Hurtling Burst 最速戦:06「控え室の一幕」
[Hurtling Burst -online- JAPAN CUP X86 まもなく開始時刻です。本戦出場メンバーはオンライン、オフラインから専用のイベントブースの控え室まで来てください]
この世界で1番の技術を結集した代物といえばVR機器である。このヘッドホン型のそれは製品名を"デヲキシヴァ"と名付けられているが、現実世界から電脳空間に文字通りワープすると言われている。
いまより何十年も前の"情報革命時代"に確立された技術で、位置エネルギー保存の法則が書き変わったとかないとか。
そんなデヲキシヴァの技術が反映されているのが、この東京グランドフロントと呼ばれるイベント会場だ。
まず見てわかる通り外観と内部の広さが一致していない。イベントブースの一角は外から見ると、港の倉庫一つ分ぐらいの大きさしかないが、中はサッカードームぐらいある。
まさにリアルと電脳の狭間のような空間。さらにアナウンスでもある通り、「オンライン、オフラインで来てください」という言い方をしている。つまりどう言うことかというと……。
「身体が!リアルの身体が!AtoZのアバターになった!?」
「知らないのヒナタ。あのゲートを潜ると電脳空間なんだよ」
通常、デヲキシヴァを介してリアルと電脳を行き来するのだが、ここでは舞台袖のゲートを潜ることで電脳世界の姿に変身する。
ヒナタは美少年からボーイッシュガールに。ゆるふわな紫パーカーは兎の耳が象徴的。これぞいつもの姿、紫兎chの視聴者らが一番見慣れているだろう格好。
柴犬の着ぐるみに警官の帽子をかぶっている、細目の少年は波標だ。お家でゴロゴロする時の格好では?と言われそうだが、彼はこの状態をファーストワン・ハウンドレッドと自称している。酷いミスマッチ。
虎紀はいつも通りパンクなライダースーツに骨の頭……を上にあげていた。実はフルフェイスヘルメットだったらしく、その下は素顔だった。イケメンだから許される行為。
ロックはリオのカーニバルにいそうな露出度の高いダンサー衣装。なんと破廉恥なとキレ気味に燕歌に言われたが本当にそう。顔に鳥仮面をつければ良いとかそう言う問題じゃない。
隣で御立腹の燕歌は白髪にブルーのインナーメッシュはいつも通り。ただAtoZは着せ替え機能もちゃんとあるので今回は勝負服、黒に青いラインを基調とした厚手のストリートファッション。おまけでビームサーベル(ハリボテ)も完備している。
それぞれの見た目に関してはそんな感じだ。
ちなみに会場にはオフラインで来ているリアル客とオンラインから入室したAtoZアバターを纏った客が混在するカオス状態だ。
「ボクこういう会場来たことないから新鮮だ」
と、ヒナタが言うと。「へえ。そうなの」と、波標が返して。それから「じゃあ今度また行こう。定期的にロリパンのイベントやってるし」と、続けた。ヒナタは嬉しそうに「約束!」と指きりをした。
「えー。出場者のみなさん。こんにちわ。説明を担当させていただきます、九条蓮巳です」
控え室。あまり広くない舞台裏の一部屋に60人集まっているので窮屈だ。しかもみな、AtoZのアバターを纏っているため、画面が非常にうるさい。担当者と思わしき人物。蓮巳と名乗った女性アバターもこれには苦笑いしていた。
「まず同チームの方々、3人ずつ、列になりますので。呼ばれたチームから順に、この部屋の右側から並んでください……【Team GYK】さーん」
なんの偶然か、さっきの三馬鹿が最初に呼ばれた。ヒナタはその際にゲンタと目が合う。キッと睨みつけられたので、素っ気ない態度で返す。
順繰りに呼ばれていく。次に呼ばれたのはAブロックの4位、次は3位、2位、1位。
この法則性から察しの通り、Dブロックのトップスリーである【チーム:アイテール】【TYRANNUS】【The Tempest】は最後に呼ばれることになる。
「────【チーム:アイテール】さん」
呼ばれた。シロサギを筆頭に、緑雀、レイヴンa.k.a衝動が並ぶ。周りを見ると、どうやら予選で代表選手をしたプレイヤーが先頭に立っているようだ。
ヒナタたちもこれに倣って、鬼葉を先頭にする。
そう鬼葉を。チェックインは済ませているが、済ませた直後に野暮用でこの会場から抜け出した鬼葉を。今はバイクに乗っていてオンラインからの入場もできない状態の鬼葉を。ああ、そう、その鬼葉を……どうやって?
「【TYRANNUS】さーん」
「んふふ。いくわよ、瑰の……あ、違った鬼葉の……あ、これも違う。ワタシのシモベたち♡」
「「いや待て待て待て待て!!誰あんた!!?」」
ヒナタと燕歌の目の前にいるのは、鬼葉を名乗る"謎の女その2"。どう考えても異常者にしか見えないそいつが、元気よく手を挙げていたのだった。
すらりとした体型。ロックと並んでも競り合えるくらいの美貌を持っているが、どちらかというと筋肉が引き締まっているタイプに見てる。真っ白い肌に真っ黒い髪の毛を伸ばしているが、不思議なことに鬼葉が自分で作ったアバターよりも"鬼葉"っぽい。
こちらの方が正統女体化感があると、ヒナタは思った。
「えと、つまり鬼葉のリアル知り合いで、その場を凌ぐ代理を任されてるんだね?」
「そう。任されちゃった。でも安心して、走るのはちゃんと瑰……鬼葉、本人だから」
「はぁ」
本当に鬼葉の知り合いなのか。疑問に思うヒナタはひとつ問いかけをした。
「鬼葉とはどういう関係なんですか?友人?それとも……」
「婚約者です!」
「「「ぶっふっ!!」」」
当然何を言い出すかと思えばまさかまさかの婚約者。ヒナタも燕歌も、それから隣に並ぶ波標が吹き出した。鬼葉、あれで結婚相手がいたのかと開いた方が塞がらない。
と、思いきやそれは嘘だと即座に否定する者がいた。虎紀だ。
「鬼葉がてめーみたいな阿婆擦れとくっつくわけねーだろばーか!豚箱から出てきたからって調子こいてんじゃねえぞ羅鹿」
「相変わらずトゲトゲした言い方で傷ついちゃう。虎紀ぃ?ワタシ貴方に悪い事した?」
明らかに不機嫌になった虎紀。豚箱なんて単語が出てくることから察するにこの女もまたあっち側の人間なんだと、ヒナタは理解する。それもいがみ合っている事から昏鵺会の人でもないのは確かだ。
悪くて怖くて不気味な人。まあ、そんな第一印象。それはそれとしてヒナタはこう言うのだが……。
「虎紀!女の子に阿婆擦れとか言っちゃダメだよ!」
「ウッソだろヒナっさん!?」
まさかの援護射撃。あら優しいと笑顔になる"謎の女その2"と、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする虎紀と周りのみんな。
「落ち着いてくれ。ヒナタ。君の感覚バグってるよ」
「ヒナタ殿、冷静に考えて勝手に婚約者を名乗る異常者を擁護する必要はないのではなかろうか」
「She is a bitch‼︎」
ようやく少し考えて。「そうかな、そうかも」と納得して、じゃあどうしようかと言えば、次に答えを出す。
「まあ、みんな仲良くが一番いいなって思って。何はともあれ、代打で場を繋いでくれて助かるよ、偽鬼葉」
「はいどういたしまして、ヒナタ君」
[Hurtling Burst -online- JAPAN CUP X86 本戦出場メンバーは登壇してください]
「はい、えーではお時間になりましたので、選手入場になります。右側の、舞台入り口に近いチームからですね。こちら側から合図しますので、呼ばれたら来てください」
アナウンスと、先程の案内役の掛け声が控え室に響き渡る。
いよいよ始まるんだなと、一気に緊張感が訪れ、室内は静まり返る。表で司会が喋っている、それが壁越しにも伝わってくる。
……大会というのは、得てして、それぞれの思いが交錯する場。正々堂々とした勝負に挑みたいと願う者、自分が快速に走る事をイメージする者、いろんな不安に気を取られている者もいる。
だが彼ら彼女らに共通する想いが一つある。それはもう言うまでもなくこれに尽きる。
『レースに、勝つ!!』




