悪役令嬢と事件
前半エレナ寄りの視点。後半光弘寄りの視点。
R12注意報。この作品はなるべくストレスフリーを目指していますが、今回攻撃的なシーンがあります。
事件が起こったのは歓迎会の三日後だ。
「は?果物屋のリンゴを盗んだ?」
「ダベルをぼっこぼこに殴っているのよ。止めて!」
ダベルはイザベルの長男だ。
エレナは、ミツヒロをぐいぐい押して2階に連れて行こうとする。
こんなとき頼りになるはずのサンドラは『しつけの範囲なら私が止めることはありません』と介入を拒んだ。
「この世界の教育方針って、素殴りなの?」
ミツヒロが嫌そうな顔をする。こっちもできれば関わりたくないようだ。
「まさか今までもやっていたんじゃないだろうね!!!」
イザベルの怒鳴り声とぼこぼこ殴る音、子供たちの泣き声が聞こえ、エレナとミツヒロは二人同時に肩を竦める。
「いや、暴力は良くない。まず、よーく事実関係を確認した後、叱ろう。殴りながら話を聞き出さない・・・」
一応、イザベルの部屋の扉を叩いて、止めに入るが、ミツヒロの声が小さい。中に声が聞こえているかは疑問だ。
イザベルは速攻、ぼこぼこのダベルを連れて、改めて果物屋に謝りに行った。
「わざわざ盗んだリンゴをその場で食べるか?」
エレナから状況を聞いたミツヒロが疑問を口にした。
「そうよね。安全なところでこっそり食べるんじゃないかしら?」
「子供たちにもうちょっと詳しいことを聞いてみないと」
◆
ミツヒロの指示通りエレナは残った子供たちを呼び寄せ、ホットミルクを渡した。子供たちは二人とも目を泣き腫らしてる。
聞き出すのなら、男性より女性の方がいいだろうということで、彼の作った質問状をもとに、エレナが尋ねる。
「何があったの?」
「「・・・」」
「お兄ちゃんはお腹がすいたからこんなことをやったの?」
「・・・」
次男のネソベルは無言。三男のスベルはぶんぶん首を振った。
「じゃあ、なんでわざわざ、盗ったものをその場で食べたの?」
子供たちは無言。
「お兄ちゃんの不名誉を・・・汚名を晴らしたいのなら、・・・本当のこと教えて、」
「フメイヨ、オメイ?」
「嘘の罪、」
びくりっと子供たちが震える。
「お兄ちゃんは悪いことをした?」
次男は唇を噛み、下の子はまた泣き出しそうになる。
「うーん。もっと悪い奴はいる?」
「・・・」
「・・・・・うん」
「その子の名前言える?」
「タイショー?」
大将? まさか、食堂の店主が関わっているとは思えないが。
「(後で、リタちゃんに確認したらいいよ)」
ミツヒロが机の下でこっそり指示を出す。
「(わかりましたけれど、間違ってもスカートの中覗かないでくださいね)」
「で、その大将さんに何されたの?」
その日の晩、子供たちは連帯責任でご飯を抜かされた。
ミツヒロがこっそり、枝豆とチーズ煎餅を渡したらしい。
◆
エレナは学園を休み、朝イチで、リタに昨日のことを確認に行った。
告白する時、リタはしゃくりあげながら経緯を教えてくれた。
そのことをエレナがミツヒロに報告し、ミツヒロからイザベルに伝えられた。
「リンゴ盗んで食べないと、ダベルたちの見ていないところで、弟をすっぱでエルベ川に突き落とすって脅したそうだよ」
一番下の子は七歳前後だ。こんな寒い日に川に入るだけで危ないのに、流されでもしたら本当に命に関わる。
「よっし、金物屋のガキだな」
イザベルは早速拳をぼきぼき音をならす。もう顔は憤怒で埋め尽くされている。
三人に自分の名前の一部をつけるのだから、子供たちのことを本当に大切に思っているのだろう。
「なんで、殴り込みに行くかな」
ミツヒロはため息を漏らす。
「心配するな。とりあえず親から始末してくる」
「発言が怖すぎる」
「名誉を汚したのなら罰を与えられるのは・・・当たり前のことでしょ?」
だが、やり過ぎないように監視は必要だ。エレナはミツヒロと共にイザベルの後を追った。
◆
「金物屋ののっぽがいい度胸しているなぁ、ああ!?」
「だから、一応確認はしてから、もうちょっと穏便に解決しよう」
「は、俺は水遊びに誘っただけだ。そっちが勝手にリンゴ盗んだんだろ」
ワルガキの方はまったく反省はしていないようだ。
「川遊びか。君も、“みんな”も当然川に入る予定だった?」
横から問う声が、なんとな~くいつもより低く感じる。
「ああ、もちろん」
「んー。じゃあ、今から試してみようか。11月の冷たい川に君が何分浸かっていられるか。一応慈悲で命綱くらいはつけてあげるよ」
ミツヒロの顔はとても穏やかだ、が。
「笑顔でめっちゃ怒っていますね」
「昨日はちょうどいい天気だったんだよ!」
「天気はよかったかもしれないが、朝晩は冷え込んでたよね?じゃあ、暖かい日に入り直す?たぶん今のうちに入っといた方がいいと思うよ?これからもっと寒くなるから。
それに早くしないとおじさん『みんな』にも寒中水泳のお誘いするよ?」
◆
主犯格の少年は最初は罪を認めなかったが、ミツヒロに川の近くまで引きづって連れていかれると、タイショーはついに、自分がダベルをそそのかしたことと、なぜそんなことをしたかを泣きながら告白した。
「すまん。やり過ぎた!俺が悪かった」
ミツヒロはタイショーの手を離し、ぺこぺこ頭を下げだした。
「なんで子供相手に謝っているの!」
「元はと言えば、親子を商店街に馴染ませるために、ド派手なパーティを開いたのが原因だったんだ。
いや、歓迎会は良かったかもしれないけれど、子供の世界を勘定に含めてなかった。
キャラメルポップコーンを食べられなかったことが今回の騒動の原因」
「『みんな』の方はとりあえず今回はおとがめ無しって事でいいの?」
「そんなことないよ。俺がやらかしたんだ。やらかしたことの責任はとらないと」
◆◇◆◇◆◇◆◇
ーー子供たちの仲をひび割れたままにしておくわけにはいかない。
「んー。リタが黙ってたは悪かったがよ。よっぽどのことがない限り、キャラメルは作りたくないな」
光弘は食堂の大将にもう一度キャラメルを作ってくれないかと頼んだが、彼も忙しい身、簡単には頷いてくれなかった。
「俺が作るから作り方教えてくれ!」
「ああ。まあそりゃかまわねえが、慣れねえと肩痛めるぞ」
「う・・・大丈夫」
◆
「つっかれたぁ~。二度と作りたくねぇ」
お高い砂糖と牛乳を無駄にしてしまわないか、焦がさずちゃんとできるのか、とびびりながら鍋を三十分混ぜ続けるのは、とても疲れた。その後も瓶に詰めた練乳を一時間以上も茹で、さらにポップコーンまで作り・・・結局二時間以上かかった。
「でも、良かったじゃない。あなたの腱鞘炎ひとつで子供たちの笑顔が戻ったんだから」
「まあ・・・な」
ガキ大将とベル三兄弟は一度も目を合わせていない。合いそうになると目をそらす。
大人の剣幕に恐れているだけで、また目を離した隙に何かやらかすのではないのだろうか。
「加減ってむずかしいよな」
もう一押し必要かもしれない・・・がそれがどのような方向に進むのかはわからない。
★☆★☆★☆
数か月後。
いつもは立ち寄らないこじゃれた食料品雑貨店に立ち寄ったときのこと。
光弘は一つの瓶を見つけた。そのキャラメルソースの瓶を手に取る。
「エレナこれって20粒分くらい入っているよな」
「ええ、たぶんそうだけれど」
「ぐ、1980ロゼ(いちきゅっぱ)。あのキャラメル四つ分。これさえあればあんな苦労・・・でも、やっぱり微妙に高いし・・・でも作る労力を考え・・・」
「何、ぶつぶつ言ってるんですか?買うもの買ったら次に行きますわよ」
って話を帰ってから食堂の主人に話したら、
「あー、業者用の市場ならそれの倍の大きさの瓶で2400か、2500ロゼくらいで売ってるぞ。言っただろう。『俺はキャラメルを作らない』って」
にかっと笑われてしまった。
「だー、そういうことか」
どうしても必要な場合は、買えばいいのだ。そして、食堂の店主は安い業務用の存在を知っていて黙っていた。
「四十粒が・・・五粒分の値段で・・・、でも量が多すぎ。微妙に高い。家族もいないのに買っても。子供たちに勝手に甘いもの配ったら怒られるだろうし、あんとき知ってたら自腹切ったのに・・・」
「まあ、元気出しなって、おまえもさっさと子供作ればいいだろ」
「ぶっ。そういう冗談はマジやめてくれ」
冗談混じりに店主から渡されたのは、いまや子供たちに大人気のおやつ。シュガーバターポップコーンだった。
(キャラメル四十粒余らせない家庭って・・・。そんなの無理だろ)
一話で視点コロコロ変わって申し訳ございません。さっさと終わらせたいお話だったので・・・。