第一の襲来者
新章スタート。いろんな人たちが襲来します。
子供たちの問題も一応の落ち着きを見せ、エレナたちは作戦会議をしていた。
なんといっても、ここ数日引っ越しやらなんやらで、イザベルの手元収入が落ち込んでいる。
新しい戦略を考えないと。
「やっぱり防水性をもう少し高めたいね」
雨の日にわざわざ出歩く人は少ないが、多少の雨でくしゃくしゃへにょへにょになるようなら、さすがに困る。
「んー。うちの国には和傘っていって、紙で作った傘があって、雨を通さないんだ」
ミツヒロが、顎に手を当てて答える。
「紙で作った傘?すごいですね。でも、そんなのでは何回も雨を防げないでしょ。帽子かぶった方が・・・」
「竹か、葦だかで作った編傘っていう帽子もあるけれど・・・」
「ワ傘はどうやって作るの?」
「時代劇では、刷毛で何か塗っていて、ニカワとか、柿渋とか・・・だったと思うけれど」
ミツヒロの自信なさげな言葉に、それまで黙っていたイザベルが反応した。
「歴史劇?カキシブってのはわからないけれど、ニカワは接着剤に使われるけれど...コーティング...水をはじくなら油?それならなんとかなるかな?」
「あ、油傘っての聞いたことある。たぶん油を塗っているかなんかだと思うけれど」
そこで、エレナはため息をついた。
乏しい記憶の断片をかき集めて、彼の国の料理を一部再現した食堂のおやっさんはマジ尊敬に値する。
「あまりべたつくと、売れなくなってしまうわ」
「そこは工夫して...」
そこで店の扉が開いた。
◆
「あー!!」
エレナがお客様を思わず指差す。
工房の入って来たのは、赤風車通りで出会ったマリーゴールドだった。
「あなた、こんなところに住んでんだ。しばらく見ないから、訪ねてきてやったよ」
「どうしてここが?」
エレナの問いにマリーゴールドは微笑んで答えない。
実際のところはしばらく商売に訪れない友人の家を訪ねたら、変な張り紙張ってある上、ものけのから。血相変えて探し回ったのは秘密だが・・・
「バスケットに西マールと工房の名を書いていたろ?『数日休みます』て、あんたんところの若い子に伝えておいたんだが。心配させて悪かった」
『マーガレット』は、何もかも見透かし全部ネタばらしをした友人をねめつける。伝え損ねた若いコには後で仕置きが必要だ。
「別に?イザベルのことはついでよ、ついで」
そう言って、マリーゴールドは赤い唇に人差し指を添える。
「んー。あなたが入れあげている男ってどんなのかしらって思って」
「マーガレットさんお暇なんですか?」
エレナはなるべく笑顔を崩さないように尋ねる。
寂れている上に薄汚れた商店街に何の用だろう。
「思ったより、おもしろいことになっているのね。貴族のお嬢さんと子持ち美女どっちと付き合っているの?」
マリーゴールドの妖艶笑みはミツヒロに向いた。
「工房の主と、同居人兼パートナーとパトロン兼弟子」
「ぱーとなー...」
ビジネスパートナーだきっと。この数日で、子供を通じて必要以上に仲良くなっちゃったんだろうか。
「すんません。特にご用がないのでしたら、お帰りくだー」
エレナがひきつった顔でお客様に穏便にご退店願うが・・・
「これの作り方教えてくださいな。一回くらいサービスしますわよ」
マリーゴールドが差し出したのは、『鶴』の折り紙だった。
「そこのお嬢さんに、ここで『折り紙教室』をしていると教えてもらったの」
「・・・手紙に幸運を呼ぶ青い鳥を添えるってのはおしゃれだと思わない?」
くすっと微笑んでいるのが腹が立つ。
確かに『工房で折り紙を教えている』って言っていたのはエレナだが、まさか本当に来るとは思わなかった。
「きれいなお姉さんだ」
ギン。
ぶるるっ!?
ミツヒロがぽつりと呟いた言葉は、エレナの耳に届き、鋭い視線となって、彼の背中に到達。震えに変換された。
だが、すぐに持ち直し、営業スマイルで説明に入る。
「『鶴』の折り方でよろしかったでしょうか。教室は、三十分100ロゼです。時間を超過した場合は追加料金がー」
「ええ、構わないわ」
「あの長い爪だと折り紙を折るの大変じゃありませんか?」
さすがに爪が長すぎる。
「商売道具ですもの。仕方ありませんわ」
「つけヅメとかしないんですか?」
「つけヅメ?」
「えと、ごめん。俺も詳しくは知らないんですけれど。
爪形の薄い板に絵を描いて細かいビーズやら宝石やらを張り付けるネイルアート?」
「まあ!それいいわね!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「教えてくださってありがとう。有意義なお話も聞けてよかったわ。じゃあ、今度赤風車の『花園』にぜひ着てくださいな。」
チケットを差し出されるが、光弘はチケットを受け取らなかった。
「そりゃちょっと興味はあるけれど、色々(・・)不安なので」
「そう、残念だわ」
光弘としても興味がないわけではないが、この世界の疾病とか医療水準とか知らんのに冒険する気はない。カミサマからもらった命大事にしないと。遊ぶ金もないし。
『いっとくが餓死や、病死は普通にありうるからな。おまえは到着早々に天数を削ることになるかもしれん』
『異世界について三日後に餓死って可能性も・・・』
『充分ありうる。おまえが運命に出会えるかはお前次第だ。運命を二度救えばお前はそこそこの幸せを手に入れられるだろう』
余計なことを思い出してしまった。
あの女神、すっごくケチだった。準備もチュートリアルもなく本当に着のみ着のままこの世界に放り出されて、危うく本当に餓死するところだった。手に入れられる報酬がそこそこっても微妙だ。
今、手に入っているもんで充分幸せだから、わざわざ『運命』に関わらなくてもいい。どうせあの神ならろくでもない試練とか用意しているに決まっている。
「あ、きれーなお姉さんとお酒だけ飲んで帰るコースもあったと思うけれど」
さりげにイザベルが余計な一言付け加える。つまりクラブみたいなところか。
「お姉さん、やっぱりお酒だけでもー」
げしっ。後ろからエレナに尻を蹴られた。蹴ったそのまま、「サイテー」とか言って帰ってしまった。
遠くで「お嬢様はしたないですよ」とサンドラの声が聞こえる。
「きれーな娘と飲みたいだけなら、お嬢ちゃん誘ってやんなよ」
イザベルの軽口に光弘は渋い顔をする。
さすがに公爵令嬢と二人っきりで深夜まで飲むのはまずいだろう。
この世界の成人は15だろうが、彼の目にはちょっと危なっかしいJKに映ってしまう。
「まあ、そのうち飲み会はしたいと思うけれど。確かエレナちゃんとそんな約束したんだろ?」
前回は子供のおねむに合わせて早々に切り上げた。
「あの娘はそんなことまで話してたのかい?」
「楽しそうに逐一報告していたよ」
「なんか照れるな。ああ、もうそろそろ夕食を作らないとだ。何がいい?」
「悪いね。子供たちの好きなもんで」
ついでに作ってもらう立場で文句は言うつもりはない。
最初は口に合わなかった料理もずいぶん舌がなじんできた事だし。
◆
食事を終えて、部屋に戻った光弘はベッドに寝っ転がった。
「『運命』を二度救えって、わけわからんよな・・・」
柿がヨーロッパに渡ったのは、フランス革命の年らしいです。なのでたぶん手に入りません。
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