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第二の襲来者

 

 光弘はふーっとため息をつき、梅昆布茶をすすった。

 通りを横断する「物干しロープ」の隣に見慣れないロープがかかっている。


 光弘の視線の先を確認したイザベルが、眉を寄せつつ尋ねる。


「子供らが勝手に糸を吊るしたり箱を集めてるんだけれどあんた知らない?」


 もちろん心当たりはある。イザベルも答えを承知で尋ねている。


「えー、飽きたら片付けるって約束させますから、しばらくは様子を見守ってもらえませんか?」


 てきとーに思い付きでアドバイスしていたら、子供たちの間で予想以上の大ブームになってしまった。


「けっこーおおがかりなことになっちまって」


 梅昆布茶をすすりながらため息をつく。


 知育と言うことではいいかも知れないが、ただでさえ狭い四人部屋を箱だらけにしたらそりゃイザベルも怒る。


「じゃあ私仕事に行くから、後よろしく。皿は洗っといて!」


「へーい」


 イザベルは上の子たちをせき立てて、市場に向かった。

 後に残されたのは、光弘とベル三兄弟の末っ子スベルだった。


 ◆


 光弘は食事を済ませると皿を洗い、仕事に取りかかった。


「外に遊びにいってもいいんだぞ」


 スベルが困ったような顔をする。


「あ~別に邪魔とかじゃないからな?」


「お兄ちゃんが、一人の時はそとに出たらダメだって」


「そうだよなー」


 少しは町の子供たちと打ち解けたようだが、もう少し警戒しておいたほうがいいだろう。


 イザベルからは特に子供に構う必要は無いと言われているが、スベルを預かっている時に、怪我をされたら取り返しがつかない。三兄弟のなかで一番おとなしいとはいえ、目だけは一応光らせておこう。


 しばらく折り紙に集中していたら、スベルはそこらに転がっている古新聞を使って、見よう見まねで折り紙を始めた。

 古新聞を折りやすいように正方形に切ってやる。あとは手が止まったところでちょっと手を貸してやると少年はぷうっと頬を膨らませた。


 スベルはしばらくすると折り紙に飽きたのか、新聞をじっと見つめ出した。


「興味あるのか?」


「絵がおもしろいから」


 ここにある新聞といったら、週刊ピンク。 内容の半分は子供に読ませられない物だ。


「んー。これは5歳児には早すぎるかな~」


 一応、現在は娯楽紙の側面が強いが元の成り立ちは政府批判から始まった新聞だ。残りの半分は政治関係の難しい話。


 子供が見てて楽しいのは風刺画くらいだろう。が、少年の目線は令嬢xの記事の方に向いている。


「もうちょっとで七さいだよー」


 歳を間違えられてちょっと不機嫌そうだ。


(ってことは小学一年生くらいか?)


「学校は?」


「ママンが行きたくないのならいかなくていいって」


 んー。兄二人は、学校に興味無さそうだが、新聞を真剣に見つめている姿は、「読みたい」と叫んでいるように聞こえた。


「読みたいか?」


「おじさんはご本よめるの?」


「んー。この国のご本はあまり読めないけれど...たぶん君よりかは読めるよ」


「よんで」


 暇だから構わないのだが・・・内容が。


『シャルン』は完全アウトだが、『令嬢x』シリーズなら子供に読み聞かせても、ギリ許されるか。


 そんなに興味があるなら、エレナに絵本とか借りれないか?

 いやいやあんまり手を貸しすぎるのもよくない。また子供たちの関係がこじれるかもしれない。


 下町では数字を覚えてさえいれば生活にたいして困らない。光弘は単語を覚えるのを途中で挫折してしまったのだが。


 まあ、暇なときに自分の知っている単語くらいは教えてやろう。


 とそこで、扉の開く気配がした。


「ほら、上に...ってもう上がったか」


 大人の仕事は邪魔してはいけないってしっかり教育されているのだろう。


 光弘は気持ちを切り替え背筋を正して、お客様を出迎えた。



「いらっしゃいまー」


 そこで、光弘は固まった。


「いいのよ。気楽にしていて」


 がたいのいい男と女性のお客様。お客様が訪れること自体は大変喜ばしいことだが。


(き、貴族ー!?)


 いま、イザベルは長男と次男を引き連れて商売に行っている。エレナは試験だとかで今日は工房には来ていない。

 女性に粗相をしようものなら、隣の屈強そうな男に一捻りにされるだろう。


「あ、はい」


 彼女は、一人狭い店内を興味深げに練り歩き、男は女性とつかず離れずこちらを用心深げに見ている。


(マダムかマドモアゼルか微妙だな)


 話しかけられないことを幸いに、彼らをぼんやり眺めている。


 女性、男性とも二十代前半。今の光弘と大して変わらない年に見える。

 女性は手裏剣のペンダントを手にした。


「どうしてこちらを?」


 おもわず、そんなことを尋ねてしまった。貴族相手に。


 エレナの作品だ。丁寧に折られているが、まだ粗の目立つ作品で、光弘の作品よりかわずかに値下げした額で販売しているが、わざわざ値引き品を買うような身分には見えなかった。どっちかというと迷わず一番高いのに手を出しそうな。


(まあ、うちの商品はどんなに高くても5万越えないけれどな)


「ばれちゃった?」


「俺はエレナの兄だ」


(兄きたー!!)


 向こうは名乗るつもりはないようだが、こちらは名乗らない訳にはいかない。


「私は店主のスギタ」


「知っている。今日は...」


「エレナちゃ...エレナさんの作品を買いに来ただけ、というのももったいないですし」


 女性が扇を取り出す。


「ばれちゃったついでに、聞くのだけれど、あなたはエレナちゃ・・・エレナさんをどうしたいの?本当にあの娘はあなたを支援しているだけ?」


(お主も悪よの的な態勢で尋ねられても、答えられないんだが)


 エレナの兄が女性と光弘の間に割って入り、アクセサリーの代金を払う。


「我々はこの件に関して手助けはできないが、一つだけ伝えておこう。近々、動きがある。心づもりをしておいた方がいい」


(『この件』てどの件だよ!?どんな心づもりが必要なんだよ!?もうちょいヒント!)


 公爵令嬢を二ヶ月間放置していたご家族が出向いたってことは・・・


 リフレッシュ(休業)期間は終わったってことか。


 ぼけーと考え事をしているうちに、お客様は店を出ていってしまった。

 慌てて頭を下げるが、もう扉は閉まっている。


「ほんと、何しに来たんだ」

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