龍頭の夜道、漆黒の二輪が駆け巡る
鬼葉は急いで便利屋に向かった。幸い近い日にメンテナンスをいれていたので準備は万全だ。
「────じじい、さっきの紹介はマジなんだな」
「おう。一応あの嬢ちゃんの他にも何人かeSports関係者を知っとるが、お前さんも面識があろうし、立ち上げ段階じゃ、丁度良いじゃろう」
「丁度良すぎて鳥肌立つぜ……いや、まあ経営者がアイツらなのはマジで不安要素しかないが」
「まあ、これからじゃ」
「そうだな、様子見だな」と返してやる。ちょいと重要な話を終えたら、ガレージを開けてくれた爺さんに感謝をする。そして漆黒の体躯に跨る。いくぜ相棒ッ!!
「っと、その前にじーさん」
俺は後方の勝手口の側で佇む爺さんの方見た。目が合うと「?」という顔をしている。まあ、ちと民宿の予約をな。
「2人程、泊めてやってくれ」
「本当に面倒ごとに巻き込まれておるなお前さんは」
「まァな。いいか?」
「いいけんど、どんなやつかの?」
「……あーーわからん」
「え」
なぜってリアルであったことねーからな。
◆◆◆◆◆◆
長々と。過去を語り終えた讌こと燕歌は「はぁ」とため息をついた後こう言った。
「あの怪文書本当に笑えるぞ」
「この空気じゃ流石にじゃない!?」
重苦しい過去をあんな3分でスナック菓子を食べながら思いついた文書で笑い飛ばす当人を見て理解に苦しむ。ただ実際、あれのおかげで今がある、だから笑えるというわけなのだが。
「まあ、これなら、鬼葉が立ち向かうって意向に賛成する……」
そう言いかけたところでヒナタは深く考える。逆であると。
そう、あれだけ怖い思いをしていたのなら、逆に止めるのが普通ではないか?と。そうでなければ、もしかしたら、木菟と同じように今度は鬼葉がそうなるかもしれないのだ。
ヒナタはあの脅しの動画が冗談じゃないくらい怖かった。だから今も鬼葉に対して不安は多少なりある。
そのことを燕歌に伝えるとまた笑い飛ばす。
「ヒナタ殿はあの愛らしいホログラムの裏に潜む鬼が見えないのかい?」
「見えまくりだねうん」
それはそう。
「あの人は、誰よりも速く八百長を見抜いた。そして会う前から小尾の正体もおおよそ的中させた」
「たしかに、それはボクみたいなシロートにはできないな」
「であろう。そしてあの交渉の場での態度」
「うん、うん」
思い返す。あの時の鬼葉の背中は、小さくて肩の骨なラインが見えるほどに華奢な身体は、異様に彫り深く大きく見えた。
「「そしてなにより」」
2人は同調する。
「「この街にいるって事実」」
彼女、あるいは彼が呼び出した場所は、脅威の犯罪件数と検挙率を誇る最低最悪のデスシティ。そりゃあ龍の口の中に潜む魔物が普通なわけがない。
そんな場所に飛び込んでしまったか弱い2羽。事実を改めて理解して寒気が襲う。
「それに私も、心の何処かで思っていたんだよ」
「なにを?」
燕歌はふふと、小さく笑った。
「仕返しの一つや二つしたいなって」
「鬼葉は徹底的に潰すっぽいけどね、あはは」
2人はそんなふうに軽く笑っていると、轟轟と唸る音が聞こえた。なんだかやけに騒がしく、それが徐々に近づいてきているのがわかる。
「燕歌っ……あれ……」
「おっ……と」
声がひっこむ、縮み上がる、掠れ消える、言い方はいろいろ、とにかく音を出してはいけないと本能が低く呟く。
河川敷の橋の下、見上げた隙間、向こう景色からやってくる無数の光────バイクだ。
声を荒げる男達。サイドカーをつけたアメリカンバイクを筆頭に夜中の車道を激走する。どうにも背後にいる車両に跨る者たちは怒っているようだった。
「今日テメェを倒して俺たち和威罵闇が三大勢力の一員だあ!!」
「逃げてんじゃねえぞゴルァ!!」
「ぶっ殺してやる!!」
バイクたちはそのまま突き進み、橋の上に行って見えなくなった。
ヒナタと燕歌は顔を見合わせ、ぶるると震えた。すると今度はびくりと跳ね上がることになる。
────ッ!!
「バクハツ!?」
「ぬわぁ、どうなってんだこりゃぁ?」
橋の上、空気が重く振動する。ぱらぱらと、橋を支える骨の隙間から小石が降る。
さらに追い討ちをかけるようにがしゃりと、金属音。今度は小石なんてちゃちなもんじゃなく。"バイクそのもの"が降ってくる。サイドカー付きで。しかも運転手まで。
「「!?!?」」
「……」
愕然とする少年少女。トルクを上げる音だけが残る。橋の上で何があったか、なんて考える暇もないだろう。目の前に、おおよそカタギじゃあない、最早人間かもわからない桃色の髪の大男が、こちらを目で見て離さないのだから。
やがて、それは喋り出す。
「夜分遅く。こんな街のこんな河川敷の下で、んななまっちょろが無防備に2人もいたら答えは簡単だよなァ?」
その声には聞き覚えがないが、その言い回しは何度も聞いたことがある。ヒナタと燕歌は安心していいのか、まだなのか、わからないまま、目が泳ぐ。
なので彼は答えを出す。
「よう、お前ら。待たせたな。この鬼葉様が迎えにきてやったぜ」
親指を立て、「乗りなッ!」と言わんばかりの合図をすると。
「「えええええええ!?」」
うちに秘めていた困惑の声をぶちまけるのであった。
ヒナタがサイドカーに乗り、燕歌が鬼葉と2ケツする形で。あえて表現するなら龍の腹の中を突き進む。
「意外だったか?俺が男ってところまでは見破れたかもしれねえけど」
こくこくと、2人は頷く。
「ねえ、鬼葉ってカタギじゃないよね」
「お?案外ストレートに聞くな。びびって無言貫かれるぐらいの覚悟はしてたんだが」
「いっ!いえっ!差し支えなければ結構です!」
「畏まるなっての。俺ァ見たまんまだぜ」
「筋者じゃあないですか」
ヒナタは思った。確かに鬼葉とはおおよそ少女ではなく男性。それも大人の男性。普段はクソガキのような言葉遣いだが頭が冴える場面が多いので、メスガキRPをしている、汚れ仕事を受け持つタイプの社会人ぐらいの見方をしていた。
それがまさか身長2メートルぐらいはありそうな巨漢のヤンキーだなんて誰が思うか。
「……いろいろ聞きたいんだけどいい?」
「んあ?いいけどすぐ着くから短い質問で頼むぜ」
「さっきの"わいばーん"って人たちは?」
「知らねえ。その辺のゴロツキだろ?」
「えぇ……」
言葉を失うヒナタ。その続きの質問を今度は燕歌がする。
「爆発がしたがあれ大丈夫なのか?」
「あーー、知らん。死んだんじゃね?」
「「えぇ……」」
今度こそ2人とも返すものが無くなる。そして同時に理解する。「こいつ、リアルでイカれてやがる」と。
「あーー、あんまりドン引きされんのも気分良くねェんだな。初めてだぜ。怖がられてなんか悲しくなったのは」
夜街をぼーっと見ながら頭を回す。そしてちょいとした解決法を見出す。
「【傭兵のシルバー】俺ァ巷でそう呼ばれてる」
「傭兵の……シルバー?」
ヒナタが見るとそこには、いつも鳩バスで鬼葉が使ってるプレイアブルキャラクターそっくりの男がいた。違いは銀髪ではなく桃色の髪なのと、スカジャンを着ているのと。なんというか【ミルキィ・クラッシュ】要素がねじ込まれたような姿である。
そう考えると、そこにいる鬼葉は、あのオンライン上で親しい仲だったあの鬼葉と同一人物であると再確認できる。いい意味で。
「そうか、キミ、鬼葉なんだね」
「んぇ?そうだつってんだろ最初から」
「あははっ!鬼葉!鬼葉だ!リアル鬼葉!」
「それ会ってすぐな時の反応じゃねえの!?時間差すげえなおい」
初めて鬼葉を鬼葉と認識して喜び出すヒナタと、逆に困惑させられる鬼葉、その様子を密かに笑う燕歌。TYRANNUSは今揃った。
「するってーと、お前がヒナタだよな?おめえタマついてんのか?」
「それ、仮に相手が女の子だとしたらセクハラだからね」
「あっちじゃ俺も女だからセーフだろ」
「なにそのトンデモ理論。まあこっちでもセーフだけどさ」
後ろに声を。
「で、お前が燕歌。色々散々だなおめぇのここ最近の出来事は」
「……どこでどこまで知ったのかね?」
「とんだ邪神に聞いてみた。主観込みでおおよそ全部」
「彼と、話したのかい?」
「ああ」
「……そうか。ああ、そうか」
燕歌は言う。
「君は、君はどこまでも。私たちを救う気なのか……」
鬼葉は黙っていた。頭を掻いて、ぼそっと言葉を漏らす。
「俺ァただ、競争相手とは正々堂々やりてえだけだ」
すると燕歌は頭を下げた。
「感謝する」
「するならヒナタにしろ。この喧嘩にコイツァ無償で付き合ってくれてんだからな」
「ありがとうヒナタ」
「いやいや、ボクは本当に付き合っているだけだよ」
龍頭の夜道、漆黒の二輪が駆け巡る。




