Hurtling Burst 最速戦:03 「鬼の差し伸べる手」
会場の隅っこ。【REVE】シリーズなるゲームの展示ブースが輝く裏で、喋る少年。神矢 白鷺の姿があった。そこに集まっているのは、そう、別チームの面々。金で雇われた傭兵。【チーム:アイテール】を勝たせる為だけに集められたものたちだった。
しかし彼らは誰もが驚愕していた。白鷺の発言を聞いて。
「もう一度言う。君らは全力でレースをしてくれ。それこそ俺たちに勝つつもりで。ライバルとして。小尾から金で雇われた?そういう約束?関係ない。正々堂々やるんだ」
その発言は即ち。八百長試合をぶっ壊してしまえと言うことだった。しかしそんなことしたら危険が及ぶのは少し考えればわかるだろう。
雇われた者たちは勿論のこと、チームメンバーの緑雀とレイヴンが反対する。
「正々堂々とはできない。私たちはそう言う契約でしょ」
「彼らは金と貰っている。そんなことしたら俺たち全員……その……ヤのつく人達に」
みな恐れている。緑雀とレイヴンの意見に賛同するのが大多数。だが白鷺は呼びかけた。
「いいや正々堂々とやるんだ。その上で俺たちは勝つし……なにより……そんなヤクザはいない……いなくなる……」
「白鷺、何を言ってるの?」
「おいおいおい、本番前に頭打ったおかしくなっちまったのか!?」
流石に無理ある。ここにいる全員が小尾やこの学院の取り巻きのことは知ってる。
傭兵たちは明らかに危険を冒す主人に反発している。まあ、これは予想していた通りではある。白鷺は次にこう続ける。
「俺たち以外を積極的に攻撃するのはいい。だけど俺たちを直接的に守ったり、順位を自分から譲ったりしないでくれ。何かの事故で俺たちが撃墜されそうな時は見捨ててくれ。こっちから撃墜されるのを待ってくれ。そして……少しでもやられるのが嫌だと思ったら、走れ。無視して走れ。避けてもいい。一位を狙いたいなら狙え」
そうは言われましても、と雇われた者たちは首を傾げてしまう。やはり当然の反応だろう。結局白鷺が何を言おうが絵空事。だが、直接的に言うことに意味がある……と、桃色髪の彼女は言っていた。
白鷺も今回のことは半信半疑だ。しかし疲れ切った精神は、ときに淡い期待を自然に求めてしまうもの。身も蓋もないことを言うあの少女に期待してしまう。
(……いいんだな?これでいいんだな鬼葉……俺は言ったぞ……本当に……禍炉赦會を潰せるんだな!?)
◆◆◆◆◆◆
「てめえは選手か?それとも奴隷か?」
本戦より1週間もまえのことだ。いや、わずか1週間と言ったほうが適切か。電脳空間のグローバルコミュニティ。【AtoZ】桃色の髪の少女のアバター"鬼葉"が放った言葉に、シロサギは一瞬理解ができなかった。
と、いうより、先程の鬼葉が交渉中にやった暴走ともいえる態度が頭から離れない。
「お前、本当に、やばいぞ……アイツらはマジなんだぞ!?」
シロサギは知っている。小尾と、その取り巻きは必ず報復する。これは脅しじゃない。元アイテールの木菟はそのせいで消された。次は燕歌────東雲 讌だ。いやそれだけじゃない。特定されればこの、鬼葉という少女だって危険だ。
それをわかっているのかと再三聞く。
「悪い事は言わない。今すぐ大会を棄権しろ!まだ間に合う!」
「八百長に加担してる奴がなァに言ってやがんだ?」
「……ああ。加担してる……してるから知ってるし、言ってるんだ!命の危険だぞ!」
顔を横に振り、桃色の髪がわさわさと靡く。
「ウチはこの大会を勝ちてえんだよ。棄権なんか誰がするか」
「勝ち負けの話じゃあない!危険だから手を引けって言ってるんだ!」
「キケンだけに?ってか?」
「うるさい!」
必死な様子のシロサギ。鬼葉は一切動じることなく、すっと指をさし、こう言った。
「お前、嫌じゃねえのかよ?あんな奴のいいやりになってよ」
「は……そんなもの……」
嫌に決まっている。だがそれを言ってどうなる?どうにもならない。仕方ないことだ。シロサギたち選手は無力だ。抗ったところで、痛い目を見るのはこちら側だ。長い物には巻かれて大人しくするのが身のためなのは間違いなし。
「そんなもの、お前には関係ない」
「そうか」
鬼葉は首を下げた。彼女もわかってくれたかと、シロサギはため息をつく。今からでも間に合う。だからこう言う「しっかりと小尾に謝罪して、大会から去れ」と。シロサギも八百長に加担させられているだけで、普通の人だ。そんな無闇矢鱈に人が傷つくのなんて望んでない。
……すると鬼葉は顔を上げ、拳をぱちんと一度鳴らした。
そしてこう、言い放つ。
「わかった"禍炉赦會"を潰す」
「はぇっ!?」
何を言っているんだこの小娘は!とシロサギは驚愕した。絵空事も行くところまで行くと理解不能。言葉を失ってしまう少年とは対照的に意気揚々と話す少女。
「お前らを取り仕切ってる奴はわかってんだァよ。だからぶっ潰す。上がいなきゃテメェらが八百長試合やる理由は無くなるもんなァ?」
「言っていることがメチャクチャだぞ!?潰す?どうやって?は?というかなんでお前禍炉赦會の名前を」
「そりゃあ、お前、でけえ組織には組織ぶつけんだよ。抗争だ!腕がなるぜェ!フハハハッ」
「あ、あんたは!?」
一体、何者なんだ。この小さくてか弱い少女のアバターの裏側に、なにを潜ませているんだと、恐怖を覚える。小悪魔なんて生温い比喩表現じゃ足りない。奴は正真正銘……。
「鬼」
シロサギは、気がついた。ようやく気がついて薄々わかってきた。
小尾に商談を持ちかけたと思えば、挑発してそれをぶち壊し、禍炉赦會の名前を知った上でそれを軽々と潰すと宣言し、組織に組織をぶつけて抗争すると言う。この恐れ知らずが何者か。
これが本当に知能の足りない世間知らずなら鼻で笑って無視しただろう。だが、鬼葉がそんな頭の悪い奴なら、あの予選を勝ち抜けるわけはない。
「まさか……カタギじゃないのか……」
鬼の子は何も言わない。だが牙を剥き出しにして、憎悪を振り撒く。怒りの矛先は大会を牛耳る裏の組織。我々の後ろにいる奴らだ。
シロサギは不思議に思った。自分たちもまた、八百長に加担し、鬼葉を集団で陥れ、予選で潰そうとした敵なのに。なぜ、なぜ。
────なぜ、こちらに手を差し伸べる?
白い肌の細い可憐な手が伸びていた。鬼を見た直後に、人肌の美しい右手が。シロサギの頭はだいぶ前から理解が追いつかない。鬼の子は女神にも似ていた。
その神々しさたるや、この反吐が出るほどの闇から自分を救ってくれるかのように、温かく、慈悲深い手よ。
「何度でも言う、ウチらはテメェらと正々堂々勝負した上で勝ちたい。八百長試合なんてごめんだ」
「だから……小尾や禍炉赦會を潰すと?」
「そうだ。そんでテメェは堂々と選手として走れ」
「本当に言っているのか?そんなこと。確証は?」
「確証、か。物事ってのは何が起こるかわからねぇな、100%抗争に勝てるって保証はどこにもねェからな。失敗しちまったらやべーのなんの……けど」
その鬼曰く
「既に探りを入れられてるのに気づきもしねえ豚どもに負けるようじゃ、龍頭で天下取ってねェよ」
結局何を言っているのやら。龍頭とはなんだ。わからない。
だがそこには確かな覇気があった。希望に満ち満ちていた。シロサギは思う。もし本当にこの地獄から解放されるなら、悪魔でも鬼でも、この甘ったれたような虚言妄言にだろうと魂を売ってやりたいと。
許されなかった。木菟を失って、アイテールを乗っ取られたあの日からずっと、指示に従い勝利するだけの歯車でしかなかった。誰がこんなの望んだか?シロサギがしたいのは、本当にやりたい勝負とは。この少女が言うような、正々堂々とした……。
「お前、燕歌から聞いてたが素直じゃねえんだな」
「へぇ……?」
「そんなわっかりやすくビービー泣いてちゃ世話ねェぜ」
「あ……」
気づけば涙が溢れていた。気が付いたせいで余計に溢れて来た。何かが壊れたかのように、そのまま止めどなく溢れ続けた。
シロサギは、誰かに救ってほしかった。平静を装い、優秀な駒として動いていても、本当の心は疲れ切っていた。何が好きであんなに虚しいことをしていなきゃいけないんだと。心は限界を迎えていた。それが今、全部漏れ出してしまう。
情けない。情けない。敵チームの、それも個人的に嫌な性格をした奴の、あんな奴の目の前で、泣きべそをかいて、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。シロサギは赤面した。それでも涙は止まらなかった。
そんなシロサギを。横で眺める鬼葉は、この場にいないヒナタや燕歌が今後見るかもわからないくらいに穏やかな表情をしている。
「ウチは、お前みたいなごく普通の奴が、裏社会の屑どものせいで陥れられてるのを何度も見たことある。そんでその度にムカつくんだよ」
鬼葉は目線を遠くの方に向けて、言う。
「ムカつく奴はぶん殴る。それがウチのモットーだ。全部任せて、何も考えず全力で走れ」
シロサギは差し伸べる手を取った。
「いい勝負にしよう」




