初陣は風をきって:03
ラスト1人。このラスト1人が一番油断しちゃならねえ。そいつの名前は。"シト・ヒナタ"で、この戦いで唯一のDランク保持者。今まさに対峙しているのがその人だ。いや、まあ、見た目は相変わらずホウィップ・スカイハイなんだが。
「ふぅ……」
「ハァァ……」
間合いを測りつつ呼吸を整えていると、俺と、シト・ヒナタの間の道を赤色の乗用車がやってくる。進行はかなりゆっくり。それが通り過ぎるのを待つように動かない。
車体に視界を遮られる。さあ、どう出る?俺は通り過ぎた、その瞬間に!
「オっっっラァ!!!」
自己採点5兆点満点の超美しいフォームからダッシュから右ストレートまで流れた。しかしその拳が当てたのは空気だけ。
「消え────」
右だ。目と目があったと思った次の瞬間に死を予見できてしまう。奴は、さっき通り過ぎた赤い車のサイドミラーにしがみついて、俺が空振った所をこれ幸いと襲ってかかる。脳みそでわかっていても、身体が追いつかねえ!
「クッ……ソがァァァァ!!!」
{ミルキィ・クラッシュ【覚醒技:ギンガハメツ】発動}
緊急手段だ。左手でACTIVEタップに成功。伸びた右手が瞬く間に肥大化する。シト・ヒナタは驚いているようだが依然向かってくる。これをそのまま迎撃に使うとそれよりも前に蹴られてやられちまうだろう。
本当は攻撃に使いたかったがやむおえない。
「チェストォ!!」
俺はそのまま振り下ろした。すると大爆発を引き起こした。これにはシト・ヒナタも驚いたか。風圧を巻き起こし蹴りを防ぐ。
「なぁ!?」
「ニィ」
十分だ。先に覚醒技をこうもあっさり使っちまったが、攻撃の拍子をずらせれば体勢を立て直して勝てる可能性は俄然ある。さあ、反撃を……。
「んんん!?」
おいおい。地面が割れて、あっ。
「落ちるァァァ!!!」
「なぁぁ!!!」
俺、シト・ヒナタ、共々一階下へと転落する。まさか殴ったら床が崩壊するとは思うまい。
あーやばい。間に合うか?咄嗟に身体を捻って、っていうのが少し遅れた。これも身体がすげ変わっていることの弊害。もう地面がすぐそこ。
「ぬん!」
右足からついて左手、右手、最後に左足。四つん這いの実に不恰好な形だが無事着地か、いやこの場合不時着か?なんにせよまだ生きている。
「さあ────んあ!?」
{ホウィップ・スカイハイ【覚醒技:ソニックショット】発動}
「あっぶねえ!」
弾丸並みの速度で足の先が飛んでくる、しかも回転する風のようなものが付いていて最早ドリルだ。寸前でのけぞってかわしたが、のけぞりすぎて後ろに倒れる。
「うらぁ!」
「のぁ!?」
高く飛んで急襲してくる。っていうか脚ドリルまだ終わってねえのか!?避けられん。両腕でガードするか……いやあ、あのドリルを防げるたぁ思えん。
「えっ、あ、あれれ」
「んあ?」
シト・ヒナタは俺が今倒れてる位置を飛び越して視界から消える。外した?そんなアホな。だとしたら相当な下手くそだが?
「ああ、そうか、俺が移動したのか」
からくりはすぐにわかった。よっこらしょいと立ち上がり見てみれば、後ろからシト・ヒナタが走ってこちらを追いかけている。
そう、ここはトラックの荷台の上だったのだ。進行方向と真逆に飛んだアイツは荷台から降りてしまい、走る羽目に。
「あばよ!!」
「に、逃がすか!」
これで、互いに覚醒技は使い切った。現在は立ち位置的に俺が優勢だが油断は禁物。きた、一気に踏み込んで超速ダッシュから飛び移ってくる。ちゃんと膝を前に出して。
目線は俺の拳を見てる。反撃をする隙は無いか。ならば。
「あっ!跳び移るな!」
「フハハッ!」
トラックとすれ違いになった乗用車に乗り換え。じゃあなーって感じ。さあ、そしたらお前もこっちに跳んでくるよな?
「待て!」
「ただいま」
「なっ!?」
乗用車から出戻りするようにトラックの方向へ跳んだ。そのタイミングはシト・ヒナタと同時。空中で交差し、俺の左腕が首根っこを捉える。
「空中ラリアットォォォ!!」
プロレスラー顔負けのキマり方をしたんじゃなかろうか。
この俺が逃げまわるわけがない。これを機に覚えておけ。
「俺の戦いに、逃げるっつー選択肢はねえ」
ガチン、と。可愛らしい顔面を容赦なく地面と拳でサンドイッチしてやった。ミルキィのお手手も可愛らしいからおあいこってことで。
{鬼葉がシト・ヒナタをキルした}
{you win‼︎}
{ランクアップ!E-3→E-2}
{最多キルボーナス!E-2→E-1
{1位ボーナス!ランクアップ!E-1→D-3}
{Dランクへ昇格!!}
さあさあ、長い一試合を終えてひとまずの感想。
「楽しぃぃぃぃぜ!!!」
危うくやられるところだった。久しぶりに手に汗握った。もう興奮がとまらんぜ!最後のシト・ヒナタって奴はなかなか強え。今度はトラックの運無しで完全勝利してーな。
「フハハハッ!いいね、いいね、テンション上がってきたぜ……んあ?」
{Dランク昇格報酬}
目の前の文字がそう知らせる。
おいおい戦って勝ったらさらになんか貰えちゃうのか。さっそく報酬を開けてみた。
{【キャラクター:ラズヴェリー・チェーン】を手に入れた}
「ほーう新キャラか」
なるほどね、こうやって使えるキャラが増えるわけだ……俺がミルキィ以外のキャラを扱えるかは別として。
名前の由来はラズベリーか、チェーンの方は鎖を連想させる。
どんなキャラだろうか。もしや、190センチのムキムキマッチョメンだったら……はい、女の子でした、っすよねー。
[お疲れ様!大勝利みたいね]
見れば黒猫のお出迎え。
「まあな」
俺はガッツポーズしてみせる。超最高だったと伝えれば猫も嬉しそうに頷く。
それから俺は「もう一戦いけるか?」と聞いた。楽しくて仕方ないんだ、休憩無しを許せ。
[ええ、もちろん]
Uターンしてもう一度ゲートをくぐればいけるそう。
こうなりゃ満足いくまで俺はやり続けるぜ?折角楽しくなってきたんだからよ……。
「って、おいおい、なんだ?止めてくれるなよ」
黒猫が俺の目の前に出てきた。遮るように。
[シト・ヒナタからメッセージよ]
「シト、ああ、さっきのアイツか。なんだ?」
その文は『対戦ありがとうございました』から始まる。うむ、戦いに礼儀とはなかなかイイ奴じゃないか。
ーーーーー
対戦ありがとうございました。
改めてボクはシト・ヒナタ。少し話をしたいからフレンド申請をしたよ。もしよければなんだけど。承諾したらフレンドルームに招くからその時よろしく。
シト・ヒナタ
ーーーーー
[シト・ヒナタからフレンド申請が来てるわ]
面会をご所望と。あーー、なんか話すことあるか?戦った感想の言い合い?悪かねえが、俺としてはその時間で次に次にどんどん戦いたい気持ちがある。
「……ま、挨拶して、喋り込みそうな内容なら軽く流して切り上げるか」
俺は承諾し、そして、フレンドルームってーやつに招かれる。なんだろうな。多分戦いの場じゃ無いだろ。
そういや俺の知り合いに「サツはワイのダチや!」なんつってだる絡みしたら公務執行妨害でパクられた奴いるんだが。これフレンドルームという名の豚箱とかじゃないよな?
「ここか」
なんか、真っ白ーーい、ふっつーーーの部屋。なんかメイク道具的なのが置いてある鏡付き机が置いてあるぐらい。一応女の子が住む部屋ってことなんだろうか。
「あ、申請ありがとう」
そこには上にシト・ヒナタという名前が表示されたアイドルチックな女の子キャラが。
「ところで早速なんだけど」
という切り出しから奴は言った。
「ボクに、このゲームのコツを教えてほしい……!」
すっげー真剣な顔だ。だがすまん、それは。
「俺も知らん」
なにせこちとらゲーム初心者なもんでな。