悪役令嬢と親子喧嘩
注文は、エレナとサンドラが受け、イザベルが作る。
売り物は作った端から売れていった。
この週は気合い入れて、週四も出店して稼いだ。
そんなにウハウハな状態なのに、イザベルの顔が険しい。
「一時のピークは過ぎましたが、けっこう荒稼ぎできたじゃないですか?どうしたんです。体調でも悪いんです」
「んー、もう暗くなってきたし、帰るわ」
「そうですか?」
ついちょっと前まで、酒場で祝おうとか言っていたのにその日はイザベルは早々に店をたたんで帰ってしまった。たしかに日が落ちるのも早くなってきた。
「私も暗くなる前に帰ろう」
◆
翌日はイザベルは来なかったし、その次の日は、ずっとそわそわしていた。
「どうしたんですか?」
「今、住んでいるところの立ち退き要求をさせられて」
「なんで?」
まさか滞納だろうか。
「んー。でっかい建物をブチたてるとか。夜中に変な張り紙張られて困ってる」
かなり深刻そうで、自分や子供を変な目でじろじろ見られたり、夜中に変な男がうろついたりするらしい。
「なんて書いてあるんですか?」
「さぁ」
よく知っている単語ならわかるが、それ以外は読めないんだそうな。
「まあ、ろくなこと書いてないんだろうが、さっさといい引っ越し先見つけないとね」
さぞ子供たちも怖い思いをしていることだろう。
ボロアパートにいつまでも子供三人放置しているのはかわいそうだ。
「そういうことなら家賃ほぼタダの物件紹介できると思います」
エレナからガントに頼めばタダとは言わないまでも格安で空き物件を貸してくれるだろう。
大人の目もあって安全だし。
「ミツヒロさんにも会わせたいですし。互いにいい刺激になると思うんですけれど、一度工房を訪れてくれませんか」
「西マールか・・・離れてたらまあ、いいか」
◆
とりあえず、張り紙になんと書かれているかは確認しておいた方がいい。
「とりあえず、あなたの家に連れていってください」
「お貴族様をお招きできるようなところじゃ」
「私とあなたは一蓮托生のビジネスパートナーですよね? パートナーの敵は私の敵。案内してください」
貧民街とまではいかないが、西マールよりも空気も雰囲気も明るさも悪い。全体的に薄汚れた感じだ。
「お嬢様これ以上は」
「ここだよ」
サンドラの警告はイザベルの声で遮られた。
『わたしさびしんです。あついよるー』『こどもー』
「はあああ!?」
目にいれるのも不快で、サンドラに命じて破らせた。触るのも気持ち悪い。
これを読めないのは圧倒的に不味い。
「もう、この際、マールにこだわらなくてもいいから、なんなら身の安全を確保するためにこちらが住居を提供します。衛兵はいったい何をしてんの?」
「いや、そこまでしてもらわなくても・・・」
「家賃とか気にしなくてもいいですよ。私が全部持ちますので」
「誰だ?なんで人んちの玄関で騒いでる?」
閉ざされた扉から警戒心むき出しの子供の声が響いた。
「私だよ」
「なんだ母さんか。そっちの人たち誰?」
「お帰り」
「ママン」
扉から姿を現したのは三人の男の子。
一番上の子は警戒心バリバリ、二番目は眠そうに目を擦っている、三番目は母親に抱きついてきた。
現れた天使、三人を絶対守らなければ。
◆
翌日。
「やっぱやめるわ」
渋る彼女に『わたくし、あなたの安全を確保するために、全力で敵を叩き潰さなければー』と脅したのは昨日のこと。一度はうなずいてくれたのに。
「せっかく、ミツヒロがお菓子用意して待ってくれてるんですよ」
「えー?おかしー」「はやくいこ」「おなかすいた」
イザベルにくっついてきた子供たちは口々に文句を言う。
「この先は良くない。風水的に悪いとか、マイナスオーラ駄々漏れのパワースポットだよ」
「えー。普通ですよ。ちょっと寂れていますけれど、もうちょっとですから」
渋い顔のままのイザベルをエレナが引っ張っていく。
イザベルの住んでいるところよりも、清潔で明るいではないか。
「まさかのここ? ちょっと、やっぱりやめるわ」
古着屋にいるイーデスが目をかっぴろいて「あんた」と呟くが、エレナは気づかない。
「せっかくここまで来たのに。さっさと入って入って」
もうすでにガントに話は通してある。
中に入ると、ミツヒロばかりかガントまでお客を待ち構えいていた。
「おまえ、イザベル?旦那に捨てられて帰ってきたのか!」
「いや、帰ってきてないし。捨てられてないし!」
そこまで言って「しまった」という顔をして、ガントから目を逸らした。
「その娘はイーデスの娘でイザベルっていうんだ」
「は?イーデスさんの娘!?」
「ここ、ガントの弟子専用アパートじゃないか」
「『古着なんてぜんぜんときめかない!!』とか叫んで、大喧嘩して出ていっちまったな」
ガントが顎を撫でながらがはははと笑う。
「悪いけれど、今回の話なしで。別に今のままでも生活には困ってないし」
「ここだったら家賃もタダだし、家族も目の前に住んでいるなら安ー」
「この子はこっちで預かるよ」
扉が乱暴に開いて、イーデスが怒り顔で店の中にずしずし入ってきた。
「死んだってあんたの所なんか帰るか!さんざんうちの人をこき下ろしたくせに!家の人の墓前で土下座してから出直せ!」
「結局あんたを不幸にしたじゃないか!」
「私は不幸なんかじゃない!」
「子供三人もこさえちまって!本当にやっていけてるのか?」
「ちゃんと食わせている」
「ほう、その金の出所は?子供たちに顔向けできないことやっているんじゃないだろうね!?」
「っ!」
本気で母親を殴りにいこうとしたイザベルをサンドラが後ろから羽交い締めにする。
「ばあさん、血圧上がるから、イザベルさんだっけ?
んースープの冷めない距離、互いに不干渉ってことでいいんじゃない?なんなら三日間お試しコースで...」
親子喧嘩に口を挟めずにいたミツヒロがやっと話の合間に滑り込むに成功したが、当事者二人はお互いをにらんでふーふー言っていて聞いちゃいない。
「おばあちゃん?」
「たまにお菓子くれるおばあさん」
「まさか父さんの悪口吹き込まれたん」
「ぱぱんのこと聞かれたけれど、おばあちゃん泣いてたよ。ままん」
一番下の子がたどたどしい言葉で伝えた。
イザベルの母がイーデスで、旦那さんとは死別。こども三人とおばあさんはこっそりあっていた模様。旦那さんことを聞いて泣いていたのは彼の事を悼んでか、娘と孫の将来を思ってか、娘の不幸を憐れんでか・・・。
エレナは暫し考えたのち、この二週間あまりの感想を告げることにした。
「えー。イザベルさんはすっごく楽しそうに商売されてました!」
◆
「イーデスさん。歓迎する気がないなら、今日はとりあえずお引き取り願います」
「あのー。飯運んでいいか?」
食堂の主人が恐る恐る扉から顔を覗かせる。そういえば出前を頼んでいたのだった。
ベル三兄弟...ダベル(長男)十歳。ネソベル(次男)九歳。スベル(三男)もうすぐで七歳。