子供たちと糸電話
「今日はみんなに糸電話をつくってもらいます」
子供たちを呼んで工作教室を行う事になった。が、肝心の講師の印象は怒らせると怖いおじさんで固定されてしまったようだ。ので、最初の挨拶はエレナがすることになった。
キャラメルポップコーンを作ったときも、彼は完全に裏方に回っていた。
本日集まったのは三兄弟、ガキ大将、リタを含めて八人。まあ集まった方だろう。
「イトデンワ?」
聞きなれない言葉に子供たちは首をかしげる。
「紙コップと紙コップを糸で繋げてお話するやつだよ」
「紙コップ?」
紙コップは前からガント工房で試作品を作っていたのを分けてもらった。
「リタ、大将、コップを一個ずつ持って」
リタちゃんにまですっかり引かれちゃっている。
「糸をぴんと引っ張って。リタちゃん。コップに口を当てて。大将は耳を当てて」
「リタちゃん何か、彼とこっそりお話したいことがあったら伝えて」
エレナはなるべく優しい声でリタに指示を出す。
『(あの子たちと仲良くしないの?ごめん、私が余計なこと言ったから)』
エレナには聞こえない小さな声。だが。
「わっ、」
つまらなさそうにしていた大将は、ビックリして紙コップを取り落としてしまう。
「リタちゃんなんて言ったの?」
「こんにちはって言ったの」
「大将君は聞こえた?」
エレナの問いに大将は若干複雑そうな顔でうなずいた。
「すっげー。どうやって作ったんだ。つーかこいつらこんなんで遊んでいたのか。またこいつらえこひいきするのか」
「まだ、三人には作り方教えていないよ」
夜中にこっそりとミツヒロとイザベルで、予行演習はしたらしいが。
「紙コップと紙コップをぴんと張ることが大前提だ。みんな作りたいかー!?」
「「「「「「おー?」」」」」」
「反応が悪いな」
「見ているだけじゃわからないでしょ。とりあえず作る前にみんなも試してみて。声は最初は小さめにね~。一セットしかないから、二人ずつね」
子供たちが不思議そうに糸電話を試すなか、大将はリタのそばに行った。
「リタ、勝手なこと言うなよ」
リタはしゅんと項垂れた。
「あの子たちも複雑ね」
子供たちの様子を楽しそうに観察していたエレナに、ミツヒロが難しい顔で問う。
「何が?」
「鈍いですね」
「ガキはガキだろ。ベル三兄弟の方はこんなんで本当にうまくいくかね」
ミツヒロは自分の立てた作戦に自信が持てないようだ。
子供たちの恋模様よりも、三兄弟が子供たちのコミュニティに入れるかどうかの瀬戸際。
エレナもミツヒロも子供たちのいさかいの仲裁なんてしたことはないのだ。どこまで手を出して良いか。
このままじゃイザベルも安心して仕事に行けない。上の子たちはもう『見習い』の時期に差し掛かっているのに、今のままでは置いていくしかない。
「そんなに考えすぎなくても、多少揉まれた方がよく育つんじゃない?」
貴族社会などもっとひどい仕打ちなんて溢れている。
この件は金物屋に罰を与えられただけマシだ。
「そうは言ってもなぁ」
◆◇◆◇◆◇
糸電話作りをした翌日。
「三人でしゃべるときはどうすればいいんだ」
『四人作るのも五人作るのも一緒だから』とイザベルにお呼ばれした夕食で、ダベルが光弘に聞いてきた。
「紙コップの糸の途中にもう一本結んだり?」
ただやったことはないからなぁと呟いて。
「三人で楽しみたいかもしれんが、うまくいったら他の奴にも教えてやるんだ」
「「「え~!?」」」
子供たちの甲高い声が、食卓に響く。
「次に質問がある場合は大将に質問にこさせろ。じゃなきゃ意地悪なおっさんはアドバイスしません」
「「「ええ~~!?」」」
「いいか。糸電話の件で質問していいのは一人一回だ」
◆
その翌日。
「遠くの奴にデンワ使いたいって伝えるにはどうしたらいいんだ」
約束通り大将が来た。が、さすがにそれは知らない。
「着信音か...旗を振るとか、音を鳴らすか...あらかじめ合図を決めとくとか、か?もっといい方法・・・」
「役に立たねーな!じじい」
「・・・じじい」
大将が去ったあとがっくり肩を落とす。『おっさん』は受け入れたが『じじい』はさすがにきつい。
次はリタだ。
「普通にお話ししたい」
紙コップじゃ、話ながら相手の声を同時に聞くのは無理だが、すぐに紙コップを耳に当てれば問題ないだろうに。
「受話器な。耳用と口用を作るか耳も口も覆うような巨大紙コップを用意するとか? あとは自分達で考えろよ」
やったことないのを適当に答えるのは、申し訳ないが、できれば考える芽だけは残しておきたかった。
さらに、その翌日以降は子供たちがわらわら来た。
「もっと遠くに糸を延ばしたいの」
「糸の種類を変えると聞こえ方が違うって聞いたことはあるが・・・」
「紙コップが壊れた。くれ」
「買うか、自分達で修理するか、作るかしなさい。ちなみにガント工房で売ってるから」
一応宣伝もしておく。この世界では100均で30個入りが手軽に買えるわけではない。構造自体は子供たちでもなんとか作れそうだが・・・。
「糸がへにょってなっても、使えるようにしたいんだけれど?」
「いや、やり方知らんし。へにょってならないようにみんなで知恵を出しあって楽しめ。ピンとなったら聞こえると思うから」
さすがにこう毎日、『どうしてなんで』系の質問を繰り返されたら、ぐったりする。
正しい答えを知らずてきとーに答えているのがばれないか、とひやひやするのと同時に申し訳ない気持ちになる。世の親はこの質問の嵐をどう乗り越えてるんだ?
「う~。やっぱり意地悪おじさんだ」
スベルが泣きそうな顔で『みんな』のところに駆けていった。
仲間編完。糸電話作り自体はショートカット。次章『襲来編』。の前に登場人物紹介が入ります。
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