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国王秘書参事官

 陛下の誕生日パーティー。


(実際は、そんな楽しいものじゃないのはわかってたけれど肩がこる)


 光弘はごきごきと首を動かす。


『翠月公主様は、女子・・・それもたった一人しか生めぬ女よりも、うんと男子を生みましょうぞ』


『もちろんそのつもりですわ。私の母は女二人、皇子二人も生んだのですもの』


 ずいぶん遠いところからお出ましのようだ。一応は声を潜めているつもりのようだが。おつきの侍女もくすくす笑っている。


『失敬』


 別にぶつかりはしなかったが横を通り抜け様に小さくささやく。

 ぎょっとして年かさの男と妙齢のアジアン美女がこっちを振り向いた。


「どうしたの?」


「いや、どうも陛下に男子がいないことをご心配されていたようだよ」


「ふーん。そうには見えないけれど・・・。って、シャクヤー国の言葉がわかるの?」


 エレナが心底驚いている。


「人間の話す言葉はわかるみたい。さすがに犬猫の言葉はわからんが」


 こんな場所だとロゼリア語を『指定』しておかないと厄介なことになる。


 あるとき、ビオラさんとレペス語で気づかずしゃべってて、スベルに指摘されるという。しかもスベルにはロゼリア語をしゃべっているように聞こえたらしい。


 アジアンな軍団が不審そうにこちらを見ている。


「・・・ちょっと会場ぐるっ一周して軽食をつまみましょう?」


 エレナがにやっと悪い笑みを浮かべる。


「えーっと。なにするつもり?」


 いや~な予感がするんだが。


「だから、ちょっと軽食つまむだけよ」


 この会に参加する女性の大半が似たような意気込みを漏らしていた。シャクヤー国の使節みたいに露骨なのは少ないが。適当にお話が集まったら、エレナが王のところにこっそりご報告に行った。


 が、なぜか光弘も手招きされる。


 陛下の前に行き、頭を下げる。


「たしか、名ばかりの爵位ではなく、爵位と肩書きに見合った仕事をしたいとか」


(いや、いってないー!!)


「ミツヒロは爵位を賜りながら、何一つできぬ自分のいたらなさを嘆いていました」


 エレナが憂い顔でそんなことを言う。


(だから言ってない!)


 仕事も忠誠心もなんもなくて、男爵で、もう忘れたが国王秘書なんとかって大層な地位が、ちょっと後ろ暗いって思っただけで・・・。


「いつぞや弟から、推薦があったな。私の話し相手になれ。」


「はっ!?いでっ」


 エレナにこっそり足を踏まれる。が、今は速やかにお断りをー


「その、陛下のお話し相手になるには作法が身に付いてないので...それに弟って・・・」


「私的な話し相手だ。多少の粗相は目をつぶろう。そうだな...壊れた馬車の修理費...」


「ぐっ。不問に伏すって...」


 その件を出されると弱い。


「王族の乗る馬車を襲撃した罪は不問。ただ修理費の請求は別の話だろう?とりあえず、スイゲツ姫を満足させつつ追い払え」


 当時は必死だったが、王家の馬車を襲っている時点で十分テロ行為だ。王が気を変えただけで、スベル以下関わった人たちは断頭台...。


「えっと、満足って?」


「料理だ」


 国王秘書補佐官に相談という名の命令が下された。


 ◆


「我々のおもてなしは口に合わなかったようでな。おまえ同じ国の民だろう」


(顔や服装を見る限りアジア圏ぽいっけれど、日本ぽさ、韓国ぽさよりも中華って感じだよな・・・)


「いや。ちょっとー。その食文化面ではロゼリアとベイルシュタットみたいな関係だと思うんですよ。影響を受け合っているとは思いますが、同じような料理でもアレンジしすぎて原型とどめていない可能性が」


「そうか。だが、多少違っていても同じものなんだろう?とりあえず出せ」


「もう根負けして帰ってもらうのは」


「帰ってもらうのは構わないが、この国の威信を示してからでないとな。ろくな食べ物がないと吹聴されては困る」


「何日ご滞在の予定で?」


「一週間。長旅だから、十分休憩をとってから帰るそうだ」


「一週間ですか。急なことですので、一日一品でしたら・・・できる限りのことをさせていただきます。私の国とは別の国ですし気に入られるか存じませんが」


「さっそく今日の夜からお願いしよう」


「待ってくださーい!」


 (そもそも広東風と四川風どっちが好みかでぜんぜん話変わってくるけれど!)


 と言っても、広東風が天津飯ぽいモノで、四川風が麻婆系だったかな?くらいの曖昧な知識しかない。


 その上、光弘は料理ができない。

 宮廷料理人には光弘の料理を作った経験はないし、助っ人を呼ぼうにも、今日はナクト皇子がこっちに来ているから食堂はてんてこまいのはずだし。


 ・・・って、ナクト皇子!


 ◆


 一日目。


『ずいぶん固い饅頭かシャオビンしか出せぬ料理人はいらんぞ。この国はわらわを飢え死にさせるつもりか』


 これでも前王妃が退位されてから、エデルのパン職人を呼び寄せやすくなり、パンは柔らかくなったのだが。


『まずアレルギーを確認したいのですが、卵、牛乳含む乳製品、小麦、そば、甲殻類、キウイ、大豆、リンゴ、落花生、ピーナッツ、パイナップル他食べられないものがございましたらおっしゃってください。食べたら喉がイガイガしてしまう呼吸できない、発疹が出る等がありましたら告知願います』


 アレルギー反応を起こして、毒殺の疑いをかけられるのだけは回避したい。


『ない』


『こちらに本日使う料理の食材を書いてあります』


 姫に紙を一枚渡す。


『ロゼリア語は読めぬ。』


 公主は通訳の男に視線を流す。


『ダメです!通訳など頼らず自分でお読みください』


 ちょっときつめに注意する。陛下からは、多少言葉が荒くても構わないから好きにやれとは言われているし、無礼打ちされないように、護衛まで付けていてくれる。


『無礼ぞ!』


『今回は私が読み上げます。小麦ー』


 ◆


「中華といったらとりあえずぎょうざ。具は豚肉ににんにくとネギしょうが。」


 光弘自身はぎょうざを作ることはないが、西マール食堂では定番の料理になっている。ナクトとヒューが交互で入ってくることになる。


「ぎょうざ作るのはいいんですが、それだけで満足しますかね?」


「ぱりっと焼くんじゃなくて、とりがらスープに浮かべて、斜め切りしたねぎと、白菜・・・はないからキャベツで、一、二滴醤油を垂らす。パスタも加えて、最後に溶き卵」


 ざっくりと方向性を話したら、ナクト皇子は難なくそれっぽいものを作ってくれた。


 平たく言うとワンタン麺風にしたのだ。



 毒味が、スープとワンタンを確認し、姫の元に運ばれる。

 むー、そもそももてなしって言うなら、相手の食べやすいように


『』


『変な料理だが、いくぶんかましじゃ。明日もお主が作るのか』


『作るのは別の者です』


(一応方向性は間違っていないっぽい?次は・・・)


 試行錯誤する時間はないし、本物の中華を食べたこと自体ない。

 いままで、試作したことのあるメニューで一応の完成度の高いものを出すしかない。


 西マール食堂ではラーメンとぎょうざ以外はほとんど消えるか、期間限定メニューになったが、一応レシピは残していたはず。


「豆腐はないし...。」


 特に豆腐に強いこだわりが無かったので今まで手付かずだった。


『辛いのは大丈夫ですか?』


『多少辛いのは食べられる』


『麻婆茄子にします』


『なすか』


 姫君は若干いやそうな顔をする。


『こっちは、限られた食材でできるかぎりのことをするつもりですが、公主様は食べられない食材はないといいましたよね』


『そうじゃが・・・茄子は』


『食べて体調をくずされたことが?』


『・・・いや』


『好き嫌いは受け付けません』


『無礼ぞ!!』


『いやなら、本日で私はお役ごめんになるだけです』


 ◆


 二日目。


 今日はしっかり白いご飯を炊く。


「茄子はあるし、日本風の炊き方で大丈夫かな?茄子は炒めるか揚げるか、とりあえずぱりっと。豆板醤まであるなんてすごいな王宮」


「基本は肉味噌をつくってじゃがいもの片栗粉でとろみをつけて・・・いつもの麻婆茄子でいいのか?」


「たぶん?っとそうだ。シャクヤー国のお姫様への飲み物はコーヒーか紅茶をお出ししているんで?」


 他の賓客のために忙しく立ち回っている料理人に訪ねる。


「そうですが?もしくはジュースやワインなどです」


 光弘の感覚では、やっぱりご飯には緑茶だ。


 中国はお茶の種類が豊富らしい。全部は覚えていないが、たぶん黒・白・黄・紅・緑だったか。


「烏龍茶・・・黒いお茶有ります?」


「は?」



『麻婆茄子です』


『白米は微妙。魚香茄子も味が薄く、茄子の食感が残っている...が食べられなくはない。今日は緑茶じゃな』


 昨日の姫様は紅茶を一瞥して一口も飲んでなかったが、今日は緑茶を飲んで笑顔がほころんだ。

 一応自宅から緑茶を持ってきておいて正解だった。


 茄子は半分残されたが、最低限の栄養はついただろう。


 光弘がまた紙を読み上げる。


『次は酢豚にするつもりですが。「ビーマン」は大丈夫ですか』


『酢豚?』


 ◆


 三日目。


「一応、トマト対応のフライパン持ってきてよかったよ。パイナップルまであるし」


 パイナップルはさすがにドライフルーツだが。


 エレナが『トマトの美味しい食べ方』をイストから持ち帰ってからは、いろんなトマト料理を試してみた。トマケチャで作る酢豚もそんな試行錯誤の過程で作ったものだが、これも客の反応はいまいちだった。


 光弘自身はパイナップルが酢豚に浮いてようが浮いてなかろうが気にならないが、公主は酢豚をあまりピンと来てなかったようだ。


 今日は、お盆にある紙を載っけてみた。


『これは?』


『漫画です。お暇でしたらお読みください。読む順番は矢印で示していますので』


 週刊ピンクの切り抜きから政治色のないモノを選んで持ってきた。


『読めぬと言ったろうが』


『読めなくとも台詞を想像するだけでも楽しめますよ。酢豚の方はパイナップル有りとパイナップルなし、二種類作って参りました』


『うむ。変わっているがうまいぞ。この緑の苦い物は食えた物じゃないが』


『ああ、それ青茄子(ピーマン)ですね』


『二度と出すな』


 やっぱりピーマンはダメだったか。


 明日の食材を記した紙を食後に翠月公主に渡すが、姫様は目を通すこともなく通訳に渡す。


『明日の食材は米、卵、とうもろこし、ハム「パプリカ」「バジル」ほかちょっと変わった調味料を使います』


『うんうん。良きに計らえ』

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