しんだらいいのか)
「格の落ちるパーティーでは恋人といるところを何度かお見かけしました。話がややこしくなる前に帰りなさい」
父の顔は真っ赤になったり、真っ青になったり...。
浮気現場を娘にバッチリ目撃されたのだから慌てるのは当然なのだが。
父が突進してくる前に、撤収しよう。狼狽している今のうちに!
「今後とも、お見知りおきを・・・もし、殿方の心のつかみ方をお知りになりたければ、花園のマリーゴールド、手取り足取り教えて差し上げますわ」
歌姫がにっこりと微笑む。が、扇の隙間から一瞬揶揄するようにくすっと口角が持ち上がったのをエレナは逃さなかった。
「不快です。帰ります」
兄も、姉も、エレナの退出に合わせて会場を後にした。まあ、居残っても、がめつい商人のパトロン狩りに狙われるだけだが。
★☆★☆★☆
「はてさて、あの男はどう出るか」
婚約破棄以来、屋敷内で顔を合わせても怒るか、無視するしかしなかった父が久方ぶりに娘を認識した。すぐに嵐が起こるだろう。
「お義母様への次のお土産は何がよろいかしら?」
将来の妻がにこやかに微笑む。
「母には...ピラのワインを...次とは言わず今夜は泊まっていけばいい」
「ご迷惑でないのでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」
質はそこそこ良いワインなのだが、贈られたワインは、封を開けられることなく、教会に寄付され、今の時期なら貧者へ配られるホットワインに変わるだろうか。
ピラ...スリーズ公爵の恋人クインさんの出身地。