いずれ来たる決壊
「おぬしらは付き合っておるのか?」
「「ちがいます!!」」
便利屋に身を寄せる少年少女は顔真っ赤にして、質問に対して否定した。
その様子をみて「ふぉっふぉっふぉっ」と笑うのはお馴染みお爺ちゃん店長。
「わしは蜻蛉 誠一郎ここの店主じゃ、ゆっくり泊まっていき」
「ボクは御兎 紫陽です。ヒナタって呼ばれてます」
「東雲 讌。ネットネームで燕歌と名乗ってます。呼び名はご自由に。今日は本当にありがとうございます」
「うむ、じゃあオトコオンナ君とアオ◯ンちゃんと呼んで──」
「「ヒナタと燕歌でお願いします!!」」
2人はまたまた顔を赤くする。年頃なのでその冗談には乗れない。泊めてくれるのは本当にありがたいのだが、脳みそドスケベなのが惜しい所。
「ピンクの坊やから全部聞いたわい。災難じゃったのぉ」
「はい……ところで鬼葉はどこですか?」
あたりを見回しても彼はいない。一体どこへ消えたのか。蜻蛉店主は答える。
「彼奴は今、いろーんな人と話をつけておる」
「それは八百長の件、ということで?」
「そうじゃ」
「……そうですか」
燕歌は、隣に座るヒナタに小声で話す。「本当にすまない。なにか巻き込んでしまったようで」と。だがヒナタは首を横に振る。「ボクら全員が悪い奴に巻き込まれたんだ」と。だから誰も悪くないと。
「はぁ……」
「疲れたのかの?」
「はい、流石に」
なんだか遠くにきてしまったなと、ヒナタは思った。まさか八百長が仕組まれているとは思わないし、あろうことか正面切って立ち向かうとは夢のまた夢。この件を考えれば考えるほど鬼葉についての謎が深まる。
そんな内情を察してかはわからないが、蜻蛉店主は一つ語り出す。だいぶ年季の入った給湯器に水を入れながら。
「鬼葉は……ただのヤンキーじゃよ」
「そうなんですか」
「うむ、いや、一つ訂正すると、喧嘩がありえん強いヤンキーじゃな」
ヤンキーなんて今の時代創作物でしか見たことないよ、とヒナタも燕歌も思う。だが龍頭の街であれば事実なのかも知れない。
「どれくらい強いんですか?」
「一人で組織を……うーんトータルで10個ぐらい潰しておるな」
「「マジすか」」
「おおマジじゃ」
給湯器が沸いた。「インスタントじゃが何が飲みたい?」という質問に対し。ヒナタは棚に置いてある茶葉の袋をチラと見て「緑茶で」と答える。燕歌も「同じく」と答える。
ジョロジョロとお湯を湯呑みに注いでいく。
「しかしな。鬼葉の強いところはそこじゃない」
3杯の緑茶。うち2杯を客に出す。蜻蛉店主は1杯飲み、ヒナタと燕歌も続いて飲む。
「奴には、他者を率いて進む。覇王の器がある。それが真の強さ」
「覇王!?……ってゲームでしか聞かないような単語ですねそれ」
「せやろうな。しかし誇張無しに制覇する王者、覇王じゃ」
もう一口啜る。そして続ける。
「この街の治安は、わしと、彼奴がいてギリギリ保たれてるんじゃよ」
それから蜻蛉店主は二人に龍頭の街の勢力の話をした。
虎紀の率いる【昏鵺会】がいること、鹿目という組長代理が出所した【紅孩一門】がいること。狂犬、狗飼警部が率いる警察署。そのトップ3人の間を取り持ってるのが実質的に【鬼葉】であること。それから便利屋である【陽炎】の立ち位置。
それがどういう歴史で成り立ったものなのかを。
「わしも昔はな……ツレに"覇王"と呼ばれとった。龍頭の街のてっぺん取ってな。【陽炎】の旗を立てたもんよ。
しかしもう、生い先短い。この街の未来は、鬼葉にかかっておる。鬼葉が先導していくんじゃ……」
これだけ長々と、鬼葉がいかに凄く、重要な人物かを語った。この街の心臓になるのが鬼葉だとも言った。
そこまで言った上で、散々語った上で蜻蛉店主は、ヒナタと燕歌の2人の手を握り、真剣な眼差しで改めて問う。
「お前さんらにとって、鬼葉とはなんじゃ?」
燕歌は言葉に詰まった。彼はなんなのだろう。"チームメイト"というべきか。"私を救ってくれるヒーロー(予定)"とでもいうべきか。答えが出なかった。付き合いもそこまで長くないからだろう。
だから横を向いて答えを待つ。同伴者ヒナタの。
ヒナタは少し考えて、一つ頷き。答えを出した。
「友達」
「……そうか」
蜻蛉店主はぐびっと、残るお茶を全て飲み干し、「ぷはーーー」っとわざとらしく息を漏らし、「今から言うことをよく覚えていなさい」と念を押して。こう言うのだ。
「鬼葉はな。おそらく、お前さんらを友達と認識しないようにしている」
二人は「えっ?」と思わず声を漏らすが、まだ蜻蛉店主の言葉が終わっていないことを察して抑える。店主は続けた。
「鬼葉は。"友達"っちゅうもんの付き合い方に問題を抱えておる。
心に大きな大きな傷を負っておるのじゃ。表面的には見えないかもしれんがな。
それはまだ癒えとらんし、これから先癒えるかもわからん。
だからお前さんらを時に突き放し、酷いことをしたり、お互い反発することも、これからあろう」
────それはいずれ死にゆく老輩の願い。
「……だがその時は。どうか奴を見離さないでやっとくれ。奴を一人にしないでおくれ。そうじゃなければ、いずれ壊れる時がやってくる……!
お前さんらはきっと、今の彼奴の心を救える存在やもしれん。虎の坊やでも、鹿の嬢ちゃんでも、狗飼の刑事さんでも、わしでもない。お前さんらだけなんじゃ。
いつまでも、彼奴の。鬼葉の友達で居てやっておくれ」
蜻蛉店主は言い切って、頭を下げた。ヒナタたちはどうしていいか分からず息を呑む。鬼葉について知れると思いきやまた一つ鬼葉についてわからないことが増えてしまったのだ。
彼は一体、なにがあったのだろう、と。
「ふぉふぉ。まあ、今言ってもわからんじゃろうな!すまんすまん!」
「茶が冷めたじゃろう、新しいのを入れよう」と笑って誤魔化す。だがこの警告はきっと、いずれわかる日が来るのだろう。
ヒナタと燕歌の激動の一夜は、次の一杯でようやく終わりを迎えそうだ。




